« 2010年05月 | メイン | 2010年07月 »
2010年06月29日
6/28の感想
第10回、6/28の講義への感想です。
・近代についてのレポートは的外れなことを書いていたので、書き直しが必要と感じた。
・今回の授業も聞き慣れない言葉や難しい概念が多かったがいつもよりすこし真剣に聞いてみると意外と難しすぎることを言われているわけでないのかもしれないと思った。
※いつもそうしててください。てゆーか、今までは真剣じゃなかったということかね。
・現在4年生という事もあり、これから卒研を行う上での論文作成の基礎を改めて確認できたので、今回の講義はとてもためになりました。
・レポートの書き方については初心に戻ってやり直したいと思いました。
・今回受けた解説を元にレポートを完成度の高いものにしていきたいと思います。自分も書き直したかったので丁度よかったです。
・レポートの書き方が参考になった。でも当然のことなのかなと思うけど、忘れがちな内容でもあると感じる。
※忘れちゃうのは身についてないってことですが。
・レポートの難しさが身にしみました。わたしの場合、問に対して合った答えが多分書けていない感じがしました。ある意味レポートの書き直しがあってよかったように感じます。情報を集めて自分の知識として身につくように、その知識を活用する練習をしていかなけれだならないと思いました。参考文献も興味が湧いたので読んでみたいと思います。
・今日はレポートを提出し.自分が考えていた『近代』という時代について考えが深まった。今日の講義を踏まえて.また書き直したい。
・明治時代は個人の自由を重んじるようになって民主主義社会になっていったと思ったので、御触書によって細かい行動の規制がされていたのは意外だった。
・今日は教室が暑すぎて、集中できませんでした。自分のレポートが、あまり定義がなされていなかったので見直してみたいと思います。
・時代の区分には国によって差異があることが分かった。その差異には政治的事件が絡んでいることも分かった。
・近代の区分はいつかということを答えるべきだったのに、全く違う、近代の内容についてをレポートに書いていました。問いにたいする答えを正確にだしていきたいです。次回こそはレポートの書き方講座も参考にして、しっかりと完成させるようにしたいです。
・今日のレポートの書き方から自分のレポートの弱い点がはっきりしました。大学受験の際に練習した小論文の書き方も思い出しながら、論理展開がしっかりしたレポートになるよう、今回は仕上げたいと思います。また近代については言語(国語)についての部分に興味が持てました。教育という近代的な行為によって共通に通じる言語が一般化してきたという内容でしたが、薄れゆく方言についての教育もまた生まれている事を考えるとなかなか考え深いものがあると思いました。
・今までレポートの書き方について何冊か本を読んだのですが、今日の講義が一番分かりやすかったです。同時に今まで書いた何枚かのレポートが、全然問いが立てられていなかったなと思い、恥ずかしくなりました。
・時代の変わり目では多くのものが変化する。と、いうようなことを仰っていましたが、確かにそうだと思います。日本における一番の時代の変わり目は、「天皇陛下が死去され、新しい天皇陛下が誕生された時」です。これにより、「明治」、「大正」、「昭和」、「平成」というように、時代が移り変わってきました。このように、誰もが同一の認識のもと時代が変化しているのは、明確な区切りがあるからです。外国の時代の変わり目はどのようなものがあるのか、少し気になりました。
・今日から第3部でした。辞書の意味をそのままレポートに書いてしまい、自分とんでもないなと思いました。直しは頑張りたいです。
・レポートの書き方がとても参考になりました。"いい問い"を自分で考えるのは難しいし、知識をストックしていくのも難しく感じます。1年のうちに基礎だけでも身につけられたら、と思いました。
・レポートの書き方講座、とてもありがたかったです。自分のレポートをよく見直すきっかけになりました。次週はより良いものを持って行きたいです。
・私は近代の定義を曖昧にしてレポートを書いてきたので、今度はレポートの書き方を参考にポイントをしっかり押さえて書き直したいと思います。
・自分はレポートを書くときに、問いを立てずに書いていたので途中でつまづいてしまうことが分かりました。授業中でも問いを常に持てるように頑張りたいです。
・レポートの書き方ですが、今まで自分の中で漠然と定義付けしていた書き方、形式が今回の講義ではっきり、またしっかり認識できました。それを生かし、来週の課題レポートでは今回の書いた内容より、よりレポートらしいものをつくる意識で書きたいと思いました。
・今日のレポート講座は大変ためになりました。近代の定義は人によって異なると思います。その定義を明らかにしてからレポートを書けば、読む人にとっても分かりやすいと思いました。今日の講義を心に留め、日々さまざまなことから知識のストックをしていきたいです。
・先週の課題のレポートを書いたのですが、あまり上手く書けなかったと思っていました。しかし、今日レポートの書き方を教わって大変参考になりました。今まで私はレポートを書くときに自分なりの問いを立てることなく調べたことや知っている情報をただ書くだけのレポートだったので特に面白みのないレポートだったのだとわかりました。今日教わったことを参考にしてもう一度改訂してみたいと思います。
・3年生ですが、レポートの書き方について学んだことはなかったので興味を持って受けることが出来ました。どこに意識して書けば、良いレポートが作成できるのかについて知ることができたので、今度からレポートを書くときに注意してみようと思いました。
・私自身「フロー」だけでやはり「ストック」は足りないと思います。これからレポートを作成する際や,ゼミなどの活動で蓄積していきたいと考えました。定価や時刻の制度の変容の話興味深かったです
・レポートの書き方を学べた。抽象的なテーマをどのように書くのか、最低限の知識を手に入れることができた
・今日の講義でレポートの書き方を学ぶことができました。情報を収集して、まとめられる力を養っていきたいです。
・レポートの書き方講座は為になりました。次回も楽しみです。知識を蓄積するという意識が大切だと感じました。
・レポートの書き方講座とても役立ちます。Googleなどで情報を得たときでも、自分の興味のあることはストックとして残るような気がします。自分の関心や好き嫌いはストックのしやすさに関わってくるのでは、と思いました。
・レポートの書き方を教わってから「近代とはいかなる時代か」についての自分のレポートを見返した時、それがひどく穴だらけなものだということに気づいた。一口に近代といってもそれが示す範囲はかなりのものだと思うので、もう少し焦点を絞って問題設定をしていこうと思う。
・近代について考えると現在の私たちの生活の様々な制度等が作られたのだと思った。授業でやったレポートの書き方で知識がないと「いい問い」が出来ず、またいいレポートにもならないと思った。
・レポートの書き方講座はとてもためになりました。これからのレポートに活かしていきたいと思います。また確かに自分のその時限りの「フロー」ばかりで「ストック」がないと最近つくづく感じるので知識を蓄積するよう努力したいと思いました。制度の話で学校も制度と聞いて、今まで学校が制度という感覚はなかったのでなんだか不思議な感じがしました。
・シラバスにレポートについての話があると書いてあったので、今日のような日を待っていました。
今まで読んだレポートの書き方の本とはまた違った切り口からの話でした。
勉強になりました。
・レポートの書き方について、「このまま4年間レポートやってくのは無理だ」と思って本を探していたところだったので、これを良い機会にレポートの書き方を身につけようと思った。入学してから今までに書いたレポートは、確かにフローばかりで良質の情報が入ってなかったと思う…。今日から第3部で制度についての講義を受けて、時代によって制度が違ったり仕組みが変わったりするので、私達は政府にかなり左右されてるなぁと思った。でも今は(昔もか??)制度が多すぎて国民に知られてないものも沢山あるので、多すぎることによる弊害もあるだろうなと思った。
・前回のレポートの課題のとき、正直、漠然としていて何を書いたらいいのかわかりませんでした。それは近代についての知識がないからだということがわかりました。私は近代がいつからかよくわからなくて(あきらかに情報不足です)、近代がいつからかをごまかすように書いてしまいました。レポート作成のうえで、知らないことをちゃんと考え、調べることの大切さがわかりました。レポートを作成するうえであいまいなものは作成してはいけないですね。
・今日の授業を受けて、今日提出するはずだったレポートの手直しするべきところがわかりました。テーマの難しさに捕われて、レポートの書き方がなっていませんでした。来週はしっかり提出したいです。
・今日の講義で、自分のレポートの書き方に問題がある箇所もあると分かったので、次に活かしたいと思った。いい問題設定ができるよう知識を蓄積する必要があると感じた。
・自分の今まで書いたレポートを振り返ってみると、問題提起ができていないように感じた。
・レポートの書き方がためになりました。
・今回、レポートの書き方を教えて頂き、ありがとうございました。レポートはこれからもたくさん書く機会があるので、本当に為になりました!!
・レポートの書き方、とても勉強になりました。知識を蓄積していきたいと思いました。
・レポートの書き方がためになった。
・次回のレポートではきちんと講義で言ってたことに沿って書けるようにしたいです。あとこれは感想とは別件なんですが、教室暑かったです。あれくらいジメジメして暑い日はエアコン入れてもらえないでしょうか……
・今回の講義では、良いレポートの書き方を知ることが出来ました。フローをうまくストックに変えていき、多彩な情報を盛り込んだレポートを書きたいと思いました。
・レポートの書き方について改めて学ぶことができた。第三部を学ぶ上で「近代とはいかなる時代か」という問いがどのような意味を持つかしっかり考えたいと思う。
・レポートの書き方がよくわからなかったのでヒントになって良かったです。
・意識してみれば私達の生活はたくさんの制度という権力の支配下にある。特に支配されていると感じることはないが気づいていなかっただけかもしれない。例えば服を着て出かける。これをすると変態扱いされて警察に捕まるがアフリカで裸で暮らしてる人なんてたくさんいる。いけないことというわけではないのに無形の制度が働いて私達は服を着て出かける。しかしそれは当たり前のこととなっていて私達は気づかないうちに支配されているのかもしれない。
※そう、いつごろから「ちゃんと服を着る」のが当たり前になったのでしょう。長谷川町子の「サザエさん」でも、暑いときサザエさんは下着で部屋にいたりします。さすがに外出時は別ですが。
・レポートでは、問題設定をすることが必要であり、いい問いをたてることが大事だ、というのは今後もレポートを書く上で役立つ情報だった。また、いい問いを発するのに必要なことがセンスやひらめきといった、自分で伸ばすことが難しいものでなくて、知識や観察力だと分かって少し安心した。
・今回の授業ではレポートの提出が課せられていました。しかし、書き直して来週再提出と言われてしまい少しショックでした。授業の中では、レポートを書く際の注意点や明治時代での変化についても少し説明していただいたので、参考にしてレポートに取り組みたいと思います。
・近代について調べたとき、場所や時代によって色んな説があり大変でした。テーマに区切りをつける方法を実践してみたいです。何かの歌で「一万年と二千年過ぎても愛してる(?だったような)」というのがありましたが、それだけ経てば愛してるの定義も、関わる制度も異なってきますよね。なので愛の制度、特に結婚についての制度も、形や価値は時代によって変わってしまうので、本来このような歌の実現は現実には難しいのでしょうね。
※「一万年と二千年前から」です。(いやそうじゃなくて)
・自分の書いたレポートでは近代についてあれこれ書いてしまっていて、読みにくいということに気づいた。問いの分節化がいかに大事かわかった。問いを具体的に絞ってレポートを書き直し、よいレポートを目指したいと思った。
・レポートの書き方を教わって、改めて自分のレポートを見直してみると、問題設定がなされてなくて読みづらく感じました。習ったことを活かして良いレポートが書けるしたいです。また日本の近代について僕は近代史が好きなのでとても興味が湧きました。明治政府は外国に追いつくため様々な政策を実施し、江戸時代とは180度違う国づくりをしましたが、それについてもっと知りたいと思いました。
・今回の講義でレポートの書き方について聞くことができてよかったです。今まではよくわからず、最初に作った現代文化論のレポートはまだまだだと思いました。次回、しっかりとしたレポートを作り上げたいです。次の授業が楽しみです。
投稿者 : 00:21
2010年06月28日
6/28の課題
「近代とはいかなる時代か」への答えを、書き直してみてください。その際の留意点を以下に列挙します。
- 「近代」の範囲をはっきりさせる。
- その中で自分は何に特に注目しているか。
新しい内容を特に付け加える必要はありませんが、必要に応じて加筆・訂正をしてかまいません。A4で1枚(1000〜1200字程度)におさまるようにして、表紙はつけず、次回提出してください。字数を書く必要はありません。
氏名、学籍番号を明記すること。後日返却します。
投稿者 june : 17:43
第10回
第10回、6/28の講義の概要です。今回から第3部です。
○第3部のテーマ
・第1部では個人の水準に焦点を当ててきた。第2部では個人間あるいは集団間で働く力=権力に焦点を当てた。
第3部のテーマは制度。
・制度(institution)には各種ある。
制度とは、権力により方向付けられた人間の行動をパターンとして固定化する、有形・無形のもの。規範のように形がないものから、法制度のように成文化されたもの、学校のように物理的実在と結びついたものなど、さまざまな種類がある。
・わたしたちが現在経験している諸制度は、歴史の始まりから、今の形であったり、同じ価値を有していたものではないことに注意したい。
○「近代」の意味:制度の変容
・「近代」はまた、各種の制度が変容し、あるいは新たに出現したり、これまでのものが消滅したりした時期でもある。
政治史上の区分である「明治」は、さまざまな制度の変容の時期であり、大きな分水嶺ともなっている。
・国語、定価、時刻の決め方……etc.、わたしたちが現在当然のものと思っているさまざまな制度が、近代に入ってから作られている。
→いつ、いかなるものとしてそれらは作られ、どのような機能を社会の中で果たしてきたか。
・次回以降、いくつかの制度を取り上げて、近代におけるその変容を考える。
■同時開催:レポートの書き方講座(1)
・レポートを書くために必要なこと
(1)問いを立てる。
(2)情報を整理する。(質のいい情報を、たくさん、的確に)
(3)スタイルに沿って書く。(形式と論理)
・レポートでは、必ず問題設定=「問いを立てる」ことが必要。
たとえば「幸福とは何か」という大きな問いに、正面から答えることはできない。
→問いの「分節化」が必要。
・では「いい問い」を発するのに必要なこととは?
