Myriel

 フェミニズムと科学/技術


【 書  名 】フェミニズムと科学/技術
【 著 者 】小川眞里子
【出 版 社】岩波書店 双書・科学/技術のゆくえ
【発 行 年】2001年11月5日
【 価 格 】2100円+税
【  ISBN  】4-00-026636-5
【KeyWords】認識論 教育 科学/技術 知識批判

【 内 容 】(目次)

 序 科学的「発見」とは

 I 問題意識の芽生えと確立
 II 科学における女性
 III 日本の女性科学技術者
 IV 科学知識とジェンダー
 V 〈女性問題〉から〈科学問題〉へ

 あとがき

【コメント】
 この本のタイトルのような文句を見て、「ジェンダー(orフェミニズム)と科
学って何か関係あるの?」といぶかしげに思う人はそう少なくはないはずだ。た
とえば、2002年度の国際連合大学グローバルセミナー東北セッション(2002年9月
10日〜13日、於仙台)のテーマは「ジェンダー・福祉・科学技術」なのだが、こ
のテーマにしようという話をしている時に、委員のメンバーの相当数はけげんな
顔をしていた。(委員は経済学や理科系の男性がほとんど。)日本でもあまりこ
の分野での研究等は知られていない。
 しかし実は、「フェミニズムと科学/技術」「ジェンダーと科学/技術」とい
うテーマは、ここ15年ほどホットな議論の焦点になっているものだ。日本では
フェミニズム・ジェンダー研究というと文学と社会学と歴史学が多くて、そのほ
か心理学とか経済学とかがぼちぼち、というのが少し前までの状況で、わたしも
「法律ってジェンダーに中立だから〜」とか「福祉ってあまりフェミニズムと関
係ないよー」みたいな若手の勉強熱心な人の声をたくさん聞いてきた。まして、
自然科学なんて、ということだろうか。あと一つ、日本のフェミニズムの手薄な
ところはスポーツ研究なのだが、体育と理科・数学がニガテ、なんて、まるでス
テレオタイプな「女の子の不得意科目」ではないか。(もっとも、音楽研究も相
当手薄ではあるが。)
 もちろん、それだけが理由ではない。スポーツについてのジェンダー研究が
手薄なのは、スポーツが身体性という、きわめて生物学的な(ように見える)
ものに依拠しているところが大きいからだろう。もちろんスポーツ研究といっ
ても身体性にかかわる部分だけを扱うわけではなく、ルールの変遷の研究やス
ポーツの経済効果の分析なども守備範囲であるわけで、文化的・社会的な領域
にかかわってもくるわけなのだが。
 自然科学に関してはやはり、「科学は中立」というような暗黙の前提がある
ということなのだろう。それはもちろん、ジェンダーに関してだけではなく
て、民族性や階級性に関しても中立だと思われているわけだ。この本でも最初
そういった疑問に対応するところから話は始まる。
 「見たまま」そのままのデータなどは、自然科学ではあり得ない。「見るこ
とは解釈すること」なのだ。たとえば、ガリレオの木星の衛星の発見だって、
木星のそばを小さな光点があっちへ行ったりこっちへ行ったりしているだけに
しか望遠鏡では見えない。それが、「この光点は木星のまわりを公転している
衛星なのだ」という認識を持つためには、きちんとした観察に先立つ理論が必
要なのだ。こういう例をわたしたちはいくつも実は「心理ゲーム」のようなも
のとしてすでに知っている。白と黒とどっちを地と考えるのかで、同じ絵が二
人の人が顔を向かい合わせているように見えたり、グラスのように見えたりす
るだろう。それと同じことである。(クーンの「パラダイム」論も実はこれと
基本的には同じことを語っている。)
 したがって科学の客観性というものも、視点によって見え方が変わってくる
という点では、実は絶対普遍のものとはいいがたい。そういったことに主に
フェミニストが気づき始めたのが、1970年代の後半のことだ。エヴリン・
フォックス・ケラーやサンドラ・ハーディングなどの先駆的な科学のフェミニ
スト批判についての業績が出てくるのが70年代末である。この分野の研究が広
がっていくのが80年代半ば以降、ある程度の社会的影響力を得て批判(や揶
揄)も受けるようになってきたのが90年代半ば以降、とまとめることができる
だろう。先程述べたように、話はフェミニズムからの批判だけにとどまらな
い。聞くところによると、近年「エスノ・マシマティックス」(民族的数学)
というようなものも問題提起されているのだそうだ。今ある数学は西洋近代の
ものだが、それと異なる数学の体系があっても決しておかしくないという発想
だろう。和算などもその中に含まれるのかも知れない。
 こうした認識論的な問題の他に、「どうして女性の科学者は少ないのか」と
いう問題もある。これについては、「科学者」にまつわるイメージが狭いので
「科学普及者としての女性」の姿が見えてこなかったりすることもあるよう
だ。もちろん、科学を学ぶ女性の数が絶対的にも少ないからということもあ
る。しかし、学ぶ女性の数を増やせば科学者という専門家の数が増えるかとい
うと、そう単純ではないことが経験からわかってきた。問題は科学者のアイデ
ンティティのあり方そのものにあるのではないか、という仮説が本書では紹介
されている。(男性性との結びつきが非常に強いということ。)
 本書は決して専門書ではなく、一般向けに書かれたもので、それほど分量も
ない。翻訳を中心に類書の紹介もずいぶんと蓄積されてきた。科学論の本を開
けば、その中の1章はフェミニズムの科学批判にあてられるようになってきて
いる。新しい領域への第一歩としては手ごろな一冊だろう。

(02/09/02)


This page written by TAKAHASHI, June (june.takahashi@nifty.ne.jp)