2010年07月27日

7/26の感想

 最終回でしたので、前期を振り返ってどうだったかの感想をお願いしました。

・半期受けてきて、講義名から想像していた内容とは違ったが、いろいろ学べた授業だったと思う。
内容が難しいこともあったので、ネットにアップしてもらえたのは助かった。何回か感想の送り忘れがあったのが残念だ。

・初めはまだついていけてたのですが、シニフィエなどが出てきたあたりから内容が難しくなってきて、理解できなくなっていきました。もっと本や論文で調べたり、知識を蓄える必要を感じました。

・最初にサウンドスケープをしたときは一体どんな方向に授業が進むのか少しだけ不安に思ったが、全体的に今まで当たり前だと考えていた世界に新しい概念を与えてくれたのが良かった。レポートの書き方もこれから必要になるので今後の大学生活にとってもためになる内容だった。

・文化論ということで、かみ砕きやすい内容かなと思っていたが、堅苦しい内容ですごく理解しがたい内容だった。ただ理解すればおもしろそうな内容だと感じたからブログをみてもう一度ちゃんと理解したい。

・今までレポートの書き方や文化について深く学ぶことが出来ました。ありがとうございました。

・現代文化論の半期の授業を通して一番印象が強かったのは、サウンドスケープでした。音というものを深く考えたことがなかったので、すごく面白かったです。そのあと別の授業でも騒音についての講義があったので役に立ちました。言語や文字、ジェンダーなど普段、これらの言葉を耳にすることはあってもその意味や歴史について考えることはなかったので、勉強になりました。学校、工場では現代と比較して聞いていたので違う部分が多く、楽しかったです。レポートは授業を振り返り、いいものを仕上げたいです。

・この半期の現代文化論では音の聞こえ方から文化とは何かということから始まりました。この授業は難しいという感じを受けていましたが、半期の授業が終わった時とても充実した授業を受けられてよかったなと思っています。制度や階級など分野は違えども一つ一つ関連した授業で分かりやすかったです。後期もこの授業を受けて教養を深めていきたいと思います。

・この半期、いろいろと興味深いことを教えてもらえた気がします。中でもやはり、最初にやったサウンドスケープが印象に残っています。講義が始まるやいなや、いきなり「音を書いて」と言われ、一体どんな講義なんだろう?と思いました。書いた感想の中からいくつかを紹介するという手法も印象的でした。機会があれば、また先生の講義をとってみたいです。今までありがとうございました。

・今日で前期が終わり、見返してみると様々なことを学んできたと思いました。なかなか難しい内容も含まれていて、覚えられなかった部分もあったように思いますが、レポートも教えられたことを参考にすると共に自分の知識にしていけたらなと思いました。

・現代文化論Tの講義を受けてきて、普段の生活で私が見過ごしてきた事柄(言葉による表現や歴史・文化的特徴など)がたくさん講義で紹介されていたので新しい視点を持つことが出来た。今日のスライドにもあったように、「その中」にいる人が自分たちの行動や特徴を認識することは難しいのだと、今季の授業全体を通して感じた。

・半年間授業を受けて、毎回驚きの連続でした。文化と言語の分野は、シニフィアンやシニフィエなど、聞き慣れない言葉が出てきて、少し難しかったですが、理解できるととても楽しかったです。近代の制度の分野では、今まで意識もしていなかった、学校や時間、工場など、身の回りのことを知れて、とても勉強になりました。

・文化について様々な視点から考察できて、自分の視野が広がったと思います。期末レポートには自分の興味のある分野を取り上げ、授業で教わった書き方に沿り考察を深めて作っていきたいと思います。

・現代文化論の講義を通して、これまでよく分からなかった文化というものへの理解が以前より深まったと思う。文化や社会はわたしたちの日常に存在しているものだと感じた。

・この授業を半年間受けて、私たちが使う言葉がどうやって認識されるかを、ソシュールの言語観と関連付けながら考えることができました。また、権力の性質、ジェンダー、階級・階層が文化とどう関わっているかなど、普段はあまり意識しないことについても考える機会を与えてもらいました。レポートの書き方なども含め、論文を書くときのコツなど、ためになる知識もたくさん得ることが出来ました。半年間ありがとうございました。

・最初の授業はサウンドスケープから始まり、食べ比べのレポートという課題が出されたので、「この授業…謎だ!」と思っていた。そして段々授業を受けていくうちにシニフィアンとシニフィエ、恣意性など意味不明な単語が沢山出てきて、更に謎だった。でも2部や3部は、社会科学概論と内容が似ていたり興味がもてたりしたので、とても理解が深まったし、それゆえに気になることや今までの自己流の解釈と違うという発見があった。現代につながる近代社会については、もっと学んでいきたいと思った。後期も楽しみです!

・現代文化論は、初め音をきくところから始まりました。その時点でおもしろそうな授業だなと思っていましたが、その後の言語や権力や階級、制度などの話も興味深いものばかりでした。また、レポートの書き方まで教えていただきためになりました。ありがとうございました。

・今日の講義でゴキブリを大切にしている地域があることを聞いて驚きました。ゴキブリに対する考えも色々あるのだと感じました。 今日の講義で前期の過程が終わり、多くのことを学ぶことができました。最初は、周囲の音を聴くことから始まったので、この講義は何をしていくのか不思議に思っていました。しかし、回を重ねるこどにジェンダーや階級など様々な分野が取り組まれ、とても勉強になりました。後期も頑張りたいです。

・初めは学習したことのひとつひとつが点の状態だったが、7月になってようやくつながった。
抽象的で分かりにくい・分かるまでに時間がかかるのは、今まで考えたことのない切り口からの視点だったからだと思う。

・最初は食べ比べだなんだと楽しみながら授業を受けていたが、あれよあれよという間に授業の中身についていけなくなっていったことが印象的だった。学べば学ぶほど、「知らない」ということを知ってしまい、むしろ分からないことのほうが多くなってしまうのは学問の常なのだろう。とにかく今はたくさん本を読んで、知識のストックを作っていきたいと思った。

・初めてこの講義を受けたときに他の堅苦しい授業とは違うなと感じた。1回目の味比べのレポートも自分自信楽しみながら考えながら作成することが出来たのが印象的だった。私の授業の感想が授業中に公開されて恥ずかしながらもとても嬉しかった。

・現代文化論の講義では、文化圏による捉え方の違い・権力の概念・近代とは何かなど、実に多くのテーマを扱っていたように思う。それらの多くは独特な観点からのアプローチがかけられていたので、非常に興味深く、毎回新鮮な気持ちで授業に臨むことができた。また、レポートの書き方について学ぶ機会もあり、大変有益な情報を得ることができた。実際にレポートを書く際に役立てたい。

・半期終わって、内容を振りかえってみると、中にはまだ理解しきれていない部分もあったことに気づきました。もっとちゃんと復習をしなければならないと思いました。

・レポートのことで悩んでいたので講義に出てアドバイスがもらえて本当に良かったです。数回前の講義から教えていただいていたレポートの書き方や授業の内容で学んだことなど思い出しながら良いレポートにしたいと思います。また、女性の工場労働者の置かれていたその当時の状況がわかり、その当時の女性は我慢強いと思いました。まあ経営者側にも労働者を教育することで経営がよくなるという意識があったことを知り、教育に関する関心は思っていたより古くからあったのだと驚きました。

・この半期を振り替えって、文化についての見方が変わったと思う。文化は近代も現代も私たちを取り巻くさまざまなものに影響していると思った。

・今まで文化のことについて興味・関心が少なかったですが、この講義を通じて興味・関心がつきました。

・講義を通して、レポートの書き方や考え方を学ぶことができました。
内容は難しく理解するのに時間がかかることが多かったです。

・前半は意味がわからなかったけど後半は面白かった。文化をみつめるときには比較が不可欠だとわかった。

・世の中における文化、とりわけ言語の持つ力についての話が印象深かったです。
また、ここ最近やった近代の学校の制度も興味深い内容でした。レポートでは学校の特徴的な制度である給食について書きたいです(仮)。

・7月26日をもって前期の現代文化論の講義が終了しました。授業を聞いていくうちに、今まで自分が考えていた文化とはまた違う形の文化を知ることができました。また、後半の授業で取り上げられた近代のことについては高校の時に習った近代とはまた違う一面を見ることができ、いつも驚きの連続でした。とても楽しく、発見の沢山あった授業でした。レポートの提出がまだなのでしっかり提出したいと思います。ありがとうございました。

・今までとは違う目線から物事を見るということを学んだ。新たな視点を得ることが出来たと思う。

・黄金虫は名前の通りの虫だと思っていたので、驚きだった。半年の間に様々なことを学習したが、当たり前に思っていたことが少し前まではそうでなかったという話も講義の中で多々あった。おかげで、今までとは少し違った視点で見ることができるようになった気がします。ありがとうございました。

・現代文化論の講義は、とても内容が充実していたので、受けてよかったと思いました。難しい内容も、先生の説明がとてもわかりやすく、深く理解することが出来ました。私は特に、最初の方のサウンドスケープがとても印象に残っています。「なんで文化についての授業で音を聞くんだろう?」と、最初は疑問に思いましたが、それが文化に深く関わることを知り、面白く感じました。後半も、文化を様々な視点から学習し、自分にとってとてもためになりました。また、レポートの書き方や勉強法、内容がわからなくなった時の対処法など、重要な知識も学べて、本当にこの講義を受けて良かったと感じました。

・文化というものを単純に考えていたのですが、授業ですごく幅広くて深いものだと思いました。難しい内容もあったけどこういう視点もあるのかと新たな考え方を身につけられた気がします。

・一年生のうちにとっておくべき講義だったなぁ、と思いました。
レポートの書き方などは特に大学入ってすぐに知っておくべきだったと思います。ただ、3年生になった今、復習と確認という意味ですごくいい復習になったのでよかったです。

・文化論の講義は難しい内容が多くついていくだけでも大変だった。だけどレポートのやり方などとても参考になることが多かった。自分にはまだまだストックが無いのでこれから作っていこうと思った。

・文化論って正直意味分からなくて興味持ったんで受けてみてこういう類のものなんだと思いました。
感想を送るのが毎回出来なかったのでそこは反省したいところです

・前期分の授業が終わってしまいましたが、私はこの授業で今までと違う側面から世の中を見れてよかったです。最終回のお話を聞いて、今までの講義内容が○○学というような関連分野とつながっていておもしろいなと思いました。後期も文化論をとる予定なので、より深めていきたいです。レポートのほうも書きかた講座を生かして仕上げたいです。ありがとうございました。

・難しくてあまり理解できない内容もありましたが、初めて知ることばかりでとても勉強になりました。

・これまで講義を受けてみて、私は文化の政治学の分野が一番興味深かったです。高校で学んだ政治学とは違う側面を知ることができてとても面白かったです。ですが、それ以外の分野では理解するのが難しい所が度々あり苦労しました。
また、講義の中でレポートの書き方を学び、自分の書いたレポートの悪い点を知ることができたので今後のためになりました。

・シニフィアンとシニフィエの関係の講義の時は、理解することが難しくて苦戦しました。しかし、学校の制度の講義の時は、礼法や教室にも権力が働いていることに、とても関心を持てました。特に小学校でさんざん注意された礼法に権力が働いているということは、少しショックでした。レポートもしっかり書こうと思います。

・この文化論で、私が大学で学んでみたかったことを学べて良かった。また、新たにいろんな視点で物事を見るということを出来るようになったので良かった。

・前期ではサウンドスケープから近代以降の諸制度についてなど様々な側面から文化について学ぶことができました。また、レポートの書き方も教えていただいたりと、とても為になる授業でした。ありがとうございました。

投稿者 amiqing : 00:31

2010年07月13日

7/12の感想

 7/12の講義の感想です。

・現在の労働時間は季節に限らず一律であるが明治の頃の労働時間は季節によって変わったり遅刻しても良いということで今よりも決まりが甘いなぁと思いました。昔の場合、身分の違いも関わってくると思うので時間の使い方がそうなってくるのかなと考えた。
※今日の説明で、「甘い」という方向へ発想が向かうのはちょっと。

・昔は遅刻をすることも権力が関係していると聞き興味深かったです。時計を意識してなかったということは今のように働いて時給という考えがなかったのでしょうか?
※なんかちょっと誤解がありそうな気もしますが、「労働時間」というような観点はないでしょうね。

・工場が時代が経つにつれて2つの時間について考え方が変わり、規則が変わっていることが時間概念が定着したんだなと思った。また、官公庁の労働時間はうらやましいと思った。

・レポートの返却があったが、自分はあまり書き方がよくなかったので、期末レポートでは挽回したい。

・不定時制から定時制へと変化するときには必ずと言ってもいいくらいに従業員たちの混乱が発生したと思うので、時計の読みかたから教育しなければならないと思うと、それまで当たり前だった考え方をひっくり返すことで当初は遅刻の罰則などでむしろ効率が下がったのでは、と思った

・身分制度というものは、本当に恐ろしいものだと思った。明治8年?の官営工場の時間規定は、自分は厳しすぎると思った。しかし、その頃の人々からすれば当たり前なので、何とも思っていなかったと思う。もし自分もその頃に生まれていたら、今とはまったく違う価値観を持った人間になっていたかもしれない。そう思うとぞっとした。

・明治初期の工場の時間規則はかなり厳しかったようだ。しかし、後になって緩くなっている。やはり規則を馴染ませるにはあまり厳しすぎてはならないと思った。

・近代の労働時間はとても厳しいことが分かった。特に、作業開始の一時間前にはいなければならないというのは、今では考えられないと思う。

・時間観念の定着について学び、明治時代は遅刻の規定が厳しいと思った。私はほとんど遅刻をしたことはないが、遅刻をすると周りの人からの信用を無くすと思う。労働者が自分自身のメリットのために時間観念を定着させたのと同様に、現代の私たちは信頼を得るメリットのために、今一度時間観念を定着するべきだと思った。

・レポートにコメントをつけてくれたことは初めてなので今後に生かしていきたいです。

・制度が変わるときに前の時代の制度を引き継いでいるということが明治の工場の例を見てよくわかった。制度が変わるには時間がかかるんだなと思った。そう考えると、今、日本を変えようと頑張っている政治家達にも時間を与えないといけないと思う。それにしても昔の官公庁の労働時間は短かったんだなと思ってびっくりした。

・なんかあれこれ訂正や指摘されるより、「結局近代とは何か。」と一言いわれる方がグサッと来ますね。 確かに読み直すとイマイチな文章でした(独自性も足らなかった)。ただ、バブル景気以前と崩壊後はどうしても違う時代にしか見えません。前に「俺が産まれる以前が近代」と言った人の話がありましたが、自分としては共感できる意見でした(自分はバブルが崩壊した91年生まれ)。もしかしたら前半の明治維新が境目云々の文章が、自分の考える近代とは何かを不明確にする、余計なものだったかも知れません。

・わたしは段落分けをしなかったので、今度からは気をつけようと思いました。レポートの書き方が全く分からない状態なのでこのようなレポートに関しての講義はとても嬉しいです。

・時間にそって行動することは今や当たり前となっていますが、それがいつから始まったか、時計が普及していないときはどうだったかなど、今まで考えもしなかったことを知れて面白かったです。

・レポートの注意点が3分の1くらい自分に当てはまっていたので、次のレポートを書くときは気をつけたい。

・工場の時間の規律もディシプリン権力が関わっていたことを知った。当たり前のことに権力が隠れているということは、他の現象?にも言えることなのかな、と考えた。

・時間感覚というと、人間に特にきっかけなくに身に付いてきたもののように思っていたので今日の講義は興味深かったです。

・先生でさえメモに構成を書き出してからレポートを作っているのに、直接パソコンに打ち込みながら構成を練る私のレポートは軟弱な文になっているんだろうなと感じた。

・公務員の労働時間は短くて工場労働とは随分違うと感じた。遅刻に関しては厳しかったと思った。

・レポートの返却がありましたが、自分のものがまだまだだということを痛感しました。ただ、バナナの話はとてもおもしろいと思いました。

・労働者にとっての遅刻が、給料を減らされたりするのに対して、権力者はそうした措置がとられないことは不公平に感じた。

・近代の学校制度にも興味を持ちましたが、工場制度にも興味を持ちました。やはり時間は生活する上で必要不可欠ですね。労働者が仕事をする前に待機させられるという話には特に驚きました。時間感覚が身についているか身についていないかで、人間の生活は大きく変化すると思いました。

・レポートの内容が自分でも納得いかない部分があったので、期末レポートは文献も使って中身のあるものに仕上げたい。今日の内容について思ったのは、人の感覚というのも周囲の環境によって左右され、自らもまた左右する側になるのだと考えた。労働も一種の団体行動であるから、周りに遅れをとると罰せられるのだと思った。

・今日の授業でレポートを書くにあたってもう一度、考えなくてはいけないと思った。最後のレポートでは、その点に留意していこうと思った。普段の授業でこんなに丁寧にレポートについてはやらないので助かります。
※でないと、形にならないものばかり読まされるので、苦痛なのです。そしてこれだけやっても、まだ苦痛は多いという過去の経緯。

・今日の講義で自分のレポートはまだまだであることが分かりました。今までのことを踏まえて、レポート作りに励みたいです。また、今回の授業で明治辺りの時間観念は厳しいと思いました。身分差を示すといっても、1時間も前に集めるのはやり過ぎだと思います。

・今日の授業では近代以降人々がどのようにして時間を感じていったのかということを知ることができました。私は小学生のころにバス通いだったのですがその時は時計を持っていなかったので、自分たちの歩くスピードと感覚で時間を感じていました。ちなみにバスに乗り遅れたことはありませんでした。近代以前の時計の無かった人や近代にはいっても時計を持てなかった人もそのように定められた時間を感じていたのでしょうか

・昔の官営工場が一時間前集合だったということは初めて知りました。時計があらゆるところにある現在は時間を知って時間を守ろうという意識が植え付けられているので、昔はそうではなかったということは想像できないと思いました。

・工場の時間制度について、不定時法への配慮がなされていたり、企業時刻後15分までは入場を許すなどの配慮があったことで労働者はしだいに時間感覚を身につけていったことがわかりました。今日の授業も面白かったです。

・時計がない時代でも、鐘や汽笛によって時間を守っていたことから時間感覚が身についていったとわかりました。いずれにせよ、時間感覚は家庭、学校、職場それぞれ違いますし、新しい環境になればそれだけ自分の身に定着させる必要があります。わたし自身も大学ではもちろん高校とは違う時間感覚になったので、慣れるまで大変でした。実際、先週の見なし月曜日は、金曜日なのにという感覚が強くて、調子がくるってしまいました。

・近代における学校制度や工場制度から、近代頃から時間に終われ、また型に当てはめられた生活になっていると思います。

・今回は、近代の工場制度についての講義でしたが、徐々に時間の感覚が定着していくことに学校における時間の教育が似ているなと思いました。労働者の持つ不定時法と工場側の持つ定時法がうまく溶け込んでだんだんと時間を守ることができていく過程に感心しました。また、今回はレポートが返却されましたが、出題のテーマと書いた内容がずれてしまっているとのご指摘ありがとうございました。自分ではこのような書き方でいいと思っていましたが、確かにもっと問いに慎重になって書くべきだったと思います。8月提出のレポートでは「レポートの書き方講座」や今回のレポート反省を生かしたものを書くことができるように頑張ります。講義も残すところあと1回ですが、最終回も楽しみにしています。

・「時間」観念の話を聞いて日本人は時間に縛られている部分があると感じましたが、時間感覚を身につけることによって労働者にもメリットが生まれるなどプラスになる部分もあってなるほどと思いました。あとレポートはWikipediaを参考にした部分がいっぱいあったのでこれからはちゃんと自分の言葉で書かないとなあと思いました。あと日本史もあやふやで…泣あとコメントの「馬から落馬」的なとはどういう意味ですか!?
※わかんないのか(笑) 「頭痛が痛い」はどうですか。

・レポートの悪かった所を見直して、次回もっといいレポートを書けるようにしたい。時計などが普及する前は分刻みで時間を知ることが出来ず、集合の時間もアバウトだったと思った。今は時計も普及し、時間に制限されながら生活していると感じた。

・労働者が時間感覚を身につけたのは自分のメリットの為で、それが階級の身分関係を契約関係にした要因にもなったところに驚いた。契約関係は、結果として使用者側に操られてるといえるからだ。近代の使用者は契約という権力を行使したんだなと感じた。

・明治初期には、労働者が一時間前に出勤していたというのは驚きであった。当時、身分というものがいかに人々を支配していたのかを考えさせられた。

・高校の時は教室に時計がなかったので自分で時間を管理しなければならなかったが、それも時間観念を定着させる方法の一つかな、と思った。

・今回のレポートで、悪い特徴を自分ももっていた気がしたので次回はきをつけていきたい。

・労働者の時間感覚がきちんとなりたつことで、仕事の合理化が成立し、無駄に早く出勤させることがなくなった。現代の私達には想像しがたいが、時間感覚が低かった時代において、これは非常に革新的なことなんだなぁと、少し感動しました。

・ ヨーロッパの工場のほうが時間にルーズというのは、日本と時間感覚が違うからなのだと思った。ということは日本の方が時間にも、身分関係にも厳しく、権力が強く働いているからなのではないかと思った。

・労働者が時間感覚を身につけたのは自分のメリットの為で、それが階級の身分関係を契約関係にした要因にもなったところに驚いた。契約関係は、結果として使用者側に操られてるといえるからだ。近代の使用者は契約という権力を行使したんだなと感じた。

・明治8年は、労働者は不定時方なのに対し、工場側は定時方であるのは、様々な場面で不都合が起こり、大変だったのだろうなと感じた。また、明治5年の官公庁の労働時間が4時間、のちに増えても6時間ということにとても驚いた。自分は土日にバイトをしているのだが、休日ということもあり、1日に10時間以上働いている。現在は学生でもこれだけの時間を働くことがあるため、昔の人は少なからず優雅な生活を送っていたんだなと思った。

・講義で聞いた、バナナの価格で近代がいかなるものかを論じるのはすごいとおもったし、私も読んでみたいと興味を持ちました。しかしそれも、近代はいろんな意味で発達を遂げた時代ということに関連しているのは間違いないとおもいました。講義をうけて、きっと今回の課題では似たようなレポートが沢山あるのだろうと感じました。また、時間感覚についてですが、その感覚が身についていてよかったとおもいました。というのは、その感覚があったからこそ、私たちには規則ができ、決まった環境のなかで束縛されつつも、 いいかえれば保護されながら安心して生きていられるのだと感じたからです。しかし、もし時間感覚がなければ、野性動物に近い生活をまだしていたかもしれないとおもうと、それも経験してみたいとおもいました。

・明治初期の官営工場では労働者は1時間前から集められており、そこには「官」と「民」の身分差が表れているという話がありました。私はこの関係は現代の野球部の先輩後輩と似ていると思いました。後輩はやるべきことが無くても、絶対的に先輩よりは早く来ていなければならないのです。

・月5の現代文化論Iのレポート課題のことについてお聞きしたいことがあったのでメールしました。思想についてまとめたいと思うのですが、これは今回の「制度」として取り上げるレポートにふさわしいテーマですか。

・期末レポートのテーマに、服飾について取り上げたいと思っています。その中でも特に履物や髪飾りなどについて調べていきたいのですが、「制度」にこのテーマが当てはまるか心配です。装身具や履物をテーマにしても大丈夫でしょうか?

投稿者 amiqing : 00:18

2010年07月09日

7/9の感想

 第12回、7/9の講義の感想です。

・私自身、義務教育を受けていた頃、遅刻をした事はありませんでした。当時は遅刻は良くない事だと考えていましたが、現在ではそれは違うと思っています。「遅刻」「時間厳守」という概念は権力・体制側が一方的に押し付けたものであるため、〈時間を守れない=悪〉という考え方には疑問を感じます。また、権力・体制側の人間は、いわゆる「遅刻」をしても不問にされてるのではないでしょうか。そこに道徳的価値観のいかがわしさを感じます。

・昔の職員室の時計が30分から1時間30も遅れていることをしり、驚いた。また、時計がないのに時間厳守とかいわれたらいやだなと思いました。

・今日もレポートの書き方について学んだ。情報のストックを作ることが重要だということなので、自分もパソコンを使って作ってみたい学校の話しでは、今の時代はとても恵まれてるなと感じた昔は裕福な家庭しか高校、大学に進学できなかったそうだせっかく大学に通えているのだからしっかりと勉強したい。

・学校化に抵抗する親が多くいたというのは、今の感覚からすると意外だった。(今でも学校に噛み付くアレな親はいるが)レポートに関してですが、「参考文献が必要だからといって〜」という話で、その人は何をしたから没になったのか、そこが聞き取れませんでした。あと、レポートの提出は具体的にいつなのでしょうか。
※参考文献の抜き書きだけでレポートを作成した、です。

・学校という制度が始まってすぐの頃は、学校への就学率は意外と低いと思った。正直、もう少し高いと思っていた。

・教育の場は、学校だけではなかったのだと知った。確かに昔の人にとっては、学力よりも、生きるための知恵のほうがもっと大切だったのだと改めて感じた。今、学校に行くことが当たり前になりすぎて以前に学校化への人々の抵抗があったことに驚いた。

・卒論を書く際に、Googleでのニュース配信やEvernoteといった媒体を使うことによって、より中身の濃い論文になると思うので、これから卒論のテーマを考えるにあたって参考にしたいと思った。
※それは卒論のテーマによりますので。

・学校というものがちゃんと制度化されたのは、思っていたよりも最近なんだと知り、驚いた。校長先生の言い訳は、本当にひどいものだと思った。

・近代の日本の学校において、すでに時間の概念が重要だったということを知った。

・学校は自由(階級制の廃止)により機能するようだが、他にはそれによって機能するものがあるのか調べてみようと思う。

・実質的就学率と通学率の違いがイマイチわからなかった。最初に身につけるものが時間だったという話で、言われてみれば小学校に入るまで時間を意識しなかったと思う。今では親は子どもが学校に行ってくれると安心だけど、それは家業を継いだりすることがないからだろうなと思った。親と同じ仕事をして生きていくならば外部の教育は確かにいらないようにも思える。自分はあまり遅刻しないけど、遅刻の誕生という本は気になったので借りて読んでみようと思った。

・ノートの取り方を変えてみました(なんとか大学式ノート)授業に集中できました
※コーネル大式は、講義が終わってからの復習時に、特色が活かされるものですよ。

・時間厳守を指導しようと思ったら、時間を知らせる職業はけっこう重要な存在であると思いました。時計がない生活は想像できませんが、時計を見ない方が時間が早く進むように感じます。

・レポートの書き方で、今後にいかしていきたい情報がたくさんありました。パソコンのやつは便利で使ってみたいと思いましたが、難しそうでもありました。

・学校階層により新たな社会構造が固定されるならば、学校に通うことの出来ない貧農層や都市雑業層と、通うことの出来る富農層などとの間で格差が生じてしまうことは明らかだと思った。

・ストックをするために便利なツールがあることを知り、使ってみたくなりました。また、学校のおかげで時間厳守という考えを身につけられたということが分かり、ある意味強制的な学校化の側面もありますが、このことが今私に身についていて良かったなあと感謝しています。

・近代の学校では先生より子どもの方がちゃんと時間を守るということに驚きました。

・情報を様々な方法でストックしておくとレポートを書きやすくなるだろうと思った。

・レポートの情報のストックはやり方を参考にしてやってみたいと思いました。また、昔の学校では先生の方が遅刻するような時間の使い方をしていたということが驚きでした。

・情報のストックを作るために早速Googleアラートを設定してみました。これからどんどん増やしていって情報をストックしていこうとおもいます。

・学校が時間で縛られているのは「時計」だけではなく「時間割」もあると思う。しかし、昔から時間で縛られていた事により今の日本人に時間厳守の考えが根付いたと思う。外国では交通機関でさえ時間を守らない。また、学校制度に抵抗した人もいたと思うが、今これだけ学校制度が定着していると考えると学校制度の存在は大きいものだったんだと思う。
※時間割の話、してたけど……。

・近代は自由の始まりの象徴だと思うので、そのために階級制が生まれてしまったのは皮肉だなと感じた。

・小学生徒心得の「毎日参校は受業時限十分前タルベシ」で気になったのだが、『授業』ではなく『受業』となっているのは、当時のその生徒心得でそう表記されていたのだろうか。それとも誤植だろうか。

・今日の講義でGoogleの機能は改めてすごいと感じました。また、学校は開始当初、人が全然集まらなく、裁縫などを取り入れて人を呼ぶ工夫をしていたことに驚きました。
※そこで「人が」と言っちゃだめです。女子の通学率向上の話をしていたところですから。

・時間厳守の考え方が日本に定着したのは時期は戦後なのかそれ以前なのか。また定着するきっかけがなにかあったのかと感じた

・学校の時間観念のお話を聞いて、自分の中学時代を思い出しました。私の中学校はチャイムが無く自ら授業開始3分前に座るという「3分前着席」というものでした。これを中学3年間続けたことで、今でも3分前行動が身についています。学校での時間厳守は、それからの日常生活での行動にも繋がるので、大事なことだと思いました。
※主体に内面化するしくみがあったわけですね。

・学校での時間管理について聞いて、すごく興味がわいたので、時間があったら「遅刻の誕生」を全部読みたいと思いました。

・近代日本での学校化は、全ての国民に好意的に受け入れられていたものと考えていたが、そうではなかったことを知った。手に職をつけるというのは、現代でも仕事をするにあたって重要なスキルの一つであり、都市雑業層の人々が言うことも一理あるように感じた。

・EVERNOTEはとても便利だと思った。わたしも一度レポートに使ったサイトなどはブックマークしているが、トップページをブックマークしておくとどのページを使って書いたのか忘れてしまって見直せなくなることがある。また、総合的にニュースを扱うサイトでも記事別ならどこに何があるのか簡単にみわけられるようになるのは、本当に便利だと思うので、ぜひ情報のストックを始めてみようと思った。

・今回の授業で情報のストックの仕方がわかりました。今まで情報のストックがほぼなく、フローばかりだったので味のないレポートしか書けないことを悩んでいたので、今回の授業の内容はとても参考になりました。

・ 私には情報の「ストック」がまだまだ少ないと思うので、授業のことを参考にし、ストックを増やしていきたい。そしてそれを上手くレポートに使いたいと思う。今回の授業では学校制度の中に時間という観念を取り入れたという内容だったが、その他にも学校に取り入れられた制度はさまざまあると思う。

投稿者 june : 19:09

2010年07月06日

7/5の感想

 第11回、7/15の感想です。

・アダム・スミスの針金の話は確かいつかの福島大学後期入試の課題文で読んだことがある気がする。
レポートはちょっと失敗感があるので、修正して金曜日に出します。

・権力が作用する場としての学校というところで、学校が与える権力はとても大きいと感じた。
小さい子供(小学生)は、教師のいうことは絶対という心理があるため大きく影響されると思う。