「センス」とか「ひらめき」ではない。(あったほうがいいが。)
むしろ、知識(情報)や観察力。
※ここでいう知識とは、あるテーマをめぐってどういう「問い」が立てられ、答えられようとしてきたのか、についての情報。どのぐらいの情報を集められるか、どういう質の情報を集められるか、そしてそれらをどう自分なりに整理するかが勝負。(当然だが、問いだけでなく、答えにも情報は必要。)
・最後にそれにアカデミックな文章としての「かたち」を与える。
形式と論理の両面から適切に。(以下次回に続く)
投稿者 june : 17:41
2010年06月22日
6/21の感想
第9回、6/21の感想です。
・今日の現代文化論の講義を受けて、現代文化論で学ぶブルドューも社会科学概論で学ぶブルドューもどちらも述べている内容がとても複雑で分かりにくいと思いました。内容を理解できるように頑張ります。
・女性のハイカルチャー志向は、自分の社会的地位を獲得するためだとわかりました。ハイカルチャー志向で女らしさに敏感になるのは良い地位をもった人と婚姻して自分の地位を得るためなんだなと思いました
・男性と女性で文化的志向の違いがあるのは解ってはいたが、その理由までは思いつかなかった。そのため女性のハイカルチャー志向の説明はとても興味深かった。男性の大衆文化志向は日本独自という話もあったが、他の国ではどんなデータになるのかが気になる。
・講義の最後の方に女性のハイカルチャー志向について触れていたが、それは現代よりも平安時代などの方が顕著に表れていると思った。その理由は、高い身分の貴族と結婚するために、女性は幼い頃から琴や和歌などの高い教養を身につけさせられていたからだ。女性のハイカルチャー志向は、伝統的なものでもあるのかなと感じた。
・美術作品をどういう人に伝えたいのかを考え、それをどこに置くか、どう置くか(表現するか)を考えることは、文化を考えるうえで大切だと感じた。
・結婚して、子供がいる女性はその子供に何かと習い事をやらせる傾向にあるが、それは自分のステータスを象徴するためだと聞いて妙に納得してしまった。
・女性は婚姻などによって地位を承認される度合い高いと学習しました。ドラマなどである社宅の中の主婦の地位が夫の地位で決まっているという映像を思い浮かべました。
・女性が結婚相手に“3高”を求めるという話がしばらく前に流行りましたが、その理由が今回の講義で多少理解できました
・女性と男性を比較してみると女性は高級カルチャーに惹かれやすいということがわかった。確かに女性らしさを求めてしまう傾向があると思う。昔は夫の地位に女性の階級は決まっていたかもしれないが今は大きく代わったなぁと感じました。
・割と理解できました
・象徴権力は社会的・経済的な権力関係の中に存在ということまた、その特徴について理解できた。また女性と男性の文化の捉え方についてもこの前の資料から読み取ることができた。
・今日の講義から、男性と女性で文化活動にそれぞれ別々に特徴があることが分かった。それは確かにそうだなと思った。
・確かにテレビのニュースでブランド物の鞄などを漁っている人には女性が多い気がするが、男性も男性で高級車が欲しいと思っている人も多い(近年そう思う人は減っていると思うが)と思うので、決して女性特有ではないと思う。ただ、男性の方が安っぽいスポーツ新聞などを好む傾向にあるのは理解できる。女性が皆高級品を欲しがるならば、それが大衆化してしまい、男女ともに同じような傾向になってしまうのではないだろうか。
・私の母はよく、映画やクラシック音楽、美術館などを引き合いに出して、「文化に触れて、文化的な生活を」と言っていますが、「文化」=「ハイカルチャー」という誤解をしているのではと、つくづく思います。身近にこのような例がいるため、女性のハイカルチャー志向という傾向には、なるほどと納得しました。
・男性はマスカルチャーというのを聞いて思い当たるところが多々ありました。だが,それが日本的特徴という指摘があるとも言われているのをきき,私は日本の歴史と関係あるのかなと思いました。
・女性は自分自身の「好み」というよりも、社会的な地位に見合った振る舞いをしている。というようなことを仰ってましたが、それはあくまで上流階級(ここで言う上流階級とは、社会的にある程度の地位にいて、自分の社会的振る舞いが、仕事に影響してくる人たち)の人たちだけだと思います。そして、なんで上流階級の女性がハイカルチャーを望まざるを得ないのかというと、両親や夫がそう望むからだと思います。社会的地位が高い人ほど、社会的束縛が強いと思います。そしてそれは女性だけではなく、上流階級の人たち全員だと思います。地位が高い人たちは彼らなりに苦労しているんだと思いました。
※すいませんが、データを元に議論しているので、データを踏まえた上でご意見もお願いします。
・男性のマスカルチャーへの親和性が高いというのは自分自身に考えても納得できるものを感じました。
・社会科学概論でもブルデューの話しを聞く機会があり、ブルデューの本も持っているのですが、どうしても難しく感じられて、理解することができませんでした。しかし、今日の講義を聞いて、ブルデューが語っているのは、客観的な実在としている階級、階層に私たちが日々の暮らしの中でおこなっていることからどのように到達することができるのかという、意外と身近なことであったことに驚きました。今日の講義を受けたことで社会科学概論の授業も苦手意識を持たずに受けられそうです。
・今回の講義では課題のクロス表を用いた、ジェンダーと階級・階層の関わりに興味を持てました。
性や職業が異なる中で文化がどう扱われているのか、またその際に存在する違いは何に起因しているのか(現実の認識・固定概念の影響等)など、文化に対する考え方が深まったように思います。
・前回の課題では、表を見て気付いたことは今日講義で聞いたことと同じだったのですが、ハイカルチャーやマスカルチャーといった言葉を導くことが出来ませんでした。なので、今後は表や資料を見た際にはそういった言葉をすぐに思い出し、正しく自分の考えとして伝えられるようにしたいと思います。
・文化活動経験率の表で、農業の経験率が低い事を見逃していたので、表の見方が甘かったと、反省させられた。もし、表の中で、地域の信仰に関係する、伝統的な祭事に参加するという欄があったら、農業の人の経験率は高かったのではないかと思った。
・プリントの表を見て、女性は高級文化、男性は大衆文化を好む傾向があることは言われて気がつきました。なぜそういった傾向になっていったのか興味がわきました。
・私は今まで「文化の政治学」とは一体何なのか、文化と政治学に繋がりなんてあるのか、とずっと疑問に思っていました。ですが、今日の講義で文化的行動は、自分の地位を獲得したり、相手から自分の地位を承認してもらうという点で政治的であるのだと知り、やっと意味が分かりました。
・「文化新興」「文化行政」とは誰のものか、という話を難しく感じました。確かに、コンサートに音を鳴らす人を連れてくれば良いというわけではありませんよね。送り手が、コンサートホールに来る人それぞれの好みや階級をしっかり考慮すれば少なくとも受け手は、そのコンサートの最も近い存在になるのではないかと思いました。(その個人の好みや階級、文化に触れることが出来るので。)
・今日出された課題はとても抽象的で難しいなと思いました。
・女性はハイカルチャー志向ということですが、自分はマスカルチャー志向になりつつあるんじゃないかと思います。あくまで印象論ですが、ファッションや髪型など多くの女性は流行りに敏感なので、大衆に先導されやすいんじゃないかと…。流行りというものはマスカルチャーという考えありきですけど…。
・女性はハイカルチャー志向ということだが、確かにハイブランド物を持ちたがるのは圧倒的に女性ばかりで、男性はこだわらない人が多いなと思った。
※「ハイ」ってのは値段のことじゃないのですが。(笑)
・女性のハイカルチャー志向は、言われてみると、自分の身の回りの女性がそうなっているように思う。
・『SSM』が『Social Startification and Social Mobility(社会階層と社会移動)』の略だということは分かったのだが、『社会移動』がいったいどういうものを指すのかよく分からない。例えば、脱サラしてラーメン屋を始めるのは、社会移動にあたるのだろうか。
※あたります。農家の出身の人が、都市部で会社につとめて、結婚して……というのもそうですね。(農業→ホワイトカラー)
・女性のハイカルチャー志向について「主婦の地位が夫の社会的地位の関数」と言う表現は、文化の地位表示機能を理解する上でとても分かりやすかったです。文化の地位表示機能は、文化そのものの価値とは無関係なものだと思いました。
・文化的行動は階層や性によって異なると感じた。女性は、ブランド物を身につけることで自分をより良く見せようとするところがハイカルチャー志向なのではないかと思った。
・女性が結婚相手に“3高”を求めるという話がしばらく前に流行ったと聞きます。今回の講義の理解によりその納得出来る理由を考える事ができました
・3つ目のクロス表で、中学や高校より大学が文化活動経験率が高いのは、バイトによる収入があることと、時間の余裕が生まれること、さらには県外や国外の友達との出会いによって視野や行動範囲が広がることが関係していると思う。
※まさか「学歴」に説明がいるとは思わなかったデス。
・女性はコンサートや美術展などの受動的な活動に参加している傾向がある。それに対し男性はカラオケやパチンコなどの能動的な活動をする傾向が強い。
・夏のバカ野郎がお気に入りです。
・大衆文化への親和性は、日本の特徴であることに驚いた。海外では日本ほど男性が大衆文化に参加してないんですね。
・文化について、今日もまた新たな視点から考えることができた。レポート課題もでたので、近代について考えてみたいと思う。
・授業の途中に出ていた、農業をやっている人はマラソン大会に出場したりしないという話に驚きました。テレビで見ていると、たまにお年寄りの方が走っていたりしていたので、すごいと思っていましたが、実際にはそのようなことになっているとは思いつきませんでした。
・今回もブルデューだったので、分からなくなるのではないかという危機感を感じました。女性のハイカルチャーな趣味はジェンダーと階層を結びつけた象徴的なものということでしたが、この言葉自体が象徴的に思えてぼんやりしてしまいました。頑張ります..。
・学歴別の表を見て、他の2つの表に比べて文化活動の項目で差が明確だったのに驚きました。また、文化活動だけでなく、手作りパン、お菓子作りをする人になぜ高学歴の人が多いのかと思いました。女性がハイカルチャー志向なのは女性は趣味が階級を表す記号となりうることを無意識にわかっているのかなと思いました。(男性のマスカルチャー志向に対して女性のハイカルチャー志向は普遍的なら、本能的なものでもあるのかなあ・・・)また、このハイカルチャー志向はどこか女性たちがブランド物のバックを持ちたがるのにも似ているように感じました。
・男性は職場で地位を獲得することが多いが、女性は少なく、そのことがハイカルチャー志向につながっているというのが興味深かった。性別、職業別だけでなく、年代別にみるとどのようになるのか気になった。
・女性のハイカルチャー志向は、現在だけではなく、昔から続いていたものだと感じました。(詳しくいつからかはわかりませんが、直感として)江戸後期には、武家の娘には茶華道をたしなむのは当たり前とされていたことだと以前本で読みました。けれど、お琴は芸者の芸事だったので、好まれなかったそうです。実際のハイカルチャーは変わっても、その時代のハイカルチャーなものをたしなむのは、変わらないのだなと思いました。
・今日の授業は、前回からの続きでありました。前回からの補足から始めていただいたおかげで、前回やったことを思い出すことができさらに考えを深めることができたのではと思います。また、クロス表で疑問に思っていたことも解決できました。次回までに課題が出されたのでしっかりとやりたいと思います。
・先生は講義の中で農業従事者がマラソン等に参加しないのは年齢や住んでいる場所によるせいだとおっしゃっていましたが、当日も仕事があるとか、翌日に影響しないようになどの他の理由も考えられるのではないでしょうか?
