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母性 -- 日本のフェミニズム(5)


【 書  名 】日本のフェミニズム5:母性
【 編 者 】井上輝子・上野千鶴子・江原由美子、編集協力:天野正子
【出 版 社】岩波書店
【発 行 年】1995年3月24日
【 価 格 】2000円
【  ISBN  】4-00-003905-9
【KeyWords】母性、女性史、中絶、避妊、子育て

【 内 容 】
【コメント】

 I 母性の政治学
  母性概念をめぐる現状とその問題点           大日向雅美
  「母性」の誕生と天皇制                加納実紀代
  乳幼児政策と母子関係心理学              小沢 牧子

 II 出産/避妊/中絶の近代
  「お産」の社会史                   宮坂 靖子
  中絶の社会史                     田間 泰子
  産む産まないは女(わたし)がきめる
   ――優生保護法改悪阻止運動から見えてきたもの――  大橋由香子
  システム化された出産                 舩橋 惠子

 III 子育てにおける女性の葛藤
  閉ざされた母性                    木村 栄
  働く母親と育児不安                  牧野カツコ
  「とまどい」と「抗議」
   ――障害児受容過程にみる親たち――         要田 洋江

(解題「制度としての母性」江原由美子、より)

○母性の政治学
 「母性」という言葉は、どのような社会的背景の下でどのように形成され、使
用されてきたのか。大日向論文が示すように、「母性」とは「自明のごとく用い
られながら、実はその概念はきわめて不明確」である。大日向は、医学・心理学
などの学問領域の中での「母性」という言葉の使われ方を検討し、そのあいまい
さを摘出しながら、「母性」という言葉が狭義の生殖に関わる女性の身体的機能
・状態などを指す意味を超えてある価値観を表明する言葉として使用されている
ことを指摘する。
 加納論文は、同じ「母性の政治学」の視点を第一の波のフェミニズムに適用し
ていく。対象となるのは「母性保護論争」である。加納は当初使われていたこの
言葉が、あることをきっかけにして抽象的観念として一人歩きをはじめ、ついに
は「女の存在そのものを意味」する言葉になっていく過程を描き出し、最終的に
この言葉を肯定的に用い、「天皇制」肯定にまでつなげていくのが、高群逸枝と
いうフェミニストであったことを指摘している。
 小沢論文では、いわゆる「三歳児神話」(三歳までは母親の手で育てないと子
どもの精神的発達に問題が生じるという議論)と国家による乳幼児政策・女性政
策とのかかわりを論じている。母性神話はイコール子どもの神話でもある。現在
のところ一番強固なのは、「子どもの側から母性を見る」という視点であり、こ
の視点からの母性神話の形成をこの論文では取り扱っている。

○出産/避妊/中絶の近代
 このセクションには、明治以降の歴史において、「子どもを産む」ということ
をめぐる女性の状況と社会的条件・環境がどのように変化してきたかを扱う論稿
が収められている。
 宮坂論文は、主に明治から大正末までを対象にしながら、「新産婆」、すなわ
ち、熟練者としての「トリアゲ婆」ではなく、出産介助についての教育を受け、
国家による承認を受けたエージェントが出産に関わることによって、民間のマビ
キなどの自生的な出産抑制を廃し、人口増加政策を取る明治政府の利益をよりよ
く擁護する出産をめぐるシステムが形成されたことを指摘している。この「新産
婆」の制度は、それまで民間に存在した出産をめぐる女たちの相互扶助のネット
ワークを弱体化させ、さらには生死観までをも変えていったという点で、共同体
を生命のレベルから解体する国家装置であったといえよう。
 「産む」ということは、その反対の「産まない」ということによって規定され
ている。「産まない」ための手段が「避妊」であり、「中絶」である。田間論文
では、明治からの妊娠中絶をめぐる国家・民衆の動きを対象に論じている。明治
政府がごく初期にとった政策の一つに、「マビキと堕胎の禁止」がある。しかし、
こうした中絶の「犯罪化」にもかかわらず、民間には生存を確保するための人口
調整としての中絶への要求があり、また実践があった。この構図が大きく転換す
るのが戦後である。中絶は刑法に犯罪規定を残しながら、優生保護法によって
「合法化」されてゆく。ところがこれがまたゆらぐのが、「将来の労働力不足」
が認識されはじめた1970年代である。そして1972年の優生保護法改定は、第二の
波のフェミニズム(リブ運動)の活動における最大の焦点となった。
 「リプロダクティブ・ライツ」と呼ばれる女性の権利が認識されはじめ、その
確立をめざす主張が行われはじめたのがこの時期である。大橋論文は、80年代に
再燃する優生保護法改定の動きに対抗する女性たちの運動の中で生まれてきた
「産む・産まないは女(わたし)が決める」というスローガンと、リブの中の
「産める社会を・産みたい社会を」というスローガンとのズレの中に、この10年
間の女性の状況の変化を見出す。それは、労働力をめぐるポリティクスにおいて
女性が「戦力化」されてきたこと、生殖技術の発展にともなう「女性の開発=搾
取(exploitaion)」、そして、これらの動きに対する女性側の危機感の高まり
である。「女(わたし)が決める!」という叫びは、結局のところ、女のからだ
の国家・専門家による管理を拒否する、国境線を超えた危機意識の現われであっ
たと大橋は主張する。
 舩橋論文は、主に戦後展開された、「出産の医療化」と病院への囲いこみ=施
設化を考察したものである。陣痛促進剤の使用の普及などの管理出産への傾向は、
結局のところ病院の人手不足が原因となっているものであると舩橋は主張するが、
それがかえって管理の不十分を招くという悪循環が存在している。だが、こうし
た「システム化された出産」の体験は、「黙して語られないことが多い」。それ
はなぜなのだろうか。