・書くために活用できるツールがいくつもあることがわかった。ストックを作るということについては、どのような感じなのかいまいちわかっていないが、ツールの活用などを通して、自分にとって使えるストック増やしていけたらいいと思う。

・今日の講義を聞いて、「工場の原理と学校の原理は同一である」という言葉に強い嫌悪感を感じました。これは、子どもを工場で作る製品、すなわち物・商品と見なしているように思われてなりません。現代の学校教育にも、そのような非人間的な側面が含まれているのではないのでしょうか。

・レポートの書き方は引き続き勉強になった。まだ拙いレポートだが、これから学んでいきたい。また、学校という制度も、今と昔とで大きく仕組みが異なるということがわかった。

・自分のレポートの書き方を見直すいい機会になりました。

・確かに行事の度に座り方歩き方返事の仕方などを指導されていた。権力が働いているなんて知らずに先生にしたがって生活していたんてなんか損した気分だった。
※権力に従うのは、別に損をするわけではありませんよ。「いいこと」があるから権力に従うという例を、これまでいくつも紹介しています。

・バーナード卿が「工場と教育の理念は同じ」と言っていたように、学校教育も子どもたちをある基準にのっとって作り替えるというある意味で「工場」なのではないかと思った。

・昔は学校と呼べるものがなかったために家庭や共同体が教育の役目を果たした。最近子供のしつけができない親がいるというのは、学校という存在が生まれたことで教育をすることを放棄したのだと考えると納得できた。

・福大の入試は小論文だったので、今日の講義を参考に、レポートも同じように書けば大丈夫かなと思っているのですが、もし違っていたらすいません。アダム・スミスの話はすっと理解できてよかったです。

・今回の現代文化論の講義を受けて、学校で権力を受けていた機会が以外と多かったのだなと思いました。自分でもそのような権力を見つけてみたいと思いました。

・寺子屋と明治時代の学校の図があったが、明治時代の学校は現代の学校に近いと思った。

・課題は「近代はいかなる時代か」というものだが、これ自体で問いが立っていると思う。確かに、少々大きい問いであるのは間違いないが、そのまま答えられないものでもないと感じた。

・今日の授業では学校教育にみる近代の位置付けがわかった。そしてレポートの書き方もある程度わかった。これからに生かしていきたいです

・私は、近代以前の学校と教育の違いに興味が持った。そこで、教育と学校の概念が近づいていく過程についての私の考察を紹介する。近代、フランス人権宣言を機に、平等意識が権利から、権利として認められた内容にまで向けられていった。従って、教育への価値観が一部の支配者、教育者による教育から、一般市民全員が必要とするだろう教育に変化したと言えよう。
※むしろキミの「考察」が、今回の講義とどう関わるのかを聞かせてください。

・今回のレポートをかいて前回よりもよくなったが,今日の第二回レポートの講義をきいてまだまだだなと感じた。

・五つのチェックポイントは参考になった。論文を書く時だけでなく、読む時にも意識してみたいと思った。

・確かに、あとから自分のレポートを見ると、訂正したくなるところが何カ所かありました。
これから、いろんな科目のレポートに取り組むと思うので、時間をおいて何回か見直しながら取り組みたいです。
※時間をおく、というのは大事です。時間があればね。

・今日の講義は学校という身近な制度に関しての内容でしたが、その時代時代で教育に対する考え方が異なることが興味深かったです。

・自分のレポートは三部構成になってなかった。もう一度書き直します。

・イギリスの近代の学校の様子の絵にはびっくりしました。クラス分けという発想はこんなに早くからあったんだと知りました。

・今日の講義を参考に、論文を丁寧に書き直してみます

・今日は前回出されたレポートの提出日でした。先生がおっしゃったように一度書き直しをしてみると、自分の書いた内容が大部分で不完全だったということに気づかされました。今回の授業では、レポートを書く場合のチェックポイントについても教えていただいたので今後のレポートにも生かしていきたいと思いました。

・レポートを書くためのツールとして、Dropboxのようなものがあることを今日初めて知りました。また、1800年頃のイギリスの学校では、すでに習熟度で分られていたということに驚きました。

・前回学んだポイントを意識してレポートを書き直してみたが、自分が書いたものは、やっぱりまだ正確な情報量が少ないように感じた。これからストックを蓄えられるように、様々な知識を身につけていきたい。
また、私たちが学校に通い学年が上がっていく仕組みも、段階を経て経験や知識を習得していっているのだと考えると納得できた。

・今日の授業を聞いて、自分が今までもっていた“学校が教育をする場”、という考えは少し違うのかなと思いました。“平等な教育”というよりも“階級を意識に植えつける教育”ということもあるのかなと思いました。また、本日レポートを提出できなかったので、次回に提出させていただきたいです。申し訳ありませんでした。

・レポートはこれからは、授業で教わった書き方を守って書きたい。

・子供には男女関係なく均等な教育を与えると聞いたが、昔は女だから家庭科の授業を受けるとか男女によって内容に違いがあったと聞いた事があります。また学校の制度によって男女の区別がはっきり表れたと感じる。(座り方の違い、制服など)

・ベル=ランカスター方式の優位性を賞賛したというバーナード卿は、いったいどういった立場の人物なのでしょうか。教育の方法について批評するということは、教育者や教育学者だったりするのでしょうか。調べ方が悪いのか、バーナード卿の詳細を見つけ出すことが出来ません…。

・学校=教育ではないということだが、最近では学校に教育を丸投げしてしまっているモンスターペアレントの話を聞いた。自分の子供の箸の持ち方がなっていないことを学校に苦情をいれたというものだ。この話は稀なケースだと思うが、一般常識やマナーは家庭で教えて然るべきだと感じた。

・まだレポートを書くこと自体に慣れていませんがこれから改善していきたいです。昔は学校での教育が体系化されていたことについて驚きました。それに基づいてクラス分けなどにつながっていったのでしょうか

・ 今回のレポートの書き方講座では複数ページは「pp.43-52」のように書くことに驚きました。「pp」と書くのですね。この時期はレポートも多いのでチェックポイントを参考にしていきたいです。今回の近代レポートは前回分から2、3回書き直ししてから提出したのですが、書き直しすると自分の書いた文章の変なところが発見できるということがありました。改めてみることが大切だなと思いました。学校制度の説明ではイギリスの近代的学校の様子の絵が興味深かったです。大きな会場で大勢の生徒がいてモニターのもとに聞きに行く様子は新鮮でした。日本の学校の様子は中学の時や高校の日本史などで少し見たことがありました。習熟度別のクラス分けの話がありましたが、私の高校では私の学年から各クラスのレベルを平等にしていたようなのですが(前の学年は点数でクラス分けだったそうです)どちらが効率的というか効果があるのでしょう。そのような疑問を抱きました。今週はみなし月曜日なので金曜日にまたありますが、続きを楽しみにしています。
※ベル=ランカスターにおける習熟度による段階分けは、今の学年と単元の概念にほぼ等しい……と説明したつもりでしたが、うまく伝わらなかったでしょうか。

・今日講義を聞いた上でもう一度レポートを見なおしたところ、直すべき箇所がいくつか見つかり、見直すことの大切さを実感した。

・レポートで、序論、本論、結論というのは基本的なことでもありますが、やはりこれらに注意して書くことでよりよいレポートが完成することを改めて感じました。今日の授業で今の学校のクラスや学年分けとかいったものは当たり前だと思っていましたが、寺子屋などの教育方法と比べるとそれが画期的なものであったことが分かりました。

・フーコーの身体の動きにも権力が発生するという説に共感しました。言われてみれば確かにという事ですけど、それに気づくのが難しいなと思います。

・レポートを書く際に、役に立つツールがそんなにあるとは思わなかった。知っているものもあったが、あまり活かせていなかったので、これから少しずつでも使いこなせるようになりたい。

・今日のレポートの書き方を参考に書き直したい。特にアウトラインプロセッサを使ってパラグラフ単位で書くのは実際にやってみたいと思う。学校の様子が現在のものと違っていておもしろいと思った。

・教育が学校に丸投げされているのは都市に行けばいくほどその傾向が高いと思う。地方はまだ過去の名残が残っているから、地域全体で子供の教育をしていると思う。

・近代と現代の学校の存在、教育の意味が違うんだなと思った。

・新たなレポートのまとめ方を聞け、今後の糧となった。

・学校教育が今のかたちになるまでにどのような経路を辿ったのか知り興味を持ちました。

・まず始めに近代以前は「教育=学校」ではないということに驚いた。今は学校からすべて学ぶというようになっていると思うので、近代以前と現在の「教育と学校」についての違いを感じた。例えば家族が教育を行うというのも現在では減ってきていると思う。教育についての考え方が徐々に変化しているのではないかと思った。

・レポートの書き方が参考になりました。元々限定的なものだった学校が現代になるにつれて様々に変わってきたのだと感じた。

・この前の講義のレポートの書き方からさらに詳しく書き方を教えてもらえて勉強になりました。レポートは言われたことに気をつけてちょっと書き直して金曜に出します。

・これから学校や教育について学んでいくということで、私は教職を取ろうと考えていたのでとても興味深いです。これからの講義はいつも以上に真剣になって聞こうと思います。

・レポートは、これから回数を重ねて腕を磨いていきたいです。近代の教育についてランカスターが導入したモニターという制度は今の教育ではどのように変化しているのだろう?モニターは生徒から選ぶ仕組みだが、簡単なものから難しいものを教えるという仕組みなら現代の学校でも普通に取り入れていると思った。

・まずはじめに、今の人と昔の人とでは、「教育」や「学校」の概念に対する価値観の持ち方に違いがあるのを感じた。というより、学校という制度は最近になって確立されていったのであり、昔は知育よりも職業的な教育や宗教的な教育が重視されたのである。また、教育に対する価値観が学校に頼らないというか、学校で教育するという価値観が元々なかったであろうしし、一般ではなかった。どのような風潮から教育が進んだのか。とても教育深い。

・座り方がいつの間にか固定されてしまうのは確かにそうかもしれない。私でも同じような座り方をすると思う。でも、そうやって権力が行使されていることに嫌悪感はない。ただ、自分の無意識に権力が行使されているのだと分かると少し怖い気もする。

・レポートを提出して、今日で4日目ですが、今日また見返してみると、内容を1つにしぼれていないところや、日本語がおかしいところなどがいろいろな悪い面が出てきました。ずっと何度も読み返していると、わからなくなってしまうので、1度ねかせるといいと思いました。女の子と男の子の座り方の話を聞いて、今まで当然のように、「これが女の子にとってきれいで、上品な座り方」と考えていたのが恥ずかしくなりました。教育の現場において、このような細かいところまで、権力がはたらき、社会に出た際、常にこの座り方を強いられます。これは、ジェンダーの気づかれざる部分だと思いました。おそらく自分を含めほとんどの人が気づいていないと思います。

・近代を学校という視点からみるというのが興味深かった。学校はかなりの権力が働いているといえるし、一種の洗脳だと思った。レポートはこれから三段構成を意識して書きたいと思います。

・レポートの書き方2ということでまた書き方について学べて良かった。これからのレポートに活かしていきたいと思った。あと、近代は学校というものが存在していても、教育される範囲は少なかったということで今の形までに繋がって行くのにかなりの時間がかかったのだろうなと思った。

・月曜日の現代文化論Tの授業を受けて、レポートの書き方がよくわかりました。治して提出したレポートも以前よりも格段に良くなったと思います。また、教育において、学校で教える教育と地域で教える教育の違いについても理解しました。

・レポートの書き方やチェックする点についつは勉強になった。また、式典での座りかたなど、私達が常識としていることや当たり前としていることもたいていは権力が働いているのだということがわかった。

・学校が子供に行使する権力について、教師(学校)の権力は大きいと思いました。わたしの個人的な意見ですが、これは自分の家族や自分に関係する人々にも言えることなのではないでしょうか。周囲からの影響に意志があれば権力になりうるのかな、とも思いました。

・前回(6/28)の授業でレポートの書き方講座をうけて、自分のレポートを見直し書き直してきましたが、今回(7/5)の授業でもう一度先生が振り返りをしていたのと一緒に自分のを照らし合わせると、まだまだ不足部分があるとおもいました。しかし今回のレポートで何度も振り返ったことで、その度に足りないところが見つかったので、見直すことの大切さに気づきました。

・もう1度レポートの書き方を考えてみたいと思った。大量の生徒を一同に集めてある図には驚きました。

・教育と学校は同義ではなく、学校は社会に埋め込まれた教育と講義ではなしていましたがそのふたつはどうちがうのかがよくわかりません。

・工場の原理と学校の原理は同じというのはなんだか違うと思いました。全く同じ人間ができるはずないし、言い方がいやでした。

・近代=自由ということが正解だといいことが分かった。勉強・就学したくても出来なかった当時の女性はかわいそうだと思った。自分もしっかり大学生活を頑張りたい。

・レポート作成のためにはたくさんのストックが必要だと思った。学校という制度が出来た頃は身分や家柄によって学校に行けたり、行けなかったりした。貧しい家は家の手伝いなどが忙しかったり、学校で教育を受けるよりも畑仕事の方が大事であった。また学校に行きたくてもお金がなかったりして学校へ行けないという人達もいた。今は学校という制度が確立され誰もが学校に通うことが出来ている。

・明治の就学率が低いのは子供が仕事などをしていて学校に行きたくても行けないのかと思っていました。親が学校に行かせない考えを持っていたことを始めて知りました。

・時間の概念が学校によって浸透したというのは驚いた。確かに自分も学校の時間割などで時間を把握することも多いなと思った。近代は多くの制度ができた時代だから、それに伴って概念も多く生まれたのではないかと思った。

・所得格差による学校教育(というより私塾?)の違いによって社会階層の決定がなされることを問題視する風潮が近年ありますよね。なので学校制度、特に公立学校はそれを見直す時期にあるのかもしれません。

・今回の授業では今まで何気なく受けてきた教育、学校の歴史を学ぶことがで今まで知らなかった学校や教育のことを知り、とても新鮮でした。これからは、教育や学校のことについてももっと意識して生活していきたいと思います。また、新たにレポート課題が出されたのでしっかりと取り組みたいと思います。

・今回の講義では習熟度分けに対する私の誤解を解いてくださってありがとうございました。確かに先生はそのような説明をされていたと思い出しました。学校における時間の概念の話ですが、(ほかの学生も感想に書いていて驚いたのですが)私の中学校でもノーチャイム(チャイムを鳴らさずに自分で時計を見て行動する)ということが行われていました。生徒も先生も大体は時間通りに行動できていたのですが、テストの際にはいつも時間にルーズな先生は5分くらい遅れてきていました。その時生徒たちが先生の時間を守らないことに怒りを感じたのは生徒への時間の概念の浸透ということがうまく行われていたのだと思います。また、高校に入ってからチャイムが鳴るようになって違和感を感じたこともありました。

・GoogleのニュースやEvernoteなど、自分が使える環境にあっても使っていない(もしくは知らない)のをもったいなく感じた。もっと有効に利用し、さまざまな事柄をレポートや卒論だけではない、自分のストックにしていきたい。

・近代の社会制度の例として学校が取り上げられているので、受け入れやすいと共に、今の体制が初めからのものではないことに驚きました。

・情報のストックをこまめに行おうと思った。そうすれば、知識の幅も広がっていくのではないかと思う。

・ドロップボックスやGoogleなどのオンラインサービスもうまく使えるようになりたいと思いました。昔は先生自身時間にルーズであったというのが想像できません。でもそうやって時間や校則が厳しくなっていったから日本の教育現場からは自由や個性が押さえつけられ、なくなってしまったのでしょうか。そう考えると複雑です。

・私の中学校ではチャイムがなりませんでした。それは時間を見て、自主的に行動することを促進するための制度でした。遅刻をして、あとから教室に入ると注目をあびるので、私は時間を守っていましたが、遅刻することで注目を浴びるのは全員でその人を見るということ。つまり、生徒全体で責めていることに近いと思います。このように他と少しだけなのに違うことをすると、異常なものだと考えられてしまうのは権力からおこりうるものの一種でしょうか?

・本日の授業ではグーグル便利な機能を使った知識の仕入れ方について学ばせて頂きました。その中で、少しずれていますし、うまく説明出来ませんが、「そのような機能を賢く使いこなしたり、うまく情報を得ること=文化的な生活を送ることにつながるのか?」という、思考にいきつき、またその意義について考えさせられました。

・今までの日本になかった観念を指導する場として学校があり、それがなかなか浸透しなかったということをはじめて知りました。

・昔の職員室の時計はとても時間が遅れていたと聞いて、そもそもなんで生徒は時間に縛られているんだろうと思いました。

投稿者 amiqing : 01:43

2010年06月29日

6/28の感想

 第10回、6/28の講義への感想です。

・近代についてのレポートは的外れなことを書いていたので、書き直しが必要と感じた。

・今回の授業も聞き慣れない言葉や難しい概念が多かったがいつもよりすこし真剣に聞いてみると意外と難しすぎることを言われているわけでないのかもしれないと思った。
※いつもそうしててください。てゆーか、今までは真剣じゃなかったということかね。

・現在4年生という事もあり、これから卒研を行う上での論文作成の基礎を改めて確認できたので、今回の講義はとてもためになりました。

・レポートの書き方については初心に戻ってやり直したいと思いました。

・今回受けた解説を元にレポートを完成度の高いものにしていきたいと思います。自分も書き直したかったので丁度よかったです。

・レポートの書き方が参考になった。でも当然のことなのかなと思うけど、忘れがちな内容でもあると感じる。
※忘れちゃうのは身についてないってことですが。

・レポートの難しさが身にしみました。わたしの場合、問に対して合った答えが多分書けていない感じがしました。ある意味レポートの書き直しがあってよかったように感じます。情報を集めて自分の知識として身につくように、その知識を活用する練習をしていかなけれだならないと思いました。参考文献も興味が湧いたので読んでみたいと思います。

・今日はレポートを提出し.自分が考えていた『近代』という時代について考えが深まった。今日の講義を踏まえて.また書き直したい。

・明治時代は個人の自由を重んじるようになって民主主義社会になっていったと思ったので、御触書によって細かい行動の規制がされていたのは意外だった。

・今日は教室が暑すぎて、集中できませんでした。自分のレポートが、あまり定義がなされていなかったので見直してみたいと思います。

・時代の区分には国によって差異があることが分かった。その差異には政治的事件が絡んでいることも分かった。

・近代の区分はいつかということを答えるべきだったのに、全く違う、近代の内容についてをレポートに書いていました。問いにたいする答えを正確にだしていきたいです。次回こそはレポートの書き方講座も参考にして、しっかりと完成させるようにしたいです。

・今日のレポートの書き方から自分のレポートの弱い点がはっきりしました。大学受験の際に練習した小論文の書き方も思い出しながら、論理展開がしっかりしたレポートになるよう、今回は仕上げたいと思います。また近代については言語(国語)についての部分に興味が持てました。教育という近代的な行為によって共通に通じる言語が一般化してきたという内容でしたが、薄れゆく方言についての教育もまた生まれている事を考えるとなかなか考え深いものがあると思いました。

・今までレポートの書き方について何冊か本を読んだのですが、今日の講義が一番分かりやすかったです。同時に今まで書いた何枚かのレポートが、全然問いが立てられていなかったなと思い、恥ずかしくなりました。

・時代の変わり目では多くのものが変化する。と、いうようなことを仰っていましたが、確かにそうだと思います。日本における一番の時代の変わり目は、「天皇陛下が死去され、新しい天皇陛下が誕生された時」です。これにより、「明治」、「大正」、「昭和」、「平成」というように、時代が移り変わってきました。このように、誰もが同一の認識のもと時代が変化しているのは、明確な区切りがあるからです。外国の時代の変わり目はどのようなものがあるのか、少し気になりました。

・今日から第3部でした。辞書の意味をそのままレポートに書いてしまい、自分とんでもないなと思いました。直しは頑張りたいです。

・レポートの書き方がとても参考になりました。"いい問い"を自分で考えるのは難しいし、知識をストックしていくのも難しく感じます。1年のうちに基礎だけでも身につけられたら、と思いました。

・レポートの書き方講座、とてもありがたかったです。自分のレポートをよく見直すきっかけになりました。次週はより良いものを持って行きたいです。

・私は近代の定義を曖昧にしてレポートを書いてきたので、今度はレポートの書き方を参考にポイントをしっかり押さえて書き直したいと思います。

・自分はレポートを書くときに、問いを立てずに書いていたので途中でつまづいてしまうことが分かりました。授業中でも問いを常に持てるように頑張りたいです。

・レポートの書き方ですが、今まで自分の中で漠然と定義付けしていた書き方、形式が今回の講義ではっきり、またしっかり認識できました。それを生かし、来週の課題レポートでは今回の書いた内容より、よりレポートらしいものをつくる意識で書きたいと思いました。

・今日のレポート講座は大変ためになりました。近代の定義は人によって異なると思います。その定義を明らかにしてからレポートを書けば、読む人にとっても分かりやすいと思いました。今日の講義を心に留め、日々さまざまなことから知識のストックをしていきたいです。

・先週の課題のレポートを書いたのですが、あまり上手く書けなかったと思っていました。しかし、今日レポートの書き方を教わって大変参考になりました。今まで私はレポートを書くときに自分なりの問いを立てることなく調べたことや知っている情報をただ書くだけのレポートだったので特に面白みのないレポートだったのだとわかりました。今日教わったことを参考にしてもう一度改訂してみたいと思います。

・3年生ですが、レポートの書き方について学んだことはなかったので興味を持って受けることが出来ました。どこに意識して書けば、良いレポートが作成できるのかについて知ることができたので、今度からレポートを書くときに注意してみようと思いました。

・私自身「フロー」だけでやはり「ストック」は足りないと思います。これからレポートを作成する際や,ゼミなどの活動で蓄積していきたいと考えました。定価や時刻の制度の変容の話興味深かったです

・レポートの書き方を学べた。抽象的なテーマをどのように書くのか、最低限の知識を手に入れることができた

・今日の講義でレポートの書き方を学ぶことができました。情報を収集して、まとめられる力を養っていきたいです。

・レポートの書き方講座は為になりました。次回も楽しみです。知識を蓄積するという意識が大切だと感じました。

・レポートの書き方講座とても役立ちます。Googleなどで情報を得たときでも、自分の興味のあることはストックとして残るような気がします。自分の関心や好き嫌いはストックのしやすさに関わってくるのでは、と思いました。

・レポートの書き方を教わってから「近代とはいかなる時代か」についての自分のレポートを見返した時、それがひどく穴だらけなものだということに気づいた。一口に近代といってもそれが示す範囲はかなりのものだと思うので、もう少し焦点を絞って問題設定をしていこうと思う。

・近代について考えると現在の私たちの生活の様々な制度等が作られたのだと思った。授業でやったレポートの書き方で知識がないと「いい問い」が出来ず、またいいレポートにもならないと思った。

・レポートの書き方講座はとてもためになりました。これからのレポートに活かしていきたいと思います。また確かに自分のその時限りの「フロー」ばかりで「ストック」がないと最近つくづく感じるので知識を蓄積するよう努力したいと思いました。制度の話で学校も制度と聞いて、今まで学校が制度という感覚はなかったのでなんだか不思議な感じがしました。

・シラバスにレポートについての話があると書いてあったので、今日のような日を待っていました。
今まで読んだレポートの書き方の本とはまた違った切り口からの話でした。
勉強になりました。

・レポートの書き方について、「このまま4年間レポートやってくのは無理だ」と思って本を探していたところだったので、これを良い機会にレポートの書き方を身につけようと思った。入学してから今までに書いたレポートは、確かにフローばかりで良質の情報が入ってなかったと思う…。今日から第3部で制度についての講義を受けて、時代によって制度が違ったり仕組みが変わったりするので、私達は政府にかなり左右されてるなぁと思った。でも今は(昔もか??)制度が多すぎて国民に知られてないものも沢山あるので、多すぎることによる弊害もあるだろうなと思った。

・前回のレポートの課題のとき、正直、漠然としていて何を書いたらいいのかわかりませんでした。それは近代についての知識がないからだということがわかりました。私は近代がいつからかよくわからなくて(あきらかに情報不足です)、近代がいつからかをごまかすように書いてしまいました。レポート作成のうえで、知らないことをちゃんと考え、調べることの大切さがわかりました。レポートを作成するうえであいまいなものは作成してはいけないですね。

・今日の授業を受けて、今日提出するはずだったレポートの手直しするべきところがわかりました。テーマの難しさに捕われて、レポートの書き方がなっていませんでした。来週はしっかり提出したいです。

・今日の講義で、自分のレポートの書き方に問題がある箇所もあると分かったので、次に活かしたいと思った。いい問題設定ができるよう知識を蓄積する必要があると感じた。

・自分の今まで書いたレポートを振り返ってみると、問題提起ができていないように感じた。

・レポートの書き方がためになりました。

・今回、レポートの書き方を教えて頂き、ありがとうございました。レポートはこれからもたくさん書く機会があるので、本当に為になりました!!

・レポートの書き方、とても勉強になりました。知識を蓄積していきたいと思いました。

・レポートの書き方がためになった。

・次回のレポートではきちんと講義で言ってたことに沿って書けるようにしたいです。あとこれは感想とは別件なんですが、教室暑かったです。あれくらいジメジメして暑い日はエアコン入れてもらえないでしょうか……

・今回の講義では、良いレポートの書き方を知ることが出来ました。フローをうまくストックに変えていき、多彩な情報を盛り込んだレポートを書きたいと思いました。

・レポートの書き方について改めて学ぶことができた。第三部を学ぶ上で「近代とはいかなる時代か」という問いがどのような意味を持つかしっかり考えたいと思う。

・レポートの書き方がよくわからなかったのでヒントになって良かったです。

・意識してみれば私達の生活はたくさんの制度という権力の支配下にある。特に支配されていると感じることはないが気づいていなかっただけかもしれない。例えば服を着て出かける。これをすると変態扱いされて警察に捕まるがアフリカで裸で暮らしてる人なんてたくさんいる。いけないことというわけではないのに無形の制度が働いて私達は服を着て出かける。しかしそれは当たり前のこととなっていて私達は気づかないうちに支配されているのかもしれない。
※そう、いつごろから「ちゃんと服を着る」のが当たり前になったのでしょう。長谷川町子の「サザエさん」でも、暑いときサザエさんは下着で部屋にいたりします。さすがに外出時は別ですが。

・レポートでは、問題設定をすることが必要であり、いい問いをたてることが大事だ、というのは今後もレポートを書く上で役立つ情報だった。また、いい問いを発するのに必要なことがセンスやひらめきといった、自分で伸ばすことが難しいものでなくて、知識や観察力だと分かって少し安心した。

・今回の授業ではレポートの提出が課せられていました。しかし、書き直して来週再提出と言われてしまい少しショックでした。授業の中では、レポートを書く際の注意点や明治時代での変化についても少し説明していただいたので、参考にしてレポートに取り組みたいと思います。

・近代について調べたとき、場所や時代によって色んな説があり大変でした。テーマに区切りをつける方法を実践してみたいです。何かの歌で「一万年と二千年過ぎても愛してる(?だったような)」というのがありましたが、それだけ経てば愛してるの定義も、関わる制度も異なってきますよね。なので愛の制度、特に結婚についての制度も、形や価値は時代によって変わってしまうので、本来このような歌の実現は現実には難しいのでしょうね。
※「一万年と二千年前から」です。(いやそうじゃなくて)

・自分の書いたレポートでは近代についてあれこれ書いてしまっていて、読みにくいということに気づいた。問いの分節化がいかに大事かわかった。問いを具体的に絞ってレポートを書き直し、よいレポートを目指したいと思った。

・レポートの書き方を教わって、改めて自分のレポートを見直してみると、問題設定がなされてなくて読みづらく感じました。習ったことを活かして良いレポートが書けるしたいです。また日本の近代について僕は近代史が好きなのでとても興味が湧きました。明治政府は外国に追いつくため様々な政策を実施し、江戸時代とは180度違う国づくりをしましたが、それについてもっと知りたいと思いました。

・今回の講義でレポートの書き方について聞くことができてよかったです。今まではよくわからず、最初に作った現代文化論のレポートはまだまだだと思いました。次回、しっかりとしたレポートを作り上げたいです。次の授業が楽しみです。

投稿者 amiqing : 00:21

2010年06月22日

6/21の感想

 第9回、6/21の感想です。

・今日の現代文化論の講義を受けて、現代文化論で学ぶブルドューも社会科学概論で学ぶブルドューもどちらも述べている内容がとても複雑で分かりにくいと思いました。内容を理解できるように頑張ります。

・女性のハイカルチャー志向は、自分の社会的地位を獲得するためだとわかりました。ハイカルチャー志向で女らしさに敏感になるのは良い地位をもった人と婚姻して自分の地位を得るためなんだなと思いました

・男性と女性で文化的志向の違いがあるのは解ってはいたが、その理由までは思いつかなかった。そのため女性のハイカルチャー志向の説明はとても興味深かった。男性の大衆文化志向は日本独自という話もあったが、他の国ではどんなデータになるのかが気になる。

・講義の最後の方に女性のハイカルチャー志向について触れていたが、それは現代よりも平安時代などの方が顕著に表れていると思った。その理由は、高い身分の貴族と結婚するために、女性は幼い頃から琴や和歌などの高い教養を身につけさせられていたからだ。女性のハイカルチャー志向は、伝統的なものでもあるのかなと感じた。

・美術作品をどういう人に伝えたいのかを考え、それをどこに置くか、どう置くか(表現するか)を考えることは、文化を考えるうえで大切だと感じた。

・結婚して、子供がいる女性はその子供に何かと習い事をやらせる傾向にあるが、それは自分のステータスを象徴するためだと聞いて妙に納得してしまった。

・女性は婚姻などによって地位を承認される度合い高いと学習しました。ドラマなどである社宅の中の主婦の地位が夫の地位で決まっているという映像を思い浮かべました。

・女性が結婚相手に“3高”を求めるという話がしばらく前に流行りましたが、その理由が今回の講義で多少理解できました

・女性と男性を比較してみると女性は高級カルチャーに惹かれやすいということがわかった。確かに女性らしさを求めてしまう傾向があると思う。昔は夫の地位に女性の階級は決まっていたかもしれないが今は大きく代わったなぁと感じました。

・割と理解できました

・象徴権力は社会的・経済的な権力関係の中に存在ということまた、その特徴について理解できた。また女性と男性の文化の捉え方についてもこの前の資料から読み取ることができた。