※文化活動経験率が低いのは、年齢・居住地が関係しているということで、市民ランナーのほうは、それといちおう切り離してください。(なお正確には、職業を問われて「農業」と答える人はいなかった、ですね。)「翌日に影響しない」というのはどの仕事でも同じだと思います。
・人はジェンダーと階層・階級と関わっているのは実際に女性は特に高級文化を好む結果がありますが、それは女性は男性より階層や世間体などが影響しているからなのでしょうか? 婚姻によって地位が確立されるのは興味深かったです
・今日の講義も難しかった。やはり文化を考えるうえでは性別などが関わってくると聞いて、そのようなところから男女差別なども生まれるのかなと思った
・クロス表について、自分の分析が正しい箇所もあったが、考察が足りない部分もあったので、表の読み取りについてしっかりと勉強し経験を積まなければならないと思った。
・今日の授業の、課題の表からわかることで、女性のハイカルチャー志向と男性のマスカルチャーへの親和性の高さはとても興味深かったです。高級文化に属する文化活動において、確かに活動の生産者(提供する側)は男性が多く、女性は消費者であることが多いなと思いました。私は中学、高校と音楽系の部活に入っていたのですが、音楽室に飾られている肖像画は全て男性であるのに、私たちの部活(ほとんどの吹奏楽部など)では女子が圧倒的に多く、男子は珍しかったです。
肖像画が全部男性だったことから、単純にも私は男性の方が女性よりも音楽の才能があるんだと思い、当時部活の男子よりもうまく演奏できるように努力し、男子部員ではなく自分がソロに選ばれると、女子部員よりも男子部員に対しての優越感の方が強かったなと思い出しました。また、部活や習い事は親が文化的なものしかやらせてくれなかったです。しかもピアノや習字、琴はやらせてくれるのにバンドはやらせてもらえなかったです。文化が階層や性によって中立的なものではないと言うこと、理解できました。
・クロス表から分かることはたくさんあって、どう表現していったらいいか戸惑ったが、今日の講義で、ハイカルチャーとマスカルチャーという言葉でまとめていたので自分の中で整理ができた。
・相変わらずプルデューは難しいなと思う。文化にもジェンダや階級といった他講義で学んだような事象がでてきて、大学の講義は様々な部分でつながっているように感じた。
・先生の話を聞いて、文化の享受は平等ではないということ感じました。格差社会である日本ではどの分野においても「平等」は難しいものだと思いました。しかし、国の援助があったら差も縮小するんじゃないかなと思いました。
・男性と女性で文化への志向の違いがあることを再確認した。元々の趣味の違いもあるだろうがそれも文化的区分に基づくということが分かった。男性の女性化、女性の男性化が影響を及ぼすことゎあるのだろうかということを考えた。
・今回の講義で、象徴権力についてより理解が深まったように思います。いろんな集団に関して、確かに認知されなければ集団として機能することはないなと納得しました。また、文化の在り方にも男女で違いが見られるという点も面白いなと思いました。そして趣味と階層を結び付けて考えるということも、非常に重要なんだと感じました。
・私は小さい頃から舞台を観にいくのが好きだったのですが、観劇している人たちに女性が多い理由を今日知ることができてよかったです。
・今回の授業を聞き、確かに「文化振興」や「文化行政」というものは高い階層のためのものになってしまっていると思った。どんな音、どんな美術作品を誰に聞いてほしいのか、あるいは見てほしいのかということを考える必要があると思った。また、女性がハイカルチャー志向であるのは階層性とジェンダーに関わる象徴的実践であるということがわかった。確かに、女性だと自らの力で地位を獲得するのは男性よりは難しいから、ハイカルチャー志向になるのだと思った。文化を追っていくとジェンダーの問題にたどり着くということに驚いた。
・女性のハイカルチャー志向はどの国にもどの時代にも共通なのではないかと思いました。たとえば、江戸時代の大奥では、将軍の寵愛を受け、自分の地位を確立していようとしていたと思います。逆にいえば、女性は、男性がいなければ、自らの地位や権力を得られないことを示しているような気がします。そこらへんは少しジェンダーよりになってしまいましたが、女性のほうが男性よりブランドものが好きという概念が私の中にあるのですが、それもハイカルチャー志向に結び付くのでしょうか?
・今回の講義では、男性と女性のに見られる違いというものがわかりました。前回の課題で読み取ったことについて、自分が読み取ったことに加えて気づかされたことがあったため、面白いと思いました。
・女性にはハイカルチャー志向があるということで、以前見たテレビ番組を思い出した。それは、高収入の夫を持つ妻は同じような仲間と高めのランチを食べるというもので、これも社会的な地位を獲得する手段なのかなと思った。
・今回の授業で、先生は農場従事者が他と比べマスカルチャーのものにあまり関わらないという内容のことをおっしゃっていましたが、確かにそうかもしれません。私の家族は農業を祖父と父が主にしているのですが(兼業ですが、米や野菜を作っています)、カラオケやパチンコに行ったり、スポーツ紙を読んだりしません。私が小学生か中学生の時に友達は家族とカラオケに行っていることにとても驚いた覚えがあります。そのせいで(おかげで?)私も最近はじめてカラオケに行きました。もしかしたら私の家族が珍しいのかもしれませんが、農業をしている人は行き辛いと思います。ちなみに、ゴールデンウィークは家族で旅行や買い物に出かける友達もいましたが、米を作っているとその時期がちょうど田植えでどこへもいけませんでした。今回、先生は新アイテム(?)を使われたようですが、どういう仕組みでポインターがでているのかよくわかりませんでした。不思議です。
・文化論で言っていることは物事を見つめる時の前提条件となるんだなとわかった。ここで学んだ知識を自分の視点にして対象を分析する能力がこれから役に立つのだと思う。
・「文化」はどこにあるものなのかという話でやはりクラシックコンサートや美術館など何事においても周りの環境や雰囲気などは必要不可欠なんだと感じた。象徴権力の話を聞いて、現在は格差とか上下関係とか色々言われているが権力が働いているからこそ社会は成り立っているのではないかと思った。女性が「女らしさ」を意識するのは女の自分もよく分かるし、女性は自分をどう見せるかに敏感である。よって自分の階層や地位を重視する。(玉の輿とか!?)
・今回の講義のなかで出てきた文化行政について考えたとき、福島のそれは意味があるものなのか疑問に思いました。地元民である私も船越さんの作品が福島にあるとは知りませんでしたし(というより、あの作品が船越さん作だとは知らなかった)、その他様々な活動も一部の人にしか受け入れられていないように思います。市民を対象にしたものが、全ての市民から受け入れられる、中立的な立場になくてはならないと考えました。
・象徴権力は意識されていないとあるが私は疑問に思う。女性は上品を求め、自分の評価を気にする。男性は大衆文化でみんな同じといったものである。どちらもみんなに見られているといったものは同じである。まわりの目をきにするといった意味で意識はあるはずだ。
・本日興味深かった点は、先週頂いたプリントにも象徴されていた通り、女性はハイカルチャー志向であり、男性はマスカルチャー志向であるということです。なぜこのような違いがあるのでしょうか。また、このことが社会的に与えている影響はどのようなものなのでしょうか。ジェンダーの論議と絡めて、今後の授業を参考にしながら考えていきたいと思いました。
・象徴権力の特徴で、『A特に行為者には意識されない』というのが、確かに!!と思った。ホワイトカラーの人が意識的にコンサートに行きたくなるわけではなくて、仕事の関係や、労働時間など色々なことが重なって、このような行為に表れるのだろうと思った。
・友達のお母さんがクラシックやお花に週に何回か行っていたので、女性のハイカルチャー化が実感できました。
・父親が、競馬などのギャンブルが好きなのを思い出して大衆文化を感じました。
一見難しく感じましたが意外に身の回りにモノカルチャーやハイカルチャーが多いのに驚きました。
・女性は高級文化志向、男性は大衆文化への親和性があることが分かりました。また、女性は文化的活動 をする際、単なる趣味としてでなく、階層や社会的評価と結びつけていることも分かりました。女性は自らの力で地位を獲得するというより、周りの評価から承認される ため、女性の活動は象徴的な意味で地位表示機能を持つ、ということだったのでなんとなく女性は悲しいと思います。
・先週の課題から、女性はなぜ男性よりもハイカルチャーに興味を持っているのか、と考えていたので、解説がよく理解できたしよかった。
・象徴権力の特徴にあった「誤認による再認」の意味が分からない。象徴権力は間違った形でしか認識されないという事ですか?また、どうして再認なんですか?
