Myriel

 ハゲを生きる――外見と男らしさの社会学


【 書  名 】ハゲを生きる――外見と男らしさの社会学
【 著 者 】須長史生
【出 版 社】勁草書房
【発 行 年】1999年5月10日
【 価 格 】1700円+税
【  ISBN  】4-326-65222-5
【KeyWords】男らしさ、からかい、男性学

【 内 容 】(目次より)

 まえがき
 第1章 なぜハゲ現象を扱うのか
 第2章 ハゲ経験のリアリティ――インタビュー調査から
 第3章 ハゲはつくられる――抜け毛が「ハゲ」とラベリングされるまで
 第4章 ハゲ経験を読み解く――ジェンダー論的アプローチ
 第5章 “男らしさ”はテストされ、そして維持される
  終章  まとめにかえて

【コメント】
 「すべての人はハゲである」という逆説がある。つるっぱげの人の頭に1本毛
を足したとしても、1本ぐらいでハゲがハゲでなくなるはずはない。さらにそこ
に1本足しても同じこと……と続けていくと、結局「すべての人はハゲである」
ということになってしまう。
 これはばかげた論理だ。しかし、この詐欺的論理が明らかにしてくれることが
ある。それは「“ハゲである”と“ハゲでない”を区別する絶対的な境界など存
在しない」ということだ。ひとがその状態をハゲと考えるからハゲはハゲなの
だ。ハゲとは社会的構成物なのである。
 もちろん、若いうちから毛が抜けやすいのは遺伝によるところが大きい。しか
もそれは、女性より圧倒的に男性に多い。だが、年を重ねれば毛が薄くなるのは
むしろ当たり前。男性でなく、女性も薄くなる。子どもでも毛が抜けて「ハゲ」
になることはあるし、薬や病気の治療で毛が抜けることもある。
 では、なぜ「ハゲとジェンダー」なのか。それは、日常的な場面において「毛
が薄い男性」に対して、「や〜い、ハゲぇ」という「からかい」の実践が向けら
れるからだ。筆者によればこの実践は、(1)男性から男性に対して向けられるも
のであり、(2)「からかい」=冗談、というまじめに対応することをそもそも妨
げる装置を盾にしたものであり、(2)「女性にモテなくなる」「女性はハゲを気
にする男が嫌い」というように女性のフィクショナルな視線を経由して行なわれ
るという意味で、直接の実践者を匿名にしてしまい、逆に「からかい」の内容を
普遍的・自明的なものにしてしまう、という特徴を持つ。
 そう、この「からかい」にまじめに対処することはあらかじめ封じられている
のだ。筆者はこれを「人格のテスト」と呼ぶ。つまり、「ハゲの男性」はこの
「人格のテスト」を乗り切るような態度を身につけていなければならない、たと
えば「明るく振る舞う」とか「堂々と気にしないでいる」、場合によっては、
「開き直って公然とカツラをつける」とかいう態度・パーソナリティを身につけ
る・装うことで。このテストにパスしてみせることが、彼の男性性の証なのだ。
男らしさとはこういう「外見」をウジウジ気にしないことを意味するのだから。
 これは実は矛盾する要請である。わたしたちの男らしさ・女らしさの表現は、
かなりの部分自己の身体の「男らしい/女らしい」演出によるものだ(服装やふ
るまい、表情形成なども含めた)。男らしさを表現するのには身体を通じてなさ
なくてはならない、しかし一方で実現したい男らしさには「外見を気にするな」
という規範がある……おそらくこの矛盾は、男性の多くに共有されているはずな
のだが、それがハゲ経験を通じて意識化されるということだろう。
 終章では、こうした結論を踏まえて、伊藤公雄などのこれまで男性学をリード
してきた論者に対する批判も展開されている。「ハゲ」をキーワードにした、男
性学の「一転突破」の書と言えるだろうか。今後著者がどのような研究を「全面
展開」していくのか、興味を惹かれるところである。

(1999/10/18)


This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)