・今日の講義から、男性と女性で文化活動にそれぞれ別々に特徴があることが分かった。それは確かにそうだなと思った。

・確かにテレビのニュースでブランド物の鞄などを漁っている人には女性が多い気がするが、男性も男性で高級車が欲しいと思っている人も多い(近年そう思う人は減っていると思うが)と思うので、決して女性特有ではないと思う。ただ、男性の方が安っぽいスポーツ新聞などを好む傾向にあるのは理解できる。女性が皆高級品を欲しがるならば、それが大衆化してしまい、男女ともに同じような傾向になってしまうのではないだろうか。

・私の母はよく、映画やクラシック音楽、美術館などを引き合いに出して、「文化に触れて、文化的な生活を」と言っていますが、「文化」=「ハイカルチャー」という誤解をしているのではと、つくづく思います。身近にこのような例がいるため、女性のハイカルチャー志向という傾向には、なるほどと納得しました。

・男性はマスカルチャーというのを聞いて思い当たるところが多々ありました。だが,それが日本的特徴という指摘があるとも言われているのをきき,私は日本の歴史と関係あるのかなと思いました。

・女性は自分自身の「好み」というよりも、社会的な地位に見合った振る舞いをしている。というようなことを仰ってましたが、それはあくまで上流階級(ここで言う上流階級とは、社会的にある程度の地位にいて、自分の社会的振る舞いが、仕事に影響してくる人たち)の人たちだけだと思います。そして、なんで上流階級の女性がハイカルチャーを望まざるを得ないのかというと、両親や夫がそう望むからだと思います。社会的地位が高い人ほど、社会的束縛が強いと思います。そしてそれは女性だけではなく、上流階級の人たち全員だと思います。地位が高い人たちは彼らなりに苦労しているんだと思いました。
※すいませんが、データを元に議論しているので、データを踏まえた上でご意見もお願いします。

・男性のマスカルチャーへの親和性が高いというのは自分自身に考えても納得できるものを感じました。

・社会科学概論でもブルデューの話しを聞く機会があり、ブルデューの本も持っているのですが、どうしても難しく感じられて、理解することができませんでした。しかし、今日の講義を聞いて、ブルデューが語っているのは、客観的な実在としている階級、階層に私たちが日々の暮らしの中でおこなっていることからどのように到達することができるのかという、意外と身近なことであったことに驚きました。今日の講義を受けたことで社会科学概論の授業も苦手意識を持たずに受けられそうです。

・今回の講義では課題のクロス表を用いた、ジェンダーと階級・階層の関わりに興味を持てました。
性や職業が異なる中で文化がどう扱われているのか、またその際に存在する違いは何に起因しているのか(現実の認識・固定概念の影響等)など、文化に対する考え方が深まったように思います。

・前回の課題では、表を見て気付いたことは今日講義で聞いたことと同じだったのですが、ハイカルチャーやマスカルチャーといった言葉を導くことが出来ませんでした。なので、今後は表や資料を見た際にはそういった言葉をすぐに思い出し、正しく自分の考えとして伝えられるようにしたいと思います。

・文化活動経験率の表で、農業の経験率が低い事を見逃していたので、表の見方が甘かったと、反省させられた。もし、表の中で、地域の信仰に関係する、伝統的な祭事に参加するという欄があったら、農業の人の経験率は高かったのではないかと思った。

・プリントの表を見て、女性は高級文化、男性は大衆文化を好む傾向があることは言われて気がつきました。なぜそういった傾向になっていったのか興味がわきました。

・私は今まで「文化の政治学」とは一体何なのか、文化と政治学に繋がりなんてあるのか、とずっと疑問に思っていました。ですが、今日の講義で文化的行動は、自分の地位を獲得したり、相手から自分の地位を承認してもらうという点で政治的であるのだと知り、やっと意味が分かりました。

・「文化新興」「文化行政」とは誰のものか、という話を難しく感じました。確かに、コンサートに音を鳴らす人を連れてくれば良いというわけではありませんよね。送り手が、コンサートホールに来る人それぞれの好みや階級をしっかり考慮すれば少なくとも受け手は、そのコンサートの最も近い存在になるのではないかと思いました。(その個人の好みや階級、文化に触れることが出来るので。)

・今日出された課題はとても抽象的で難しいなと思いました。

・女性はハイカルチャー志向ということですが、自分はマスカルチャー志向になりつつあるんじゃないかと思います。あくまで印象論ですが、ファッションや髪型など多くの女性は流行りに敏感なので、大衆に先導されやすいんじゃないかと…。流行りというものはマスカルチャーという考えありきですけど…。

・女性はハイカルチャー志向ということだが、確かにハイブランド物を持ちたがるのは圧倒的に女性ばかりで、男性はこだわらない人が多いなと思った。
※「ハイ」ってのは値段のことじゃないのですが。(笑)

・女性のハイカルチャー志向は、言われてみると、自分の身の回りの女性がそうなっているように思う。

・『SSM』が『Social Startification and Social Mobility(社会階層と社会移動)』の略だということは分かったのだが、『社会移動』がいったいどういうものを指すのかよく分からない。例えば、脱サラしてラーメン屋を始めるのは、社会移動にあたるのだろうか。
※あたります。農家の出身の人が、都市部で会社につとめて、結婚して……というのもそうですね。(農業→ホワイトカラー)

・女性のハイカルチャー志向について「主婦の地位が夫の社会的地位の関数」と言う表現は、文化の地位表示機能を理解する上でとても分かりやすかったです。文化の地位表示機能は、文化そのものの価値とは無関係なものだと思いました。

・文化的行動は階層や性によって異なると感じた。女性は、ブランド物を身につけることで自分をより良く見せようとするところがハイカルチャー志向なのではないかと思った。

・女性が結婚相手に“3高”を求めるという話がしばらく前に流行ったと聞きます。今回の講義の理解によりその納得出来る理由を考える事ができました

・3つ目のクロス表で、中学や高校より大学が文化活動経験率が高いのは、バイトによる収入があることと、時間の余裕が生まれること、さらには県外や国外の友達との出会いによって視野や行動範囲が広がることが関係していると思う。
※まさか「学歴」に説明がいるとは思わなかったデス。

・女性はコンサートや美術展などの受動的な活動に参加している傾向がある。それに対し男性はカラオケやパチンコなどの能動的な活動をする傾向が強い。

・夏のバカ野郎がお気に入りです。

・大衆文化への親和性は、日本の特徴であることに驚いた。海外では日本ほど男性が大衆文化に参加してないんですね。

・文化について、今日もまた新たな視点から考えることができた。レポート課題もでたので、近代について考えてみたいと思う。

・授業の途中に出ていた、農業をやっている人はマラソン大会に出場したりしないという話に驚きました。テレビで見ていると、たまにお年寄りの方が走っていたりしていたので、すごいと思っていましたが、実際にはそのようなことになっているとは思いつきませんでした。

・今回もブルデューだったので、分からなくなるのではないかという危機感を感じました。女性のハイカルチャーな趣味はジェンダーと階層を結びつけた象徴的なものということでしたが、この言葉自体が象徴的に思えてぼんやりしてしまいました。頑張ります..。

・学歴別の表を見て、他の2つの表に比べて文化活動の項目で差が明確だったのに驚きました。また、文化活動だけでなく、手作りパン、お菓子作りをする人になぜ高学歴の人が多いのかと思いました。女性がハイカルチャー志向なのは女性は趣味が階級を表す記号となりうることを無意識にわかっているのかなと思いました。(男性のマスカルチャー志向に対して女性のハイカルチャー志向は普遍的なら、本能的なものでもあるのかなあ・・・)また、このハイカルチャー志向はどこか女性たちがブランド物のバックを持ちたがるのにも似ているように感じました。

・男性は職場で地位を獲得することが多いが、女性は少なく、そのことがハイカルチャー志向につながっているというのが興味深かった。性別、職業別だけでなく、年代別にみるとどのようになるのか気になった。

・女性のハイカルチャー志向は、現在だけではなく、昔から続いていたものだと感じました。(詳しくいつからかはわかりませんが、直感として)江戸後期には、武家の娘には茶華道をたしなむのは当たり前とされていたことだと以前本で読みました。けれど、お琴は芸者の芸事だったので、好まれなかったそうです。実際のハイカルチャーは変わっても、その時代のハイカルチャーなものをたしなむのは、変わらないのだなと思いました。

・今日の授業は、前回からの続きでありました。前回からの補足から始めていただいたおかげで、前回やったことを思い出すことができさらに考えを深めることができたのではと思います。また、クロス表で疑問に思っていたことも解決できました。次回までに課題が出されたのでしっかりとやりたいと思います。

・先生は講義の中で農業従事者がマラソン等に参加しないのは年齢や住んでいる場所によるせいだとおっしゃっていましたが、当日も仕事があるとか、翌日に影響しないようになどの他の理由も考えられるのではないでしょうか?
※文化活動経験率が低いのは、年齢・居住地が関係しているということで、市民ランナーのほうは、それといちおう切り離してください。(なお正確には、職業を問われて「農業」と答える人はいなかった、ですね。)「翌日に影響しない」というのはどの仕事でも同じだと思います。

・人はジェンダーと階層・階級と関わっているのは実際に女性は特に高級文化を好む結果がありますが、それは女性は男性より階層や世間体などが影響しているからなのでしょうか? 婚姻によって地位が確立されるのは興味深かったです

・今日の講義も難しかった。やはり文化を考えるうえでは性別などが関わってくると聞いて、そのようなところから男女差別なども生まれるのかなと思った

・クロス表について、自分の分析が正しい箇所もあったが、考察が足りない部分もあったので、表の読み取りについてしっかりと勉強し経験を積まなければならないと思った。

・今日の授業の、課題の表からわかることで、女性のハイカルチャー志向と男性のマスカルチャーへの親和性の高さはとても興味深かったです。高級文化に属する文化活動において、確かに活動の生産者(提供する側)は男性が多く、女性は消費者であることが多いなと思いました。私は中学、高校と音楽系の部活に入っていたのですが、音楽室に飾られている肖像画は全て男性であるのに、私たちの部活(ほとんどの吹奏楽部など)では女子が圧倒的に多く、男子は珍しかったです。
肖像画が全部男性だったことから、単純にも私は男性の方が女性よりも音楽の才能があるんだと思い、当時部活の男子よりもうまく演奏できるように努力し、男子部員ではなく自分がソロに選ばれると、女子部員よりも男子部員に対しての優越感の方が強かったなと思い出しました。また、部活や習い事は親が文化的なものしかやらせてくれなかったです。しかもピアノや習字、琴はやらせてくれるのにバンドはやらせてもらえなかったです。文化が階層や性によって中立的なものではないと言うこと、理解できました。

・クロス表から分かることはたくさんあって、どう表現していったらいいか戸惑ったが、今日の講義で、ハイカルチャーとマスカルチャーという言葉でまとめていたので自分の中で整理ができた。

・相変わらずプルデューは難しいなと思う。文化にもジェンダや階級といった他講義で学んだような事象がでてきて、大学の講義は様々な部分でつながっているように感じた。

・先生の話を聞いて、文化の享受は平等ではないということ感じました。格差社会である日本ではどの分野においても「平等」は難しいものだと思いました。しかし、国の援助があったら差も縮小するんじゃないかなと思いました。

・男性と女性で文化への志向の違いがあることを再確認した。元々の趣味の違いもあるだろうがそれも文化的区分に基づくということが分かった。男性の女性化、女性の男性化が影響を及ぼすことゎあるのだろうかということを考えた。

・今回の講義で、象徴権力についてより理解が深まったように思います。いろんな集団に関して、確かに認知されなければ集団として機能することはないなと納得しました。また、文化の在り方にも男女で違いが見られるという点も面白いなと思いました。そして趣味と階層を結び付けて考えるということも、非常に重要なんだと感じました。

・私は小さい頃から舞台を観にいくのが好きだったのですが、観劇している人たちに女性が多い理由を今日知ることができてよかったです。

・今回の授業を聞き、確かに「文化振興」や「文化行政」というものは高い階層のためのものになってしまっていると思った。どんな音、どんな美術作品を誰に聞いてほしいのか、あるいは見てほしいのかということを考える必要があると思った。また、女性がハイカルチャー志向であるのは階層性とジェンダーに関わる象徴的実践であるということがわかった。確かに、女性だと自らの力で地位を獲得するのは男性よりは難しいから、ハイカルチャー志向になるのだと思った。文化を追っていくとジェンダーの問題にたどり着くということに驚いた。

・女性のハイカルチャー志向はどの国にもどの時代にも共通なのではないかと思いました。たとえば、江戸時代の大奥では、将軍の寵愛を受け、自分の地位を確立していようとしていたと思います。逆にいえば、女性は、男性がいなければ、自らの地位や権力を得られないことを示しているような気がします。そこらへんは少しジェンダーよりになってしまいましたが、女性のほうが男性よりブランドものが好きという概念が私の中にあるのですが、それもハイカルチャー志向に結び付くのでしょうか?

・今回の講義では、男性と女性のに見られる違いというものがわかりました。前回の課題で読み取ったことについて、自分が読み取ったことに加えて気づかされたことがあったため、面白いと思いました。

・女性にはハイカルチャー志向があるということで、以前見たテレビ番組を思い出した。それは、高収入の夫を持つ妻は同じような仲間と高めのランチを食べるというもので、これも社会的な地位を獲得する手段なのかなと思った。

・今回の授業で、先生は農場従事者が他と比べマスカルチャーのものにあまり関わらないという内容のことをおっしゃっていましたが、確かにそうかもしれません。私の家族は農業を祖父と父が主にしているのですが(兼業ですが、米や野菜を作っています)、カラオケやパチンコに行ったり、スポーツ紙を読んだりしません。私が小学生か中学生の時に友達は家族とカラオケに行っていることにとても驚いた覚えがあります。そのせいで(おかげで?)私も最近はじめてカラオケに行きました。もしかしたら私の家族が珍しいのかもしれませんが、農業をしている人は行き辛いと思います。ちなみに、ゴールデンウィークは家族で旅行や買い物に出かける友達もいましたが、米を作っているとその時期がちょうど田植えでどこへもいけませんでした。今回、先生は新アイテム(?)を使われたようですが、どういう仕組みでポインターがでているのかよくわかりませんでした。不思議です。

・文化論で言っていることは物事を見つめる時の前提条件となるんだなとわかった。ここで学んだ知識を自分の視点にして対象を分析する能力がこれから役に立つのだと思う。

・「文化」はどこにあるものなのかという話でやはりクラシックコンサートや美術館など何事においても周りの環境や雰囲気などは必要不可欠なんだと感じた。象徴権力の話を聞いて、現在は格差とか上下関係とか色々言われているが権力が働いているからこそ社会は成り立っているのではないかと思った。女性が「女らしさ」を意識するのは女の自分もよく分かるし、女性は自分をどう見せるかに敏感である。よって自分の階層や地位を重視する。(玉の輿とか!?)

・今回の講義のなかで出てきた文化行政について考えたとき、福島のそれは意味があるものなのか疑問に思いました。地元民である私も船越さんの作品が福島にあるとは知りませんでしたし(というより、あの作品が船越さん作だとは知らなかった)、その他様々な活動も一部の人にしか受け入れられていないように思います。市民を対象にしたものが、全ての市民から受け入れられる、中立的な立場になくてはならないと考えました。

・象徴権力は意識されていないとあるが私は疑問に思う。女性は上品を求め、自分の評価を気にする。男性は大衆文化でみんな同じといったものである。どちらもみんなに見られているといったものは同じである。まわりの目をきにするといった意味で意識はあるはずだ。

・本日興味深かった点は、先週頂いたプリントにも象徴されていた通り、女性はハイカルチャー志向であり、男性はマスカルチャー志向であるということです。なぜこのような違いがあるのでしょうか。また、このことが社会的に与えている影響はどのようなものなのでしょうか。ジェンダーの論議と絡めて、今後の授業を参考にしながら考えていきたいと思いました。

・象徴権力の特徴で、『A特に行為者には意識されない』というのが、確かに!!と思った。ホワイトカラーの人が意識的にコンサートに行きたくなるわけではなくて、仕事の関係や、労働時間など色々なことが重なって、このような行為に表れるのだろうと思った。

・友達のお母さんがクラシックやお花に週に何回か行っていたので、女性のハイカルチャー化が実感できました。

・父親が、競馬などのギャンブルが好きなのを思い出して大衆文化を感じました。 
一見難しく感じましたが意外に身の回りにモノカルチャーやハイカルチャーが多いのに驚きました。

・女性は高級文化志向、男性は大衆文化への親和性があることが分かりました。また、女性は文化的活動 をする際、単なる趣味としてでなく、階層や社会的評価と結びつけていることも分かりました。女性は自らの力で地位を獲得するというより、周りの評価から承認される ため、女性の活動は象徴的な意味で地位表示機能を持つ、ということだったのでなんとなく女性は悲しいと思います。

・先週の課題から、女性はなぜ男性よりもハイカルチャーに興味を持っているのか、と考えていたので、解説がよく理解できたしよかった。

・象徴権力の特徴にあった「誤認による再認」の意味が分からない。象徴権力は間違った形でしか認識されないという事ですか?また、どうして再認なんですか?

・「文化振興」や「文化行政」とは誰のものなのか ということに非常にショックを受けた。今まで良い文化作品を展示したりすることが人々に豊かな(経済的なことではなく)地域となる方法であると疑っていなかった。私が文化振興を行う立場であったら間違いなく作品展示や演奏会をしていただろう。受け手のことは考えていたつもりだったが、単に押し付けているだけだったのかもしれない。受け手のことを考えるというのは、その人の興味や生活習慣、人々の文化を考えることだった。まさに目から鱗であった。

・日本的特徴で女性のハイカルチャー志向、男性のマスカルチャー志向と講義でありましたが、例えばアメリカだったらどうなのかが気になります。

・理由がないものだと考えていた男女の性差による文化的思考は、ちゃんと理由あるものであり、特に女性のハイカルチャー思考について聞けたので良かったです。

・ブルデューは社会科学概論にも出てくるので、ブルデューの考えは現代の重要なことを述べたんだなと思います。

投稿者 amiqing : 00:23

2010年06月15日

6/14の感想

 6/14の講義への感想です。

・スポーツの能力が男性に高いのは同時にスポーツができない男性にとって負の報酬にもなるということに納得しました。

・階級・階層と関連付けて文化の好みを分析するのは、面白そうだと思いました。しかし、そうすることである文化を低級だと根拠も無しに決めつけることだけはあってはならないと思いました。
余談ですが、階級・階層が高い人の文化である傾向が強いからという理由で趣味を選ぶ人がいたとしたら、それは節操がないような気がします。

・水戸黄門に出てくる黄門様の印籠は、権力の象徴として分かりやすい例だと思いました。権力は目に見えないが、印籠のようなものは権力を目に見える形にしたものだと思いました。

・文化が階級の象徴シンボルということにイマイチ納得できない気がする。

・階級、階層の違いがわかった

・象徴権力とはメリアムの言うミランダと同じなのかなと思いました。ということはミランダは文化的階級と言えるのでしょうか。

・文化について学び.有意義な時間を過ごすことができました。

・物事の好みから人の階級が限定されるという事だったが、むしろ人の階級から好みが限定されるシニフィアンとシニフィエの逆転する事の方が多いように感じた

・好みは階級を弁別する記号であると講義で触れられたが、好みだけでは階級はわからないと思う。

・今日の資料の社会的位置空間の資料はとても興味深く、おもしろかった。現代の日本でこれを作るとどうなるのかかなり気になる。

・階級と階層に違いがあることを知った。ブルデューは社会科学概論の講義で学んでいる最中なので、文化論と関連させて理解していきたいなと思った。象徴権力と聞いて思い浮かべたのは、ブラックカードを持っているか否かということだ。これもある社会階級に属するステータスになりうると思った。

・黄門様の印籠に象徴的権力があるということを聴き、何話だったかに黄門様の印籠が盗まれてしまったという話があったのを思い出しました。盗んだ泥棒はその印籠を持っているだけで周りからちやほやされ放題でした。このような象徴的権力が物として存在する場合、他者の手に渡ってしまうことは大変なことだと感じます。

・18世紀のフランスの子供の育て方を聞いて驚きました。「階層」「階級」の違いわかりやすくて納得できました

・ピエール・ブルデューの名前は聞いたことがあるので、ブルデューの本を読んで詳しく知りたいと思う。

・今回の講義で最も関心をもったことが「母性本能」についてです。母性本能が歴史的にはほとんど存在しなかったと知ってすごく驚いたのと同時に、その考え自体が文化的、社会的に作られたものなのだと思いました。

・今日の講義は、難しいと思った。階級と階層の違いは、自分でわかっていたつもりでも、それと少し違った。復習をしっかりしないと…と思う。

・今日の講義では、「社会階層」と「象徴権力」について学びました。いままで「階級」と「階層」はなにが違うのか、明確に区別せずに考えていたのですが、それを知ることができてよかったです。また、「言語というフィルター」について、あやふやだったので、改めて定義を知れたてよかったです。今後の講義や生活の中で、一つの視点として使っていきたいと思います。

・フランスでは親がそんなに愛情を子供にかけてなかったという事例があったのですが、日本は江戸時代に『素晴らしい子育てをする』という評価を他国から受けています。母性本能に関しては、国民性の違い、文化の違いというものが大きく影響しているように思います。
※江戸の捨て子についてもふれましたよね。

・コーネル大学式ノートのページをみて実際にノートをとったり、参考にしたいです

・今回の講義は、階層に関する講義でしたが、良い階層に属していれば、良い生活を送ることができるのでしょうか?

・ブルデューに関しては授業で聞いたことがありました。ただやっぱり分かりにくいと感じました。

・SSMデータの複数項目の階層区分を見て、学歴があっても所得や財産が低いなどの地位非一貫クラスタが多いことが意外だった。今回は1975年のデータを見たけど、もう少し最近だとどのように変わっているか気になった。また、象徴権力の話を聞いて、実質的な意味よりシンボルとして重要視されているものが沢山あるように思えた。それは国や文化の違いによって多岐にわたるし、日本人には理解できないようなものも沢山あるだろうと思った。実際、私もクラシックが好きと言うだけで少し上から目線の態度があるので、これも象徴権力なのか!と思った。

・最近ようやく文化論がどういうものかが明確に見えてきたような気がします。これからも授業に集中して頑張りたいと思います

・今日の講義の前回までの復習であいまいな部分を再確認できて良かったです。また、象徴的行為における弁別機能の具体例から、階級は権力関係の中にありつつも、主体的あるいは客観的な排除作用から生まれているように思いました。

・授業で久しぶりにシニフィアンとシニフィエという言葉が出てきて焦りました。もう一度語句の意味をきちんと確認したいと思います。

・講義中に見たブルデューの図がとても興味深かったです。また、普段から自分は好みや行為によって人を区別しているんだなぁと実感しました。あと、複数指標の階層区分では自分はどの辺に位置するのかやってみたいと思いました。

・人の好みが階級を区別する為の記号である、好みはシニフィアンは区別したことはシニフィエということを聞いたとき、例えば、私が高級な食べ物よりB級グルメが好きだ、ということと繋がるかと思ったのですが、概念的な問題だとすると間違っているのでしょうか。難しいです。

・参考文献に挑戦したくても専門用語が多く、なかなか頭に入りません。効果的な読み方はありますか。
※ノートをとりながらとか、何回も読むとか。ゼミのテキストで、そうやっていませんか?

・今日の講義の最初で、18世紀のフランスでは牛乳を子供に与えず、栄養失調にさせたという話に驚きました。前回の講義に引き続き、場所によって子供の育て方に対する考えにも違いが見られると思いました。

・最初の復習部分、「母性本能」というものは存在するんだ、という事実それこそがつくられたものである事に驚いた。でも中世貴族の家庭では乳母が子供を育てるのはなんとなく「当たり前」だと思っていて、そこに生みの母親が母性を抱いているのかなんて考えたことがなかった。

・高校の実力テストにおいて、教科別で成績上位者には学校オリジナル鉛筆が渡された。鉛筆を貰えれば当然嬉しかったのだが、これは、鉛筆が「成績上位者」というもののシンボルになっていたからだろうかと思った。

・いろんな集団(性・ジェンダー、階級・階層、人民・民族)は客観的な存在としてだけではなく、いろんな形で認識されることで初めて集団として機能し始めることが分かりました。また、文化的な境界付けもそのうちのひとつであるのだと感じました。

・今日の講義を受けて、階級と階層のそれぞれの区分の仕方、日本における「中流意識」の肥大の由来について理解することができた。また象徴権力というのは、人ではなく物に影響力があるという点において、他とは違うなと感じた。
※影響力は人の行為に対してです。

・象徴権力の事例、黄門様の印籠のことを聞き、中国古い時代に、「尚方宝剣」というものは皇帝としての一つの象徴であって、たとえ現場でそのような宝剣を持っている人は皇帝でないとしても、宝剣を目にしたら百姓や文武百官は必ず膝まずいて頭を地面につけてお辞儀しなければならない、ということを思い出した。

・金曜1コマで取っている、社会科学概論に出てきた、ピエール=ブリュデューさんが今日の講義の中でも登場してびっくりした。文化論にも社会科学概論がからんできたということは、内容が難しくなってきたのかなと感じました。

・過去の講義の難しいところをもう一度分かり易く説明してもらえたのがよかったです。

・「好みは階級を弁別する記号」ということに共感しました。私は60〜70年代のイギリスのロックが好きなのですが、最近のアメリカのヒップホップを好みません。というか、ヒップホップを好む人をあまり好きでないという感じです。どんな音楽が好きかによって、自分の中で勝手に人を区別していたことに気付かされました。

・私の家はお金持ちでもなく質素な生活を送っている。普通の生活を送れているため人並みである。しかし親は公務員であるので人並みよりは高いと考えられる。実際このような意識はないが角度をかえると異なる。専門職とその下の格差がひどいと思った!

・社会科学概論で習っているピエールブルデューが出てきて驚いた。

・私は母性本能がほとんど存在していないと言うことが理解できていなかったので、ポイントで指摘してもらえて良かったです。子供に対する愛情は社会的に作られている部分もあるのだと思いました。

・好みは階級を弁別する記号であると講義で触れられたが、好みだけでは階級はわからないと思う。

・同じ文化圏の国にいても、たしかに歴史的に見れば階級による好みの違いがあるように思う。それと、象徴権力は面白いと思った。クラシックコンサートは趣味で聞くというより、行くこと自体に意味がある、という考えは納得だった。

・象徴権力での黄門さまの例えがわかりやすかったです。

・私は母性本能が生まれた背景の考察をしてみた。私は、背景の1つとして、近代化が進むにつれ、人間が均等に金銭的ゆとりが出てきたことが考えられる。金銭的ゆとりを母親が得た事で、母親にとって子供の存在価値が「家事手伝い」「跡取り」から、「自分から生まれた自分の分身=自分と同様愛情をもって扱うべき存在」と変わったのだ。ところで、講義で分からなかったところがあります。それは、好み=シニフィアン、階級=シニフィエンというところです。これは、どういうことで、2種類の資本で社会空間を定義した表とどう関係しているのか説明お願いします。

・間違いやすいポイント1において、何が男性的であるか、女性的であるかは言語によるとありましたが、例えば女性でも男性のような口調で話す方もいます。そこで女性らしさを求めるのも、一種の文化の押しつけ、伝統の尊重、権力の行使といったものに分類されるのでしょうか。また、好みは階級を弁別する記号とありましたが、それはお金持ちがクラシックを聞いていそうだというイメージに結びついてしまいました。最後に、象徴権力についてですが、例えばお金持ちの人が何の価値もないただのガラスの物体を『この宝石は世界に一つしかない大変貴重なものです』と言えば、周りの素人があっさり信じてしまうということでしょうか。例えを自分で考えながら講義をすると、興味が湧きますし、楽しいのですが、その例えが間違った解釈であったらという不安があったので、質問させていただきました。
※「言語による」というのは、言葉づかいのことではありません。これはくりかえし説明してきたことなので、Webでも講義でも繰り返しません。もう一度、「言語と文化」のところまでさかのぼってください。
 あと、最後の例は、適切でないと思います。

・「好み」を見て階級を判断するといっていましたが階級かどうか分かりませんが「好み」によって大学生だと判断できる事があると思った。大学生は似た「好み」を持つ…!また象徴権力の話を聞いて、高校生の制服もそうなのかなと思った。まだ2ヶ月ちょっと前まで自分も高校生だったのに今はだいぶ大きな違いを感じる。

・象徴権力の例としての水戸黄門の印籠の説明はわかりやすかった。

・ピエール・ブルデューの名前は社会科学概論Tでもでてきて、またその授業でも現代文化論TででてきたM・フーコーの名前を聞いたのでリンクしているなと思った。一見全く違うことを勉強しているようだけどどこかで繋がっているのかもしれないと感じた。

・復習のやり方を実践してみようと思いました。表の見方が難しいので、課題も時間がかかると思いますが、がんばって読み解こうと思いました。

・渡された資料の中の「職業分類別文化活動経験率」の「専門」とは、主にどのような職業を指すのでしょうか?