・「文化振興」や「文化行政」とは誰のものなのか ということに非常にショックを受けた。今まで良い文化作品を展示したりすることが人々に豊かな(経済的なことではなく)地域となる方法であると疑っていなかった。私が文化振興を行う立場であったら間違いなく作品展示や演奏会をしていただろう。受け手のことは考えていたつもりだったが、単に押し付けているだけだったのかもしれない。受け手のことを考えるというのは、その人の興味や生活習慣、人々の文化を考えることだった。まさに目から鱗であった。
・日本的特徴で女性のハイカルチャー志向、男性のマスカルチャー志向と講義でありましたが、例えばアメリカだったらどうなのかが気になります。
・理由がないものだと考えていた男女の性差による文化的思考は、ちゃんと理由あるものであり、特に女性のハイカルチャー思考について聞けたので良かったです。
・ブルデューは社会科学概論にも出てくるので、ブルデューの考えは現代の重要なことを述べたんだなと思います。
投稿者 : 00:23
2010年06月21日
6/21の課題
「近代はいかなる時代か」。
この問いへのあなたの「答え」を、400〜600字程度で、A4のレポート用紙に1行おきに書いてくること。ワープロ印字の場合は、行間を空けてください。表紙などはいりません。そのほかの形式は自由です。
次回持参のこと。
投稿者 june : 19:03
第9回
第9回、6/21の講義の概要です。今日は慣れないことをしたので、うまくしゃべれませんでした。うーん、これだとPCのほうがやっぱりいいなあ。
○象徴権力について
・象徴権力について理解するには経済・政治的権力との関係を考える必要がある。
前回述べたように、階級・階層は、第一に社会・経済的な存在として定義されており、社会・経済的力関係の中に、まず位置している。ただし、同時に文化的行動でみずからを他と区別して(つまり"distinction"して)提示しようとするときに何をするかというと、「好み」の差異によってそれをおこなう、ということがここでのポイントである。
・象徴権力の特徴
1)あからさまな形では機能しない。
cf. 「誤認による再認」(ブルデュー)
2)行為者には意識されない。(当然のことだから。)
・確認すると、文化資本は学歴やその家族や所属集団が所有している文化的財・知識、および身体化された資本(身につけた技術等)などである。他方、経済資本は収入および資産等であった。
象徴資本および象徴権力と階級および社会的権力の関係は、ブルデューによれば次のようなものである。「象徴資本とは、経済資本や文化資本が認知され、承認されたもの、つまり、知覚のカテゴリーにしたがって認知された経済資本ないし文化資本である。そのため、象徴権力は社会的空間における権力を再生産し、増強しようとする。」
この権力の働きは、それが自然のものであるかのように誤認=再認させる過程を伴っている。
・いろんな集団(階級、ジェンダー、民族)は客観的な存在としてだけではなく、いろんなかたちで認知されることではじめて集団として機能し始める。文化的な境界づけもそのうちのひとつであるだろう。
ブルデューが語っているのは、客観的な実在として計量できたりする階級・階層(つまりふつうに生活していたのではそこにたどりつくことはできない)に、わたしたちが日々の暮らしの中でおこなっていることからどのように到達することができるのか、ということである。ふつうは象徴権力の働きによって、社会的・経済的次元での権力関係は覆い隠される。それが誤認のプロセスである。
○ジェンダーと階層の交差点
・ここまで、ジェンダーと階層を分けて話をしてきた。しかし現実においては、人々は必ず、ジェンダーと階層という二つの属性を兼ね備えて持っている。(ついでに言うと、エスニシティという属性も持つし、年齢集団にも属するし、障害の有無という属性も持つ。)
したがって、現実にはジェンダーと階層を合わせて考えていかなくてはならない場合が多い。
・杉原名穂子の議論(「日本社会におけるジェンダーの再生産」、宮島喬編、『講座社会学7:文化』、東京大学出版会、2000年)を参考に、検討していこう。なお、配布した資料のクロス表そのものは、片岡栄美による。
ここからわかるのは、いわゆる女性のハイカルチャー志向である。(特に管理・専門。)女性のこうしたハイカルチャー志向は、日本だけでなく、欧米でも観察される。その点日本に特徴的なのは、男性はマスカルチャーへの親和性がどの職業階層でも比較的高いことである。
実は学歴との関係も強い。農業の文化的活動率が低いのは、年齢と学歴(そのほかに居住地域)も関連していると思われる。
・こういったことは何を意味するのか。
1)「文化振興」とか「文化行政」ということばのもとに行なわれていることを考えてみよう。それは誰のためのものであるのか(行政政策学類の学生として)。誰が利益(文化的、経済的、政治的)を得ているのか。実は、高い階層のためのものになってしまっているのではないだろうか。つまり、この場合行政は決して公正ではない。そして、多くの場合それは認識されていない。
クラシック音楽のコンサートを開催するのが悪いということではない。要はバランスの問題である。トータルとして市民の文化の享受に貢献することができるような「文化行政」はどう考えればいいのか。
それは、音を鳴らす人を呼んでくればいいのか、美術作品を買えばいいか、ということでもある。どんな音を誰に聞いてほしいのか、誰に(そして誰の)作品をどのような場面で観てほしいのかを常に考えることが必要ではないだろうか。
2)女性のハイカルチャー志向をどうとらえるか。
いわゆる社会で主流の「女らしさ」というものも、階層性と結びついた観念。
「(当の活動が)上品であるかどうかについての評価」と、自らの階層性とを結びつけた解釈がなされる。単なる個人的な「好み」ではなく、階層性とジェンダーにかかわる象徴的実践といえる。
このことは男性よりも強く表れる。女性は現実の経済・社会の中で、自らの力で地位を獲得するというよりは、婚姻などによって地位を承認される度合いが高い。したがって、彼女の活動は象徴的な意味での地位表示機能をより強く帯びることになる。
☆このように、文化の問題を考えていくと、必ず階層やジェンダーの問題にぶち当たる。文化的行動は階層と性によって異なるからだ。文化は決して中立的なものではないことに留意しなければならない。
投稿者 june : 18:06
2010年06月15日
6/14の感想
6/14の講義への感想です。
・スポーツの能力が男性に高いのは同時にスポーツができない男性にとって負の報酬にもなるということに納得しました。
・階級・階層と関連付けて文化の好みを分析するのは、面白そうだと思いました。しかし、そうすることである文化を低級だと根拠も無しに決めつけることだけはあってはならないと思いました。
余談ですが、階級・階層が高い人の文化である傾向が強いからという理由で趣味を選ぶ人がいたとしたら、それは節操がないような気がします。
・水戸黄門に出てくる黄門様の印籠は、権力の象徴として分かりやすい例だと思いました。権力は目に見えないが、印籠のようなものは権力を目に見える形にしたものだと思いました。
・文化が階級の象徴シンボルということにイマイチ納得できない気がする。
・階級、階層の違いがわかった
・象徴権力とはメリアムの言うミランダと同じなのかなと思いました。ということはミランダは文化的階級と言えるのでしょうか。
・文化について学び.有意義な時間を過ごすことができました。
・物事の好みから人の階級が限定されるという事だったが、むしろ人の階級から好みが限定されるシニフィアンとシニフィエの逆転する事の方が多いように感じた
・好みは階級を弁別する記号であると講義で触れられたが、好みだけでは階級はわからないと思う。
・今日の資料の社会的位置空間の資料はとても興味深く、おもしろかった。現代の日本でこれを作るとどうなるのかかなり気になる。
・階級と階層に違いがあることを知った。ブルデューは社会科学概論の講義で学んでいる最中なので、文化論と関連させて理解していきたいなと思った。象徴権力と聞いて思い浮かべたのは、ブラックカードを持っているか否かということだ。これもある社会階級に属するステータスになりうると思った。
・黄門様の印籠に象徴的権力があるということを聴き、何話だったかに黄門様の印籠が盗まれてしまったという話があったのを思い出しました。盗んだ泥棒はその印籠を持っているだけで周りからちやほやされ放題でした。このような象徴的権力が物として存在する場合、他者の手に渡ってしまうことは大変なことだと感じます。
・18世紀のフランスの子供の育て方を聞いて驚きました。「階層」「階級」の違いわかりやすくて納得できました
・ピエール・ブルデューの名前は聞いたことがあるので、ブルデューの本を読んで詳しく知りたいと思う。
・今回の講義で最も関心をもったことが「母性本能」についてです。母性本能が歴史的にはほとんど存在しなかったと知ってすごく驚いたのと同時に、その考え自体が文化的、社会的に作られたものなのだと思いました。
・今日の講義は、難しいと思った。階級と階層の違いは、自分でわかっていたつもりでも、それと少し違った。復習をしっかりしないと…と思う。
・今日の講義では、「社会階層」と「象徴権力」について学びました。いままで「階級」と「階層」はなにが違うのか、明確に区別せずに考えていたのですが、それを知ることができてよかったです。また、「言語というフィルター」について、あやふやだったので、改めて定義を知れたてよかったです。今後の講義や生活の中で、一つの視点として使っていきたいと思います。
・フランスでは親がそんなに愛情を子供にかけてなかったという事例があったのですが、日本は江戸時代に『素晴らしい子育てをする』という評価を他国から受けています。母性本能に関しては、国民性の違い、文化の違いというものが大きく影響しているように思います。
※江戸の捨て子についてもふれましたよね。
・コーネル大学式ノートのページをみて実際にノートをとったり、参考にしたいです
・今回の講義は、階層に関する講義でしたが、良い階層に属していれば、良い生活を送ることができるのでしょうか?
・ブルデューに関しては授業で聞いたことがありました。ただやっぱり分かりにくいと感じました。
・SSMデータの複数項目の階層区分を見て、学歴があっても所得や財産が低いなどの地位非一貫クラスタが多いことが意外だった。今回は1975年のデータを見たけど、もう少し最近だとどのように変わっているか気になった。また、象徴権力の話を聞いて、実質的な意味よりシンボルとして重要視されているものが沢山あるように思えた。それは国や文化の違いによって多岐にわたるし、日本人には理解できないようなものも沢山あるだろうと思った。実際、私もクラシックが好きと言うだけで少し上から目線の態度があるので、これも象徴権力なのか!と思った。
・最近ようやく文化論がどういうものかが明確に見えてきたような気がします。これからも授業に集中して頑張りたいと思います
・今日の講義の前回までの復習であいまいな部分を再確認できて良かったです。また、象徴的行為における弁別機能の具体例から、階級は権力関係の中にありつつも、主体的あるいは客観的な排除作用から生まれているように思いました。
・授業で久しぶりにシニフィアンとシニフィエという言葉が出てきて焦りました。もう一度語句の意味をきちんと確認したいと思います。
・講義中に見たブルデューの図がとても興味深かったです。また、普段から自分は好みや行為によって人を区別しているんだなぁと実感しました。あと、複数指標の階層区分では自分はどの辺に位置するのかやってみたいと思いました。
・人の好みが階級を区別する為の記号である、好みはシニフィアンは区別したことはシニフィエということを聞いたとき、例えば、私が高級な食べ物よりB級グルメが好きだ、ということと繋がるかと思ったのですが、概念的な問題だとすると間違っているのでしょうか。難しいです。
・参考文献に挑戦したくても専門用語が多く、なかなか頭に入りません。効果的な読み方はありますか。
※ノートをとりながらとか、何回も読むとか。ゼミのテキストで、そうやっていませんか?
・今日の講義の最初で、18世紀のフランスでは牛乳を子供に与えず、栄養失調にさせたという話に驚きました。前回の講義に引き続き、場所によって子供の育て方に対する考えにも違いが見られると思いました。
・最初の復習部分、「母性本能」というものは存在するんだ、という事実それこそがつくられたものである事に驚いた。でも中世貴族の家庭では乳母が子供を育てるのはなんとなく「当たり前」だと思っていて、そこに生みの母親が母性を抱いているのかなんて考えたことがなかった。
・高校の実力テストにおいて、教科別で成績上位者には学校オリジナル鉛筆が渡された。鉛筆を貰えれば当然嬉しかったのだが、これは、鉛筆が「成績上位者」というもののシンボルになっていたからだろうかと思った。
・いろんな集団(性・ジェンダー、階級・階層、人民・民族)は客観的な存在としてだけではなく、いろんな形で認識されることで初めて集団として機能し始めることが分かりました。また、文化的な境界付けもそのうちのひとつであるのだと感じました。
・今日の講義を受けて、階級と階層のそれぞれの区分の仕方、日本における「中流意識」の肥大の由来について理解することができた。また象徴権力というのは、人ではなく物に影響力があるという点において、他とは違うなと感じた。
※影響力は人の行為に対してです。
・象徴権力の事例、黄門様の印籠のことを聞き、中国古い時代に、「尚方宝剣」というものは皇帝としての一つの象徴であって、たとえ現場でそのような宝剣を持っている人は皇帝でないとしても、宝剣を目にしたら百姓や文武百官は必ず膝まずいて頭を地面につけてお辞儀しなければならない、ということを思い出した。
・金曜1コマで取っている、社会科学概論に出てきた、ピエール=ブリュデューさんが今日の講義の中でも登場してびっくりした。文化論にも社会科学概論がからんできたということは、内容が難しくなってきたのかなと感じました。
・過去の講義の難しいところをもう一度分かり易く説明してもらえたのがよかったです。
・「好みは階級を弁別する記号」ということに共感しました。私は60〜70年代のイギリスのロックが好きなのですが、最近のアメリカのヒップホップを好みません。というか、ヒップホップを好む人をあまり好きでないという感じです。どんな音楽が好きかによって、自分の中で勝手に人を区別していたことに気付かされました。
・私の家はお金持ちでもなく質素な生活を送っている。普通の生活を送れているため人並みである。しかし親は公務員であるので人並みよりは高いと考えられる。実際このような意識はないが角度をかえると異なる。専門職とその下の格差がひどいと思った!
