Myriel

 女性・ネイティヴ・他者


【 書  名 】女性・ネイティヴ・他者――ポストコロニアニズムとフェミニズム
【 著 者 】トリン・T・ミンハ (訳)竹村和子
【出 版 社】岩波書店
【発 行 年】1995年8月25日
【 価 格 】3000円
【  ISBN  】4-00-002950-9
【KeyWords】ポストモダン・フェミニズム、第三世界、言語、ポスト植民地主義

【 内 容 】(目次)

 I 無限に映し合う「書きもの」の鏡の箱からの社会参与
 II ネイティヴィズムの言語
   ――男が男から聞き取る科学的会話としての人類学――
 III 差異――「特別な第三世界の女の問題」
 IV おばあちゃんの物語

【コメント】
 女にとって、特に第三世界出身の女にとっての、「語る」あるいは「書く」と
いうことの意味とは何なのか?
 しばしば言われるのは、「語る」主体であるためには、自分が何であるか――
つまりアイデンティティがはっきりとしていないと「語る」ことができないとい
うことだ。だから、彼女たちは自分が何者であるかを追い求めようとする。いわ
ゆる「アイデンティティ・ポリティクス」である。「女の作家」「有色人の女」
としての周辺性や少数性を強調して、それを自らの立場として積極的に用いると
いうやり方だ。
 しかし、それは、ある面では有効でも、逆にその周辺性や少数性の強調がステ
レオタイプの解釈を呼び込むことがある。つまり、周辺性の強調・少数性の強調
は、中心/周辺、多数/少数のディコトノミー(二分法)を前提としたものであ
るからだ。
 確かに先に述べた通り、何らかの「アイデンティティ」がないと「語る」こと
ができない、あるいは語っても意味のない言葉の羅列にとどまってしまうという
ことはある。だから、何らかのアイデンティティの強調は出発点ではある。しか
し、最終目標ではない。
 分裂しつつ、(トリン・ミンハの言葉を借りれば)ハイブリッドの場所から
「語る」こと――そこに彼女の戦略がある。これはおそらく、現代フランスのポ
スト構造主義の思想、特に、ジュリア・クリステヴァ、エレーヌ・シクスー、リ
ュス・イリガライらの議論との深いかかわりの中で提起されてきた問題だろう。
特に「ハイブリッドの場所」という発想には、クリステヴァの「ポリローグ」の
概念が色濃く影を落としているようだ。

 トリン・T・ミンハは1952年ヴェトナム生まれ。1970年にアメリカに移住し、
1980年以降、映画製作で著名となった。代表作は『ルアサンブラージュ』(1982
年)、『姓はヴェト、名はナム』(1989年)。ポストコロニアニズム関連の論文
も多数ある。

(1995/09/16)



This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)