Myriel

 愛の空間


【 書  名 】愛の空間
【 著 者 】井上章一
【出 版 社】角川書店・角川選書
【発 行 年】1999年8月5日
【 価 格 】2000円+税
【  ISBN  】4-04-703307-3
【KeyWords】セクシュアリティ、売買春、建築、デザイン

【 内 容 】
【コメント】
 週刊誌・新聞記事、文学、自分史などから、近現代の日本で性愛がどのよう
な空間で営まれてきたかを探ろうとする試み。
 戦後の新聞記事に、皇居前広場でセックスする男女が目に付くという記事が
ある。「しろうと」の男女は必ずしも屋内を性愛の空間としていなかったので
はないか――そういう問題提起から本書はスタートする。
 実際、船宿や待合などの屋内をよく利用したのは売買春がらみの男女であっ
て、いわゆる「しろうと」たちは野外かそうでなければソバ屋の二階などを利
用したという。東京近郊に「しろうと」の性愛用の建築物が造られはじめるの
が1910年代。おそらく、地方ではずっと遅れていただろう。
 戦後直後はいわゆる「さかさクラゲ」あるいは「3S」のマークで知られる
ような「温泉宿」(実際には温泉などはない)。1960年代からはラブホテル、
ということになる。
 どちらかというと、一本筋を通した分析というよりは、さまざまな種類の言
説から抜き出した細かい描写を並べた歴史的記述といったほうがよい体裁の本
書だが、『美人論』(リブロポート)よりも「フェミニストにはお叱りを受け
そうだが……」的なピントのズレた言い訳が少ない分、読みやすい。(皆無で
はなく、たとえば387頁にはこれも見事にピントをはずしまくった言い訳が一
言差し挟まれている。)

 さまざまな資料の取り扱いだが、注意して読むと、井上が言説から距離を
取った読み方をしようとしているのがわかる。「1970年代のラブホテルの内装
の豪奢化は、女性がそれを望んだからだ」という週刊誌にたびたび登場する言
説に対して、「果たしてそうだろうか」と第六章で疑問を呈してみせる。
「いったい、どういう『女性』がその時、イメージされていたのだろう。」
[p.312]
 『週刊大衆』『平凡パンチ』『宝石』などの記事の書き手やインタビューの
相手などが、全て男性であることにここでは注目しておきたい。「女性がそれ
を好む」という発言は全て男性(記者やホテル経営者)からのものなのだ。
「女性はこういうものを好むだろう」という彼らの思いこみがそこにあったの
ではないだろうか。実際、後の章でラブホテル建築を手がける建築家の、「ラ
ブホテルの設計は、以前はオーナーの意見には全面的に服さねばならなかっ
た」という声が取り上げられてもいる。
 井上はこれに、「女性の意見というときの女性とは、『くろうと』筋の女性
のことではないのか」という見解も付している。確たる裏付けがない見解なの
で、とりあえずは保留としておきたい。

 戦後の住空間の編成では、(n-1)DK(nは世帯成員数)型の家が、アパート・
マンションを中心に普及したことが知られている。それは、核家族化を前提と
して、夫婦同室・子どもに個室という住空間を普及させた。「年頃になれ
ば」、子どもも性別で分けてやすむことが特に奨められるようになる。異性愛
的な規範に従って男女が分けられるのだ。(もう一つの理由は「勉強のため」
であるのは言うまでもない。)
 このように、戦後日本の家族の住空間の中では、異性愛的なセクシュアリ
ティは夫婦の寝室に囲い込まれる。夫婦間のものだけが、認められた性愛にな
る。
 それ以外の性愛は、たとえば野外で営まれたり、待合などの専用空間で営ま
れることになる。高度成長期以降はラブホテルということになるだろう。こう
した性愛専用の場所の提供は、「東京近郊」で始まったという。大規模に
(n-1)DKの住空間が作られたのも、同じ東京近郊であった。こうした符合にも
着目して、本書を読むべきであろう。

(00/03/07)


This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)