・社会科学概論で習っているピエールブルデューが出てきて驚いた。
・私は母性本能がほとんど存在していないと言うことが理解できていなかったので、ポイントで指摘してもらえて良かったです。子供に対する愛情は社会的に作られている部分もあるのだと思いました。
・好みは階級を弁別する記号であると講義で触れられたが、好みだけでは階級はわからないと思う。
・同じ文化圏の国にいても、たしかに歴史的に見れば階級による好みの違いがあるように思う。それと、象徴権力は面白いと思った。クラシックコンサートは趣味で聞くというより、行くこと自体に意味がある、という考えは納得だった。
・象徴権力での黄門さまの例えがわかりやすかったです。
・私は母性本能が生まれた背景の考察をしてみた。私は、背景の1つとして、近代化が進むにつれ、人間が均等に金銭的ゆとりが出てきたことが考えられる。金銭的ゆとりを母親が得た事で、母親にとって子供の存在価値が「家事手伝い」「跡取り」から、「自分から生まれた自分の分身=自分と同様愛情をもって扱うべき存在」と変わったのだ。ところで、講義で分からなかったところがあります。それは、好み=シニフィアン、階級=シニフィエンというところです。これは、どういうことで、2種類の資本で社会空間を定義した表とどう関係しているのか説明お願いします。
・間違いやすいポイント1において、何が男性的であるか、女性的であるかは言語によるとありましたが、例えば女性でも男性のような口調で話す方もいます。そこで女性らしさを求めるのも、一種の文化の押しつけ、伝統の尊重、権力の行使といったものに分類されるのでしょうか。また、好みは階級を弁別する記号とありましたが、それはお金持ちがクラシックを聞いていそうだというイメージに結びついてしまいました。最後に、象徴権力についてですが、例えばお金持ちの人が何の価値もないただのガラスの物体を『この宝石は世界に一つしかない大変貴重なものです』と言えば、周りの素人があっさり信じてしまうということでしょうか。例えを自分で考えながら講義をすると、興味が湧きますし、楽しいのですが、その例えが間違った解釈であったらという不安があったので、質問させていただきました。
※「言語による」というのは、言葉づかいのことではありません。これはくりかえし説明してきたことなので、Webでも講義でも繰り返しません。もう一度、「言語と文化」のところまでさかのぼってください。
あと、最後の例は、適切でないと思います。
・「好み」を見て階級を判断するといっていましたが階級かどうか分かりませんが「好み」によって大学生だと判断できる事があると思った。大学生は似た「好み」を持つ…!また象徴権力の話を聞いて、高校生の制服もそうなのかなと思った。まだ2ヶ月ちょっと前まで自分も高校生だったのに今はだいぶ大きな違いを感じる。
・象徴権力の例としての水戸黄門の印籠の説明はわかりやすかった。
・ピエール・ブルデューの名前は社会科学概論Tでもでてきて、またその授業でも現代文化論TででてきたM・フーコーの名前を聞いたのでリンクしているなと思った。一見全く違うことを勉強しているようだけどどこかで繋がっているのかもしれないと感じた。
・復習のやり方を実践してみようと思いました。表の見方が難しいので、課題も時間がかかると思いますが、がんばって読み解こうと思いました。
・渡された資料の中の「職業分類別文化活動経験率」の「専門」とは、主にどのような職業を指すのでしょうか?
・今回の授業の最初の方の、間違いやすいポイントについての説明がよかったです。自分の理解があやふやだったところや、間違って理解しているところ(特に母性本能について)に気付けて助かりました。「好み」は階級を分別する記号である。という考えにとても共感しました。間違っているかもしれませんが、私たちは自分たちより上の階級の人の「好み」を憧れ、真似することがあります。(私だけかもしれまん…。)また、階級に見合った「好み」じゃない「好み」を持っていると意外だと感じます。
・今回の講義で「間違えやすいポイント」を見て、自分も間違えた考えをしていたことが理解できたので、その点を勘違いせずに理解したいと思いました。階級と象徴権力という点で、階級がさまざまな面で権力関係にあるということはとても納得ができるような気がしました。そのため、この内容については興味が湧いたし、おもしろいと思いました。
・ピエール・ブルデューは社会科学概論でも取り上げられているが、今回の講義で「好み」は階級を弁別する記号だという話を聞いて、とても興味深いと思った。
・象徴権力の話を聞いたときに、「虎の威を借る狐」という言葉を思い出しました。意味は全く違いまが、状況は似てるかなと思いました。
・今回の講義の後半に出てきた象徴権力というものが一番印象強かったです。疑問なんですが、例えば、スポーツではナイキ、アディダス、プーマなど、リュックサックではノースフェイス、グレゴリー、アウトドアなど自分がこのようなブランドの商品をつかっているというスティタスの誇示自体は象徴的行為になりうるのですか?
※そのへんになってくると、ブルデューというよりもボードリヤールですね。
・「好み」によって階級がわかるという考え方が面白いと思った。また、階級と階層の違いが分からなかったが、階層は数量的に表現できるということを聞き、理解できた。さらに、黄門さまの印籠が「シンボル」としての権力ならば、現代ではなにが象徴権力であるのかと思った。
・社会科学概論で学んだブルデューが出てきて、つながりを感じました。復習をしっかりしたいです。
・今回僕は、「好みは階級を弁別する」というお話で、クラシック・コンサートの例を用いて説明してもらい、納得できた気がします。例えばお酒、ワインなどでも、「飲んでいる人=味の違いがわかる人」という所属を示しているという気がします。私たちが普段、意識せずに何気なくやっていることにも、実は意味性があるんだということが最近の授業で続々と明らかにされ、次回の授業が楽しみです。
・階級や階層が権利というものと結びつくというのは意外でした。黄門さまの象徴権利の例えはすごくわかりやすかったです。クラシックコンサートは階層の高い人がいくというイメージがあります。
※「権力」ですね。
・今まで階級・階層についてあまり意識したことはなかったし、文化という面から見てこんなに深い意味があるのだとは思ってもいなかった。特に象徴権力について興味深いと思った。だけど、今の日本に当てはめてみると、昭和のように車を持っているからお金持ちというわけではないし、東京と地方では車の価値の違いは大きいから、象徴権力の大きさは時と場合によってだいぶ違ってくるのだと思った。
・最初に前回の復習があったので、とても助かりました。授業が進むにつれて内容が難しくなっていくように感じますが、頑張って理解していきたいと思っています。階級と階層についても詳しく理解でき、地位非一貫クラスタなど、興味が持てる内容が面白いと思いました。また、象徴権力について具体例があったことで、よりわかりやすく、理解を深めることができました。
・今回の授業は、前回からの続きでもあり理解がしやすかったです。
その中で、「階級に特性があって、それによって好みが決まるわけではない」と紹介されましたがそれは、「ある階級の人はこれを選ぶ傾向にある」という考え方も違うということでしょうか。
また、「これを選ぶ人は皆ほぼ同じ階級に属している」という考え方からこうした表が完成したという考え方は正しいのでしょうか。よろしくお願いします。
・ルソーが母性本能について述べたと聞いて驚きました。ルソーは自分の子どもを全員孤児院に送ったと聞いたことがあったので、なんて矛盾した人だと思ってしまいました。
・象徴権力のところで黄門さまの印籠の例えをしていただいたおかげで象徴資本のイメージがつかみやすかったです。
・今回の授業で、改めて文化の概念は感覚的なもので理解が難しいと感じました。どこが理解していて、どこが理解出来ていないかが自分で把握できていないので、しっかりまとめて、情報を整理したいです。
また、授業の母性本能の話では、子供の頃に虐待を受けた人が、自分の子供にも虐待をしてしまう、という話はよくありますが、それは「学習する母性本能」と関係があるのでしょうか?今回の講義は今までで一番ややこしいと感じました。「階級」「階層」の違いについて、しっかり検討しようと思います。
・ 今回は、階級と階層のお話でしたが、象徴権力の黄門さまの印籠の話は分かりやすかったです。それを聞いて思ったのですが、「ブランド」も象徴資本かなと思いました。高校時代に男子生徒が制服ズボンのの後ろのポケットにルイ・ヴィトンの財布を入れてポケットから財布の一部を見せるということをしていました。(かなり落ちそうなのですが、そうしていた生徒が多かったです。)そのブランド物の財布を見せるという行為もブランドという「シンボル」によって持ち主のイメージに「お金がある」、「かっこいい」を与えると思います。財布はお金が入れられればよいはずですが、ブランドのものを持つことは、財布自身の機能ではなく財布のブランドへのイメージを利用していると思います。
・「好みは階級を弁別する記号である」
という言葉になぜかしっくりくるものがありました。
それは、お金持ち人がブランド物や高価なものを好みそれを所有することそのものであると思いました。
しかし、近年では比較的お金持ちでもない人が、ブランド物を好む傾向があり、無理をしてでも買う人が多いように思えます。この傾向はとても面白く、またその心理は興味深いと思います。当たり前のことですが、それを買ったことによりお金持ちになれるわけではありません。つまり、私が感じることはそのブランド物を所有することによりお金持ちの気分を味わう、または、他人に差をつけることに満足感、または優越感なるものを得ているのではないでしょうか。これは、そのブランドのブランド力があってこそのものですが、その心理自体は、大きなビジネスになりうる現状があります。しかし人々にはそれぞれ「分」というものが存在すると言われています。無理をしてまでそのお金持ちの物を所有して嬉しいのでしょうか。人々の心理、またはそれを操る企業というものの存在、操られる人々の心理は面白いと思いました。またこれは蛇足ですがこのようなことを考えるチャンスを得られていることに対して、今さらですが大学に入って良かったと思います。
・今回の講義を受けて、今まで少しあやふやになっていた階級と階層についてなんとなく理解できた気がします。ブルデューの本は家にあったので読んで見ようと思いました。
・階層は数量的に表現されるというのはすごく納得しました。年収がどうとか高卒だからどうとか表面的なものでその人の本質を測ろうとしてしまう傾向があるなと思います。
・階級と階層の相違点をなんとなく掴めましたが、いまいちピンとこない部分でもあります。
また、象徴権力において「『クラシック・コンサートに行く』という実践」の例にあるような、些細な行動が権力に関連しているとは知りませんでした。そして無意識のうちに階級が区分されてしまっているように思えて、あまりいい気はしませんでした。ですが、確かに…と納得しています。
・今日の現代文化論の講義を受けて、一人一人にとって生活様式が違うのと同様に、一人一人が育った文化によって、社会的位置空間が決まってくるのだと感じました。
・階層・階級と文化の講義は、興味深かかった。親の所得が高いほど子供が高学歴になり、親の所得格差が子供の将来の所得にまで影響を及ぼすという話を、思い出した。
・黄門さまの印籠は権力のシンボルと言っていたが現代ではどのようなものがあてはまるか気になった。
・スポーツができない男性にとって、男性のスポーツの能力が高いことは負の報酬である、ということはとても納得しました。(わたしも、スポーツができる男性のほうが、すごいなとかかっこいいなと思うので。)
・「好み」は階級を弁別する記号である というのが面白かった。好みから階級を見るという視点が新鮮だった。それと、階級と階層をまだ自分の中でうまく分別できていない。
・やっぱりシニフィアンとシニフィエの違いが難しいなと思った。もっと語句の意味を整理してから授業に取り組もうと思う。
・資料の見方がいまいち理解できませんでした…。
投稿者 : 00:26
2010年06月14日
第8回の課題
講義中に配布した資料のクロス表(2つのうちどちらでも、あるいは両方あわせて)から読み取ったことを、いつもの感想用アドレスへメールで送ってください。学籍番号・氏名を明記のこと。
締め切りは6/20いっぱいとします。
※講義で資料をもらい損ねた人は、たかはしの研究室前に置いてありますので、取りに来るように。
