Myriel

 ポリローグ


【 書 名 】ポリローグ
【 著 者 】ジュリア・クリステヴァ  足立・沢崎・西川ほか訳
【出 版 社】白水社
【発 行 年】1986年
【 価 格 】3800円
【KeyWords】フランス思想、文芸批評、ポスト構造主義、精神分析

【 内 容 】(目次)

 ニヒリズムの彼方へ 〜日本語版への序文
 緒言

 1 文学の政治性
 2 過程にある主体
 3 ひとつの自己同一性から別の自己同一性
 4 ポリローグ
 5 物質、意味、弁証法
 6 述語機能と語る主体
 7 言語学の倫理
 8 リズム的制約と詩的言語
 9 場所の名
(Juria Kristeva, Polylogue, Paris, Editions du Seuil, 1977. の抄訳)

【コメント】

 本書の表題にもなっている「ポリローグ」という語(これは例によってクリス
テヴァの造語であって、もちろん辞書を引いてもでていない)の概念の簡単なま
とめをしてみたい。

 日本語に「二重人格」という言葉がある。この言葉には、なんとはなしに何や
ら悪い意味がこめられているような気がする。しかし、実際わたしたちの人格は
二重どころか、四重・五重にもなっているのではないだろうか。クリステヴァを
フランス語で読んでいる時の〈わたし〉と『めぞん一刻』をめくっている時の
〈わたし〉、デートしている時の〈わたし〉と下宿で寝っころがって一人でテレ
ビをみている時の〈わたし〉、月曜2限の「ミクロ経済学」の講義を聴いている
時の〈わたし〉と3限に「社会思想史総論」に出ている時の〈わたし〉‥‥これ
らの〈わたし〉はあきらかに異なる、複数の〈わたし〉である。

 クリステヴァが本書でおこなっていることは、この主体の多ロゴス(ポリ‐ロ
ーグ)性を見つめること、主体を単一なロゴスとしてではなく、もろもろの論理
・ことば・存在のモザイクである存在としてとらえること、である。「語る主体」
は単一の象徴秩序ではない。主体を単一なるものへ解消することは抑圧であり、
他者を排除するパラノイア的な固定なのである。

 ポリローグはどこで産み落とされるのか? クリステヴァによれば、それは
「ル・セミオティック(原記号態:ことばのリズム、イントネーション)とル・
サンボリック(記号象徴態:言語において記号・意味のレベルにあるもの)の衝
突するところ」でである。たとえばそれはフィリップ・ソレルス(クリステヴァ
の夫)の、句読点のまったくない『H(アッシュ)』という小説の中で、あるい
は詩的言語の中で。詩的言語こそは、近代的主体、単一の象徴秩序を、破砕し、
粉々にし、爆発させ、ポリローグへと再構成するものなのである。

 クリステヴァにとってこのポリローグはまた、ひとつの賭でもある。

 「『ポリローグ』はひとつの賭である。(‥‥)特異な言行為のただ中に、そ
こにみずからを措定する、肯定的な、単一の主体、すべての人がもつ模倣し得な
いもの、取り込まれ得ないものに呼びかける単一の主体が目覚めることは可能な
のだ、という賭である。
 『一なる復活』に賭けるのではない。諸々の言語活動(‥‥)における死(‥
‥)の、その度ごとに特有なさまざまな止揚に賭けるのである。」
(本書、pp.12-13)

 これは危険な賭ではある。特に、彼女が、セミオティック/サンボリックの理
論装置を、無限定に社会へ適用するときに、その危険性は最大化する。
 しかし、わたしはあえてこの賭にのろう。抑圧する〈一なるもの〉から自らを
解放するために。閉ざされている自己を「開く」ために。そしてなによりも、西
洋的な「一者」の論理と日本的な「甘え」の論理のいまだ交錯している現代日本
社会の中で、両者の崩壊を乗り越えていくために。

(1994/06/25、コメントのみ1987/12/17)


This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)