○子育てにおける女性の葛藤
 「母性」は、単に「受胎」「出産」「授乳」という生物学的な一連のプロセス
だけでなく、出産後の子どもを育てるというプロセスをも含む概念として通常使
われている。しかし、問題なのはこれが決して自明な連続性をそなえているわけ
ではないというということだ。「母親になる」ということは、自分の子どもとい
う「他者」の世話をいかにして女性が受け入れるかということであり、必然的に
そこにはさまざまな葛藤が生じる「はず」なのだ。(だが、この「はず」は「わ
けがない」――なぜなら彼女は「母親」だから――という語で置き換えられてい
ることが多い。)
 木村論文では、専業主婦たちの「拘禁ノイローゼ」が扱われている。子育てを
めぐる専業主婦の状況は、現代において、一種の密室化され、他人の介助を受け
入れてはならないという閉塞化した状況である。そこでは、「子どもが泣きやま
ない」「首の座りが悪い」などのきわめて些細なことが重大な問題であるかのよ
うに受け取られる。子どもの虐待は、こうした「些細なこと」がきっかけで生じ
ることが多いのだが、子どもを虐待してしまう母親は「母性を欠如させた異常者」
なのだろうか。むしろ、子どもに縛られ、四六時中向き合うことを強制する状況
の、彼女は被害者なのではないのだろうか。
 牧野論文は、この同じ育児ノイローゼという問題に対して、「働く母親」とい
う方向からアプローチしているという点で、木村論文の対極をなす。牧野は調査
データに基づいて、働く母親と専業主婦の間での子育てをめぐる葛藤の相違を発
見しようとする。その結果見出されたのは、「母親が有職かどうか」ではなくて、
「夫が一緒に子育てをしてくれている」と考えているかどうか、また、「家族以
外により広い社会関係を持っているか」(もちろん有職の場合はこれがあるとい
うことになる)どうか、だという。
 要田論文は、障害児を出産した母親が、周囲からのさまざまな影響を受けなが
ら、どのように自分の子どもを受け入れていくかを論じている。障碍を持つ子ど
もを出産した母親に対して、周囲はあたかも「産まない方が良かった」とでもい
うかのような言説を浴びせかける。さらに拍車をかけるのが母親自身が持ってい
る「障碍への恐怖感」である。現代の母親はあまりにも医学化されてしまった子
育ての状況の中で、自分の子どもに身体的・精神的障碍があるのではないかとい
う不安に常に脅かされている。「子育ての責任者は、母親一者」という神話がそ
れを強化する。子どもの障碍は、母であることの失敗なのだから。障碍を持つ子
どもを出産したということは、まさにその恐怖の対象を現前させたということで
あり、母であることの失敗である。これを克服する過程は当然ながら葛藤に満ち
ている。子どもの障碍を受け入れていくことは、自己の障碍者への差別感を認識
しながら、それを「健常者の論理」を正当化する社会的通念への異議申立てへ転
換していく、「障害児をもつ親としての真の解放」を達成していく過程であると
要田は主張している。

(1995/05/08)


This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)