投稿者 june : 18:37
第8回
第8回、6/14の講義の概要です。最初の「復習」も含めました。
○復習コーナー
(1)「わたしたちは言語というフィルターを通してものを見ている(通してしか見られない)」という基本をもう一度確認してほしい。
その向こうにあるものに直接触れることはできない。だから、いいことも悪いことも含めて、わたしたちが「性別」について感じ、考えること、何が男性(的)であり、何が女性(的)であるか、そこにどんな価値を与えるかは、言語=文化的な水準のことに他ならない。
(2)「学習せずに、生得的に持っている行動様式」としての「母性本能」は、歴史的な親子関係の変遷(多様性)を見ると、ほとんど存在していないといえる。特に「母親の愛情」は、はっきりと現れ方や度合いが、時代・社会によって異なる。
フランスの里子制度は、母親が子どもを自分の手で育てていないことの事例。貴族は乳母に育てさせた。都市の最下層の人々は、お金がないので自分で育てるしかなかった。ただし、その人たちも、決して子どもを大事に育てたわけではなかった(そもそも余裕がない)。「子どもへの愛情」は、不在ではなかったのかも知れないが、それは現在とは大きく異なる形であったことは間違いない。
一度「本能」と呼ばれてしまうと、その“文字”が一人歩きする。「母性本能をくすぐられる」ときに、くすぐられているのは本能ではないわけ。ただそれだけ。また、動物の生得的行動と混同している人が何人かいたけど、それとは違うという話をしているだけ。「本能」と呼ばれる行動が、この世界のどこにもないといっているわけではないので、注意。
(3) 階級・階層
○階級と階層
・階級
一般には生産関係の中で定義される社会集団のこと。(ex. 「資本家」と「労働者」)
さらに共通する生活様式を持つとも考えられ、社会における様々な意味で
の権力のありかたと連動している。
階級については、「社会構造論」の講義で主に扱う。
・階層
社会全体の中に設けられた段階的区分。しばしば垂直方向。
階級と異なり、数量的に表現されることも多い。
単一の指標を取ったり、複数の指標を用いたりする。収入や職業区分などがよく用いられる。
階級と同じく、生活様式や文化的行動との結びつきがあると見なされている。
指標をどう取るかで階層概念は異なったものになる。
なお、指標を複数用いる場合はクラスタ(断片)の概念を用いることが多い。
○階級・階層と文化
・ピエール・ブルデュー『ディスタンクシオン』より(資料)
二種類の資本で社会空間を定義する。
文化資本:学歴、個人や家族が所有する文化的財、知識など
経済資本:収入、財産等
・「好み」は階級を弁別する記号である。
「好み」はシニフィアン、階級はシニフィエ。(逆ではない)
階級に固有の特性があって、それによって「好み」が決まるわけではない。ここに示されているのは、歴史的・社会的に固有な状況の下での体系にすぎない。
○階級・階層と象徴権力
・階級や階層は経済的、(狭義の)政治的な権力関係の中にある。と同時に、文化的な権力関係の中にもある。
→どのようにこの権力は行使されるか。
・象徴権力
黄門さまの印籠(葵の御紋付)=象徴資本
→実質的な意味はないが、「シンボル」として権力が客体化したもの。
象徴資本によって行使される権力が象徴権力。
例)「クラシック・コンサートに行く」という実践
ある社会階級に属していることを示す象徴的行為。「クラシックコンサートに行かない人」「行く人」双方に対して自らの階級の所属を示すものとして働く。(弁別機能)
=自他を分割する象徴権力の行使。
(次回に続く)
投稿者 june : 18:24
2010年06月07日
6/7の参考文献
講義中に触れた書籍は、以下の2冊。
- E. バダンテール、『母性という神話』、鈴木晶訳、ちくま学芸文庫、1998年。
- 沢山美果子、『性と生殖の近世』、勁草書房、2005年。
投稿者 june : 22:27
6/7の感想
第7回、6/7のみなさんからの感想です。
・ジェンダーという言葉は何千回も聞いているけど、それについて考えたことはあまりなかった。
この前とあるテレビ番組で、はるな愛さんが『言葉使いとかメールが可愛らしかったり、気持ちが女の子だったらその人の事を男だなんて言うのは可哀想ょ〜』と言っていた。
「男女の違いは実質でなく差異による」という説明があったので、話し方や仕草も差異に入るとしたら、やっぱりそういう人も女性とカウントすることもある…のか??と思ってごちゃごちゃした。
ジェンダーについての問題点で『そもそも、男女に分ける力関係』というのがとても印象的だったけどイマイチ理解に悩んだ。
・授業が進むたびに授業のレベルがかなり上がっていっていると感じました。
授業の復習が必要だなと感じていますがどの様な復習が効果的でしょうかその日のノートを見直すという方法はどうなのでしょうか。
よろしくお願いいたします。
※ノートを見直すのは基本だと思いますが、それだけだとつまらないので、1)まとめを作成する、2)関連知識を仕入れる、という2つをおすすめします。2)は参考文献にチャレンジ、です。1)は、たとえばこんなノートの取り方ですね。
・ジェンダーと権力によって文化的に私たちの性別が決められていた。この世界すべては、文化を基準にして決められていると感じました。
・『母性本能』は科学的に根拠のあるものと勝手に思っていたので、社会契約説で一般意志を唱えたJ.J.ルソーが言い始めたものであり、しかも男性目線からのものと知り、驚いた。
※という話は講義ではしなかったわけだが、キミはきちんとblogをチェックしてこれを書いたか、blogだけでこれを書いたかですね。
・E.パダンテールの「母性本能」の話にとても興味を持ちました。
今度自分で調べてみようと思います。
・とても納得しました。ダイエットが流行るのは、男性がスポーツできない時と同様に太っていることで自分にかかる負の報酬が男性よりも女性の方が大きいからだと思います。母性本能なども、虐待がある現実や廃れない孤児院があるという点から、やはり本能ほど強いものではないのでは、と思います。
・女性には母性本能があるものだと思っていたが、歴史的に作られたものだと知り驚いた。また、育児放棄などにも関係があるのかもしれないと思った。
・母性本能が実際は歴史的につくられたものだと聞いて、人間に関してこの説は当てはまるかもしれないけれど、動物の持つ母性本能に関してもそう言えるのか疑問に思いました。
また、私は子供を育てるのが母親だと勝手に定義していたので、18世紀のフランスの人達は、どのように母親を定義していたのか知りたくなりました。
・ジェンダーと権力について考えました。男女という分け方や3つ目の性別があることを聞いて、権力は差別を生む原因になるのではないかと考えました。よくは分かりませんが..。
・今日、ダイエットの話しを改めて聞いて、もし世の中でダイエットが騒がれてなかったら、痩せようと思う人は減るのかなと思いました。
・文化の拘束により気づかないことはたくさんあるのだろうと思った。小学生の頃はスポーツのできる男子がかなり人気があった。スポーツができるだけで正の報酬が大きいものだと感じた。
・今回の講義では母性本能というものは作られたもので、本能ではないということでした。では、「母性本能をくすぐる」という言葉は一体何なのでしょうか。
・今日の抗議を受けて、私たちの周りは「差異」に溢れていると思いました。
また、「差異」と「個性」は紙一重の関係にあると思いました。
・やはりフーコーは難しかったです。あと、一次元的権力、2次元的権力、3次元的権力というものがよくわかりませんでした。1次元的権力は決定することのできる権力のことですよね?
権力とジェンダーが結びついていることに驚きました。しかし、先生の話を聞き、理解することができました。
・ジェンダーという言葉の意味をよく考えてみる機会になった。
・性を3つに区分するとか言っていましたけど、それって男と女でないものの枠ができるってことですか?
例えば、性同一性障害の人とか。
そうなれば、公にも認められるわけだから人から軽蔑されることが少なくなって(たぶん)良いと思いました。
※GIDは「第三の性」ではありません。
・男女の区別も文化の一部なんだと知って驚いた。文化と認識していないが実は文化だったというものが他にもあるか調べてみたいと思った。
・「性」すらも文化的・社会的なものであるということは驚きだった。しかし、このことによって、ジェンダー問題とは、人間の歴史に伴って作られてきたということに納得がいった。人は何でも比べるのが好きなんだなと感じた。
・ジェンダーとは社会的なフィルターを通してみた性だと言うことが分かりました。社会的なフィルターは個人が生きていた境遇によって異なると思います。人によって見る差異も異なると思います。だから、ジェンダーとは考え方に個人差があると思いました。
※社会的規範ってずっと言ってきたのですが、まだ個人によってばらばらとかになりますか。困ったな。
・今日はこれまでの復習だったのでとても助かりました。
18世紀のフランスの子どもへの態度の話では衝撃を受けました。貴族の子どもだから丁重に扱うのかと思ったら、体に布を巻き付けて引っ掛けて置くなんて今で考えれば虐待になってしまうけれど、その時代では良いこととして考えられていたことも驚きです。
※貴族は乳母に育てさせる、という話でした。それ以外の人、ですね。
・性同一性障害の場合、生まれ持った性に違和感を覚えるのは、既存の社会的価値観とズレを感じることによるものなのだろうか。もしそうであるならば、万が一その性同一性障害の者が違う価値観を持つ社会に生まれていたとすると、場合によってはその者はそもそも『障害』を持つ者では無くなるかも知れないということだろうか。
・ジェンダーの定義について、どう考えると今の定義となるのかがわかったような気がします。
あと、母性本能も生まれ持ったものではなくてつくられるものだということに驚きました。
・「男性の身体に対する権力」の話を聞いて、大変的を射ている話だと思いました。小学生くらいだと、「ドッヂボールが強い」とか、「足が速い」というのが人気のバロメータだったと思います。このことから、大人に言われるまでもなく、自然と子供たちには「スポーツが出来なければならない」という感情が芽生えるのではと思います。これで親にも言われたら、もう確実に権力にのまれる結果になると思います。
権力は本当にどんなところでも働いているのだなと思いました。
※成長とともにいろいろな価値観を身につけるので、それで相対化されるはずなんですけどね。
・母性本能とはもとから持ったものではなく
本能と呼ばれるからそう思い込んでしまっていたり、その時代や社会が作りあげたものだということを理解しました。
文化による拘束性は強いと感じました。
・ジェンダーが文化的、社会的な差異ってことはわかったが、ジェンダーフリーという言葉があるように、最近ではその差異をなくそうという運動が活発になっていることは、いいことなのかがわからなくなった。
※ちょっと下の方のコメント参照。
・「スポーツする身体」を聞いて、スポーツができることへの報酬は、性別だけでなく年齢によっても異なると思った。例えば、男である私は、小学生の頃、スポーツが苦手で劣等感があったが、今は劣等感は無い。
・スポーツが出来ない男子は特に学校での地位は低くなりがちになるのはよくわかりますが、それは何における地位でしょうか。
例えば男子同士での関係なのか、女子たちから見た中でなのか、先輩と後輩の関係なのか、あるいは教師たちの主観的印象での話なのか、と言ったことです
※で、あなたの経験ではどうなの。
・男子の身体能力の違いによって学校で扱いが変わるというのは分かる気がします。
やはり、人は持っているものの違いによって差別したりしてしまうのかと思いました。
・私はジェンダー学入門、ジェンダーと現代などジェンダー関係の講義もとっているので、今日ジェンダーの話が出てきて「権力」にもジェンダーが関係しているとわかり、ジェンダー問題は深い所で色々な所で繋がっているのだと学んだ。
・女性に対する「ダイエットしなさい」や男性に対する「スポーツができるように」が権力だとは意外だった。小さい頃から染み付いていてなんとなく自分の中で固定観念になっていた。母性本能というのが歴史的につくられたというのも驚いた。なぜ本能とつくようになったのか気になった。
・最近では男性と女性などの差異をなくすジェンダーフリーの考えがありますが、ジェンダー学的にはいいことですか。悪いことですか?
