Myriel

 1945年のクリスマス


【 書  名 】1945年のクリスマス −日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝
【 著 者 】ベアテ・シロタ・ゴードン  構成・文:平岡磨紀子
【出 版 社】柏書房
【発 行 年】1995年10月20日
【 価 格 】本体1748円+税
【  ISBN  】4-7601-1077-1
【KeyWords】日本国憲法 伝記 文化交流 占領政策

【 内 容 】
【コメント】
 内容はサブタイトルそのまま、日本国憲法GHQ草案の人権小委員会に参画し、
女性・福祉・教育などに関する条項の作成に当たったベアテ・シロタの自伝であ
る。
 ベアテ・シロタ・ゴードンは1923年ウィーンの生まれ。父レオ・シロタは著名
なピアニスト、母オーギュスティーヌ・ホレンシュタインはキエフ出身の貿易商
の娘であった。一家は山田耕筰の招きで来日し、ベアテは日本で5歳から15歳ま
での日々を過ごした。ベアテはその後アメリカのミルズ・カレッジへ留学するが、
在学中の日米開戦によって両親と切り離された生活を送る。
 とにかく日本に残った両親に会いたい――ベアテはその一念でGHQに職を得
て、敗戦直後の日本に「帰国」する。1945年12月24日。タイトル「1945年のクリ
スマス」は、彼女が日本の土を再び踏んだこの日付からとられている。
 翌年の2月、民政局のホイットニー准将の命令で、彼女は憲法草案を作成する
作業に加わることになる。このとき、ベアテは22歳。彼女が配属されたのは計3
人からなる人権小委員会だった。
 アメリカで、タイム誌編集部のリサーチャー(記者が記事を書くための資料集
めをする)をしながら、「記者はすべて男性で女性記者は一人もいなかった」
「リサーチャーはすべて女性だった」という状況の中で、「女性であること」の
非力さを感じていたベアテは、女性に関する条項を書くことにエネルギーを注ぐ
ことになる。彼女の脳裏には、幼い頃の日本での生活の中で肌で感じた、日本女
性の地位の低さ、庶子に対する差別、母子福祉の貧困‥‥などのさまざまな情景
が、具体的な形を伴って浮かんでいたという。
 結果的に、彼女の書いた草案は、かなりの部分がGHQ自身によって全面削除
され、さらに日本政府がそれを政府案として公表するにあたってのGHQとの交
渉の席でもクレームを付けられる。次のくだりは、「両性の平等」に関する条文
に日本側がクレームを付けたのに対しGHQ側が見事な切り返しを見せる、印象
的な場面である。

  「女性の権利の問題だが、日本には、女性が男性と同じ権利を持つ土壌はな
 い。日本女性には適さない条文が目立つ」
  通訳として会議に出ていた私は、日本側の言い分を正確に伝えなければいけ
 ない。気持ちは複雑だった。
  「しかし、マッカーサー元帥は、占領政策の最初に婦人の選挙権の授与を進
 めたように、女性の解放を望んでおられる。しかも、この条項は、この日本で
 育って、日本をよく知っているミス・シロタが、日本女性の立場や気持ちを考
 えながら、一心不乱に書いたものです。悪いことが書かれているはずはありま
 せん。これをパスさせませんか?」
  ケーディス大佐の言葉に、日本側の佐藤達夫さんや白州さんらが一斉に私を
 見た。彼らは、私を日本人に好意を持っている通訳として見ていたので、びっ
 くりしたのだった。
  一瞬、空白の時があった。
  「このシロタさんが? それじゃあ、ケーディス大佐のおっしゃる通りにし
 ましょう」
 (本書、p.216)

 彼女は、決して「男女平等」条項が憲法に記載されたことで満足はしていない。
交渉の席で見事な演出で草案を通したケーディスは、その前のミーティングで彼
女が書いたたくさんの福祉・家族関係の条項を全面削除するように提案した本人
でもあった。その時には、彼女は「気がついたらケーディス大佐の胸に顔をうず
めて泣いていた」だけだったという。その時の無力感‥‥多くは語られていない
が、「男女の平等が達成されていない国の人間が、どうやって自国の制度を超え
て、他国の憲法に男女の平等を盛り込むのか」という作業の当事者としてのベア
テにしてみれば、条項が削除されていくことに関しては言いたいことが多々あっ
たに違いない。しかし、このミーティングのメモ(エラマン・メモ)には、ベア
テの発言はほとんど残っていないという。おそらくそれは、女性がまだ言語とし
て自らの存在を主張できなかったということ、そしておそらくは、日本での体験
をベアテが英語で的確に表現することが困難であったかも知れないということ、
この2つの理由があっただろう。
 昨年来日したベアテ・シロタ・ゴードンは、福島県での講演で、「日本の女性
は強くなりました。もう男性の後ろを歩くことはなくなりました。」と印象を述
べた。前半はおそらく正しい。しかし、後半は、どこまで正しいと言えるだろう
か。

(1997/08/15)


This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)