・今回の授業の最初の方の、間違いやすいポイントについての説明がよかったです。自分の理解があやふやだったところや、間違って理解しているところ(特に母性本能について)に気付けて助かりました。「好み」は階級を分別する記号である。という考えにとても共感しました。間違っているかもしれませんが、私たちは自分たちより上の階級の人の「好み」を憧れ、真似することがあります。(私だけかもしれまん…。)また、階級に見合った「好み」じゃない「好み」を持っていると意外だと感じます。

・今回の講義で「間違えやすいポイント」を見て、自分も間違えた考えをしていたことが理解できたので、その点を勘違いせずに理解したいと思いました。階級と象徴権力という点で、階級がさまざまな面で権力関係にあるということはとても納得ができるような気がしました。そのため、この内容については興味が湧いたし、おもしろいと思いました。

・ピエール・ブルデューは社会科学概論でも取り上げられているが、今回の講義で「好み」は階級を弁別する記号だという話を聞いて、とても興味深いと思った。

・象徴権力の話を聞いたときに、「虎の威を借る狐」という言葉を思い出しました。意味は全く違いまが、状況は似てるかなと思いました。

・今回の講義の後半に出てきた象徴権力というものが一番印象強かったです。疑問なんですが、例えば、スポーツではナイキ、アディダス、プーマなど、リュックサックではノースフェイス、グレゴリー、アウトドアなど自分がこのようなブランドの商品をつかっているというスティタスの誇示自体は象徴的行為になりうるのですか?
※そのへんになってくると、ブルデューというよりもボードリヤールですね。

・「好み」によって階級がわかるという考え方が面白いと思った。また、階級と階層の違いが分からなかったが、階層は数量的に表現できるということを聞き、理解できた。さらに、黄門さまの印籠が「シンボル」としての権力ならば、現代ではなにが象徴権力であるのかと思った。

・社会科学概論で学んだブルデューが出てきて、つながりを感じました。復習をしっかりしたいです。

・今回僕は、「好みは階級を弁別する」というお話で、クラシック・コンサートの例を用いて説明してもらい、納得できた気がします。例えばお酒、ワインなどでも、「飲んでいる人=味の違いがわかる人」という所属を示しているという気がします。私たちが普段、意識せずに何気なくやっていることにも、実は意味性があるんだということが最近の授業で続々と明らかにされ、次回の授業が楽しみです。

・階級や階層が権利というものと結びつくというのは意外でした。黄門さまの象徴権利の例えはすごくわかりやすかったです。クラシックコンサートは階層の高い人がいくというイメージがあります。
※「権力」ですね。

・今まで階級・階層についてあまり意識したことはなかったし、文化という面から見てこんなに深い意味があるのだとは思ってもいなかった。特に象徴権力について興味深いと思った。だけど、今の日本に当てはめてみると、昭和のように車を持っているからお金持ちというわけではないし、東京と地方では車の価値の違いは大きいから、象徴権力の大きさは時と場合によってだいぶ違ってくるのだと思った。

・最初に前回の復習があったので、とても助かりました。授業が進むにつれて内容が難しくなっていくように感じますが、頑張って理解していきたいと思っています。階級と階層についても詳しく理解でき、地位非一貫クラスタなど、興味が持てる内容が面白いと思いました。また、象徴権力について具体例があったことで、よりわかりやすく、理解を深めることができました。

・今回の授業は、前回からの続きでもあり理解がしやすかったです。
その中で、「階級に特性があって、それによって好みが決まるわけではない」と紹介されましたがそれは、「ある階級の人はこれを選ぶ傾向にある」という考え方も違うということでしょうか。
また、「これを選ぶ人は皆ほぼ同じ階級に属している」という考え方からこうした表が完成したという考え方は正しいのでしょうか。よろしくお願いします。

・ルソーが母性本能について述べたと聞いて驚きました。ルソーは自分の子どもを全員孤児院に送ったと聞いたことがあったので、なんて矛盾した人だと思ってしまいました。

・象徴権力のところで黄門さまの印籠の例えをしていただいたおかげで象徴資本のイメージがつかみやすかったです。

・今回の授業で、改めて文化の概念は感覚的なもので理解が難しいと感じました。どこが理解していて、どこが理解出来ていないかが自分で把握できていないので、しっかりまとめて、情報を整理したいです。
また、授業の母性本能の話では、子供の頃に虐待を受けた人が、自分の子供にも虐待をしてしまう、という話はよくありますが、それは「学習する母性本能」と関係があるのでしょうか?今回の講義は今までで一番ややこしいと感じました。「階級」「階層」の違いについて、しっかり検討しようと思います。

・ 今回は、階級と階層のお話でしたが、象徴権力の黄門さまの印籠の話は分かりやすかったです。それを聞いて思ったのですが、「ブランド」も象徴資本かなと思いました。高校時代に男子生徒が制服ズボンのの後ろのポケットにルイ・ヴィトンの財布を入れてポケットから財布の一部を見せるということをしていました。(かなり落ちそうなのですが、そうしていた生徒が多かったです。)そのブランド物の財布を見せるという行為もブランドという「シンボル」によって持ち主のイメージに「お金がある」、「かっこいい」を与えると思います。財布はお金が入れられればよいはずですが、ブランドのものを持つことは、財布自身の機能ではなく財布のブランドへのイメージを利用していると思います。

・「好みは階級を弁別する記号である」
という言葉になぜかしっくりくるものがありました。
それは、お金持ち人がブランド物や高価なものを好みそれを所有することそのものであると思いました。
しかし、近年では比較的お金持ちでもない人が、ブランド物を好む傾向があり、無理をしてでも買う人が多いように思えます。この傾向はとても面白く、またその心理は興味深いと思います。当たり前のことですが、それを買ったことによりお金持ちになれるわけではありません。つまり、私が感じることはそのブランド物を所有することによりお金持ちの気分を味わう、または、他人に差をつけることに満足感、または優越感なるものを得ているのではないでしょうか。これは、そのブランドのブランド力があってこそのものですが、その心理自体は、大きなビジネスになりうる現状があります。しかし人々にはそれぞれ「分」というものが存在すると言われています。無理をしてまでそのお金持ちの物を所有して嬉しいのでしょうか。人々の心理、またはそれを操る企業というものの存在、操られる人々の心理は面白いと思いました。またこれは蛇足ですがこのようなことを考えるチャンスを得られていることに対して、今さらですが大学に入って良かったと思います。

・今回の講義を受けて、今まで少しあやふやになっていた階級と階層についてなんとなく理解できた気がします。ブルデューの本は家にあったので読んで見ようと思いました。

・階層は数量的に表現されるというのはすごく納得しました。年収がどうとか高卒だからどうとか表面的なものでその人の本質を測ろうとしてしまう傾向があるなと思います。

・階級と階層の相違点をなんとなく掴めましたが、いまいちピンとこない部分でもあります。
また、象徴権力において「『クラシック・コンサートに行く』という実践」の例にあるような、些細な行動が権力に関連しているとは知りませんでした。そして無意識のうちに階級が区分されてしまっているように思えて、あまりいい気はしませんでした。ですが、確かに…と納得しています。

・今日の現代文化論の講義を受けて、一人一人にとって生活様式が違うのと同様に、一人一人が育った文化によって、社会的位置空間が決まってくるのだと感じました。

・階層・階級と文化の講義は、興味深かかった。親の所得が高いほど子供が高学歴になり、親の所得格差が子供の将来の所得にまで影響を及ぼすという話を、思い出した。

・黄門さまの印籠は権力のシンボルと言っていたが現代ではどのようなものがあてはまるか気になった。

・スポーツができない男性にとって、男性のスポーツの能力が高いことは負の報酬である、ということはとても納得しました。(わたしも、スポーツができる男性のほうが、すごいなとかかっこいいなと思うので。)

・「好み」は階級を弁別する記号である というのが面白かった。好みから階級を見るという視点が新鮮だった。それと、階級と階層をまだ自分の中でうまく分別できていない。

・やっぱりシニフィアンとシニフィエの違いが難しいなと思った。もっと語句の意味を整理してから授業に取り組もうと思う。

・資料の見方がいまいち理解できませんでした…。

投稿者 amiqing : 00:26

2010年06月07日

6/7の感想

 第7回、6/7のみなさんからの感想です。

・ジェンダーという言葉は何千回も聞いているけど、それについて考えたことはあまりなかった。
この前とあるテレビ番組で、はるな愛さんが『言葉使いとかメールが可愛らしかったり、気持ちが女の子だったらその人の事を男だなんて言うのは可哀想ょ〜』と言っていた。
「男女の違いは実質でなく差異による」という説明があったので、話し方や仕草も差異に入るとしたら、やっぱりそういう人も女性とカウントすることもある…のか??と思ってごちゃごちゃした。
ジェンダーについての問題点で『そもそも、男女に分ける力関係』というのがとても印象的だったけどイマイチ理解に悩んだ。

・授業が進むたびに授業のレベルがかなり上がっていっていると感じました。
授業の復習が必要だなと感じていますがどの様な復習が効果的でしょうかその日のノートを見直すという方法はどうなのでしょうか。
よろしくお願いいたします。
※ノートを見直すのは基本だと思いますが、それだけだとつまらないので、1)まとめを作成する、2)関連知識を仕入れる、という2つをおすすめします。2)は参考文献にチャレンジ、です。1)は、たとえばこんなノートの取り方ですね。

・ジェンダーと権力によって文化的に私たちの性別が決められていた。この世界すべては、文化を基準にして決められていると感じました。

・『母性本能』は科学的に根拠のあるものと勝手に思っていたので、社会契約説で一般意志を唱えたJ.J.ルソーが言い始めたものであり、しかも男性目線からのものと知り、驚いた。
※という話は講義ではしなかったわけだが、キミはきちんとblogをチェックしてこれを書いたか、blogだけでこれを書いたかですね。

・E.パダンテールの「母性本能」の話にとても興味を持ちました。
今度自分で調べてみようと思います。

・とても納得しました。ダイエットが流行るのは、男性がスポーツできない時と同様に太っていることで自分にかかる負の報酬が男性よりも女性の方が大きいからだと思います。母性本能なども、虐待がある現実や廃れない孤児院があるという点から、やはり本能ほど強いものではないのでは、と思います。

・女性には母性本能があるものだと思っていたが、歴史的に作られたものだと知り驚いた。また、育児放棄などにも関係があるのかもしれないと思った。

・母性本能が実際は歴史的につくられたものだと聞いて、人間に関してこの説は当てはまるかもしれないけれど、動物の持つ母性本能に関してもそう言えるのか疑問に思いました。
また、私は子供を育てるのが母親だと勝手に定義していたので、18世紀のフランスの人達は、どのように母親を定義していたのか知りたくなりました。

・ジェンダーと権力について考えました。男女という分け方や3つ目の性別があることを聞いて、権力は差別を生む原因になるのではないかと考えました。よくは分かりませんが..。

・今日、ダイエットの話しを改めて聞いて、もし世の中でダイエットが騒がれてなかったら、痩せようと思う人は減るのかなと思いました。

・文化の拘束により気づかないことはたくさんあるのだろうと思った。小学生の頃はスポーツのできる男子がかなり人気があった。スポーツができるだけで正の報酬が大きいものだと感じた。

・今回の講義では母性本能というものは作られたもので、本能ではないということでした。では、「母性本能をくすぐる」という言葉は一体何なのでしょうか。

・今日の抗議を受けて、私たちの周りは「差異」に溢れていると思いました。
また、「差異」と「個性」は紙一重の関係にあると思いました。

・やはりフーコーは難しかったです。あと、一次元的権力、2次元的権力、3次元的権力というものがよくわかりませんでした。1次元的権力は決定することのできる権力のことですよね?
権力とジェンダーが結びついていることに驚きました。しかし、先生の話を聞き、理解することができました。

・ジェンダーという言葉の意味をよく考えてみる機会になった。

・性を3つに区分するとか言っていましたけど、それって男と女でないものの枠ができるってことですか?
例えば、性同一性障害の人とか。
そうなれば、公にも認められるわけだから人から軽蔑されることが少なくなって(たぶん)良いと思いました。
※GIDは「第三の性」ではありません。

・男女の区別も文化の一部なんだと知って驚いた。文化と認識していないが実は文化だったというものが他にもあるか調べてみたいと思った。

・「性」すらも文化的・社会的なものであるということは驚きだった。しかし、このことによって、ジェンダー問題とは、人間の歴史に伴って作られてきたということに納得がいった。人は何でも比べるのが好きなんだなと感じた。

・ジェンダーとは社会的なフィルターを通してみた性だと言うことが分かりました。社会的なフィルターは個人が生きていた境遇によって異なると思います。人によって見る差異も異なると思います。だから、ジェンダーとは考え方に個人差があると思いました。
※社会的規範ってずっと言ってきたのですが、まだ個人によってばらばらとかになりますか。困ったな。

・今日はこれまでの復習だったのでとても助かりました。
18世紀のフランスの子どもへの態度の話では衝撃を受けました。貴族の子どもだから丁重に扱うのかと思ったら、体に布を巻き付けて引っ掛けて置くなんて今で考えれば虐待になってしまうけれど、その時代では良いこととして考えられていたことも驚きです。
※貴族は乳母に育てさせる、という話でした。それ以外の人、ですね。

・性同一性障害の場合、生まれ持った性に違和感を覚えるのは、既存の社会的価値観とズレを感じることによるものなのだろうか。もしそうであるならば、万が一その性同一性障害の者が違う価値観を持つ社会に生まれていたとすると、場合によってはその者はそもそも『障害』を持つ者では無くなるかも知れないということだろうか。

・ジェンダーの定義について、どう考えると今の定義となるのかがわかったような気がします。
あと、母性本能も生まれ持ったものではなくてつくられるものだということに驚きました。

・「男性の身体に対する権力」の話を聞いて、大変的を射ている話だと思いました。小学生くらいだと、「ドッヂボールが強い」とか、「足が速い」というのが人気のバロメータだったと思います。このことから、大人に言われるまでもなく、自然と子供たちには「スポーツが出来なければならない」という感情が芽生えるのではと思います。これで親にも言われたら、もう確実に権力にのまれる結果になると思います。
権力は本当にどんなところでも働いているのだなと思いました。
※成長とともにいろいろな価値観を身につけるので、それで相対化されるはずなんですけどね。

・母性本能とはもとから持ったものではなく
本能と呼ばれるからそう思い込んでしまっていたり、その時代や社会が作りあげたものだということを理解しました。
文化による拘束性は強いと感じました。

・ジェンダーが文化的、社会的な差異ってことはわかったが、ジェンダーフリーという言葉があるように、最近ではその差異をなくそうという運動が活発になっていることは、いいことなのかがわからなくなった。
※ちょっと下の方のコメント参照。

・「スポーツする身体」を聞いて、スポーツができることへの報酬は、性別だけでなく年齢によっても異なると思った。例えば、男である私は、小学生の頃、スポーツが苦手で劣等感があったが、今は劣等感は無い。

・スポーツが出来ない男子は特に学校での地位は低くなりがちになるのはよくわかりますが、それは何における地位でしょうか。
例えば男子同士での関係なのか、女子たちから見た中でなのか、先輩と後輩の関係なのか、あるいは教師たちの主観的印象での話なのか、と言ったことです
※で、あなたの経験ではどうなの。

・男子の身体能力の違いによって学校で扱いが変わるというのは分かる気がします。
やはり、人は持っているものの違いによって差別したりしてしまうのかと思いました。

・私はジェンダー学入門、ジェンダーと現代などジェンダー関係の講義もとっているので、今日ジェンダーの話が出てきて「権力」にもジェンダーが関係しているとわかり、ジェンダー問題は深い所で色々な所で繋がっているのだと学んだ。

・女性に対する「ダイエットしなさい」や男性に対する「スポーツができるように」が権力だとは意外だった。小さい頃から染み付いていてなんとなく自分の中で固定観念になっていた。母性本能というのが歴史的につくられたというのも驚いた。なぜ本能とつくようになったのか気になった。

・最近では男性と女性などの差異をなくすジェンダーフリーの考えがありますが、ジェンダー学的にはいいことですか。悪いことですか?
※まずその問いより先に、こことか読んだ方がいいと思う。読んだ上でまた質問したければどうぞ。

・男女という身近な権力のことをのべてもらえたのでわかりやすかったです。

・特に子育ての仕方について考えさせられた。意図は好意的であれ、拘束と言えるので他に方法を考えるべきだったと思った。ex.違う方法でお金を稼ぐ、きちんと面倒を見ることの出来る人が子育ての仕事を請ける
男性と女性の間には少なからず隔たりがあると考え、それゎ文化的、社会的に形成されていると思う。権力という視点ではあまり考えたことがなかったので、2者間での影響を始めとして、集団になった時の権力の及び方を考えていきたいと思った。
ダイエットに関しては自分が経験がないので感想は分からないが、あまり無理をしてする必要はないと思う。確かにダイエットを成功させることでプラスの面ゎあるが、その分マイナスの面も発生すると考えられる。両方を秤にかけたときにマイナスの面が上回ることがあると考えると、極論、生命に関わる必要性がなければ今必ず行わなければならないとは考えにくい。したがって、必要に応じて相当にダイエットするのは良いと思うが、急激に心身を削ってやる必要はないと考えた。
現代文化論Tの講義は興味を持って聞けるので、正直時々複雑で分からないこともあるが、腐らずによく思考していきたいと思う。
※リキを入れて書いてくれてありがとう。でも「それゎ」はやめようよ。

・今回の現代文化論の講義を受けて、男性や女性という性の差違もまた文化であるということがわかりました。やはりジェンダーは自分の周りに存在していてそれがよいものもあれば悪いものもあると思いました。

・母性本能が歴史的につくられたということに驚いた。ただ、母性であり、親性(父ではない)のは、ジェンダーによるものだと思う。

・今も昔もスポーツが出来る男の子はいろいろ良い面があると思います。

・私はスポーツが大の苦手なので10代の頃、「負の報酬」をもろに受け、学校生活で何度も嫌な思いをしました。今期履修している先生の別の講義の感想でも述べましたが、女性に生まれたかったと何度も思いました。今日の授業で改めて、権力の本質の残酷さを強く感じています。

・ジェンダーと権力の関係について学んだときに気づいたことは今まで私はジェンダーはもともとのさだめと思っていた!しかし実際それは差異と考えることが必要でそれが文化の中で作られたものだと理解することが必要であった。だからそのミクロな差異のなかで権力がうまく起動し、納得いくものにできると思う。

・私は他にジェンダーの授業を取っていますが、今回の講義を聞いて、今までとは違った角度からジェンダーというものについて知ることができました。
レディーファーストという言葉はまさに「ジェンダーと権力」の関係から生まれたのかなと思いました。

・なぜ男のほうがスポーツからくる報酬が多いのか、疑問に思いました

・ジェンダーの問題点の@男性と女性の間の権力関係とは、例えば男性は家事や育児は女性に任せ、会社で働くということですか。また問題点Aの男性と女性それぞれに働く権力関係とは、例えば会社で社長が部下の男性社員はどんどん昇格させ、女性社員はずっと下っ端として扱うことですか。

・身体が動かせる、スポーツができることは男性にとっての報酬だということが、歳を重ねるにつれてわかってきた気がします。
いまは負の報酬で満ち溢れています。

・権力は抑圧するのではなく創り出すものだと聞いて自分が今まで認識していた権力とは異なっていて驚きました。権力は男性・女性に分ける段階においても働いており、社会や生活の中は権力で溢れていると感じたし、また権力が社会を創り出しているのではないかと思いました。

・18世紀フランスの里子の話は衝撃的でした。いろいろな文化があるんだと思いました。

・ジヨーン・スコットの「ジェンダーは身体に付与された知」という定義があった。ジェンダーは初めからあるものというよりは、後から人間が当てはめたものだという意味だと思う。パラダイムの転換的な考え方だと思う。

・小学校の頃、スポーツできる人が良くも悪くもクラスを仕切ってました。

・権力は人に働き、自発的な行為を促すものならば、私達が社会の中で真に自発的にできる行為(権力が関与しない行為)とは何なのでしょうか?

・「18世紀のフランスにおける子どもに対する態度」の話を聞いたときは驚愕しました。特にスワドリングには驚きました。この時代では、社会全体で子育てとはそういうものとインプットされていたのかもしれないが、自分からしてみれば異常としか思えないかわいがり方です。今やったら虐待とかになるんだろうな…と思いました。
感想のところにあったノートの取り方は、とてもわかりやすいものでした。さっそく実践して理解を深めていきたいです。

・今日の授業を聞いてフーコーの本を読んでみたくなりました。
もともと哲学をかじったことがあったので、フーコーの思想については少し知っていて面白いなと思っていました。
しかし今日、先生が彼の悪口なら言えると言っていたので、実際に彼の読んだ本を読んで、自分で確かめたくなりました。
今日の本題とは脱線していますが。
※そこには愛があると思ってください。ぜひ。

・ジェンダーの概念の中で、説明として「『生のもの』としての世界に触れることはできない」とあったのが印象的でした。また、ジョーン・スコットの定義を不合理とする例に納得しました。
あと今回の授業とは無関係なことで申し訳ないのですが、この感想提出により出欠確認をしているというのは本当でしょうか?
※スコットについて、そんなことをいった覚えはありません。キメの定義だったのに。

・「男性」と「女性」と分ける地点ですでに、自分で意識していなくとも文化的なフィルターから見てしまっているのだと思いました。それから、以前のフランスの子供の育て方を今日、初めて知りました。子供を壁に掛けて、畑仕事に行くというのはこれまでの日本では、起こってこなかったことだろうと思いました。

・母性本能はあくまで歴史的に作られたもの、というのが意外だった。私たちの感情や行動は、文化という枠組みに支配されているという以前の講義を思い出した。

・今まで何を目的にやっているのか意味がわからなかったが,今日の授業で全てがつながって,物事を考えるうえでの前提として重要な考え方をやってきたのだとわかったら文化論がおもしろくなったし,興味がわいてきた。ダイエットに権力が絡んでいることなど驚きで文化のおもしろさ・深さを感じた。またジェンダーは差異によるといっていたが,世の中では差異と差別を混同してしまっているところがあると思う。特に女性の社会進出が盛んでたまに男性に負けんとして男性を目の敵にするようなところも見受けられる。しかし,女性には女性に与えられた文化,社会的な個性がありそれも大切にすべきだ。差別をみつめるうえではそれがほんとうに不平等なのか,それとも男女各々を価値づける大切にすべき文化・社会的な差異ではないか見極めなくてはいけない。しかしその認識は人によって異なるため,一部では差別と訴えてもそれは差異としてきいてもらえなかったりと問題が生じてくる。個々の認識の違いがあるのは当たり前だが解決することはできないのか。これは差異によるもので受け入れるべき,これは差別だから無くすべきとはっきり決める軸は存在するのか。
※来週修正すべき所を示してくれてありがとうございます。どうしてそういう勘違いが起きたのか分かりませんが、念のために訂正を入れます。

・本能で私たちはあまり動かないですが、本能がないわけではないですよね。
だから一概に18世紀の女性たちなどに母性がないというのは違うのではないでしょうか。
私たちの行動の多くは文化に支配されているから、彼女たちもその時の文化に影響されただけではないのでしょうか?
※母性がないのではなくて、学習せずとも発現する人類普遍の「母性本能」はない、ということです。文化に影響されただけというのはその通り。

・今私はダイエットの最中です。雑誌のモデルのダイエット方法などを見て、「こうなりたい」と思い、始めました。違うかもしれませんが、これはモデルが雑誌を使い、モデルという立場を利用して権力を行使してると言えるでしょうか?

・今日の講義では、いままで内容が盛り込まれていて、総まとめをしている気分で講義を聞いていました。改めて権力が関わってくる概念は、言葉で理解をしていくのが大変だと感じました。

・昨日の授業を受けて、私たちは世界を認識する際に、常に文化的なフィルターを通してそれを行っていることを再確認させられました。性に関することにも、それは当てはまり、それゆえに男女差別の問題も起こるのかと考えました。いつもこの授業は新しい発想を学べるのでとても面白いです。

・昨日の男女間の権力問題はとても納得のいく内容でした。自分は教授と悩みが逆で身体が細いのですがよく他の人からもっと筋肉つけろと言われます。他にも学力であったりいろいろなステータスがあってこそ世の中が成り立つものなんですね

・今回の授業を受けて、「人は女として生まれない、女になるのだ。」というボーヴォワールの言葉を思い出しました。生物的な女として生まれて、いつから社会的・文化的な女となったかわかりません。じゃあ社会的・文化的に女ってどういうこと?と言われてもよくわかりませんが…。

・講義をうけていて思いました
講義の内容は先生の考えや一般的にいわれているだろうことetcであるので講義の内容をそのまま受け入れちゃいけないなと思いました
しかし講義の内容は物事を考える一つの見方だとおもうので自分の考えを深めるいい材料になると思いました
※常にそういう態度であるのはいいけど、信じたくないことが出てきたときだけそうするのは、あまりよくないことかもしれません。自分の心の動きにも注意してください。

・身体が動かせる、スポーツができることは男性にとっての報酬だということが、歳を重ねるにつれてわかってきた気がします。
いまは負の報酬で満ち溢れています。

・母性本能の話がありましたが父性本能ってあるのでしょうか?(もちろん必然的にもつ本能ではないですが……)

・今回もとても難しく頭が混乱しています。人は文化的なフィルターを通してものを見ているのならそれを全く介さずにものを見るというのはどういうことなのでしょうか?
※いや、だから、それはできないんじゃないの?と言っているわけですけど(笑)

・今回の授業では「母性本能」が歴史的に作られたと考えられ、本能と呼べるものではないと言うことを知った。しかし、私は母性本能は本能と言えるのではないかと思う。たしかに例にあげられた内容を聞いていると母性本能は時代にそって作られてきたのだと感じるが、サルにも犬にも母性本能はみられる。だから歴史的に作られてきたとは考えにくい。加えて、母性本能と言うものがあったからこそ、女は家事・育児という考えがうまれたのではないがとも考える。
※人間の話をしてます……。

・授業の内容の通り、現代の社会では、目に見えない働き、作用から自然にそのような形態、または行動を導いている事柄は多いと思われる。
ジェンダーにおいてもそのひとつであろう。
男性、女性であること自体がそれぞれの役割や社会からの見られ方が暗黙の了解のように確立されてように思える。
むしろそれが当たり前だという意見の人が多いのも事実である。
そのような状況のなかで、ジェンダーにこだわらずに個人が自由に生きるための社会をつくるためにはどうすればいいのであろうか。
今後も興味深くこの関連の事項に注文したい。

・ダイエットの権力による支配の話を聞いて、確かに多くの人(特に女性)が支配されていると思いました。結果はどうであれ「私、ダイエットしたんだー」や、「ダイエット中だから…」と言うだけでも、キレイになろうとしていることを周囲の人に思ってもらえる、といったニュアンスでしょうか。また、これはダイエットだけではなく筋力トレーニングにも通じるものがあると思いました。

・今回の講義を聴いて、自分がジェンダーを過度に意識しているのを実感した。これからは、そういった不必要なジェンダー意識を無くしていきたい。

・母性本能は歴史と共につくられたもので、「本能」とは呼べないとあったが、その通りだと思った。その考えからすると、児童虐待が相次ぐ現代では、「母性本能」という言葉の意味は薄れつつあると思う。

・難しかったのですが少し考え方が変わりました
※どう変わったのか、少しは書いてね。

・今まで、母性本能と呼ばれるものは女性には当たり前のものとしてあると思っていたが、「歴史的につくられたもので本能とは呼べない」という話を聞いてなるほどと納得した。もし本当に本能として母性本能が備わっているならば、近年母親が我が子を虐待したり、殺害してしまうのはおかしいと感じていたので、今回の授業でその疑問が解消された。

・今回の講義で女性の「ダイエット」の意味について取り上げていましたが、これは男性の「筋トレ」と同様の意味だとおもいます。実際に筋肉がつくかどうかの結果など当事者にはあまり意識されずに、ただ「筋トレをしている」という事実が本人のスティタス、まわりの人との話題など社会的な側面において強く働くのではないか、と考えたのですがこの例は文化の政治学といえるでしょうか?