※まずその問いより先に、こことか読んだ方がいいと思う。読んだ上でまた質問したければどうぞ。
・男女という身近な権力のことをのべてもらえたのでわかりやすかったです。
・特に子育ての仕方について考えさせられた。意図は好意的であれ、拘束と言えるので他に方法を考えるべきだったと思った。ex.違う方法でお金を稼ぐ、きちんと面倒を見ることの出来る人が子育ての仕事を請ける
男性と女性の間には少なからず隔たりがあると考え、それゎ文化的、社会的に形成されていると思う。権力という視点ではあまり考えたことがなかったので、2者間での影響を始めとして、集団になった時の権力の及び方を考えていきたいと思った。
ダイエットに関しては自分が経験がないので感想は分からないが、あまり無理をしてする必要はないと思う。確かにダイエットを成功させることでプラスの面ゎあるが、その分マイナスの面も発生すると考えられる。両方を秤にかけたときにマイナスの面が上回ることがあると考えると、極論、生命に関わる必要性がなければ今必ず行わなければならないとは考えにくい。したがって、必要に応じて相当にダイエットするのは良いと思うが、急激に心身を削ってやる必要はないと考えた。
現代文化論Tの講義は興味を持って聞けるので、正直時々複雑で分からないこともあるが、腐らずによく思考していきたいと思う。
※リキを入れて書いてくれてありがとう。でも「それゎ」はやめようよ。
・今回の現代文化論の講義を受けて、男性や女性という性の差違もまた文化であるということがわかりました。やはりジェンダーは自分の周りに存在していてそれがよいものもあれば悪いものもあると思いました。
・母性本能が歴史的につくられたということに驚いた。ただ、母性であり、親性(父ではない)のは、ジェンダーによるものだと思う。
・今も昔もスポーツが出来る男の子はいろいろ良い面があると思います。
・私はスポーツが大の苦手なので10代の頃、「負の報酬」をもろに受け、学校生活で何度も嫌な思いをしました。今期履修している先生の別の講義の感想でも述べましたが、女性に生まれたかったと何度も思いました。今日の授業で改めて、権力の本質の残酷さを強く感じています。
・ジェンダーと権力の関係について学んだときに気づいたことは今まで私はジェンダーはもともとのさだめと思っていた!しかし実際それは差異と考えることが必要でそれが文化の中で作られたものだと理解することが必要であった。だからそのミクロな差異のなかで権力がうまく起動し、納得いくものにできると思う。
・私は他にジェンダーの授業を取っていますが、今回の講義を聞いて、今までとは違った角度からジェンダーというものについて知ることができました。
レディーファーストという言葉はまさに「ジェンダーと権力」の関係から生まれたのかなと思いました。
・なぜ男のほうがスポーツからくる報酬が多いのか、疑問に思いました
・ジェンダーの問題点の@男性と女性の間の権力関係とは、例えば男性は家事や育児は女性に任せ、会社で働くということですか。また問題点Aの男性と女性それぞれに働く権力関係とは、例えば会社で社長が部下の男性社員はどんどん昇格させ、女性社員はずっと下っ端として扱うことですか。
・身体が動かせる、スポーツができることは男性にとっての報酬だということが、歳を重ねるにつれてわかってきた気がします。
いまは負の報酬で満ち溢れています。
・権力は抑圧するのではなく創り出すものだと聞いて自分が今まで認識していた権力とは異なっていて驚きました。権力は男性・女性に分ける段階においても働いており、社会や生活の中は権力で溢れていると感じたし、また権力が社会を創り出しているのではないかと思いました。
・18世紀フランスの里子の話は衝撃的でした。いろいろな文化があるんだと思いました。
・ジヨーン・スコットの「ジェンダーは身体に付与された知」という定義があった。ジェンダーは初めからあるものというよりは、後から人間が当てはめたものだという意味だと思う。パラダイムの転換的な考え方だと思う。
・小学校の頃、スポーツできる人が良くも悪くもクラスを仕切ってました。
・権力は人に働き、自発的な行為を促すものならば、私達が社会の中で真に自発的にできる行為(権力が関与しない行為)とは何なのでしょうか?
・「18世紀のフランスにおける子どもに対する態度」の話を聞いたときは驚愕しました。特にスワドリングには驚きました。この時代では、社会全体で子育てとはそういうものとインプットされていたのかもしれないが、自分からしてみれば異常としか思えないかわいがり方です。今やったら虐待とかになるんだろうな…と思いました。
感想のところにあったノートの取り方は、とてもわかりやすいものでした。さっそく実践して理解を深めていきたいです。
・今日の授業を聞いてフーコーの本を読んでみたくなりました。
もともと哲学をかじったことがあったので、フーコーの思想については少し知っていて面白いなと思っていました。
しかし今日、先生が彼の悪口なら言えると言っていたので、実際に彼の読んだ本を読んで、自分で確かめたくなりました。
今日の本題とは脱線していますが。
※そこには愛があると思ってください。ぜひ。
・ジェンダーの概念の中で、説明として「『生のもの』としての世界に触れることはできない」とあったのが印象的でした。また、ジョーン・スコットの定義を不合理とする例に納得しました。
あと今回の授業とは無関係なことで申し訳ないのですが、この感想提出により出欠確認をしているというのは本当でしょうか?
※スコットについて、そんなことをいった覚えはありません。キメの定義だったのに。
・「男性」と「女性」と分ける地点ですでに、自分で意識していなくとも文化的なフィルターから見てしまっているのだと思いました。それから、以前のフランスの子供の育て方を今日、初めて知りました。子供を壁に掛けて、畑仕事に行くというのはこれまでの日本では、起こってこなかったことだろうと思いました。
・母性本能はあくまで歴史的に作られたもの、というのが意外だった。私たちの感情や行動は、文化という枠組みに支配されているという以前の講義を思い出した。
・今まで何を目的にやっているのか意味がわからなかったが,今日の授業で全てがつながって,物事を考えるうえでの前提として重要な考え方をやってきたのだとわかったら文化論がおもしろくなったし,興味がわいてきた。ダイエットに権力が絡んでいることなど驚きで文化のおもしろさ・深さを感じた。またジェンダーは差異によるといっていたが,世の中では差異と差別を混同してしまっているところがあると思う。特に女性の社会進出が盛んでたまに男性に負けんとして男性を目の敵にするようなところも見受けられる。しかし,女性には女性に与えられた文化,社会的な個性がありそれも大切にすべきだ。差別をみつめるうえではそれがほんとうに不平等なのか,それとも男女各々を価値づける大切にすべき文化・社会的な差異ではないか見極めなくてはいけない。しかしその認識は人によって異なるため,一部では差別と訴えてもそれは差異としてきいてもらえなかったりと問題が生じてくる。個々の認識の違いがあるのは当たり前だが解決することはできないのか。これは差異によるもので受け入れるべき,これは差別だから無くすべきとはっきり決める軸は存在するのか。
※来週修正すべき所を示してくれてありがとうございます。どうしてそういう勘違いが起きたのか分かりませんが、念のために訂正を入れます。
・本能で私たちはあまり動かないですが、本能がないわけではないですよね。
だから一概に18世紀の女性たちなどに母性がないというのは違うのではないでしょうか。
私たちの行動の多くは文化に支配されているから、彼女たちもその時の文化に影響されただけではないのでしょうか?
※母性がないのではなくて、学習せずとも発現する人類普遍の「母性本能」はない、ということです。文化に影響されただけというのはその通り。
・今私はダイエットの最中です。雑誌のモデルのダイエット方法などを見て、「こうなりたい」と思い、始めました。違うかもしれませんが、これはモデルが雑誌を使い、モデルという立場を利用して権力を行使してると言えるでしょうか?
・今日の講義では、いままで内容が盛り込まれていて、総まとめをしている気分で講義を聞いていました。改めて権力が関わってくる概念は、言葉で理解をしていくのが大変だと感じました。
・昨日の授業を受けて、私たちは世界を認識する際に、常に文化的なフィルターを通してそれを行っていることを再確認させられました。性に関することにも、それは当てはまり、それゆえに男女差別の問題も起こるのかと考えました。いつもこの授業は新しい発想を学べるのでとても面白いです。
・昨日の男女間の権力問題はとても納得のいく内容でした。自分は教授と悩みが逆で身体が細いのですがよく他の人からもっと筋肉つけろと言われます。他にも学力であったりいろいろなステータスがあってこそ世の中が成り立つものなんですね
・今回の授業を受けて、「人は女として生まれない、女になるのだ。」というボーヴォワールの言葉を思い出しました。生物的な女として生まれて、いつから社会的・文化的な女となったかわかりません。じゃあ社会的・文化的に女ってどういうこと?と言われてもよくわかりませんが…。
・講義をうけていて思いました
講義の内容は先生の考えや一般的にいわれているだろうことetcであるので講義の内容をそのまま受け入れちゃいけないなと思いました
しかし講義の内容は物事を考える一つの見方だとおもうので自分の考えを深めるいい材料になると思いました
※常にそういう態度であるのはいいけど、信じたくないことが出てきたときだけそうするのは、あまりよくないことかもしれません。自分の心の動きにも注意してください。
・身体が動かせる、スポーツができることは男性にとっての報酬だということが、歳を重ねるにつれてわかってきた気がします。
いまは負の報酬で満ち溢れています。
・母性本能の話がありましたが父性本能ってあるのでしょうか?(もちろん必然的にもつ本能ではないですが……)
・今回もとても難しく頭が混乱しています。人は文化的なフィルターを通してものを見ているのならそれを全く介さずにものを見るというのはどういうことなのでしょうか?
※いや、だから、それはできないんじゃないの?と言っているわけですけど(笑)
・今回の授業では「母性本能」が歴史的に作られたと考えられ、本能と呼べるものではないと言うことを知った。しかし、私は母性本能は本能と言えるのではないかと思う。たしかに例にあげられた内容を聞いていると母性本能は時代にそって作られてきたのだと感じるが、サルにも犬にも母性本能はみられる。だから歴史的に作られてきたとは考えにくい。加えて、母性本能と言うものがあったからこそ、女は家事・育児という考えがうまれたのではないがとも考える。
※人間の話をしてます……。
・授業の内容の通り、現代の社会では、目に見えない働き、作用から自然にそのような形態、または行動を導いている事柄は多いと思われる。
ジェンダーにおいてもそのひとつであろう。
男性、女性であること自体がそれぞれの役割や社会からの見られ方が暗黙の了解のように確立されてように思える。
むしろそれが当たり前だという意見の人が多いのも事実である。
そのような状況のなかで、ジェンダーにこだわらずに個人が自由に生きるための社会をつくるためにはどうすればいいのであろうか。
今後も興味深くこの関連の事項に注文したい。
・ダイエットの権力による支配の話を聞いて、確かに多くの人(特に女性)が支配されていると思いました。結果はどうであれ「私、ダイエットしたんだー」や、「ダイエット中だから…」と言うだけでも、キレイになろうとしていることを周囲の人に思ってもらえる、といったニュアンスでしょうか。また、これはダイエットだけではなく筋力トレーニングにも通じるものがあると思いました。
・今回の講義を聴いて、自分がジェンダーを過度に意識しているのを実感した。これからは、そういった不必要なジェンダー意識を無くしていきたい。
・母性本能は歴史と共につくられたもので、「本能」とは呼べないとあったが、その通りだと思った。その考えからすると、児童虐待が相次ぐ現代では、「母性本能」という言葉の意味は薄れつつあると思う。
・難しかったのですが少し考え方が変わりました
※どう変わったのか、少しは書いてね。
・今まで、母性本能と呼ばれるものは女性には当たり前のものとしてあると思っていたが、「歴史的につくられたもので本能とは呼べない」という話を聞いてなるほどと納得した。もし本当に本能として母性本能が備わっているならば、近年母親が我が子を虐待したり、殺害してしまうのはおかしいと感じていたので、今回の授業でその疑問が解消された。
・今回の講義で女性の「ダイエット」の意味について取り上げていましたが、これは男性の「筋トレ」と同様の意味だとおもいます。実際に筋肉がつくかどうかの結果など当事者にはあまり意識されずに、ただ「筋トレをしている」という事実が本人のスティタス、まわりの人との話題など社会的な側面において強く働くのではないか、と考えたのですがこの例は文化の政治学といえるでしょうか?
