Myriel

 知事のセクハラ 私の闘い


【 書  名 】知事のセクハラ 私の闘い
【 著 者 】田中萌子
【出 版 社】角川書店・角川 Oneテーマ21
【発 行 年】2001年6月10日
【 価 格 】571円+税
【  ISBN  】4-04-704037-1
【KeyWords】セクシュアル・ハラスメント、性暴力、PTSD

【 内 容 】
【コメント】

 1999年の大阪府知事選挙期間中に起こった、立候補者(現職知事)による運動
員に対するセクシュアル・ハラスメント事件、いわゆる「横山ノック事件」の原
告が、事件とその後の裁判等のいきさつ、自分の気持ちなどを語った1冊。
 セクシュアル・ハラスメントは労働権の侵害であると同時に、直接には身体の
自由、セクシュアリティの自由の侵害ないしはその試みであり、それによる精神
的苦痛を被害者に与えるものである。しかし、それ以上のものがあることをこの
本は教えてくれる。それは特に、自分が受けた被害に対して何か抵抗を試みよう
とするときに主に生じる。たとえば、本書の著者のように、裁判という形で訴え
たときなどに、二次的に発生する。
 そう、この本の中心は、裁判そのものというよりは、裁判をめぐって生じた
様々な著者本人のストレス、人間関係のトラブル(特に家族や恋人、隣人などの
親しい人々とのもの)などにおかれていると言える。中身は実際に読んでいただ
いた方がいいだろう。(もっとも、途中でつらくなる人もいるかも知れない。)
 なぜ、被害者にもっとも近いところにいるはずの人が、トラブルの原因になる
のだろう。彼女/彼を支えてあげられる、支えたいといちばん思うはずの人であ
るのに。誰しもがそう思う。しかし、被害者に最も近いということは、家族や恋
人などもその事件から大きな影響を受けるということなのだ。だからこそ、些細
な心の揺れや非同期が大きな軋轢となり、人間関係を壊していくことにもなるの
だろう。本書の中の、つい書き落としてしまいがちな日常の描写の中に、そのこ
とが散在しているのが見て取れる。
 ともあれ、裁判は民事も刑事も、どちらも原告の勝利で終わっている。民事の
賠償額もこの手の裁判にしては驚くほど大きかった(判決当時ではセクシュア
ル・ハラスメント裁判としては最高額の賠償が認められた)。
 しかし原告は、刑事の判決(懲役1年6ヶ月、執行猶予3年)には不満が大き
いと述べる。それは、執行猶予をつけた理由に、「齢六十八に達するまで営々と
して築き上げてきたもののほとんどすべてを失ったことを軽くみることは、やは
り当を得ないと考えざるを得ない」とあったことへの反発だ。裁判官への抗議の
手紙に、彼女はこうつづったという。「わずか二十一歳でこの事件のために友人
のほとんどをなくし、たくさんの信頼と居場所を奪われ、そして夢や目標まで
失ったことはそれよりも軽いということなんでしょうか?」
 彼女は大学で社会福祉を専攻し、福祉の現場で働くことを希望していた。高齢
者介護実習などには当然排泄介助なども含まれる。その際には、男性の性器を見
たり触れたりすることもある。しかし、男性から性暴力を受けた後には、彼女は
そういう介護ができない状態にあったという。PTSDのためだ。上の引用文中
の「夢や目標まで失った」とはこのことを指す。
 刑事裁判では、被害者が受けた傷の大きさについての裁判所の判断は、量刑の
長さで示される。民事ならば、賠償額の大きさだ。だがどちらも、「心の傷の大
きさ」「人間関係の悪化」などという、量ることができないものを無理矢理一次
元的な数値で量ろうという部分を含んでいるものだ。どうしても無理が出るし、
また当事者にとってみれば、ただでさえ被害の救済などされたとは思えないだろ
うところへ、加えて先ほどの「情状酌量」的な発言は、神経を逆なでするもので
あったと言えるかもしれない。
 ……いささか感情移入が過ぎたかもしれない。ともあれ、この本は、性暴力や
セクシュアル・ハラスメント事件/裁判に関わるさまざまな問題点を、実例を通
して語ってくれる。いささかなりともセクシュアル・ハラスメント問題にかかわ
りをもつ身としては、考えさせられるところが多い一冊であった。

(01/09/11)


This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)