・母性本能が作られたものとして考えられていることに驚いた。
本能とあるくらいだから、人間にもともと備わっているものだと考えていただけに、より一層驚きは大きかった。


投稿者 june : 21:16

2010年06月01日

5/31の感想

 第6回、5/31の講義の感想です。

・権力というとどちらか片方が持っているように感じるが、2つの関係性の中で働くというのはなるほどと思った。それと、ダイエットに権力関係が存在するなどと思っていなかったので驚いた。確かに雑誌等では痩せてるモデルが多いし、女性の価値観に働く無言の権力だと思った。

・権力の概念を理解できて良かったです。普段、意識せずとも、いかに自分が権力に揉まれながら生活しているか気づかされました。

・今日の講義にあった権力の概念の話は、最初よくわかりませんでしたが、教室の例を聞いて理解することができました。
あと、将来公務員になることを考えているので、統計学も勉強したいです。

・権力についての講義を聞いて,「ダイエット」にも権力関係がはたいているという考えは,始めてでした。自分をよく見てもらいたいと思うことは,知らないうちに権力がはたらいていて,さらに権力を得ようとしていることなんだと思いました。座って授業を聞くことにも,権力がはたらいているのは驚きました。こんなにもいろいろなことに権力がはたいているなら,「権力が強い人はえらい」と簡単に言うのは難しいと思いました。

・自分はダイエット経験者ですが、意外にもダイエットしたことがないひとがたくさんいてビックリしました。ダイエットしたことがないと答えた人の中には「食べても太らない体質なんだよね」とか言う人がいると思いますが、この台詞を聞くと世の中なんて不公平なんだと思ってます。

・文化と政治学ということで、政治学に興味があったので楽しみにしていました。
しかし今回扱う政治学は狭義のものではなく、人の間に働く権力についてだと聞き、期待していたものとは異なっていました。
それでも私たちの生活にとても身近な話であるため、こちらにも興味をもちました。

・昨日から政治学に入り、今まで学んできた言語がまだよく理解できていないので焦りました。復習して行きたいです。
ダイエットにおける権力関係の話はとても興味深かったです。
痩せる意味を考えてみても、明確な理由は思いつきませんでした。
確かにマスメディアによって提供される情報が私たちの理想の体型を作りあげているのかもなと思いました。
ということはマスメディアが発達する前はダイエットはなかったのでしょうか?ダイエットといっても命の危機があるから痩せねばならないというものでなく、現在の一般的なダイエットのことです。
マスメディアといっても本(雑誌ではない本)とテレビでは差がありますが、いつごろからダイエットが生まれたのか気になりました。
ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』という本を高校時代に読みたいと思ったのですが、読む時間がなくて読めなかったので夏休みくらいに読みたいなと思いました。
すっかり忘れていたので思い出させてもらえてうれしかったです。
※『狂気の歴史』は分厚いのでたいへんですよ……。

・回帰分析は数学的で大学に入ってまで数学がついてくるとは思っていかなかったので、少し困惑しました。しかし、回帰分析をすることで一つのデータを見ただけではわからない意味が引き出せることを知り、大変おもしろい手法だと思いました。また授業などの普段権力であると意識しないことにも目に見えない権力が働いていることを知り驚きました。

・女性のダイエットに権力論が絡むとは思いませんでした。意外性があり、ためになりました。

・講義の最初に前回のアンケートの結果を見て、男女で身体に対する考え方が大分違うのだと思いました。また、権力に関する話題の時では、確かに歩き方など教わったことが、今も生かされていて、知らないうちに痕跡として残っていることに気づかされました。

・権力は所有するものだと考えていたので今日の授業は驚きでした。確かに選挙権を考えてみても、投票をする行為と当選して議員になるという二つの行為から権力は生まれるんですね。

・今日の講義は前回までと全然違う内容であまりついていけませんでした。
ただ数だけ見ると多い少ないしか目につかないけど数式にすることで過去のデータと比較できるようになるのがおもしろいと思いました。

・権力は所有できるものだと思っていました。
例えば社長でいれば権力を保持できるのではないか、と考えていました。
しかしそれは相手に権力を行使し続けているということだという事がわかりました。

・前の講義でダイエットのアンケートをやった時に、何に使うのかなと疑問に思っていたし、今日の講義の始めの方でも繋がりがよく分からなかったけど、『権力』という話に結びついてとても意外性があって驚いたし、現代文化論は奥が深いと思いました。
確かに考えてみると、『権力』は様々な場面で働いているなあと思いました。先生が言っていた電車の座る席なんていうのも自分でも思いあたる所があったので、自分
の知らない間にも『権力』が存在しているんだと思いました。

・権力なのに見えないものがあるっていうのはなんだか不思議だと思いました。ちなみに、私は、女の人で見た目からしていかにも痩せてるのにも関わらず痩せたいっていってる人にイラっとします。

・はじめは意味が解らなかったけれども、権力行使の話を聞いて全体の意味がわかった。
わたしたちはそれぞれ見えない権力に縛られたり、縛ったりしていて、私たちの周りを調べれば、男女の体重の縛り以外にもっとあるのではないかと思いました。

・今日の現代文化論の講義を受けて自分の周りにも見えない権力が働いていてそれによって役割が決まってくるのだなぁと思いました。

・今日の授業は先々週の授業同様にレベルの高いものでした。しかし、権力のことに関する内容の授業であり、人と権力がどのような関係で社会に存在しているのか実際に自分自身はどうなのかを考えることができるのだと思いとても興味深い内容に感じました。

・文化の政治学は私が学んでみたいと思っていた学問に近いような気がしました。
マクロの視点で権力・支配・排除・差別などの社会学、ミクロの視点で個々の人間にスポットを当てて心理学から研究することができそうだからです。
まだ今日講義が始まったばかりなので、もしかしたら私の予想は外れてしまうかもしれないけれど、楽しみにしています。

・文化の政治論で、政治とは一般的な政治の意味とは違ったので意外に思いました。文化と政治が関連してると言うことを初めて知りました。

・前回アンケートをとってから、それがどのように授業に取り入れられるか楽しみでした。分析や集計で多くの事象が分かりやすく表わせるのだなと思いました。

・見えないところに権力が働いてるとゆう話を聞いて、奥が深いなと思いました。日常生活でも思いあたる点が多々ありました。

・教員と生徒の間にも権力があったということを再認識(?)しました。そう考えると色々なところに権力が潜んでいるのかなと思いました。

・目には見えない、権力の流れそしてその働きというのはとても面白いし興味深いと思いました。
それをより高度化または複雑化させた集合体がある意味「社会」の存在とも言えると思いました。
その点について、その考えが正しいかも含めて今後の授業で深めていきたいと思います。

・権力は小学生の時から何かしらのかたちで体に染み付いているということがわかりました。これを聞き、思った以上に私たちは権力に縛られていたのではないかと思いました。学校制度が少し恐いと感じました。また、権力は非常に広いもので、あらゆる所でさまざまな関係があると思いました。単に軽い気持ちで言った事も、実は権力が強くはたらいているということもあるかもしれないと思いました。

・第二部の内容は自分が興味のあることと関係して面白そうだと思いました。権力に従うか抵抗するかについて、講義を受けるときに関しては従おうと思いました。

・高校野球の監督と言うものは、無理なメニューをやらせたり理不尽に怒鳴ったりして選手に反抗されたとしても「できないならレギュラーにはなれない」の一言で終わらせて、結局選手を掌握してしまうので、その権力は絶大だなと高校時代を振り返りながら思いました。

・講義は難しい内容でしたが、統計の見方やダイエットは女性の身体をめぐって権力が働いているという言葉が自分にはない視点だったので新鮮な感じがしました。

・日常的に存在している権力関係であった電車の具体例が非常に身近でした!
ちょうど今電車に乗っているのですが、周りをみるとそういった関係性や力関係が感じられました。

・私は公務員志望なので、現時点で統計をとるための基本的知識が必要だということを知れてよかった。

・今日の講義では、少し頭が混乱しました。
ノートを見ながら整理したいです。

・「権力」と聞くと、先輩後輩などの上下関係を連想しましたが、隣の席に座ってる人とも権力関係が成り立っていることを意外に思いました。
対等な関係に見えても、実は身の回りの生活は権力であふれているんだなと思いました。

・収集した情報を、どのように数学的操作をしてどの角度で見るかによって別の見方ができるんだなということがわかりました。
でも視点を決めた時点で見方が偏ってしまう危険性もあると思います。
雑誌などの情報も統計だからといってすぐ信じてしまうのは危ないと思いました。
あと女子はそんなにダイエットする必要ないと個人的には思います。

・普段勉強している政治学とは全く違うもので文化における政治学があるということに驚きました。
また、講義中の生徒と先生の関係や、歩き方に至るまで様々な所に権力が働いているんだなぁと思いました。

・統計学の様に、客観的に情報を分析する力は、必要だと思った。
これから学ぶ権力は、一般的な現像として捉えるので、今までの権力のイメージと離れて、考える事ができそうだと思った。

・私は今まで、権力は所有できるものだと思っていた。(新人の意見は聞き入れられないが、上役の意見は聞き入れられるように、階級、役職その他諸々が権力を象徴していると解釈していた。)

・今まで権力に縛られていると感じたことはあまり無かったが、定義から考えれば日常には権力関係が溢れているのだと分かった。権力というと軍隊や上下関係のような圧力のイメージがあったが、そればかりが権力ではないと知った。

・統計で数字を算出したとしても、その数字が意味することを理解し、活用出来なければ統計が無駄になってしまうことが分かった。文系だから理数系はもう使わないと思っていたので少し落ち込んだ。
権力が働く事例が日常生活にあふれていることには驚いた。私は電車通学をしているが、座席に座る位置にも権力が働いているとは今まで考えたこともなかった。

・最初は文化と政治ってなんの関わりがあるのだろうと不思議に思ったのと同時にそれについてもっと知りたいと思いました。
講義を受けてみて、権力は私が普段気付かないだけで、本当は日常的に働いているのだと感じました。

・権力といわれると、悪いイメージした浮かびませんでしたが、歩き方にも権力が関係していると言われて、悪いイメージで小さくまとまっていたものが薄く広いものになりました。新しい見方ができました。

・権力についてあまり考えたことがなかったので興味深かったです。教師→学生の間では確かに権力は発生すると思っていましたが、友達→友達の間にも権力が発生するのは意外でした。

・第1部より分かりやすかったです。体重の理想の高さに驚きました。権力の話で学校に1人必ずいるようなクラスが凍りつくほどこわい先生を思い出しました。権力の象徴のような先生でした

・私の周りの友達もそうですが、痩せていなくちゃいけない!という考え方の子が多いと思います。
やはり雑誌やテレビの影響は大きいなと感じました。
自分が考えている以上に、影響を受けていることに気づかされました。

・今まで、権力ということについて、あまり深く考えていなかったが、今日の講義を聞いて、権力について新しい考えが増えた。

・子供の頃から、意識せずに行ってきた行動も、すべて権力のもとに成り立っているのだと気付くことが出来ました。

・権力で世の中が動いているのですか?

・権力関係というと、常日頃から上下関係があるところに存在するものというイメージがあったので、電車の中などかなり日常的にも存在すると知り、意外な発見だった。
確かに、自分も時々『隣に来ないで』というオーラを出すので、それが権力を出す側になってたと思うと悪いことをしているようで複雑な気分になった。

・文化の政治学ということでダイエットについて.18〜20歳で4割強がダイエット経験者ということを知り驚いた。自分も大学に入り.コンビニばかり利用しているので.人事ではないと感じた。

・権力の定義が、自分の考えているものとは違った。今までは権力とは他者の行動や思考を支配下に置くという意味だと思っていたので、今回の講義でのような意味もあるのだなと感じた。

・自分だけでもダイエットの例のように権力が生じうることに、なるほどと感じた。
親の期待が自分の意志に働きかけて、それが自分自身の行動まで変えていく間に2回、権力の影響があるということでよろしいですね

・統計は将来役に立つので、やっておきたいと思う

・"権力"は行為の間に働く力関係とありましたが、個人で考えるとその人の気持ち、自分自身に対する自信によっても変わるんじゃないかと思いました。

・ダイエットでの男女の考え方の違いや教室での権力のことなどのことを学んだがすこし難しかったです。

・統計によってこんなに様々なことがわかるとは知らなかった。

・先生の授業は言われてみればそうだなあと、思わず納得してしまうことが多くて非常に楽しいです

・今日は統計をやったので、センター試験の直前に少しでも数学UBの点数を上げようと統計をやったことを思い出した。

・先生(主体A)が講義をする(行為α)
私(主体B)がノートをとる(行為β)
このとき、権力が働いていますよね?
と授業中に理解したら、その例が実際に使われたので驚きました

・今日の授業を聞いて統計学を学んでみたいと思った
文化の政治学では権力の定義が聞けてよかった

・数学が絡んでくると、途端に面倒になるなと思った。

・数学はもう一生やらないと思ってましたが統計学はやっておいたほうがいいということで頑張りたいと思いました

・実際の身長と理想の体重についての統計結果に自分の身長を当てはめたところ、自分の現在の体重に一致したので満足感に満たされました。
また、権力ついて自分にはどんな権力を行使できるか考えさせられました。
※この数式はそう使うものじゃないから。

・ダイエットの集計結果を見たときに、女性はともかく、男性が細すぎる!と感じました。
授業内容で男子にはスポーツができてほしいとあったが、私が子供を産んでもきっとそう思うと感じました。

・私も一瞬振り子のフーコーかと思ってしまいました。汗
広義の権力についてはじめて聞くことが多かったのですが、日頃権力だと思わないことも権力と定義されるのだと感じました。

・私はこちらの学類に移る前の学類で1年次に統計の授業を受けたことがありましたが、あまり向いてなかったので、それ以上の応用的な内容を学ぶ事は控えようと思っています。また、今年度と自分が1年の時のデータで計算したところ、どちらも自分の体重が理想体重を下回っていたので良かったです。
また、講義の後半の内容を聞いて、日本人の多くが何らかの権力に振り回され、主体性を失っているのではと思いました。

・今回は、この前のアンケートの結果や、統計的処理が面白かったです。あまり統計ということについて意識しなかったので「あ、この図はこんなことを言っているんだ。」と驚きました。
権力の話も納得できるものでした。学校の例は分かりやすかったです。身近な所にある権力は考えてみるとたくさん例があります。私は大学へ歩いて行く途中、よく自転車に乗った方とすれ違います。その時、私はぶつかるのが怖いので道のどちらかによけますがその時も私と彼らの間の目に見えない権力関係があるのですね。しかし中学や高校の時狭い道を歩いて登校していた時はそこを通る車が私達をよけていたりしました。このように歩行者と自転車、自動車の力関係を考えてみるとそこに働く不思議なものを感じます。
来週も楽しみにしています。

・目で見ることのできない権力の分析の話で、ダイエットの意味の話をしていましたが、Aが女性だとするとBは社会ですか?スリムな身体は社会の目を通して求められていると解釈したのでそう考えたのですが。

・今回の講義は前回までのシニフィエ・シニフィアンや『神話作用』よりは、わかりやすく感じました。普段の何げない行動が、さまざまな形の権力であらわすことができる、という理解で合っているでしょうか?
となると、分析の材料は日常のいろんなところに存在していますよね。

・権力は関係であるというのが面白かったです。
例えば先輩が廊下を通るとき後輩が端に避けると言う上下関係も、「先輩が歩く」ことによって「後輩は退く」という行為を発生させる関係自体が権力であるということですよね

・女性なんだから「女性の方が男性よりスリムな身体規範をもつ」のあたりまえだろ、という考え方をしてしまったために冷静な判断をなくしてしまっていた。この講義を受けて権力とは周囲からの抑圧力と同義ではないか、と僕はおもいます。なぜなら、例えば女性のダイエットでは周りからの目が気になる結果、自分は太っている→やせよう→ダイエットという構図ができるし男性のスポーツできる体にしろ親からの期待などやはり共通して周囲からのプレッシャーが関わってくるな、と思いました。

・前回のダイエットのアンケートで、クロス集計・回帰分析などを用いて様々なことがわかるのだと知り、とても面白く、興味深く思いました。また、講義を聞いて、私が今まで思っていた「権力」と講義の内容の「権力」はイメージがかなり違っていたと感じました。権力は目に見えないので、詳しく考え分析するのは難しいことのように思えますが、そのような難しいという意識を捨て、しっかり考え理解することが大切だと感じました。

・ダイエットに対して、やっぱり女性の方が意識が高く、ダイエットの方法が人それぞれで、また、いろいろと試みているのがわかりました。
また、文化論の授業で政治学や権力を学ぶのは意外でした。

・見えない権力を言葉で説明するのは難しいと感じました。 第一部でやってかた授業が思いだされました。

・大変参考になった。しかし要素要素でわからないことがあったので、次の講義に活かしたい

・権力は所有し、かつ行使するものではないのかと疑問に感じた

・所有できず、目には見えない権力を如何にして見えるものにするか、の考え方に納得しました。
主体Aが発した言葉に主体Bが応えて行動するというのも、その権力の行使の一つなんですね。

・今まで権力について大したことを考えたことはなかったが深く考えることができた。権力というと大きな力のイメージがあったが日常でふつうに働いていたことを実感できた

・権力についての話は、なるほどと思いました。父が厳しい人だったので夜10時以降はお風呂に入ってはいけなかったのですが、今でも10時以降にお風呂に入ると怒られているような気がしたりします。これも父の権力の影響でしょうか。きっと色んな権力に縛られたり縛ったりしながら生きていくんだろうなと思いました。

・わたしは痩せたいと思っていますが、ホケカンなどで見る体型のタイプは標準と出ます。
でも標準だと思えないし、自分より細い人のことを基準に考えてしまいます。
これが権力なんだなと思い、なるほどと思いました。

投稿者 june : 19:07

2010年05月17日

5/17の感想

 第5回、5/17の講義の感想です。

・先週同様、難しい内容でした。今回の講義の事は一旦頭の片隅に置いて、疑問が生じた際にその都度調べたいと思います。

・文化が違うと同じような表現を使っても意味がきちんと伝わらないんだということを改めて確認しました。
普段はあまり考えないことだったので新鮮でした。

・少し難しい内容だったが、少しずつならわかってきた気がする。

・神話作用=暗喩と考えてもよろしいのでしょうか?

・世界共通の網の目があればどうなるんだろうと思った。もっと世界中の人が近づくのかなと感じた。

・ヨーロッパの人は肩こりしない。という話しは最初すごい!と思ったけど、理由を聞いて若干笑えた。鳩→平和なんかも神話作用なんすかね。

・最初神話作用の意味がちょっと難しかったがバラの例をきいて少しわかったきがしました。

・今日の講義では『神話作用』が面白かった。なぜその単語からこのような言葉が導き出されるのかが不思議だなと感じました。

・前回の内容がかみ砕けてなかったので、今回も消化不良を起こした。しかし、突き詰めて考えていきたいテーマなので是非検索したり、復習して理解したい。

・今回SFとSAの話聞いて前回よりも少しわかったかんじがした。なんとなく感覚的にですが。もっと学び続けたらどんどんわかっていくかと思うと楽しみです。
※SFじゃなくてSE!

・ソシュールの考えは難しいと思いましたが、新書などを読んで理解を深めていきたいと思います。

・ソシュールの議論はやはり理解するのに時間がかかりそうだ。シニフィアン=「つくえ」などの言語、シニフィエ=頭の中でのつくえのイメージ、という考えでよろしいでしょうか?

・一般化された抽象論についての講義だったので理解出来たのかそうでないのか、自分の中で整理が出来ない。だが、おおよその内容は理解出来た。自分と社会の関係性により様々な感覚がつくられる、そういった事を学問的に解釈した講義だった、と解釈しました。楽しかったです。

・今回紹介されたニ冊の本を読んでみたいと思います。

・やっぱりいまいちわかりません。人によって見ている色が違うんではなくて、見ている色は同じだけど、人によって頭の中の色のレパートリーの多さが違うだけなんじゃないかな、と思いました。

・翻訳という作業を図に置き換えて説明されたのですごく分かりやすかった。ロラン・バルトの神話学も以前聞いたことがあるので理解できました。

・前回理解が不十分だった部分について、より理解が深まったと思う。自分にとっての青が他人にとっては青じゃないかもしれないなどと考えたことがなかったので、興味深かった。

・バラの話を用いた神話学がわかりやすかったです。バラを贈る人が「愛」をもって贈ったとしても、受け取る人が「嫌い」と言われたと誤解してしまったら大変だなと思いました。

・"分からない"で留まらずにいろいろググってみたいと思います。ソシュールの参考文献にも挑戦してみます。

・1章が終わるまでに結構長かったと思う。後半は頭のなかが混乱してきてしまったので家でよく復習したい。

・私たちは言葉にするときに、知らず知らずのうちに様々な網の目を通して物事を見ているのだなと思いました。そして言葉にするときに、文化というものが強く影響し、相互に密接に関わり合っているということを学びました。

・神話作用の話はなかなか興味深いと感じた。次回の内容は自分の身近ものだと思うのでしっかり学びたいと思った。

・内容を理解することは難しいが考えさせられることが多くありました。講義を通して身近な文化への見方が変わりました。

・洋画を見ていると、日本語吹き替えの台詞と日本語字幕の内容が結構違う時があります。それでも映画の内容は大体同じように理解できます。これが言語の幅ってやつなんですね。あとダヴィンチコードで言葉、記号の神話性がクローズアップされたましたね。授業を受けて、なぜかダイイングメッセージが凄く高尚なものに感じられました。

・複数の「網の目」の講義で、同じ英語文でも異なる訳をしているのを聞いて、同じ出来事を扱った記事でも、批判的であったり、肯定的であったりと新聞社によって異なった表現で書いている事を思いだしました。また、神話作用は色々なに有りそうですが、気付きにくそうだと思いました。

・何だか頭の中がこんがらがって来てしまったが、とにかく本来の言葉から連想されて、かつ自文化の中では当たり前になっている神話作用の存在を今回確認できたので、何かしら物事を見る観点が増やせれば、と思った。

・言語はとても奥深いと思った。文化記号学は難しいと思った。

・言語の神話作用を学び「バラ→情熱」というような理解のされ方もあるんだなと思った。しかし、同じ花でも様々な花言葉があるので、受け取る人の知識によっては良くも悪くも理解されるだろうと私は予想した。このように作用の仕方には人の言語表現能力が深く関わっており、言葉という記号の重要性を感じた。

・神話作用の話はなるほどなと思いました。今日のアンケートが来週どう生かされるのか楽しみです。

・今日は新しく神話作用について講義を受けました。「桜」をシニフィアとすると「始まり」というシニフィエといった感じでよろしいのでしょうか?日常的に考えたことがなかったので物の見方が少し深まった気がしました。あとは紹介された新書を読んで教養を得たいと思います。

・前回に引き続きとても難しかったです(汗)さっそく神話作用の具体例を自分なりに考えてみようと思います。

・当たり前に使っている言葉に神話作用が含まれているということは何となく伝わりました。

・I love you.を死んでもいい。と翻訳したという話を聞いて、I love you.を月がきれいだね。と翻訳した夏目漱石の話を思い出しました。シニフィアンとシニフィエを分からないまま飼いつつ、なんとか理解したいです

・私は今まで肩が凝ることはなかったのですが、今日の講義を聞いて、単に首筋や背中の凝りだととらえていただけなのかもしれないと思いました。講義で何度も聞いていることですが、物事に対する人それぞれの、様々な感じ方がとても面白いです。会を追うごとに内容が難しくなりますが、頑張って反復で対応したいと思います。

・段々と授業内容が難しくなってきたので集中して聴きたいと思いました。まだシニフィエとシニフィアンがよく分からず難しいですが、今日の冒頭で言われたようにちゃんと復習に取り組みたいです。
ロラン・バルトの「神話作用」は少し興味を持ちました。身の回りでそういった作用を持つものを見つけてみたいです。

・前回のことを思い出しながらやっていたので気が抜けなかったが、楽しんで受けることができた。

・段々話が難しくなってきたと思った。情報を集める、分からないことを自分の中で飼っておく、ということしていこうと思った。バラを送るとき、バラに込めた意味を、受けとる相手が取り違えたら大変だなと思った。

・今日の講義はとても面白かったです。シニフィアンとシニフィエのことがよく分かりました。

・ロラン・バルトの神話作用の話がすごい発想だと思いました。しかし、『その中に「政治的」な力関係が働くことがある』という話しはよく分かりませんでした。私は今の授業があまりよく分からないことが多いので、今日先生から紹介して頂いた本を読んで、理解を深めたいと思います。

・網の目は翻訳という作業である、ということにとても納得しました。「I love you」を「死んでもいいわ」と捉えたり「あんたなんか大嫌い」を「本当は好き」と捉えたり「格好いい」を「たくましい」と捉えたり身近に色々な例があると感じました。その時代や地域などによって感じ方や捉え方は様々だと思うので、自分で調べてみたくなりました。

・感想:神話の意味作用を学んだことで、前回あまり理解出来なかった、言語の意味作用も理解することが出来ました。また、人間はこれまで、「バラ=情熱」という置き換えを無意識のうちに行ってきたのだと気付きました。

・バラの視覚のイメージと音のイメージなど「バラ」がそれぞれ自分達に与える影響力が違うと思いました

・今日の授業、更に難しかったです。日本語を聞いているのに日本語じゃないように感じるくらいでした…。大学は足りないところを読書で補わなければならないな〜と思ったので、これからは読書をして積極的に情報を取り入れていきたいと思います。

・前回の復習もしていただいたので、頭の中を整理して今日の授業を受けることができた。特に、薔薇の話は分かりやすくて意味作用についてよくわかった。『I love you』を日本語に訳した二葉亭四迷の「君の為なら死んでもいい」というのを聞いて、夏目漱石の「月が綺麗ですね」というのを思い出した。これも二段階の意味作用にあてはまるのでしょうか?

・今回の講義は、自分の中で今までで一番難しかったです。言語作用や神話作用を正確に理解するためにも、ソシュールやバルトについてまだ知る必要があるなと感じました。

・今日の講義では、前回からの言語の意味作用に加え、神話の意味作用が加わったので、非常に難しく感じました。バラという言葉でも、この2つの作用で意味がまた変わってくるということが分かりました。
講義の最後にやったアンケートが次回にどう繋がるのか楽しみです。

・今回は、前より理解できました。この前よくわからなかったことが、少し分かるようになりました。前回こんがらがってしまったシニフィアンとシニフィエのことが今回聞いて区別がつきました。復習が大事だなと思いました。ヨーロッパには肩こりがない!?という話はビックリしました。肩こりという言葉というか、概念がないんですね。彼らにとっては、頭痛や背中の痛みとして捉えられる・・・不思議です。網の目が違うと理解も違うから、いろいろな食い違いが出てしまうのは怖いです。私は、学校の生協のlecoという英会話講座を受けているのですが、外国人の先生は、ウーパールーパー(axolotl アホロートル)をsalamanderと言っていました。私は、ピンク色の奴を想像したのですが、サンショウウオとひとつに言ってしまうとなんだかニュアンスが変わります。赤いバラの例えは分かりやすかったです。神話作用が少し分かった気がします。赤いバラ=情熱だという決まりごとが決まったプロセスが気になりました。 来週も楽しみです。 

・今日の授業も難しいものでした。本などで知識を補っておくのも大事だと思いました

・まず、シニフィアンとシニフィエの関係性、つまりそれは恣意的ではないということはとても面白いし興味を抱きました。確かに言われてみれば生活の中でまさにその通りな事例もあると思います。今回の言葉の研究のように、普段あまり気がつかないだけで考えてみれば興味深い内容はたくさん潜んでいるなと思いました。

・文化の中で、神話作用が政治的な力になるというのに納得しました。

例えば日本の文化では、外国人にしても国歌は君が代となり、日本にいる時には君が代を歌わなければならないというのが政治的な力ということでしょうか。

・今日の講義は難しかったです。何回も反復して復讐し、理解していきたいと思います。

・ソシュールの考えを神話に応用するのは面白いと思った。確かに、神話に出てくるモノやコトバは文化によって多少変化するなと思った。

・今回複数の参考文献を紹介してもらったので、ぜひ読んでみようと思います。ソシュールの言語学について、先生と加賀野井さんのとらえ方が若干異なるのも、今まで学んできた「感じ方の違い」なのだなと考えました。
※加賀野井さんではなく町田健さんです。

・神話とか難しくてあまり分からなかった

・私は、分からないことがあったら、あきらめていたが、これからはあきらめずに、分からないことを自分の中で飼って、分かるようにしたいと思う。

・今日の授業の内容は先週のものよりさらに難しく感じました。このままの勢いでどんどん難しくなっていったら自分はついていけるのか少し不安になってしまいました。しかし、自分の夢実現のためにも必死に食らいつくくらいの勢いで頑張りたいと思います。

・今回は内容が難しかったです。しかし翻訳の例はととも分かりやすく、複数の網の目では現実の切り取り方が違うのだと分かりました。ハリーポッターは日本語で読むのと原作で読むのとでは全然違うと聞いたことがありますが、本当なのだと思いました。

・前回の内容は難しくて理解できない部分もありましたが、今回の説明を聴いて大体理解できました。

・意味作用と神話作用については理解できなかったです。次回にもう一度説明していただければと思います。

・今日、授業の初めに前回の意見が取りあげられました。ありがとうございます。でも、私が伝えたかったのは、青だと認識している色が自分の区切り方で微妙に違う、例えばコバルトブルーを青と認識しているというようなことではありません。私が考えているのは、私が黄色にみえているものを私は黄色といいます。でも誰か別の人にとっては、私にとっての青を黄色と認識してるのではないかとおもうのです。もちろんその人は私にとっての青を黄色だと認識しているので、その色を黄色とよびます。友達にこの説明をしたらわけわかんないと言われてしまいました。この説明で伝わったでしょうか? また、今日の授業の質問ですが翻訳の作業はV字型になっているというのがありました。それは、シニフィエが媒体となって、一旦、つなぎたいシニフィアンから離れるという解釈であってますか?
※なるほど、そういうことでしたか。シニフィエが媒体となる、というのは、違いますね。網の目にはシニフィエも含まれていることに注意です。

・前回の内容をまだしっかり理解しきれていないのに、また新しい「神話作用」というものが出てきて頭が混乱してしまいました。例だと「バラ」⇒「情熱」となっていました。「ハト」は「平和」の象徴ですが、これも神話作用のひとつなでしょうか?前回と今回の範囲をちゃんと理解出来るように、反復(復習)をしっかりしたいと思います。

・今日の授業も専門用語が多くて難しく感じました。虹の色のわけかたなんて、世界共通で7色だと信じて疑わなかったのでびっくりしました。

・今日の講義は、やはり内容が難しいなという印象を受けましたが、同時に興味深い内容でもあるなと感じました。個人的には、アメリカ人の肩こりの話がとても面白く、わかり易いと思いました。また、言語における意味作用と神話における意味作用の関係も、とても奥が深いものだなと感じました。次回の講義も、とても楽しみです。

・前回はいまいちよくわからなかったが、今回は前回より理解できたと思う。今度先生が参考図書として紹介してくださった本を読みたい。

・神話作用の政治性について、黒人の絵の具体例がでたとき自分が恥ずかしくなった。それは瞬時に黒人=服従させられる存在と脳裏に浮かんだからだ。また、この神話作用は生活のなかでの自分の心理現象としても現れていることを実感した。このままだと、安易な偏見、・差別につながってしまう。これからは自分のシニフェに疑問を持ちながら生活していきたい。

・今回も前回に引き続き、少し内容が難しく感じた。しかし、「分からない」ときの対処法に、「分からなさ」を飼っておくというのもあり、「分からない」状態は全面的に悪いことではないのかもしれないと思った。講義内容に関しては、バラの例からも分かるように、たしかに日常においても神話作用は働いているように思う。しかし、神話作用によるイメージは文化圏によって異なる可能性もある。その観点から、異文化理解というものの難しさを改めて感じた。

・文字が特定の物を指し示すことは改めて興味深いなと思いました。高校時代に現代文の授業で習った評論文で、小学生で平仮名を習った時にどうしても文字が特定の物を指し示すことが理解できずに、平仮名を覚えられなかった筆者の方がいたことを思い出しました。(「りんご」という文字に「りんご」らしさ(かたちなど)を見出だせず、また「りんご」と「りす」は全く似たところがないのに、同じ「り」がつくのは何故かわからなかったそうです。)私はただ漠然と文字が特定の物を指し示すことを理解したと思うので、本当かどうかはわかりませんが小学生の頃にそんなことを感じた人がいたことは衝撃的だったので覚えています。授業が始まる前に思ったのですが、将来子どもが生まれたら、虹の色や犬の泣き声を教えないで育ててみたいなと思いました。実験みたいで子どもがかわいそうだと友人に言われましたが、ぜひ機会があればやってみたいです。最後に、ダイエットのアンケートがとても気になりました。健康診断での体重の増加に衝撃を受け、今正にダイエット中なのです。授業の内容と関係があるのかわかりませんが楽しみです。

・言語には意味作用と神話作用があることはよくわかった。意味作用はそのまま記号として受けとめられるが神話作用は特に文化が絡んでると感じた!

・昨日の授業は難しいけど、とても興味が湧きました。文化論は理解するのが難しい授業ですが、頑張っていきたいと思います。

・昨日の講義は、『神話作用』と言う、興味深いものを知りました。バラ=情熱の他にも、詩や歌の中にも雨≒涙(悲しい感情)のようなものがあり、身近なものに『神話作用』が隠れていると思いました。

・英語を翻訳する時、しっくりこないというのは、言語は「網の目」だからだと思った。神話作用の政治性は実際の社会に出現しているということがわかった。

・確かにバラ=情熱って見ただけじゃ全くわからないのにイメージづけた人間はおもしろいなと思いました。
あと先生が髪の毛を切っていたように思いましたが、当たってますか?私はこの間前髪を切ったのですが誰にも気づいてもらえず寂しかったです。

・二葉亭四迷の『I love you』の日本語訳は素敵だなと思いました。

・今回「神話学」のお話を聞いて、サブリミナル効果のことを思いました。私たちが意識していなくても、行動を煽られていること。そういうことってあるのかもしれません。また言語ではありませんがヒトラーの演説での、あの身振りは一種の記号として大衆を動かしたのかなー、と考えました。話が逸れましたが、次回も頑張りたいです。

・ヨーロッパの人たちが肩こりしないという話が面白かったです。ただ、いまいちまだこの講義の内容を上手く掴めていません

・前回同様今回も難しい講座でした。翻訳の例を聞き、英語の本や洋楽が好きな友人が「日本語で表現できないような表現があるから英語はおもしろい」といっていたのを思い出しました。あまり関係ないかもしれませんが…

・今回の講義の内容も前回同様理解が難しいものでした。しかし、今日の講義で分かった事は人は同じ『人間』という生き物であるにもかかわらず、その人の存在する位置や立場によって感じ方が異なる事
です。講義の中で文化内の人はバラ⇒情熱というむすびつきが必然的であるという例がありましたが、その他にも日常生活の中でも友達と自分のとらえ方が異なる事が多くある。これこそ『網の目』の違い差異なのだと思いました。

・物事の認識は、人によって違ってくる。共通の文化内において通じる事が、違う文化内で通じなくなるかもしれないことが大変なことだと思いました。

・考えれば考えるほど難しいなと思いました。神話作用の話は面白かったです。太陽→命、ハト→平和みたぃなことですょね?