・母性本能が作られたものとして考えられていることに驚いた。
本能とあるくらいだから、人間にもともと備わっているものだと考えていただけに、より一層驚きは大きかった。
投稿者 june : 21:16
第7回
第7回、6/7の講義の概要です。
○権力概念についての補足
・権力の定義はいくつかある。
1)M.ウェーバー:抵抗を排して自己の意志を貫徹することのできる力
2)S.ルークス:
一次元的権力:顕在的争点をめぐって公然たる紛争がなされるとき、そこで行使される力。(実証的観点からすると、権力がもっともはっきりと姿を現すのは、このレベル。)
二次元的:さまざまな潜在的争点が存在するとき、なにを「顕在的争点」として設定するかをめぐる影響力の行使。
三次元的:人々の欲求や認識のあり方そのものを形成し、支配する権力。マスメディアや社会化のプロセスなどの、日常に埋没した形態をとおして発動するため、人称性を持たず、源泉をこれと特定できない。
☆「ダイエット」と権力
・「ダイエット」とは女性の身体をめぐって働く権力の作用の一つ。
「スリムな身体を手にいれなさい。そうすれば、そこから報酬が得られ、さらには今度は自分が権力を行使できますよ。」という呼びかけ=主体化の装置である
注)実際には、「ダイエット」には失敗してもよい。(本人にとってはよくないかも知れないが、権力にとっては、ということ。)「ダイエット」をする=権力にしたがう(be subject to)ことで、「女性」という主体(subject)として承認されることであるから。
・女性の身体をめぐって働いている権力は、直接は目に見えない。しかし、
1)雑誌の広告や記事の「言説」(ことば)として、
2)モデルの写真や服のデザインという「形象」(かたち)として、
わたしたちは目に見えるものとしてとらえることができる。
(もちろん主体の中に残した「痕跡」も)
2 文化の政治学
(2)ジェンダー
・身体(しんたい)についておさらいしておこう。
わたしたちは生物としての体、モノ(物体)としての体を有しているが、実はこの体は生物やモノでもあると同時に文化的なものでもあった。この側面を指して「身体」と呼んだ。身体はその上で自然と文化が交差する特異な場所なのだ。
・またこういうこともいえた。
わたしたちは何かを認識する時に常に/すでに文化的なフィルターを通してものを見ている。それはわたしたち自身の体をとらえる際にも、おこなわれることである。
・性の違い(しばしば体の違いとして認識される)というものも、実は同じように常に/すでに文化的な解釈を通して認識されている。つまりわたしたちが自分たちの性の違いについて知っていることはすべて文化的なフィルターを通して知っているものである。生物学的な違いが存在しないということではなく、生物学的な差異といわれていることも文化的にとらえられたものだということである。この点で例外はない。
・わたしたちが持つ性の違いについてのこうしたとらえかたを、ジェンダー(gender)と呼ぶ。
ジェンダーとは「身体に付与された知」のことだと歴史学者のジョーン・スコットが言うのはこのためである。
・注:身体的差異が消えてしまうわけではない。
そうではなくて、身体的差異には常に文化的に解釈が与えられているということである。さまざまな違いは、こうしたフィルターなしに触れることはできない。そしてこの文化的解釈は、ある程度元の身体的差異に引っぱられるのは確かだが、まったく同一ではありえない。したがって、身体的相違によって一意的に社会における男女の地位や役割が決まると考えることは、不合理である。
・たとえば、女性が母性機能(妊娠、出産、授乳)を持つことは事実であり、これは女性の生物学的な身体特性である。ただし、そこには常に何らかの意味が文化的に付与されており、その意味は多様である。
E.バダンテールは、18世紀前半のパリで生まれた子どものうちの大半(9割近く)は母親の手で育てられず、乳母や里親が育てていたということを明らかにした。里親はほとんど子どもの面倒を見ず、スワドリングといって、布で赤ん坊の身体をぐるぐる巻きにして固定し、壁に掛けて野良仕事にでていた。女性だったら自分の子どもの面倒を見るのが当たり前、母親は子どもがかわいいはず、という「母性本能」と呼ばれるものは歴史的に作られたものだということを彼女は明らかにしたのだ。(「母性本能」という考え方の形成に関与したのは、ジャン‐ジャック・ルソーという男である。)
・もう少し付け加えると、男性と女性の区分についても、実質ではなく差異だけがあるのだということが言える。さらにその区分はある種恣意的でもあるだろう。文化の中にいるわたしたちには必然ととらえられても。ここまでは今まで学んできたことの確認作業にすぎない。
○ジェンダーと権力
・ジェンダーはしたがって、文化的に作り出された社会の中の差異であり、これによってわたしたちは通常「男性」「女性」という二つのグループに分割される。(文化によっては第三の性がある場合もある。)
このとき、次のことが問題になる。(※もっとも、二つはまったく別の問題ではない。)
(1)男性と女性の間の権力関係(個人間、集団間)
(2)女性および男性の周囲にどのような権力関係が働いているか(ダイエット/筋トレの問題はこちらである)
投稿者 june : 17:46
2010年06月01日
5/31の感想
第6回、5/31の講義の感想です。
・権力というとどちらか片方が持っているように感じるが、2つの関係性の中で働くというのはなるほどと思った。それと、ダイエットに権力関係が存在するなどと思っていなかったので驚いた。確かに雑誌等では痩せてるモデルが多いし、女性の価値観に働く無言の権力だと思った。
・権力の概念を理解できて良かったです。普段、意識せずとも、いかに自分が権力に揉まれながら生活しているか気づかされました。
・今日の講義にあった権力の概念の話は、最初よくわかりませんでしたが、教室の例を聞いて理解することができました。
あと、将来公務員になることを考えているので、統計学も勉強したいです。
・権力についての講義を聞いて,「ダイエット」にも権力関係がはたいているという考えは,始めてでした。自分をよく見てもらいたいと思うことは,知らないうちに権力がはたらいていて,さらに権力を得ようとしていることなんだと思いました。座って授業を聞くことにも,権力がはたらいているのは驚きました。こんなにもいろいろなことに権力がはたいているなら,「権力が強い人はえらい」と簡単に言うのは難しいと思いました。
・自分はダイエット経験者ですが、意外にもダイエットしたことがないひとがたくさんいてビックリしました。ダイエットしたことがないと答えた人の中には「食べても太らない体質なんだよね」とか言う人がいると思いますが、この台詞を聞くと世の中なんて不公平なんだと思ってます。
・文化と政治学ということで、政治学に興味があったので楽しみにしていました。
しかし今回扱う政治学は狭義のものではなく、人の間に働く権力についてだと聞き、期待していたものとは異なっていました。
それでも私たちの生活にとても身近な話であるため、こちらにも興味をもちました。
・昨日から政治学に入り、今まで学んできた言語がまだよく理解できていないので焦りました。復習して行きたいです。
ダイエットにおける権力関係の話はとても興味深かったです。
痩せる意味を考えてみても、明確な理由は思いつきませんでした。
確かにマスメディアによって提供される情報が私たちの理想の体型を作りあげているのかもなと思いました。
ということはマスメディアが発達する前はダイエットはなかったのでしょうか?ダイエットといっても命の危機があるから痩せねばならないというものでなく、現在の一般的なダイエットのことです。
マスメディアといっても本(雑誌ではない本)とテレビでは差がありますが、いつごろからダイエットが生まれたのか気になりました。
ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』という本を高校時代に読みたいと思ったのですが、読む時間がなくて読めなかったので夏休みくらいに読みたいなと思いました。
すっかり忘れていたので思い出させてもらえてうれしかったです。
※『狂気の歴史』は分厚いのでたいへんですよ……。
・回帰分析は数学的で大学に入ってまで数学がついてくるとは思っていかなかったので、少し困惑しました。しかし、回帰分析をすることで一つのデータを見ただけではわからない意味が引き出せることを知り、大変おもしろい手法だと思いました。また授業などの普段権力であると意識しないことにも目に見えない権力が働いていることを知り驚きました。
・女性のダイエットに権力論が絡むとは思いませんでした。意外性があり、ためになりました。
・講義の最初に前回のアンケートの結果を見て、男女で身体に対する考え方が大分違うのだと思いました。また、権力に関する話題の時では、確かに歩き方など教わったことが、今も生かされていて、知らないうちに痕跡として残っていることに気づかされました。
・権力は所有するものだと考えていたので今日の授業は驚きでした。確かに選挙権を考えてみても、投票をする行為と当選して議員になるという二つの行為から権力は生まれるんですね。
・今日の講義は前回までと全然違う内容であまりついていけませんでした。
ただ数だけ見ると多い少ないしか目につかないけど数式にすることで過去のデータと比較できるようになるのがおもしろいと思いました。
・権力は所有できるものだと思っていました。
例えば社長でいれば権力を保持できるのではないか、と考えていました。
しかしそれは相手に権力を行使し続けているということだという事がわかりました。
・前の講義でダイエットのアンケートをやった時に、何に使うのかなと疑問に思っていたし、今日の講義の始めの方でも繋がりがよく分からなかったけど、『権力』という話に結びついてとても意外性があって驚いたし、現代文化論は奥が深いと思いました。
確かに考えてみると、『権力』は様々な場面で働いているなあと思いました。先生が言っていた電車の座る席なんていうのも自分でも思いあたる所があったので、自分
の知らない間にも『権力』が存在しているんだと思いました。
・権力なのに見えないものがあるっていうのはなんだか不思議だと思いました。ちなみに、私は、女の人で見た目からしていかにも痩せてるのにも関わらず痩せたいっていってる人にイラっとします。
・はじめは意味が解らなかったけれども、権力行使の話を聞いて全体の意味がわかった。
わたしたちはそれぞれ見えない権力に縛られたり、縛ったりしていて、私たちの周りを調べれば、男女の体重の縛り以外にもっとあるのではないかと思いました。
・今日の現代文化論の講義を受けて自分の周りにも見えない権力が働いていてそれによって役割が決まってくるのだなぁと思いました。
・今日の授業は先々週の授業同様にレベルの高いものでした。しかし、権力のことに関する内容の授業であり、人と権力がどのような関係で社会に存在しているのか実際に自分自身はどうなのかを考えることができるのだと思いとても興味深い内容に感じました。
・文化の政治学は私が学んでみたいと思っていた学問に近いような気がしました。
マクロの視点で権力・支配・排除・差別などの社会学、ミクロの視点で個々の人間にスポットを当てて心理学から研究することができそうだからです。
まだ今日講義が始まったばかりなので、もしかしたら私の予想は外れてしまうかもしれないけれど、楽しみにしています。
・文化の政治論で、政治とは一般的な政治の意味とは違ったので意外に思いました。文化と政治が関連してると言うことを初めて知りました。
・前回アンケートをとってから、それがどのように授業に取り入れられるか楽しみでした。分析や集計で多くの事象が分かりやすく表わせるのだなと思いました。
・見えないところに権力が働いてるとゆう話を聞いて、奥が深いなと思いました。日常生活でも思いあたる点が多々ありました。
・教員と生徒の間にも権力があったということを再認識(?)しました。そう考えると色々なところに権力が潜んでいるのかなと思いました。
・目には見えない、権力の流れそしてその働きというのはとても面白いし興味深いと思いました。
それをより高度化または複雑化させた集合体がある意味「社会」の存在とも言えると思いました。
その点について、その考えが正しいかも含めて今後の授業で深めていきたいと思います。
・権力は小学生の時から何かしらのかたちで体に染み付いているということがわかりました。これを聞き、思った以上に私たちは権力に縛られていたのではないかと思いました。学校制度が少し恐いと感じました。また、権力は非常に広いもので、あらゆる所でさまざまな関係があると思いました。単に軽い気持ちで言った事も、実は権力が強くはたらいているということもあるかもしれないと思いました。
・第二部の内容は自分が興味のあることと関係して面白そうだと思いました。権力に従うか抵抗するかについて、講義を受けるときに関しては従おうと思いました。
・高校野球の監督と言うものは、無理なメニューをやらせたり理不尽に怒鳴ったりして選手に反抗されたとしても「できないならレギュラーにはなれない」の一言で終わらせて、結局選手を掌握してしまうので、その権力は絶大だなと高校時代を振り返りながら思いました。
・講義は難しい内容でしたが、統計の見方やダイエットは女性の身体をめぐって権力が働いているという言葉が自分にはない視点だったので新鮮な感じがしました。
・日常的に存在している権力関係であった電車の具体例が非常に身近でした!
ちょうど今電車に乗っているのですが、周りをみるとそういった関係性や力関係が感じられました。
・私は公務員志望なので、現時点で統計をとるための基本的知識が必要だということを知れてよかった。
・今日の講義では、少し頭が混乱しました。
ノートを見ながら整理したいです。
・「権力」と聞くと、先輩後輩などの上下関係を連想しましたが、隣の席に座ってる人とも権力関係が成り立っていることを意外に思いました。
対等な関係に見えても、実は身の回りの生活は権力であふれているんだなと思いました。
・収集した情報を、どのように数学的操作をしてどの角度で見るかによって別の見方ができるんだなということがわかりました。
でも視点を決めた時点で見方が偏ってしまう危険性もあると思います。
雑誌などの情報も統計だからといってすぐ信じてしまうのは危ないと思いました。
あと女子はそんなにダイエットする必要ないと個人的には思います。
・普段勉強している政治学とは全く違うもので文化における政治学があるということに驚きました。
また、講義中の生徒と先生の関係や、歩き方に至るまで様々な所に権力が働いているんだなