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大事にしたい、生きる同伴者たち――家族と“婚”


 わたしたちはしばしば、ともに生活し、強い結びつきを感じるものたちのことを“家族”と呼ぶ。
 ここではあえて「血縁」や法的関係としての「婚姻」ということばによる定義を避けておく。なぜなら、わたしたちが現在“家族”ということばにあたえる意味は、そうした定義をはるかに超えてしまっているからだ。
 たとえば入門書では、江原由美子らの『ジェンダーの社会学』(新曜社)がこの問題を「ネコは家族か?」というフレーズで表現している。ともに生活しているペットを大事な“家族”だと感じる人は非常に多いのだ。伊藤公雄・牟田和恵編の『ジェンダーで学ぶ社会学』(社会思想社)では、家族をあつかう章のタイトルは「家族する」となっている。もはや「家族である」ということよりも、「家族する」というとらえかたのほうが適切と言えるのかも知れない。

 上野千鶴子の『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)は、こうした「人々が家族と考えるものが家族」という状況を「ファミリー・アイデンティティ」ということばでまとめようと試みる。浅野素女の『フランス家族事情』(岩波新書)や岡田光世の『アメリカの家族』(岩波新書)は現代社会の多様な家族の実像を豊富に提供してくれる。
 そうした“家族”の現在から、さらに未来の“家族”なるものを模索していこうというのが、たとえば深江誠子の『「家族すること」からの自由』(かもがわ出版)であり、木本喜美子の『自分からはじめる セカンドマリッジガイド』(KDDクリエイティブ)であろう。

 時にはフィクションが家族意識の未来形について表現していることもある。松村栄子の『紫の砂漠』(ハルキ文庫)は、生物学的にわたしたちと異なる人々が生活する世界でのロマンチック・ラブのありようを描いた作品だ。この作品の世界では、性は「真実の恋」というプロセスを介すことによって初めて分化する。もう一つわたしたちの世界とは違うものとして描かれているのは、親子の結びつきである。こうした「違うもの」として描かれていることがらは、「違っていてほしいもの」として欲望されているものであるかも知れない。そういえば、小野不由美の「十二国記」(講談社X文庫)でも、男女の結びつきと親子関係は現実とはかなり違うものとして描かれていた。

【そのほか】
・ヴィクトリア朝の性と結婚(度会好一)
・ウエディングドレスはなぜ白いのか(坂井妙子)
・家族・ジェンダー・企業社会(木本喜美子)
・近代日本のジェンダー(大越愛子)
・事典・家族(日本家族史学会編)
・よその家(うち)の夫たち(グループREN)


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