・前回の内容を改めて理解することができた。紹介された文献を読み、さらに理解を深めたい。

・この現代文化論を通して学んだこととして、ある事柄に対しての意見は十人十色であり、様々な見方を検討することができるということである。これは自分にとっても確かに納得できることであったのでとても興味を抱くことができた。講義においても様々な観点からその事象を示していたのはとても分かりやすかった。けれど、1年である自分にとっては幾分か理解し難い部分もいくつかあったので、そこは自分の能力が足りなかったためであるので、今後努力していきたいと考えている。

・翻訳は複数の「網の目」間での現実をどう切り取るかをふまえたV字の作業である というのになるほどと思いました。絵本翻訳家や歌詞を翻訳する人などがそうですね。講義の後半が難しかったです。他人の意見を聞くというのはとても大事だと思います。次回も頑張ります。

・今回の講義でロラン・バルトの神話作用の話を聞いて、バラを情熱とイコールで考えたりすることはある特定の文化では自然と知ることができた。日本でよく言われるハトは平和の象徴っていうのも、私たちは自然に考えているが、他の文化圏ではただの鳥だと思われているのかと思うとなんか不思議な感じがした。自分たちが当たり前だと認識していることでも、場所や文化が異なるとまったく違うものになる可能性もあるのではないかと思った。

・シニフィエなど前回あまり理解出来なかったことが少し理解できたような気がします。前回の授業の復習をしていただくと本当にありがたいです。今回の神話について、あまりよくわかりませんでした。バラの話をもう一度聞きたいです。講義を何度も聞けたらいいのに、と思いました。

投稿者 amiqing : 23:51

2010年05月11日

5/10の感想

 第4回、5/10の感想です。今日はみなさん眠そうでした。

・最後の「わかる」というのは「分ける」ことと言って、「わかる」と読む漢字のどれにも「分ける」ための「刀」が入ってるというのに驚き、なるほどなぁと思った。

・紹介していたラノベはちょっと興味を持った。虹は2色と表現しちゃう文化もあるのに驚いた。

・今日の内容はすごく難しかった。差異によってわたしたちはことばを習得しているというのはなるほどなと思った。

・身近な題材でありながら、内容が複雑で難しかったです。来週の講義とあわせて、何とか理解したいと思います。

・シニフィアンとシニフィェの繋がりの話しは正直難しかった。バカやアホの意味の感じ方だったり、虹のスペクトルの言分けなどの話しをきくとその地方や国によって意味や感じ方が違っていて、言葉が非常に重要な役割を果たしてるということがわかった。

・記号の話が個人的に苦手で難しかったです。

・認識は曖昧で言葉にするのは難しいと思った。

・個人的には漫画よりラノベの方が良かったので、今日の授業は良かったです。

・いきなり抽象的になって難しかったです..。睡魔に負けずに頑張ります。

・今日の講義は今までより内容が難しくて理解できないところがあった。図がよく理解できなかった。

・確かに人に何か(音楽にしろゲームにしろ)を勧めるときは〜と比べてどうか、といったように比較して伝えることが多い上に、自分ではわかる例えや表現が他人に理解されないのは当たり前だと感じられた
よくテレビで話題になる、所謂ギャル語というような一般人には理解しがたい言葉も音なり綴りなりできた上で意味が持たせられる事がよくわかった

・ニンテンドーDSの漢検のゲームソフトで自分の書いた字が正しく認識されないことを思い出しました。

・私たちが日常で使用している言語というのは、他と区別することによって初めて成立するものだということが分かった。また、言語によって虹の色に数の違いがあることにも興味を持った。

・なんかあまりよくわからなかったけど、AとA以外のものとかは数学の命題ににている気がした。

・これまで、掘り下げたことがないレベルまで言語を掘り下げ、とても細かく分解したということが今までとは少し違った、新鮮な講義でした。

・今まで、何故『わかる(理解する)』が『分かる』なのか不思議に思っていたが、その理由が分かった。

・人々は、本質としてではなく、差異によって世界を分節化しているということがよくわかりました。

・今回は難しい言葉が多くてあまり頭に入らなかった。家に帰ったらもう一度見直して次回に望みたい。
あと、自分の感覚だと「バカ」はその人自身を指す言葉で、「アホ」はその人の行動に対して使う言葉と捉えている。

・普通に使っていた言語が、これまで深いものだとは思わなかった。

・前の講義の内容にもあったと思うが、何か一つの物をそれだと認識するには、それとは違う比較対象が必要だろう。それが差異なのだなと思った。

・人にはそれぞれの網の目があることを改めて実感した。特に面白いと感じたのは虹の色についての話しだった。日本人は何かと細かく分けて表現するのが好きなのかなとも思った。

・『理解』とは『分ける』事だとわかり、驚きました。関係ないですが、ラングが英語のlanguageを起源にしているような気がしました。

・言語の網の目を通して私たちは世界を見ているということに興味を持った。深い意味があると思えた。また、言語というものが区別されることによって成立っていることが分かった。

・シニフィアンとシニフィエについて正確に理解できませんでした。
来週に詳しく解説してもらえるとうれしいです。

・シーニュに関してはとても興味を持ちました。人間が言葉を理解するのはどうしてかと疑問に思っていました。しかし言葉を記号や音と考えるとその組み合わせ方によって理解しているのだと感じました。動物も鳴き声で意志疎通をします。人間は脳が発達しているぶんだけ、その音の種類が多いのだと思います。

・「左」や「女」という言葉を説明しようとしても、確かに「右でない」とか「男でない」としか説明できないなと思った。AがAであるのはAの本質に関わらず、Aでないものによって決められるという考え方は興味深かった。

・文学少女を引っ張ってきたときは、びっくりしました。しかも、劇場版と文庫版の両方も。もちろん、文庫も映画もばっちり押さえてあるので、非常に講義の話自体にはついていけたので幸いでした。
後半から、一気に小難しい話にシフトしたので必死に聞きましたが、考えながら聞くのが限界でした。さらに、発展した内容に不安を抱きつつも今日も楽しい講義でした。

・前回、日本料理とB級グルメに関する文を送った者ですが、今日の講義を聞いて、日本料理というイメージが曖昧な事に気づかされました。改めて思い返してみると、日本の伝統的な料理には旨味や深みを感じさせる味があると思います。一方のB級グルメには、甘味や塩辛さが強く、単純な味になっている様に思います。もちろん、全てがあてはまる分けではありませんし、まだ曖昧な所があります。理解するためには、沢山の差異を知ることと、差異を感じる事が重要だと感じました。本質って何だろうと思いました。

・今日の授業は哲学的な感じを受けました。少し難しかったです;言語を決めるのは使い手の受け手の関係によるものなのかなと思います。あと今までメールを送る勇気が出ずにいたのですが、これは出席確認ですか?授業は休まずでていますが欠席になっていたら悲しいです;先生の授業は新しい観点に気付かされるので毎回楽しみにしてます!

・今日の授業は、普段あまり意識しないものだったので、少し理解に苦しみました。私たちは差異によって、実体を確認するということは、よく考えたらその通りだなと思いました。

・今回は難しくて完全には理解できませんでしたが、差異を明確にすることで記号を理解するということは、言語に限ったことではなくあらゆるものに対して通用すると思った。

・今日の言語に関する講義の内容ですが、まだ全ては理解できていません。ただ、ソシュールの言語観による、いくつかの言語を構成する要素を学び、それを理解しようとする中で感じたことがあります。それは、これまで自分の中でもやもやしていてとらえにくかったサウンドスケープや味比較のレポートの考察における言語に対しての内容が少しすっきりしたということです。このように少しハードな内容も学ぶことで、混乱しがちな頭を整理していけたらいいと思います。

・言葉は記号でしかないので、社会で使われる言葉の差異で感覚にまで違いがでるのはとても面白いと思う。物の名前は誰が付けてどのように広まっていくのかとか、人が言葉をどうやってコミュニケーションの道具として活用しだしたのかなど、上手く言えないがそういったことを疑問に思った。

・これまでとは違い今日の話は難しかったです。カタカナがたくさん出てきてごちゃごちゃになってしまいました。特に、シニフィアン・シニフィニ・シーニュがいまいちわからなかったです。ところどころ図があったので、少しだけ理解できました。なので、これからも図(例なども)を多くしてほしいです。

・普段何気なく言葉を使っているので、言葉を細かく考えるのは新鮮だった。しかし私にはちょっと難しく、完全には理解したとはいえなかった。次回は応用なので、ちゃんと頭を整理してから講義を受けようと思う。

・一つの構造がむしろ差異の体系であるのは非常に興味深いものがある。しかし、頭の中で何回も言い返しているとこんがらがる。

・文学少女を見てみたいと思いました。

・今回は、ちょっと難しかったです・・・。理解できたような、できないような感じです。 アがアなのはマじゃないから、AがAであるのは、AがA以外でないから、というのは最初理解するのに苦しみました。 否定することによって認識する、差異によって認識する、ということは、私達が知らず知らずにしているのですね。言語の恣意性については、私は青という色について考えました。一言青といっても、ライトブルー、スカイブルー、マリンブルー、エメラルドブルー、コバルトブルー、などなどたくさん種類があります。 しかし、あまり色に詳しくない人にとっては、ただの青(あっても、青と水色くらいですね)。区別の仕方の恣意性でしょうか。ペンの色の新色には、チェリーなんとかレッドだとか、ストロベリーなんとかレッドなどがあって私にはよく区別がつきません。 そういえば、虹の色が各国によって違うという話で思い出しましたが、太陽の色も国によって表現が違いますね。 日本ではほとんどの子供が、赤やオレンジで太陽を描きます。 しかし、国によっては黄色で描く子供が多いそうです。ふしぎです。次回も楽しみにしています。それでは。

・普段何気なく使っている言語に3つの側面があることを知ることができてよかった。

・他の何かと差異があるからこそ、Aという存在が証明されるという考えは、私たちが社会を生きていく上で一度は感じることだと思った。言語という網の目を使うことで世界を理解することが出来る一方で、網の目を細かくする(言語・差異を複雑にする)ことによって、世界が見えづらくなることもあるのではないかとも思った。

・言語の差異を通して、わたしたちは世界を見ている。まったくその通りだなと思った。【「分ける」ことは「わかる」こと。】はこの前読んだ本に、本を理解することは要約できることだと書いてあったがそれと似ていると思った。

・言語というものは、本当に大切なコミュニケーションツールだと思う。神話でバベルの塔を建てさせない為に神は人々の言語をバラバラにしたというが、正に的確な行動だと思う。人と人が分かり合うのには、「話し合い」がもっとも良いと思うからだ。難しいけど、興味深い講義だった。

・今日の講義はラノベを交えて話していただいたので楽しかったです。言語は何とかついていけましたが、次回の講義が心配です。

・今回の授業はシーニュなどの専門用語が出て来て難しく感じました。ですが、確かに「ア」という字などの区別は自分によるものだど思いました。次回も難しそうですが、頑張りたいです。

・分かるとは分けること、と言うことに納得できました。人は無意識のうちに自分の網目にあてはめて物事を理解しているのだと思いました。今まで生きてきたすべてが網目にの違いに表れるから、考え方は一人一人違うのだと思いました。

・早速漫画の話になったときは、この授業はどこへ向かうのか心配になりました。今日の授業は横文字が多く出てきたので少し難しかった気がします。虹の色の数がアメリカのように一色足りないというのは理解できないこともないのですが、2色でしか捉えない・表さないというのはどういうことなのか、と思いました。これが”我々の世界を見る網=差異”によるということでしょうか?

・難しかった。ラングやパロールはシーニュから成り、シーニュはシニフィアンとシニフィエによって構成されるということはわかったがシニフィアンとシニフィエの関係性がよくわからなかった。

・今日の講義は、今までと比べて一段と難しい話しでした。でもその分とても内容の濃い話しを聞けた気がします。言語という、とても抽象的な講義を聞いていて、高校時代の国語の授業を思い出しました。高校でも言語についての評論を読んだけれど、理解するのに苦労した覚えがあります。考えれば考えるほど、分からなくなった経験があるので、今回もきっとそうなると思います。 もしかすると、抽象的な概念にははっきりとした正解のようなものを見出だすのは難しいのかなと感じました。

・今日の講義から急に内容が難しくなったので、少し焦りました。ですが文字や記号を特定するのに、他のものとの差異を利用していることには驚きました。確かに、今日の講義で、カタカナのアという文字が何故マではないのか、と先生に問われた時、私はアとマの文字の形で説明することしかできませんでした。あまり普段考えずにやってきたことを分析してみるのはすごく興味深いです。難しいですが、次回も頑張りたいと思います!

・「差異の体系」としてのラングのところで、男女の違いというのも記号的なもので決められているのではないかと言っていた半陰陽の漫画家を思い出した。もしも、性別を判断する「網の目」が今とは違うものであったら世界はまた違ったものだったのではないだろうか。

・今日の授業は先週の予告通りかなり高度な内容の授業でした。しかし、授業を受けていくにしたがって自分が今まで疑問に思わなかったようなことが解明されていき新たな考えを知ることができとても楽しいです。これからも楽しみです。

・今日の授業の内容は少し理解するのが難しかったですが、日頃自分がふと思う疑問でもあり、興味を持って聞くことが出来ました。同じ言葉でも地方や地域によって意味が違っていたり、同じ味でも人によって好みがあったり、当たり前、だけど不思議なことだなと感じました。「馬鹿」と「アホ」の違いが地域で違うのは、大阪では「馬鹿」は禁句だと聞いたことがありましたが、関東で「アホ」が罵りに捉えられるというのは初めて知りました。福島では、どちらとも同じような意味合いで使われているような感じです。

・言語は、差異によって決められている。また、言語は世界と認識を生み出している。言語が私たちにとって必要不可欠なものであると感じた。

・差異の体系としてのラング,難しかったです

・自分たちが普段何気なく使っている言葉は、本当はすごく難しいものなんだなと感じました。自分たちが言葉を使う時には、言葉をよく理解していないといけないと思いました。また、虹の色の分け方の話が、とても面白いなと感じました。見ているものは同じはずなのに、言葉の表し方によって全然印象が違うものになってしまうということに、とても興味を持ちました。

・数学の証明を思い出しました。あることを定義したければその逆が成り立たなければ良い。記号によって言語を考えるそれはあらゆる分野につながっていた

・文学少女のはなしできになったことはなぜ料理の味を父からおしえてもらっていないのにも関わらず物語を食べ物の味で表現できるのかまた父におしえてもらった食べ物の味がわかれば実際にその食べ物をたべたときに味がわかるはずなのにその少女は味がわからないというところが気になった。

・自分にはとても難しい授業でした。言語観が・言語能力・言語・発話に分かれていることを理解するのに苦しみました。自分が思っていることを正しく相手に伝えることは.改めて難しいのだなと思いました。

・急に内容が難しくなり未だにはっきり理解できていません。でも言葉をそんなふうに捕らえたことがなかったので新鮮でした。

・今回の講義は、前回の内容より少し難しくなっているように感じた。自分はソシュールのような言語観を持っていなかったので、彼の考えは非常にユニークに思えた。虹の色の数が国によって異なるのは聞いたことがあったが、今回の講義でその理由を知ることができて良かった。

・ 言語にはさまざまな考え方があるということがわかった。辞書に載っている「左」や「女」の定義の表現の仕方が面白いと思った。言語を考えることは難しいと思う。

・私たちは無意識のうちに言語の網の目を通して世界を見ているのだと聞いて興味を持ちました。言葉とは何かを読んでみようと思います。

・最初の本を食べる女の子の話は、私たちがなにかを食べて味を認識するのと同じ行為なのかな、と思いました。本でもハンバーグでも最初は未知のもので、実際に食べてから言葉でこれはこういう味のものだと認識していくところが同じだと思いました。

・昨日の授業では遠子さんに圧倒されました。私も読書が好きで、読んだ本の記録を書いているのですが、遠子さんと比べたらつまらないので今度味であらわしてみてみたいなと思いました。虹の話も言語によって色の数が違うことも興味深かったです。「もったいない」という言葉が他の言語でうまく訳せなかったり、地元の方言が共通語で言い換えることができなかったりということを思いました。

・今回の授業はかなり専門的な内容で、いよいよだなと思いました。でも、社会「文化」論は世界での民族ごとの文化の違いなどを学ぶと思っていたので、想像との違いに驚きました。

・前回と比べ、抽象的な話が多く理解が難しかったです。シーニュのシニフェとシニフィアンがよく分かりませんでした。(もしよろしければ次回の冒頭でもう一度説明して頂きたいたいです。)「AがAであるのはAが"A以外"ではないから」というのが面白かったです。それでは、なんだか説明になっていないようなのに、そうとしか説明できないのが不思議ですね。「柿(かき)」という字があります。ケータイメールで違いを出すことはできないのですが、これとほとんど同じ字で「こけら」と読む字があります。私は漢字の「こけら」を「こけら」と読めず「かき」と読みました。差異をつけられなかった時の私には「こけら」の存在はなく、差異があってラングは存在できるのだなと、身近な体験から思いました。

・昨日の授業を聞いて、自分としては難しく感じました。もっと理解を深められるようにしたいです。

・文化と言語ということで.言語はどういったものなのかについて.理解することができた。ソシュールの言語論など.様々な言語の役割を知り.興味を持った。

・今回の講義をきいて、私がたまに考えていることをふと思い出しました。それは、例えば私が青だと認識している色と友達が青だと認識している色が本当に同じ色なのか?ということです。答えはよくわかりませんが、どう思いますか?感想じゃなくてすいません。

・今までは結構分かりやすい内容だったけど、今回はかなり専門的な言葉も 出てきて難しかった。シニフィエとシニフィアン‥難しいです!

・言語のの恣意性のシニフィアンとシニフィエの結びつきというのがなんだか難しかったです。「わかる」というのを漢字でかくと、どうして「分ける」という字を使うのか、小学生の頃から謎だったのが、先日の講義でスッキリしました。

・シニフィアンやシニフィエといった難しい言葉が出てきて戸惑いましたが、どうにかついていくことができました。その2つの言葉も、最初からわからないと捉えるのではなく、音と意味から耳にしたらなんとなくわかりました。

投稿者 amiqing : 02:19

2010年04月27日

4/26の感想等

 第3回、4/26の講義への感想です。

・味を言語化することはとても難しかった。しかしそれを他人に伝えることは更に難しいと思った。

・神の雫のマンガの話をしてくれたのでわかりやすかったです。

・他人のレポートを見ると、自分は注目しなかった観点から書いていたのが印象に残った。

・味を言葉で表現することは確かに難しかったし、そういうものだということがわかった。他人のレポートも見れて参考になった。次にレポートを書くときは何を求めているかをよく考えて取り組みたい。

・味は身体の状態によって変化するということがあったが、食べた状況や気分によっても変化すると思った。

・他の人のレポートがうまくて驚いた。友人のがでていたので、少し笑えた。人の感覚は曖昧で、面倒だけどその分面白いと思った。

・味の比較の表現の仕方も人それぞれで面白かった。わたしは要素に分解してまとめることが頭になかったので次に今回のようなレポートがあったら是非参考にしたいと思った。身の回りの音や味を言葉で表現するのは難しいことだと改めて感じた。

・味を言葉で表現しようとした時、マズイ・オイシイ以外で表現しようとすることがいかに難しいかがわかった。実際、普段は味についてあまり言葉で表現することをしていない、ということに気づいた。

・前回までの内容を漫画の内容でまとめてありわかりやすかった〓自分のボキャブラリーは少ないと思うのでいろんな地域の人がいる大学で広げていきたい

・水のソムリエは凄いなと思った。またソムリエに限らず、何かを比較、評価するにはそれなりの語彙が必要だと思った。

・味に関することで私が思ったのはアルコールの味の感じ方についてです。例えば友人はカルーアミルクを「ただのジュース」と言うのですが、私はカルーアミルクの甘さの後にアルコールの苦みを感じ、とてもジュースとは思えません。チューハイもそうですが甘さの後のアルコールの苦みをみんな感じていないのでしょうか?
 PS.そんな私はもっぱらビールを飲みます。

・感じ方,表現の仕方が違うのはその人の今までの経験によるので十人十色のものだと思いました。それにより「ことば」の選び方も異なると考えますお酒の話おもしろかったです

・講義中の、「温度」等の条件によって味が異なるという話を聞いて自分にもそのような経験があったのを思い出しました。たまに家で夕食に出るサツマイモの天ぷらは、できたてよりも冷めきっている方がより甘味を感じます。

・食べ比べをしたとき自分の持っている語彙が少なくてあまりうまく表現できませんでした。相手に伝えるとき言葉をうまく使えないと難しいということがわかりました。

・僕は去年の夏、松野ゼミの合宿で「結」を先生に飲ませてもらいました。隣には久保田千寿がありましたが、久保田よりも深い味があったと思います

・「からだ」の感覚を言葉で表現することはとても難しいと今回の講義と前回の課題を通して思った。自分も体の調子が悪い時などに相手に詳しく伝える事は苦手だ。

・身体的感覚を言葉で表現することは確かに難しいことだと思う。実際に、音や味でも擬音を使ってしまう。この感覚を言葉で表現するには、相当な感覚が必要のような気がする。

・前回の味の比較についてのレポートは、私自身、味や匂い以外の情報で余白を埋めていたので、感覚よりも言葉で伝えるのが難しいという問題を身に染みて感じた。身体と言語と文化は密接に関わっているのだと知った。

・「『おいしさ』は社会からつくれる」という言葉を聞いて、最近のホルモンブームやB級グルメブームを思いだしました。味つけの濃いものが、人気になっていると感じます。社会全体が味の濃いものを好む様になってきており、繊細な味の日本料理と対立しているなと思いました。

・味覚は言葉にしてはじめて記憶されるので、味覚は操作できるものだと分かった。考えてみると食品のパッケージなどには味覚を操作するためなのか味覚を表す言葉がたくさんかいてある。また、「3つ星レストランシェフの…」や「北海道産の…」や「ひんやり…」や「生クリーム入り…」といった味覚を直接表現していない言葉でも味覚に影響できると思った。

・他の人のレポートを見て、自分の書いた内容が薄すぎた気がした。また、授業を聴いて、味を言葉で表現するということは、意外と難しいことを改めて知った

・「夏子の酒」で、「こっちは名酒百選!こっちは悪酒百選!」って言ってたのを聞いて思ったのですが、味覚というものはあくまで人それぞれなので、何が美味しくて何が不味いかは自分で決めるものだと思います。「吟醸らしい」とかは、吟醸酒の定義に基づいたことなのでいいと思いますが、もしかしたら雑味があるクセの強い酒が好みという人もいるかもしれません。如何に味覚が優れてようと、「これがうまい!あれは不味い!」と決めつけるのはどうかと思いました。

・3人のレポートを見て、自分のレポートがあっさりし過ぎていたことに気がつきました。でも、味中心で書いていたのでそれも有りかと思い、前向きになりました。味を言葉で表現することの難しさは実感していたので、みんな一緒なんだと思いました。

・レポートの事例に関しての話ですごく共感できたことは体調と感覚(味・匂い等)の関連についてです。
 私は偏頭痛もちなのですが、偏頭痛の予兆(チカチカが見える)が出始まる頃から急に味の濃い物がだめになったり、周囲の匂いに敏感になったりします。また、強い光も苦手になりました。こういったことを考えると、今回自分作成したレポートの比較は浅いと感じさせられました。体調まで踏み込んで行う比較は難しいですが、要素としては押さえておきたいものだと思いました。

・味の比較のレポートを書いているときに「表現する」ということに一番苦戦したのを思い出しました。また、自分の身体で感じたことを誰かに伝えようとして変な例えを使ったり音で表現したり…。しかし結局伝えられず、何がいいたいの?と言われてしまうこともありました。言語表現って難しいんだなぁと改めて思いました。

・他の人のレポートを見ましたが、私のものよりもわかりやすくまとめてあり、やはり他人が読むということを考えて書かなければ、と思いました。

・何も考えずにレポートを書いたが、様々な工夫のしたかたがあるとわかり勉強になりました

・お腹が減ってくる5限に食べ物ネタはなかなかなダメージでした(笑)。みんながいろんな工夫を凝らしているのがわかってよかったです。

・今回の講義を聞いて、自分の比較は相違点の明確化や数値化が出来ておらず、まだまだ足りないものであったなと感じました。次回は比較とはどういったものなのかを意識して作業したいと思います。

・今まで本当においしいものを食べたりしても、「ヤバいくらいうまい」とかのあいまいな表現しか自分にはできなかった。それは味という身体的感覚の言語表現が自分はへたくそだったんだなあ。と今日の講義で実感した。

・感じたことを言葉で表現するのは、時には違うように伝わってしまったりと常々難しいと思っていた。
日本語は擬音がとても多いので味覚など表現する際にごまかせるし伝えやすいが、外国ではどうなのかと疑問に思った。

・今日の講義を受け、言葉について文化的に理解することができた。言葉の機能について興味を持ったので、これから気にしていきたいと思う。

・他の人の、味の比較についての課題を見て自分の課題とは違う点がたくさんあって驚かされた。例えば、ひとつの食べ物に関して、自分は二つの項目にしか触れていなかったが、講義で紹介された人たちは6、7個も味の違いを表現していたので、自分の飲み比べしたものを改めて思い返してみた。そして今日の講義を聞いてみて、食べ物が持つ「味」の深さを知った。食に関するゼミに所属しているので、学習したことがさっそく活きてくると思った。

・今日は最初に課題のレポートを見て、改めて感じたことを言葉にする難しさが分かりました。しかし、そこを表さないと、他の人に伝えることができません。そのため、難しいながらも、表現していく必要があるのだと思いました。

・以前ロシア料理屋に行って、コンソメ味と予想して飲んだスープが、甘くてトウモロコシのような味がした。初めはまずいと思ったが、飲み進めていくうちに意外といける味だと思い直した。イメージや偏見を持たずに飲めば最初からおいしく味わえたかもしれない。自分の味覚は味以外のことに大きく左右されるという今日の講義にはとても納得した。食べ慣れない海外の食べ物や、嫌いな食べ物も、自分の認識次第でおいしく感じることは大いにありえる、と思った。

・神がつくった人間のからだの感覚はことばで表現するのに限界があるが、人間がつくりだしたことばには限界がないということに気づきました。やはり、人間がつくりだすものすべてには完璧というものはないのだなと思いました。

・食べ比べのレポートや漫画を通して、感覚と言語の表現との関係が深いことなどがわかりました。今までそんなことは考えたこともなかったので、とても新鮮でした。

・ソムリエさんの「五感はいったん言葉にしないと記憶できない」というコメントから、悩み事や感動した出来事は、文章に起こしてみると整理される経験が思い浮かびました。

・今日は三回目の授業でした。冒頭に「今日は大人の話をします。」と言われた時は少しドキドキしました。結果的には、お酒の話でしたがマンガを踏まえての人が感じた物事を言葉に出して表現することのむずかしさを感じました。それは考えてみると今までもそうだったのかも知れません。ただ自分が気にかけていなかったのだろうと思います。五月に入ると少し難しい内容になると言われたのでさらに気持ちを引き締めて臨みたいと思います。よろしくお願いします。
 
・私は課題2においてプリンの食べ比べをしたのですが、ひとくちに甘い味と言っても、色々な甘さの種類があるため、それを区別して表現するのが難しかったです。また、私達は食べ物に対してあらかじめ決まったイメージや先入観?のようなものがあるので(プリンはプリン味のような)、その味の詳細を人に伝えられるようにするのもまた難しかったです。そして、今日の講義で、味は舌だけが判断するのではなく、視覚や嗅覚によっても左右されると聞いて、本当だなーと共感しました。そして最後に...漫画の引用楽しかったです!!!

・ 今回は、食べ比べレポートの他の人が書いたものを見れてよかったです。私は、ミルクチョコを対象にしたのですが、確かに味を言語表現するのは難しかったです。言葉に表すのは難しいけれどなんとなくわかっていて、でもやはり相手に伝えられない感覚は、日々の生活の中で味のほかにもあります。感情は特にそうかもしれません。尺度が人それぞれです。何かに例えたりするけれど、相手に伝わっているかは不明で「本当に私の考え伝わっているのかな。」と思うときは誰にでもありますよね。伝えるための工夫が、余計に表現を難しくしてしまって永遠に追いかけっこをしているような感じがする時があります。誰かに伝えることは難しいです。今回初めて「神の雫」の漫画を見たのですが、(ドラマはすこしみていました)意外とすっきりした絵柄でびっくりしました。少女漫画では、味の表現を背景であらわすことが多いと思います。スクリーントーンを貼ってみたりしてファンシーな感じで主人公の少女がつくったお菓子の甘さを表したものを見たことがあります。ちょっと大人向け?の漫画ではどう表現されるのかなと少し気になりました。漫画で見る味と表現の関係が面白かったです。また機会があったら、このような作品を使った授業を聞いてみたいです。次の授業は難しめだそうなので、連休で頭がボケないようにしたいと思います。次回も楽しみにしています。

・私は、味について美味しいと言っているだけで具体的に説明していませんでした。しかし、実際味について具体的に言葉で説明しようとすることがこんなにも難しいと思いませんでした。

・『人に伝える難しさは感覚だけの問題だけでなく言葉の問題がある。』というのを聞いて納得した。私は今回の課題でチョコレートを比較したが、味の違いは分かるもののレポートを書くとなると言葉が出てこなくて悪戦苦闘したからだ。また、普段も「おいしい」「不味い」という表現ぐらいしか使っていないことに気がついた。自分のボキャブラリーの少なさに唖然としてしまった。 『五感はいったん言葉に変換しないと記憶できない』→言葉で表現しきれないものをあえて表現するを実践してみたいと思う。

・「言葉にして相手に伝える」これをこれから四年間続けていこうと思いました。私は自分の気持ちを伝えるのが苦手なので、もっと感じたこととかを表現出来るようになりたいです。

・社会的につくられる文化の『味』と聞いて、昨日見たテレビ番組を思い出しました。その番組では、タレントさんが外国に行って、いわゆるゲテモノを食べていました。日本の私たちには食べる習慣のないトカゲやカエルを何の抵抗もなく食べる国もある事を知ったと同時に、それらを食べるようになった歴史や過程に思いを馳せて、ゲテモノも社会的につくられた文化の『味』だと感じました。再来週も授業が楽しみです。

・みんなレポートの書き方を工夫していて、見習いたいと思いました。次回は頑張ります!

・味についてのレポートだったはずが、商品についてのレポートになってしまっていたことに授業を受けてから気づきました。味を比べている最中、比べているものが違うというのは感じましたが、表現できず、何が違うのかも分からなくなってしまいました。自分なりに着目する点を決め、集中してやっと違う点が見えました。感覚だけをピックアップして書面にまとめるのは難しいです。「五感はいったん言葉に交換しないと記憶できない」という言葉を聞き、とても共感しました。食べたことのあるお菓子やメニューの味を、別の機会に他人に聞かれてもよく覚えていないことが多くあります。食べた時はどんな味がしたのか感覚で分かっていても、いざ答えようとすると、美味しかったときは特に、漠然とした記憶しかないことがしょっちゅうです。それは結局、自分もどんな味か頭で分かっていないのだなと思いました。逆に不味かったという印象だと、辛かったからなのか、しょっぱかったからなのか、苦かったからなのか、甘かったからなのか…そういった具体的な感想を持ちやすいので、説明できるときが比較的多いように思います。

・私はレポートでお茶について比べましたが、やっぱり比較することは難しいと思いました。
 どうしても味覚というのも、他人と違いが出るということで、生活をしていく上で、自分と人の味覚が全く一致するということはありえないということを改めて感じました。

・まず私が最初に思い浮かぶ具体例が、他人の家のカレーに対する違和感です。これはとても不思議な事だと思います。お店でカレーを食するときなどは少しの抵抗もなく、またおいしいイメージしかないのに、他人の家のカレーというだけでなぜか少し構えてしまいます。このことは、それぞれの家の独特の具材、味付けによるものという理由もあると思います。
 事実、私も小さい時に叔父の家でカレーをご馳走になった時に、魚が入ってるという理由であまり食べられなかったという記憶があります。しかし、私はそれ以前に違う家族という社会集団に対する違和感というものが存在し、それに対する無意識な抵抗があるものだと考えています。それほどまでに、家族という集団はとても大きな意味を持っているものだと思いました。尚、前回2回の授業は事情により欠席しました。申し訳ありません。

・日本語には擬声語がいろいろあり、からだによる感覚を正確な言葉で表現し他人に伝えることは確かに難しいと思う。表現の仕方により他の人間にぜんぜん違うことを伝えてしまう可能性もある。

・身体の感覚が実は言葉や文化によって無意識的に制限されるというのを前に何かで見た気がする。違いを言葉にすることで感覚を養うのは興味深い

・今回のレポートは難しいと思っていたが、比較の方法を学ぶためなど意味のある事をしていたということがわかり良かった。授業のパワーポイントに漫画やレポートをそのまま載せているのが他の授業にないので面白いと思った。 またこの授業を受け、今までパッケージにだまされ食品を買っていた部分もあるのではないかと思った。テレビ番組で芸能人が目隠しをして高級食材と普通の食材を比べるというのを放送していたのを思い出した。高級食材を選ぶのに苦戦していたので、味覚だけでなく、相当パッケージの影響もあるのだと今気が付いた。

・今日の授業で味が社会的規範ということでしたが、個人個人で味の良し悪しは変わるので一概には言えないのでは、と思いました。二人の人が同じ物を比較した場合、答えが異なって2人が言葉でそれぞれの良し悪しを表現できたら、第三者の人はどうすれば良いのでしょうか?結局は自分の判断でしかないのではないかと思います。

・感想を送るのが遅れてしまって申し訳ありません。今日の授業では味を表現することの難しさを実感しました。味の伝え方に関して言えば、私は友達に自分が食べている物の味の感想を求められると、いつもその食べ物を食べさせて理解してもらおうと思っていたのですが、無茶なことをしていたんだなぁと思いました。マンガの例も面白かったです。ソムリエの方がやっている、味を言葉で表現することが個人的にとても興味がわきましたので、読んでみたいと思いました。次回から授業が難しくなるとのことで不安ですが頑張ります!!

・自分が感じた味や音を言葉で表現することは難しく、正確に伝えることは不可能に近いと思いました。しかし、言葉や身振りによって表現しなければ何も伝えることができないため、自分が感じたものにより近い表現を知り、選ばなければならないと思いました。

・味覚も社会的規範だということは知らなかった。五感も含めた身体的感覚までも社会化されていることに対し、何者かに支配されているかのような気味の悪さを感じる。今回の講義で、文化が私達にいかに大きな影響を及ぼしているのかを実感した。

・高校の国語の授業でやった話を思い出しました。詳しく調べて内容を思い出してから感想を送ろうと思ったのですが、結局詳しくは思い出せませんでした。筆者がヨーロッパの旅先で赤ワインを発酵させたスープを飲んだ話なのですが、飲んだ瞬間はとてもまずいと思ったそうです。でも旅に同行した人が、「現地の人はこの味をおいしいとする。」と言い、そう考えて飲むと不思議なことにとてもそのスープがおいしく思えたそうです。味覚は舌だけでなく脳もつくるんだ、と考えるきっかけになった話でした。

・みんなのレポートはそれぞれ着眼点も、書き方も異なっていてとても個性的だと思った。わりとみんなが味以外のことを書いていて、起源とかも書いていると聞いてびっくりした。わたしは味の違いや食感などしか書いていなかったので、そういう考えもあるんだなぁと感心しました。レポートを書いてみて、自分のボキャブラリーの数では表しずらくて大変でした。ふと食のリポーターは大変なんだろうなぁと思いました。

・他の人の課題を見て、項目にわけて分析をするなど、勉強になりました。私も、比較したものの材料の値段によって味覚の感じ方を変えていたような気がします。いかに自分が様々な情報にとらわれていたかを痛感しました。今回は「比較」についてのポイントを知り、とても勉強になりました。様々な分野に応用できる手法ですし、これからの学習に必ず役立つと思います。

・昨日の授業を受けて、味の感じ方と同じくらい味の伝え方、つまり表現方法が重要なのだということがわかりました。お店などで売ってるお菓子のパッケージに書かれた「ふわふわ」や「もちもち」といった味に関する表現につられて買うと、全然違うと思うことが多くありました。これはお菓子メーカー側と私の味の感じ方の違いというよりは味の表現方の違いによって生じたことなのかと思いました。

・昨日の授業で、夏子が良いと思った酒と客の好みが違うという場面は、大人は渋みや辛さを好んでも、子供はそれが逆に嫌いになるもとだということと同じだと思いました。この例のように、物事の好き嫌いはその時の場面だけではなく、年齢によっても変わるのではと考えました。

・今回の講義を受けて、味といっても自分が感じたことを伝えることがこんなにも難しいとは気づきませんでした。レポートを提出して味についてだけでなく表現の部分についても見ているということを知りなるほどなぁと思いました。何人かのレポートを見て比較をしていたのがとても伝わりやすく良い方法だと思いました。また、とても楽しかったです

・マンガを使った授業がとても印象的でした。身近に考えることができて言葉の重要さや存在を改めて考え直す時間になりました。

・味というものは表現が難しく、結局は社会の枠組みの中で定義され、人に伝えられているということがよくわかりました。お酒が飲める年齢になったら、利き酒などもやってみたいと思いました。

・おいしい/おいしくないの違いで社会的規範が味覚をも含む、と知り、関係ないかも知れませんがカブトムシとゴキブリに対する見方の違いが思い浮かびました。社会一般的にカブトムシは「かっこいい」もので、私も物心ついた頃からそい思ってきました。逆に、ゴキブリは「気持ち悪い」もので、私は実物の姿すら見たこともないのに気持ち悪いと思っています。視覚による感覚も、社会から言葉によって表されることで規範が生じるのだと思いました。

・田崎真也さんの「五感はいったん言葉に変換しないと記憶できない」という言葉を聞いて、なるほど、と思いました。無意識に味を言葉で表し、それを覚えていることが自分にも多くあることを改めて感じました。そして、自分が他の人に味を伝えようとする時は、無理矢理言葉にして伝えることがあるし、他の人も自分にはよく分からないような表現をする人がいっぱいいることに気づきました。いかに他の人に分かるように表現するかの重要性が分かった気がします。そして、「味」が「音」と同じだということにもとても興味を持ちました。

・冒頭のレポートが自分の書いたものよりクオリティが高く驚きました。参考にしていきたいと思います。また、味の表現の難しさは他人を理解する難しさに似ているなと思いました。

・味を言葉で表現するのはとても難しい事だと感じま。普段なにかを食べている時は味を言葉に表すというと「美味しい」とか「まずい」とかありきたりな言葉のみを使っていたけど今回言葉で表現する事を意識してみるとちょっとした意識の違いで表現の仕方には変化があった。

・味を例にとりあげて話しているとき、うまさ、まずさがわかる人がそれを他の人に伝えていくっというフレーズがあったけれど、私はそれはきっとスポーツにもあてはまると思った。私はバレーをしてきたが、他のスポーツを見たり、勉強したりしてバレー以外でセンスを磨けとよくいわれていた。それが、マンガと重なったから、そう思ったのかもしれない。また、音の実験の時も味の実験の時も私はほとんど擬音は使わなかったと思う。でも、授業で先生が取りあげる例には擬音が使われていることが多い。それは今まで生きてきて擬音で物事を表現すること事態が少なかったことを意味するのかと思った。

・五感で感じた感覚は元々明文化されてないから、その感覚を言葉に置き換えるのは難しい。また、感覚の基準は正確な基準が無いから、自分の感覚を人に伝えるのも困難だ。だから、漫画のお姉さんも味覚について、抽象的で分かりにくい説明しか出来なかった。故に、自分の感覚を相手に伝えたかったら、相手が分かる表現をする必要がある。EX,相手が体験しているであろう感情・感覚、比較。↑具体例1,
すっきりした味→レモンのようにすっきりした味↑具体例2,悔しい→高体連で負けた時より悔しい
但し、このように表現しても相手が自分の感覚を完璧に理解する筈はない。それは、具体的体験についての感覚にも無論個人差があるからだ。

・味比べの発表では.多種多様のまとめ方が見れて面白かったです!!味などは言語に直すことで記憶にとどまるという新しい知識を得られました。次回も楽しみです!

・食べ比べの3人のレポートを見て、自分よりも上手くできていると感じました。しかし、僕も含め味についてのレポートであるのに、見た目や食感などについても調べている人が多かったのは意外でした。これから、このような機会があったら、比較するということをもっと意識したいと思います。

・今回の現代文化論の講義を受けてみんなそれぞれいろいろな意見を持っていて面白いと思いました。このような感じかたの違いが、生まれた環境で変わってくることが文化の違いなのかなぁと思った。

・今回の講義で漫画の資料を見ました。私は漫画の影響を受けやすいので、漫画の中で絶賛されている食べ物をつい食べたくなってしまいます。1度漫画の中では絶賛されていた食べ物をそのレシピ通りに作ってみたことがあります。あまりおいしくありませんでした。

投稿者 amiqing : 01:04

2010年04月20日

4/19の感想

 第2回、4/19の講義への感想です。

・サウンドスケープの表現で、音の大きさや向きなどに関心を置いている人がいて、自分にはなかった着目点だったので面白いなぁと思った。

・サウンドスケープの解答は、本当に人それぞれだなと思った。「KY」といったアルファベットの表現は流行った時期があったなともう懐かしいと思った。

・文化とは、伝統芸能とかだとずっと考えてきました。 ここまで広いとは全く思わなかったです。

・音を聞いて書くという行為が文化的な行為だとは驚きました。確かに人によって音の感じ方は様々だし、社会的状況にもよって変わるというのはすごく納得できました。そして、文化というものが遠いものではなくて、すごく身近なものなのだということに驚きました。

・今まで「文化」についてさまざまな学習をしてきましたが、先生の講義は国語の教科書の朗読のようで、色々と考えさせられました。

・今まで思っていた文化と今回の文化の定義は、違ったので、新しいことに気付けてよかった。

・音を聴くということが文化だということは初めて考えたことだった。これから一人の時でも回りの音に耳をすまして、自分がどのような認識を持っているのか確かめてみたいと思った。

・文化の定義ですが、正直納得はできませんでした。しかしかといって私も納得できる定義は見つかってないです。普段から日常的に使っている言葉のはずなのに定義を表すとなるととても難しいんだな、と思いました。

・今日の講義でサウンドスケープにふれ、改めて発見したことがたくさんあった。普段身近に音がありふれてる生活をしていて気がつかなかったが、こうして他人が感じた音の違いを意識することで、音の解釈にも文化・心理的・社会的な状況など様々なものが関わっていることがわかった。

・サウンドスケープの概念がどのようにして生まれたのか理解できた。音を聴くという行為が場合によっては騒音と感じることがあるとあったが、夏休みに近所のお寺で小学生が行うジオ体操の音楽も高校生の頃の私には雑音?として感じた。その状況によって変化するのは不思議だと思った。文化の概念においても担うのはふつうの人であることがわかった。

・サウンドスケイプを改めて受けたときに学校での授業を思いました。自分の関心のある授業はどんどん頭に入ってくるのに逆だと寝たりぼーっとしてるだけです。確かに人によって音は入り方が違うと感じました!文化では枠はいくらでも乗り越えられるし無限で誰でも誇りにできます

・伝統も文化であることを講義で聞いて、そういえばそうだな、と認識を改めました。あと、自分で書いた文を講義で紹介して頂けたことが少し嬉しかったです。

・文化の定義について改めて考えさせられた。鳥の鳴き方はさえずりと地鳴きの二種類だと聞いたことがあります。

・文化についての理解が深まった気がする。サウンドスケープに興味がもてた。

・他の学生の音の表現を見ることで、自分との音の捉えかたの違いがわかり、文化はひとそれぞれが形成しうるものなのかなと感じた。

・文化とは何かについて知ることができた。前回行ったサウンドスケープから自分とは違う考えを持った人が多くいて、文化の多様性を感じた。

・一人一人によって音のリストの書き方が全然違くて、自分なら思い付かないような書き方の人がいたりして発想力の柔らかさに感心したのと同時に、今まで育ってきた環境(これも文化と言えると思いますが)の違いがあるのかなと感じました。

・人によって音の捉え方や感じ方、表現の仕方がちがうので音リストを見ておもしろいと思いました。

・今回の講義で定義している文化の概念は自分にとって新しいものだった。音を聴く行為のような日常的なことも文化だとは思わなかった。そう考えると動物の鳴き声が国や文化によって違っているようなことも納得できる。

・今日の講義で文化って非普遍的な物だなと思いました。

・他の人のサウンドスケープの感想や回答を見ることができておもしろかったです。

・文化についてあまり考えたことがありませんでしたが漠然と宗教や民族の違いと思っていて、だけど講義を受けてもっと自分にとって身近なものなんだと考え方が変わりました。

・自分の認識ひとつで文化が変わるということがわかって興味深い内容だった。

・前回やったサウンドスケープのまとめで、人によって音の感じ方・表現の仕方が異なっていて面白かった。例に挙げられていた人のような表現力が欲しいと思った。楽曲だけが「音」ではなく、身の回りの生活音までが聴く対象であることは、私にとって新しい考え方だった。私は電車通学なので、イヤホンで音楽を聞くだけではなく、今度からは様々な音に耳をかたむけていきたいと思った。

・私は、自分に必要な音だけ聴こえれば良いと思うことがありました。今日の文学の授業です。まだ授業が終わってないのに周りの人達がガサゴソと荷物を整え出して、その音が私にとっては先生の声を妨げるものでした。でも、次の授業の教室が遠くて急いでる人や、抽選漏れで泣く泣く文学の授業を受けにきた人など様々な人がいると思うと、たまたまそういう人が多かっただけかな??と考えることもできました。好きな音楽ばかり聴かないで環境を聴いてみて、広く物事を考えられるようになりたいです。

・サウンドスケープの概念によって「音」が「音楽」からより身近な文化に変容したように感じました。サウンドスケープの考え方は音以外の様々なものにも、応用出来ると思います。また、前回のサウンドスケープの皆の解答を見て、感じ方・書き方など個性的で面白かったです。些細なこと一つでも、ひとりひとりの「文化」が根付いていることが印象深いです。文化論の授業を通じて、物事の捉え方を見直し、新しい感覚で捉えることが出来るようになりたいです。

・サウンドスケープについて学んだが、身近なところから音の感じ方の違いを意識できた。文化についても少し理解することができ、感心が持てた。

・ただ「聞く」ということが文化に直結していて、普段何も意識せずに聞いていた音も、意識していれば時代の変化による音の変化も感じ取れるのだろうかと考えられた。音の変化に気づけば、変化の原因になった時代や文化背景を知るきっかけになる。それゆえに聞くことが文化的行動なのだろうかと考えてみた。聞いた音を書くだけのことからこれほどに発展するのであれば、食べ物のレポートは一体どんな講義になるのか、今は全く予想が付かない。

・今回の講義も面白かったです。話の中で4分33秒ただ舞台にいるだけの演奏があると聞き、説明を聞けば「なるほど!」と思いますが、いきなり舞台でそれをやられたら、「ふざけてるの?」と思ってしまうのではと思いました。また、サウンドスケープは奥が深いんだな〜と改めて思いました。

・4分33秒という曲は、4分33秒間何もしないというのは、最初は驚いたが周りの環境が曲の代わりになるということで、とても深い曲だと思った。

・前回のみんなの回答を見て人それぞれ表記のしかたが違うのがおもしろかったです。エホエホの音源がとてつもなくが気になりました。

・これまでとは違う視点で文化を見ることができ、文化の見方をより広げる事ができました。

・音が人の状況によって感じ方が違うという話を聞いて、私の町で流れる朝と昼と夕方と夜のメロディーも、私が時間が分かる役にたつ音だと思っていても、雑音だと思っている人もいるんだ、と考えました。

・私の経験ですが、コンビニや本屋などのお店に行くとBGMが流れている事がよくあります。お店の人は店内の雰囲気を良くするために流しているのだと思いますが、自分が嫌いな歌手の歌が流れている時はうっとうしい気分になります。これも、身近な所での音の受け止め方の違いだと思いました。

・今日の講義を受けて自分不自身にも文化が存在する事を知ることが出来ました。私は日常生活で家族の足音や車の音を聞き分けることが出来ます。

・サウンドスケープの感想では人によってさまざまな表現があり勉強になった。また、文化という見方についてもよくわかった。

・サウンド・スケープという概念は抽象的で理解しにくい概念でした。しかしそれゆえに日常的な様々な場面に対応しうる概念であるに思えました。既成概念への対抗意識から生まれたという点は非常に興味深かったです。サウンド・スケープという概念を用いて「音」を考えると「音の価値」は抽象化され「音」という存在が自分ではとらえきれない非常に大きな存在であるように感じました。私たちは音を発する主体であり、音を認識する客体でもあることが、サウンドスケープという概念の抽象化を加速させているように思えます。とにもかくにも抽象的だった、こんな概念が論理をもって成立しえるのか、と思ってしまいました。

・この前の講義で今まで自分が考えていた文化とこの講義の文化は違うものだとは思ったが、いまいち理解できなかった。でも、今日の講義で定義を見たことでだいたいは理解できたと思う。講義中に見た他の人の書いたサウンドスケープは自分のとは全然違うものだったので、そこで文化の違いを感じることができた。

・前回の講義ではサウンドスケープと文化にどんな関わりがあるのかわかりませんでした。でも、今日の講義でやっと納得しました。また、人間って面白いなと感じました。

・今日のサウンドスケープの考察で、自分たちの周囲の音に対する意識がいかに低かったか実感しました。そして、私たちが知らず知らずのうちに音を選り好みする行為は食べ物といった他のどの分野よりも文化的側面を持っているように思います。あとうぐいすの話は納得しました!同じ経験があったので!

・今日の講義を受けて思ったことは、様々な文化を持つ人々が「世界一の〜」を決めるコンテストを行うのは、難しいのではないかということです。例えば世界一の美女を決めるコンテストにしたって、結局その会場にいる人達だけの共通認識で決められてしまい、僕の好みは全く無視されてしまいます。今日の講義の意味を履き違えていたらすいません。

・同じ音でも書き方や感じ方が一人一人違っていて面白いと思った。また、文化は高級な人間や芸術家によって作られるもので一般人には遠い存在だと思っていたが、意外と身近なものであることをこの授業で知った。

・音を聴くことが個人によって違うということから、高校のときの音楽の授業を思い出しました。その時は、楽器当てクイズみたいなものをやったのですが、自分は吹奏楽をやっていたので音を聞くまたは楽器を見るだけでわかったのですが、友達は苦戦していました。どれも同じだよ、だそうです。確かに、個人の関心によって違うなぁーと実感しました。それから、自分は音のリストは何も気にせず、〜の音というように書いていました。しかし、映し出されたなかには場所とか大きさとか考えたものもあり、書き方にも人によって個性がでてくるのでおもしろいなと思いました。

・音の捉え方,感じ方,表現の仕方それぞれ違うということサウンドスケープ,その話を聞いてとてもおもしろかったです。

・同じ音でも「騒音」と感じたり「必要なもの」と感じることを、私も経験したことがあります。私の出身の町では、8時・12時・17時に鐘が鳴ります。最初の2つは良いのですが、17時に鳴る鐘は遊びに行ったときに家に帰らなければならない合図でもあったので、小学生の時は聞きたくない音でした。しかし、この鐘の音は働いている人からすればあと少しで仕事が終わるという目安になっているかもしれません。このことを「主体が違くなると聞く音が違って聞こえる」という今日の授業で聞いた時に思い出しました。

・今日は自分には無い考えを知ることができ、非常に参考になりました。自分の考えが必ずしも正しいわけではないということを改めて感じることが出来ました。また、今まで曖昧だった文化の定義を確認することができて良かったです。

・サウンドスケープという考え方は面白かったです。音の書き方もいろいろ個性があるんだなあ、と思いました。文字の大きさで音の大きさを表す発想はわたしにはなかったのでびっくりしました。

・今回は、前回やったサウンドスケープの皆の書いたものを見れてよかったです。私とは違う視点、違う表現で書いていておもしろかったです。私が思いつかなかった音や表現がいろいろあって勉強になりました。同じ音でも人によって捉え方が違うということを考えると、音楽もその一例ですね。嫌いなアーティストの歌は不愉快にも聞こえます。でも、そのアーティストのファンにはいい曲なのでしょうね。そういえば、私はカラスが「プリーン、プリーン」とないているのを聞いたことがあります。(本当です!)私の家は山の近くにあってよく鳥の鳴き声が聞こえるのですがそのときはビックリしました。妹も聞いたので間違いないと思います。不思議ですね。絵も人によって捉え方が違いますね。ピカソが好きな人もいれば、ダビンチが好きな人もいますし、それぞれ嫌いな人もいます。「好みの問題でしょ。」と言えばそうですが、文化的な視点で見ると面白いです。まだ、スライドの文章を印刷してないのでこれから印刷しようと思います。次回も楽しみにしています。今回の食べ比べレポートも皆の調べたものが気になります。ぜひ、weblogで授業中のスライドで見せてほしいです。お願いします。 

・サウンドスケープの振り返りを見て、ほかの人たちの物事のとらえ方の違いが面白いと思いました。猫の鳴き声の話で思い出したのですが、僕は昔友達と「ミンミンゼミ」の鳴き声を「ミンミン」以外であらわすとすれば?ということをやったことがあります。しばらく考えたのですが、しっくりくる言葉は出てこなかったと思います。これにも文化的背景があると思いました。文化が認識の枠組みだということについては、最初は理解に悩みましたが、なるほど納得できました。例えば僕たちが誰かとコミュニケーションをとることも文化かもしれません。次の授業もがんばりたいです。

・文化の概念の話にて…「文化」が「社会的規範」に影響されているため音の捉え方に「パターン」が生まれ、反対に「個人差」が生まれるのは「社会的規範」が「個人の認識」によって形づくられているためなのではないかと思った。各人の「必要性」についての話にて…大学に入って講義のノートの取り方が分からない人が多いのは、高校までの「板書をそのまま写す」という文化にとらわれているためパワーポイントを写しても、教授の「話」を取る文化がないからだと思った。(書かれたものが必要であって、先生の話は雑談でしかないのが高校生の多くだから)

・身のまわりの音に注意してみると、実に様々な音が聞こえるわけですが、各人の立場や状況によって聞こえ方がまったく違ってくるということがよくわかりました。

・私は先週、音を聞き取る時にスピーカーから流れる音を聞き取るのだと思っていたため、何も音が流れないのにパニックになってしまい白紙のまま終わってしまいました。このことは今日の講義を踏まえると、私は普段、身の回りで起きている音を音だと捉えていなかったのだということになります。知らず知らずのうちに自分が、聴く音の選択を行っていたということに大変驚きました。聴くことのように意識せずに自然と行っていることが実はしっかり認識を伴っている文化的な行為だと知り、様々な行為が持つ奥深さへの関心が高まりました。

・今日の授業はサウンドスケープの詳しい説明と「音」、そして文化についてでしたが、私は各人による音の受け止め方にとても興味がわきました。私は実家が田舎なので朝や夜に一人暮らしのアパートまで聞こえる電車の音や踏切の遮断機の音を新鮮に感じ、騒音だとは感じません。これも慣れてしまえば騒音に感じるかもしれませんが…。文化に関しても国で違うのは勿論のこと、都道府県や地域でも違うということを実感しました。そんな多様な文化を学ぶには様々な地域から人が集まっている大学は最適だと感じたので、いろんな人と関わっていこうと思いました。面白い解答がたくさん紹介されましたが、あれは面白いの書けよということでしょうか?みんなの解答が面白過ぎたので不安ですが頑張ります!!
※いや、ウケを狙っちゃだめです。つまらなくなります。

・他人のサウンドスケープを見て、紙一面に書かれているのに驚いた。こんなにも一人一人違うのだと思った。また他人の感想で教室に集まっている人達だけでも多文化と言えるのではないかというのに私もそうかもしれないと思った。これからの新たな発見が楽しみです。

・先週の講義では『サウンドスケープ』という概念がよくわからなかったのですが、今日の講義を受けてみて少し理解できた気がしました。『音』は、人によってそれぞれ感じかたも、その表現のしかたも全く違ってくるのだと知ってすごく驚いたし、その事実に少し感動しました。私が普段生活している中にも気付かないだけで、実は多種多様な文化があるのではないかと思いました。この講義を機会に、今までの視点を少し変えて、様々な事柄に気付けるようになれたらいいです。

・今日は前回の講義の報告?的なもので色々な人の沢山の感想.考え方に触れられて.有意義な90分を過ごせました!!また文化は僕たちでも作り出せ.広めることが可能であることに驚き.興味を持ちました。余談ですがなぜ音とはカタカナで表すことが多いのでしょうか??

・『4分33秒』が今日の講議で一番印象にのこった。観客そして周りから聞こえてくる音を曲にするならば演奏者はいらないのではというツッコミはおいといて、まずそのようなかたちの曲を実際にやってのけてしまった演奏者の度胸に敬服した。ほかには、ソシュールの実験でかかれた文字で音のボリューム、発生源など実際にそうであるかわからないものの文字の大きさ、位置で表現されているものをみて人間の感覚の豊さを知り、人とはおもしろいなとおもった。
※いやキミ、ソシュールそこで出てきてないから。

・音を聴くという日常的なことでも、学問という領域で考えてみると奥が深いなと感じました。オーケストラの演奏中にかすかな音さえなるのはたしかにいやだ。それだけ人は音そのものに敏感で、意識しているのだとよく伝わりました。「文化」の定義について、理解しようとしてみたけれど、考えれば考えるほど、複雑になってしまった。

・文化とは、主体が同一でも人によって異なる感じ方をするものだと言うことが分かった。過去の経験によって感じ方は左右される。自分と同じ経験をした人は自分しかおらず、だから今感じている文化は唯一のものである。だから、よく国際化している社会を多文化社会などと言うが、国際化に関係なく人が複数いれば、多文化社会と言える気がする。

・「音を聴く」という行為ひとつで、文化的背景など多くの側面が見えてきて、普段の何気ない感覚に興味がわきました。

・今日の講義では、「文化」についての定義やそのポイントなど普段は考えなかった「文化」とは何なのかについて考え、知ることができました。

・今日の授業では単に文化とは言っても人間活動の総体や伝統文化などがあることが分かった。

・現代の文化について考えることに興味があります。わたしは文化とは生活に根付く習慣など全てのものを含めたものを言うと思います。今後の授業でその文化の違いやとらえかたの新たな発見をしていきたいです。

・音だけでなく宗教なども人によってとらえ方が違う。言われてみればそうだと思いました。日常生活の中においての様々な音を気をつけて聴こうと思った。

・今日の講義は、前回の講義についての他人の意見やサウンドスケープの感想を見ることで、自分以外の意見の書き方や考え方を知ることが出来ました。思ったよりも多くの書き方・考え方・感じ方があり驚きました。それと、意外に思ったことがあるのですが「文化」は二種類に分かれるということです。「大小さまざまな集団の考え方・感じ方」というものは何となくで分かっていましたが、「高級文化」の存在は今日初めて知りました。ふたつの文化の共通点や相互点についても学びたいと思いました。また、今日の講義で「文化」がより身近に感じられました。例えば、先生がおっしゃっていた「タバコの位置は子どもの顔の位置にある」というCMです。確かに、主体が何かによって世界(身の回りの生活など)の見方は全然違いますよね。これからは、様々な角度から何気ないものまで見て、色々な考えを膨らませたいと思いました。前回も思いましたがこの講義は、自分の考え方などの視野を広げる契機となっています。次回の講義も楽しみにしています。

・「身近な内容だけど分かりづらい」というのがよく分かりました…。例とかもとても分かりやすいのですが、ちょっと難しいですね(汗)もう少し頭を柔らかくして講義を受けたいと思います。

・今日の授業を受けて、音の感じ方は生活環境の違いだけでなく、状況によっても大きく変わってくるところが面白いなあと思いました。例えば家族が家の中にいる時は物音がしてもなんとも思わなかったり、むしろ気にならない程度の音のように感じられるのに、一人で家にの中にいる時はわずかな物音にも敏感になって恐怖や不安を感じる音として聞こえてくるといったように自分が置かれている状況によって同じ物音でも違う聞き方をすることがあります。音をどのように聞くのか、何を音としてとらえるのかについて考えることは奥が深くてほんとに面白いと思いました。

・理解できない言語はただの雑音でしかないが、理解できるようになると、その土地の文化もわかるようになるのでは、と感じました

・今日は、初めての本格的な授業でした。今日の授業では先週の授業に行われたサウンドスケープの謎が解明されました。私は、それまでは文化といえば民族の違い、習慣の違い、国家の違いのことだけだと思っていました。しかし、今日の授業で人がそれぞれにものごとを違う視点考え方で見ること自体がすでに文化であるということに気づき、文化があまりにも自分の身近にあるということに驚きました。今まで狭かった自分の視野が授業を経るごとに段々と広がっていくのだなと感じました。この授業を通し自分の視野を広げ自分の未来が見通せるくらいまで広げていきたいと思います

・この間よりもサウンドスケープのことを詳しく知ることができ、自分の考えに影響を受けたように感じます。自分の感覚で「他人もそう思ってるからこうだ!」(抽象的に書きましたが…)と思い込んで、会話とかをしがちですが、改めて自分と他人の境界があることを感じました。次回からの講義も楽しみにしてます。

・今日、先週自分が書いた文化の概念をプロジェクターを通して改めて見て、大きなくくりのものというより、より小さなくくりのものだと新しく感じました。サウンドスケープについて興味をもったので、参考文献を積極的に読んで見ようと思います。

・文化は人々の共通認識であり、暗黙の内の社会規範である。ただ、この場合、いじめや偏見も一種の文化といえてしまう。従ってそう考えると、今までは良いイメージしか持っていなかった文化にいろんなイメージがもてるんだなぁと思った。

・サウンドスケープの授業で他の人が書いた音のスライドを見て、音を書き取る時に音の大きさや方向にも注目しているところがとても面白いと思いました。私の場合、最初からそんなことは頭になかったので、新しい発見でした。それから、文化という概念について、私はすぐに頭に浮かぶのは高級文化のほうだったのですが、人間の活動全てが文化と認識できると考えもあるのだなと思いました。まだまだ自分にとっての新しい発見がたくさんあり、とても興味深い授業です。

・音を聴くことが文化的・社会的行為だなんて思ってもみなかった。文化と言うと今までは狂言や能、俳句など伝統的なものというイメージだった。しかし私たちひとりひとりのもっと身近に文化というものが背景にあり、だからこそ同じ鐘の音を聴いてもそれを必要だと思う人や邪魔だと思う人に分かれるのだということが面白かった。

・今日の講義を受けて、ある音が聞き手によって騒音にも必要な音にもなりうると改めて考えを深めることができました。(昨年、高校の授業中に聞こえてくる灯油販売の音楽が、授業を受ける私にとって不快でしかなかったように…)また、自分の中で言葉にすることが難しかった「文化」についても考えられてよかったです。

・同じ音でも騒音と感じたり、必要なものと受け止めたりするということを聞いて、とても共感した。蕎麦屋さんで流れているお琴や三味線の音色は、中学までは完全に流していたが、高校に入り、琴を弾くようになると、注意して聞き、どう弾いているのだろうと考えをめぐらせるようになった。一緒にいた家族にとってはただの音であり、場合によっては雑音であったかもしれない。しかし私は、その音を演奏として意味づけた。待ち時間も、文化的行為の時間となっていたのかと、講義の最中考えていた。注意して周りを見わたすと、こういうことは身近にあるのかもしれない。

・2回の授業を通して、文化として音を捉えたときの、奥深さを知った。また、一人ひとりの考え方や感じ方は違うという当たり前の事を改めて確認させられた。今までは、音の問題といえば、騒音問題と思いつくぐらいであり、騒音の定義など考えたことは無かった。

・今日は最初に皆のサウンドスケープの時の記録を見ることができて良かったと思いました。人によって、様々な観測があるのだと分かりました。また、今回の講義から文化といっても色んな捉え方があるということに気がつきました。次回の講義でも、さらに文化について深められるようにしたいです。

・サウンドスケープの事例から、どうやって文化論に絡めていくのだろうと気になっていましたが、聴くという行為や、周りの環境も含めて認識枠組みとしての文化と考えられるんですね!見たり聞いたりの個人の違いも、文化的行為なのだからと考えると納得できるような気がします。さらに深めていきたいです。

・音を聴くことは文化的行為だとこの講義を受ける前は思わなかった。そして、音のリストから見て内容表記に様々なしかたがあって面白いと思います。やはり人々により考え方が違いますね。

・私は今、アパートに住んでいますが、時々隣の部屋の目覚まし時計やテレビなどの音が気になることがあります。この事は、今日の講義の同じ音でも聞く人によって「騒音」と感じたり「必要なもの」と受け止めたりする、という内容に当てはまると思いました。このような考え方をしたことはなかったので、とても面白かったです。

・音のとらえ方は、個人や団体をとりまく環境によって変わっていくことに気づかされました。私たちが普段「雑音」としてとらえている音は、ある枠組ではとても意味のある音かもしれないと考えると、一言で「雑音」とは言えないと考え直しました。

・今日この前に書いたサウンドスケープを見て自分とは違った音の書きかただけではなく、違った視点から書いている人がいて考え方の違いの大きさを感じました

・サウンドスケープの他の人の感想を聞いて、「音」という1つのものが文化・歴史など様々なことに繋がっていくのが興味深く、自分とは違う考え方がたくさんあるんだと改めて感じました。これから日常の中でも、「音」というものをよく聞いてみようと思います。また、自分の中で文化というのは、自分とはあまり関係のない遠いものだと思っていたけど、本当は身近なもので、自分達と密接に関わっているものなのだと思いました。「普通の人」がどのような文化を創り、またどのように社会に影響しているのか、授業・日常を通して知ってみたいと思いました。

・先週の授業では、周りの音を聞いて一体どうするんだろうと思っていました。しかし、今週の授業でサウンドスケープについて深く知り考えていくことで、「文化」を考えることにおもしろさを感じました。
また次週も楽しみです!

・正直、前回の講義の中で、なぜ文化論なのにサウンドスケープを行ったのかわかりませんでした。しかし、今回の講義の中で、文化の概念を知り、サウンドスケープを行った狙いが理解出来た気がします。私は〜の音という風に書いていたので、擬音を書いた紙を見たとき驚きました。特にエホエホには驚かさせていただきました。人間は本当に多種多様で、同じ説明を受けても、人によってどう表現するのか異なることがおもしろいと感じました。しかし、表現の仕方はある程度狭い範囲の中で行われているような気もしました。

・それぞれの人の音のリストを見て、多様な書き方や表現の仕方が行われていることに気づいた。また、それが個人の関心や、文化的、社会的背景を反映していると知ってなるほどなぁと思った。文化は一般の人々の生活や慣習であると知り、芸術家だけが産み出すものではないものだと知ることができたので良かった。今までは芸術家、音楽家などにしか注意が行かなかったので新しい考え方を得ることができた。ふつうの人々も知らぬうちに文化を形成する大事な要素に加わっており、文化を形成する上で欠かすことのできない一部なんだとおもった。

・文化という枠組みによって世界を認識しているという事実は、仲間同士で共通の認識を共有できるという点で素晴らしいが、ある意味で恐ろしいことだと思う。なぜなら、裏を返せば人は文化の枠組みという範囲内でしか思考することができず、他人にはない独自の考えを持つことが困難になるからだ。文化には独自性があるかもしれないが、文化によって失われる独自性もまた存在すると思う。

・今日の講義もおもしろかったです。普段から、聴こえてくる音を無意識に判別していることに気づきました。大学に入学したばかりのころは、周りの人や先輩の会話がやけにはっきりと聞こえました。ただ漠然と耳にしていたのではなく、文化的行為の一部であったとは、不思議です。前に友達から「すごく落ち着くからオススメ」と言われてCDを借りました。ギターやシャウトの音もありすごくロックな曲ばかりで、私はむしろ恐怖を感じました。曲は同じなのに私が感じたものと、友達が感じたものが全く違うという現象について、今回の講義で理解することができました。講義のタイトルにも含まれる「文化」の意味も掴んだので、ますますこれからの講義が楽しみです。

・聞く人によって音が変わると言うのを聞いて、バイト先の店内放送では今の時間帯や、何をしなければいけない時間なのかなどがわかるようになっているが、お客様からしたらただのBGMもしくは気にもとめない音なのかなと思った。またいつもは通学時は音楽を聞いているがたまには周りの音を聞きながら電車に乗ろうと思った。

・今日の講義に参加して『個人』の受け取り方、表現の違いについてつくづく納得しました。先週のアンケートも同じ質問でも、皆違った書き方、表現方法が違うしまた、ノートを今日取ってて隣の人とメモする言葉やタイミングも違っていて同じ講義を受けてても全く違うノートだった講義を聞きながら個人は面白いなぁと感じました。

・音ひとつとっても、人間の考え方や関心、社会的状況によってまったく違ってくるということは興味深かった。文化の担い手は普通の人々であると講義で入っていたが、説明を受けてもいまだに実感がわかない。正直、文化の概念が漠然としすぎている。たぶんこれは自分が理解できていないということなんだろうなと思う。

・授業を受けて音の書き方などバラバラだったので興味ぶかかったです。私はどちらから聞こえてきたとか大きさとか考えずに紙に擬音語で書いていました。あと文化の括りなど人それぞれで、みんなの違いを知ることができ面白いと思いました。

・昨日の授業では周りの人がどんな風に音を聞いていたかを知れて、とても参考になりました。人の数だけ音の聞こえ方があり、人の数だけ感想があり自分とはやはり違うんだなと思いました。

・同じ行為に対しても人によって感じ方は異なるし、また、個人でも関心やその時の気分や体調によって感じ方に違いが生じるんだなと思い、とても興味を持ちました。また文化というと私は民族的な物や伝統的な物など固定概念がありましたがこの講義を受けて文化に新しい可能性を感じました。

・騒音への無頓着さという話で、音楽を聞きながら歩いていて周りの音楽を聞いていないという例がありましたが、私も音楽を聞きながら道を歩くんですが、たまに今日は周りの音を聞きながら帰ろうかなという日があったりして、意識はしていませんでしたがサウンドスケープを楽しんでいたのかなと思いました。ちなみに私の地元でも高齢の方がいなくなったりしてよく放送が流れてました。

・今日はサウンドスケープと文化について考えたがサウンドスケープは文化の一部だとおもった。例えばラーメン屋において日本人は麺をすするおとは普通に感じるだろう。しかしそれをマナー違反であると考えている国では雑音が響いている場所でしかないかもしれない。このように国によって不快に感じる音にも違いがあると思う。

・「音を聴く」と いうことについて, 単純に 耳に入ってきた音を 聴いているだけではなく,その人個人や社会の性質が 大きく関係することに 驚いた。以前から 音について 関心があったが,自分の感じる音と 全く違う環境下にいる人では,耳にする音への感情まで これほど変化してくるのか。私も 別な視点で 音を聴きたい。

・また感想送るの遅れてしまいました。すみません。月曜日の講義ではサウンドスケープについて深く知ることができました。他の人がどのように音を捉えているのか個性が出てて面白かったです。人々の生活そのものが文化なのだなーと思いました。

・この講義は日常のことを 違う視点で見るとこういうことだ みたいな感じで新たな見方を得ることができると感じました。講義の中で出てきた風景も人によって違うというやつに関連するか分かりませんが,思うこと。↓街を歩いていても満員電車の中でも人それぞれその時の境遇によって思ってることって違いますよね。新幹線で隣に座った人が思ってる事なんていうのも分からない。もしかしたら,昨日親愛なる人が死んだかもしれないし,あるいは大好きな人からプロポーズされたのかもしれない!!なんか不思議な気がします東京の満員電車で誰もしゃべらない隣にいる人と自分は感じてることまったく違う。まぁ当たり前の事ですが。この話に関しては誰にも話したことがないので伝えることが出来てうれしいです。

・サウンドスケープをみんなが書いたのを見て、○○の音と書く人と擬音語で書く人がいるだけでなく、書き方も人それぞれだと感じました。とても面白い結果だったと思います。次の授業も期待してます。

投稿者 amiqing : 01:31

2010年04月13日

4/12の感想等

 第1回、4/12の講義へのコメントをアップします。ちょっとコメントの集まりが良くないですね。そのかわり、寄せられたコメントの中には、かなりの長文もあったりして、少し質も変わってきたかな、と感じています。

・食べ比べ頑張ります!

・レポート課題が面白そうなのでがんばります!

・音、感じれませんでした。ですが、大学って感じがして興味が湧きました。

・普通の授業と違っていて、やることが新鮮な感じでした。課題も楽しそうな感じで、授業も面白かったです。5コマですが、頑張ろうと思います。

・サウンドスケープはちょっと面白そうだと思いました。

・福大の授業で、初めて受けた学問的な授業で知的好奇心が刺激されました。高校までの枠に囚われている勉強をしていない、と思いました。楽しかったです

・文化は、色々あると思った。

・最初は何してるのかわからなかったけど、サウンドスケープは人によって違いがあっておもしろかったです。

・4年生ですが、2年次に転学類してこちらの学類に移ってきたなど、様々な事情があり今回授業を受けました。基礎だからとおろそかにせず出席したいと思います。

・独特な授業で新鮮な感じでした。

・サウンドスケープは興味深いと思いました。次に期待です。

・サウンドスケープ面白かったです。同じような場所に座っているのに聞こえたものの数がけっこう違くて、自分が敏感なのかと思ってしまいました。

・現代文化論Uは受講していましたが、Tでは何をやるのか興味がありました。授業の始めにやった音に関しては、聞こえる音の世界は人それぞれで、自分には聞こえなかったものまであったので不思議でした。普段、何気なく聞いている音に注目してみると、いろいろ発見できて楽しかったです。

・大学の授業、現代文化論という講座の名前からしてなかなか堅い内容の授業かと少し待ち構えるような気で教室に来たものの、サウンドスケープといったテーマが出てきたときには良い意味で意表を突かれ、逆に自分の取り組みが楽しみになってきた。

・サウンドスケープの考えは自分には少し難しく感じた。普段はそんな事は考えないで聞こえてきた物をそのまま音として捉えている。単純に耳で聞いたものを音と捉えればよいのではないかとも思う。

・今日初めて講義を受けて音を聞くというだけでも人によって国によって捉え方やニュアンスの違いがあることに改めて気付かされましたとても興味深いと思いました。

・「サウンドスケープ」というものは、とても興味深いものだと思いました。例えば、音でその情景を現さなければならないもの(ドラマCDなど)に関しては、これを駆使することで、よりリアルな情景を表現することが出来ると思います。これからもこのような面白いものを教えてもらえると思うと、とても楽しみです。

・文化論Uは以前受講していましたが、Tにも興味をもったため受講しました。今日の講義を受けて、音に関する意外な発見が出来ておもしろかったです。

・まさか、 サウンドスケープの授業が受けられるとは思いませんでした。文化論は内容が多岐に渡ると聞いて、興味がわきました。

・ガイダンスを受けて、とても楽しそうな授業だなと感じました。自分の考え方の幅を広げることが出来そうで、学習意欲が高まったように思います。これからの授業でたくさんのことを学び、いろんな考えを持てるように頑張りたいと思いました。また、授業を通して様々なことに疑問を持ち、その疑問をいろんな角度から解決していけるようになりたいです。

・リスニングでは「音を聞き取って下さい」と言われた時点で、「スピーカーから流れる音を聞くんだ」と勝手に解釈してしまい、雑音を聞くということに気付くまで時間がかかってしまいました。今後は、何事も決めつけることのない自由な発想を心がけて授業に参加したいと思います。
※ところで「雑音」とそうでない音は、どうやって区別するのでしょうか。

・最初は音のことサウンドスケープの発想のことについてお話をされ、理系の授業をしているみたいで少し戸惑いました。また、初回の授業で課題を出されるのには驚きました。レポートをがんばりたいです。

・ 一番最初に意味のわからないことをやり、戸惑った。が、後で説明がありそのサウンドスケープの意義がわかった。人それぞれ音というものに対して感じかたが違っているという事と、同じということがわかり、普段は何気なく聞いている音でも感じかたの違いに驚いた。実際、隣りの友達は何かを書いているのに、私は何も書くことはないのではと思っていた。 先生が言っていたように文化というものの感じかた、あるいは考え方が今日の講義だけで変わった。

・想像していたのとは異なった授業だったので驚いたし、独特だと思いました。

・今日の講義では一人ひとりの感性の違いを改めて気づかされました。これからも楽しい講義お願いします。

・今日の授業では、普段何気なく聞いている音でも、数を挙げてみると思った以上に複数の音を聞いていることに気がつきました。周りの人も自分も同じ音を聞いていても、書き方や表現が違うことで、また違った印象に感じられました。とらえ方の違いについて興味が湧きました。課題の食べ物比べでも、とらえ方の違いが出てきそうだなと思いました。今から比べるのが楽しみです。思ったことをどんどん挙げていきたいです。文化論と聞いて、堅いイメージを持っていましたが、今日のガイダンスを聞いて思ったよりも身近に感じられました。これからの授業が楽しみです。

・今日のサウンドスケープの講義は、身近にある同じ音であっても人によって表現が違うことがわかり興味深かったです

・高橋先生こんばんは。今日は最初の授業でどんな授業かどきどきでした。「文化」について深く考えたことが無かったので、これを機会に考えていきたいです。見当違いかもしれませんが、今日の授業を受けまして高校での倫理の授業で習ったソシュールの言語学を思い出しました。興味があったので嬉しかったです。レポートはコアラのマーチとパイの実の食べ比べをしてみたいと思いますが同じ種類と見なされるでしょうか? 来週の授業は暖かいことを願っています。
※うーん、それはちょっと微妙ですね。コアラのマーチだと、ほかに「同じ」と見なせそうなものがありそうです。

・今日の講義の感想を述べさせていただきます。今日はガイダンスということで、最初に自分が聞こえる音を書くという作業を通して「講義そのものだけでなく、講義中に起こることや身近なこと全てを大切にする」というイメージを持ちました。また、周りの人が聞こえた音の数と自分のそれが、おおよそ同じものもあれば、自分のよりとても少ないものもあり、意外に思いました。そこで私が思ったことは、こういった状態は「文化」とも共通する点があるのではないかということです。価値観や考え方や感じ方が違う集団が沢山いるという状況は、今日講義を受けたL1教室に様々な文化が存在するというのと同じ状況なのではないかと思いました。そう考えると、私の身の回りには沢山の文化があり、小さな教室でも多文化社会が成立しているのではないかと考えました。この見解が正しいのであれ正しくないのであれ今回の講義は、今まで何となくでしかイメージできなかった「文化」というものを身近に感じることが出来る良い契機になったと思いました。今後の講義も楽しみにしています。

・音を書き表わすというのは、意外と難しい事でした。また他の人と見比べてみて、表し方もパターン化されてしまうようで、不思議でした。内容が一風変わっていて、次の授業が楽しみです。

・今日の授業はよく理解できませんでしたが、人それぞれに感じ方や考え方が違っていて文化があるということではないかと思いました。

・3分間のサウンドスケープで私は擬音語をちりばめて書いたのですが、周囲の2人は「〜の音」と並べて書いていたようで、書き方の違いを感じました。一口に「音を書く」と言っても解釈の仕方は様々ですね。また、「サウンドスケープを考慮した建造物が増えている」と以前に文書で読んだのを思い出して、改めてぜひそのような所に行ってみたくなりました。

・今日の現代文化論の授業はとても新鮮でした!改めて音を聞くことで、小さい音も聞こえてきていつもと違って聞こえました!人によって同じ物を聞いたのに擬音語がちょっとづつ違い、また違った発見ができました。

・私の周りでは、授業の冒頭で行った三分間の音の観察で、ギイギイなどと擬音にして記録していた人と、椅子が軋む音などと音源を記録していた人との二通りに分かれており、面白い結果だと思いました。ついでに私は擬音を記録していました。

・今日初めて授業を受けてみて、はじめは何をしようとしてるのだろうかと不思議に思いましたが、授業を聞いているうちに、人がどのように音をとらえるかは単に物理学的、あるいは生物学的な要因だけが絡んでいるのではなく、人の認識が介在するものと知りとても面白いと思いました。また、私は人の音のとらえかたと同じようなことが、景色にも言えるのではないかと考えました。同じ景色を見ても、その景色を見慣れた人が見る場合と、初めてその景色を見る人とでは違った印象を受けるのではないだろうかと思います。この科目の勉強をするのは初めてでまだわからないことも多いのですが、これから興味関心を持ち、積極的に取り組んでいきたいと思います。

・今日のサウンドスケープでは、自分が聞こえている音を他の人が気付いていなかったり、その逆で他の人が気づいている音を自分は気付いていなかったということがありました。なので音の感じかた一つとっても1人1人が違っているので、たくさんの感性で、あることを感じようとしたら似たような感じかたはあっても完全に共感することはできないのだと思いました。また文化というものが今までのイメージとは違って、思っていたよりも幅広い分野での意味をもっていたことをしりました。けれど私は今までの文化のイメージをもって現代文化論の授業を選択したので、自分のなかでの文化というものの幅を広げつつ、興味がある分野への関心を大事にして授業を受けようと思いました。

・現代文化論という学問でどのようなことをするのか全く見当がついていませんでした。しかし今回の講義を受けてみて、今まで私が経験してきたどの学問とも違うと感じました。「サウンドスケープ」の実践では、「音」という視点からどのように「文化」を見るのだろうと疑問でしたが、音の「認識」や「表現」というところでバラつきが出ており、「文化」を見る視点は思っているよりもずっと多彩であることに感心しました。「文化」を見ることは、もっと限られた専門的な視点だけであると思い込んでいましたが、身近なところに多くの視点があり驚きました。私にとって新たな領域であるため、不安と期待が入り交じっていますが、頑張って学習したいと思います。

・はじめは、不思議な授業だと正直思いました。ただ、話を聴いていて、身近なことに少し注意してみようと思うようになりました。それくらい、なかなか興味深い授業でした。

・サウンドスケープの3分間くらい音を聞くという実験は初めてです。面白いと思います。自分が気づかなかった音は他の人が聞こえるなんてやっぱり感心しました。

・人によって、音の聞えかた、表しかたが違うことに興味がわきました。レポートでは、“味覚”とのことでしたが、今日の授業をふまえ、視覚や嗅覚も人各々違うのではないかと思いました。例えば、古代エジプトの人の絵は横顔で描かれているし、遠近法が主流になる前、人は遠くにいようが、近くにいようが同じ大きさ、又は、身分によって大きさが違う等です。絵にはあまり、詳しくはありませんが、もしかしたら、技術の他に宗教や、習慣、土地、考え方といったものが関係しているのかも知れないと思いました。機会があったら、自分で調べてみたいです。夜遅く失礼しました。

・授業が始まるまでは、何やるんだろう…、難しいことをやるんだろうなと勝手にイメージをしていましたが、授業を受けてみて、難しいとかそういうことじゃなくて、素直に「面白そう!」と思いました。興味を持ってこれからの授業を受けさせていただきます。

・遅ればせながら、今日の授業の感想です。今日の「サウンド・エデュケーション」の第一課題ですが、自分と他人、他人と他人では、課題の捉え方、音の感じ方、表現の方法が異なることを学びました。僕は様々なものごとに対して、「自分はこう感じるけど、他人はどう感じているのか」と言ったことに興味があるので、なかなか楽しく受けることができました。今後の授業が楽しみです。今日はありがとうございました。

・サウンドスケープの活動を通して、身近なところにも文化の違いを感じることができました。

・初めは現代文化論とは、一体どのようなことをするのだろうと思っていましたが、教室で周りの音を聞いてみるといった、他の講義とはまた違ったことをして面白いと思いました。次回の講義も頑張りたいです。

・講義はおもしろく、とても興味がそそられる内容でした。

「聞こえた音を書き出せ」と言われ、すぐに始まったときは焦りました。とにかく聞こえてきた音を擬音化して10個程度書きました。友達のリストには「せきばらいの音、机がきしむ音」などはっきりと音の内容を書き出していて、自分のリストとの違いがはっきりわかりました。今回の講義を通して気づいたことは2つあります。1つ目は、私は普段から交差点の音(ピコンピコンピコン)や踏切の音(カンカンカン)など、音が何者かをきちんと認識する前に聞こえたままの響きを感じている、ということです。この感じ方が、リストアップの仕方にそのまま影響を受けたのだと思います。2つ目は、やはり、人それぞれものの感じ方が違うということです。これは当たり前のことですが、今回改めてその通りだと感じました。音をどう感じるか、質問に対してどのように答えるのか、など人によってさまざまな答えがあるということを実際体験し、とても面白かったです。また、今まで深く考えたことがなかったので、あなたにとっての文化とは?という質問の答えを考えるのは大変でした。はやく他の方の回答を知りたいです。次の講義も楽しみです。ありがとうございました。

・授業の始まりが音をかくという不思議なことだったのでびっくりしました。サウンドスケープについて詳しく知りたいと思いました。

・初めてで緊張したが楽しめそう

・私が音をつかった実験を通しておもったことは音を文字にすることはむずかしいということです。聞こえてきた音を文字に変換してかくときは自分でも悩んでこう書こう、ああ書こうなど考えてしまい、普段聞き慣れているはずの音が頭の中ではきちんと確立していないということがわかりました。しかし、自分の気分や経験次第でいつも聞いている何とも思わない音が嫌な音になったりすることもあると思います。例えば、毎日朝起きるときの目覚まし時計のメロディーは好きな歌を選んだはずなのに、朝起きるときはとてつもなく不快な音に聞こえることがよくあります。これらのことをこの授業をとおして思いました。長い文章ですいませんでした。

・編入で福大に入ったのですが、アカデミックな授業でとても興味がわきました。サウンドスケープの授業は単位の関係で取れなかったので現代文化論で受けれて凄く嬉しいです。これから頑張るのでよろしくお願いします。
※火曜2限の「サウンドスケープ」、「行政政策の学生(註:3年生以上)が30人も受講してきたんだけど、なにしたの?」と永幡さんに言われてしまいました。別に何もしてなかった、というか普段通りだったと思うんだけど。

・今日の初めての授業は、驚きの多いものでした。最初に突然「三分間で聞こえた音を書き出してください。」と言われた時には何の授業をうけにきたのか分からなくなり、文化と何の関係があるのだろう?とも思いました。しかし、授業を聞いていくと文化には私の考えていた習慣、風俗とは違う一面があるのだということを感じ、驚きました。今日の授業の中でも自分の視野を広げることができたなあと思いました。そして、今日は課題もでました。出された課題が文化とどのように関わりがあるのか今からとても楽しみです。一年間よろしくお願いします。

・自分が想像していた大学の講義とはちょっと違っていてこれからの講義が楽しみだなと思いました。また生活のなにげない事も講義の題材になるんだと感じたのでこれからは生活のいたる所に気を配るようにしたいと思いました。

・初めての授業でしたが次回からも楽しみです。意外といろんな音聞こえてくるんだなと思いました。

・日常生活の中で聞こえているはずの音を注意して聞くだけでも、随分違う世界が広がるということを実感しました。

・すいません。ホームページみてコメントのこと思い出しました。身の回りの音を書いたのですが、自分と周りの人の違いに驚きました。あと、1年間よろしくお願いします。

・感想送るの遅れてしまいました。すみません。昨日の講義は初めてサウンドスケープをしてみたりなど新しい発見ばかりでした。これから先の講義が楽しみになりました。想像していたより興味深い内容だったので来週も楽しみにしています。

・最初は音を聞くことに戸惑いました。しかし, 耳をすますと 色々な音が 聞こえることに驚きました。各人の 認識の仕方や捉え方も違い, 比べ合うことで, また違った感覚を 味わいました。味覚についての結果も 楽しみです。

・普段は気にもとめない、音のとらえ方や解釈の仕方、またそれらの表現の仕方の違いが、それぞれの個人の持つ文化が背景にあるからかもしれないということは、新しい発見で面白かった。講義の始まり方や進行が他の講義ではないような体験的で刺激的なものだったので、5時限目でも集中できそうだと思った。

・すみません.感想遅れました。高橋先生の授業を初めて受けて『自分は大学生になったんだなぁ!』と感じました。独特な講義の進み方に驚きつつも興味を抱く事ができました。普段気にしていなかった音に着目してみると.自分の周りには静けさがないことを感じました。自分は寮で生活しているのですが.足音、雨の音、誰ががドアを開ける音、トイレの音など音に溢れている事を改めて実感しました。普段気にしていなかった事に着目させてもらった講義に次回も楽しみです!

・感想が遅くなって申し訳ありません。サウンドスケープという単語をはじめて聞きました。最初の三分間、音を流すと思ったので何も聞こえなくて、自分だけ聞こえてないのかと不安になったんですが、終わってから周りの音を聞くんだと気づいて、ほとんどなにも書けずでした。次回からはしっかり参加できるようにしたいです。次回からもよろしくお願いします。

・4月12日5限の現代文化論Tの講義の感想が送信されておらず、遅れてしまいました。すみません。まず、教室に座って聞こえた音のリストを作って交換した時、「ぼわーん」と言う言葉が平仮名で友達の紙に書いてありました。友達にその音の正体を聞いたところ、雨が屋根に落ちる音だと言われ、私が雨が物に落ちる音を表現する言葉と大部分違っていることに驚きました。また、私自信「カサカサ」と言う音を一言書いたところ、その音が紙が擦れる音と、ジャンパーが擦れる音との二種類あることに気付きました。私はこのことから、音を発した物体を聞いて文字で表現して伝えると、音は言葉から想像してわかりますが、人に発音物自体をわからせることが出来ない原因になると思いました。表現の違いをなくすことができない限り、何か本当に伝えたいものは伝わらないと思います。伝えるために生まれた言語の文化が、かえって誤解を生む原因になり得るのだと感じました。授業のほうは、実験から始まりたいへん興味がわく内容だったので、自分で考察をすることができる良い場になったと思います。長文失礼しました。

・感想メールを送るのが大変遅れてしまい申し訳ありません。今更かもしれませんが、送らせていただきます。実は私は、現代文化論Tの授業をとるか、悩んでいるまま第1回の授業に、出席しました。しかし、サウンドスケープが面白くて「あ、やってみよう!」と決心しました。サウンドスケープを通して、隣の人が私の思い浮かべることが出来なかった音を書いていたり、もしかしたら同じ音を表現しているんだろうけれど、その細かい部分が異なっていることに驚きました。やはり、先生も授業中におっしゃったように、表現・解釈の違いがあるなと思いました。「物理学的ではなく、文化的、社会的現象として音をとらえる」ことは、面白いですね。動物の鳴き声が各国で違うということを聞く方の社会的文化的違いの一例として挙げられましたが、確かにそうですね。もしかしたら、固有名詞(人名や、地名)が各国でちがう発音をされることもその一例でしょうか。ある国では、当たり前の発音でも、違う国では、とても発音のしにくい音で、代わりに、その国で得意な音変えて使われるのは、多いと思います。日本だとvの音とかですかね。最後に、これからの現代文化論が、私はとても楽しみです。この授業を通して、広い視野で物事をとらえることができるようになりたいです。これから、よろしくお願いいたします。ちなみに、食べ比べの実験をやってみました。面白かったです。詳細は、レポートで提出します。

投稿者 amiqing : 00:47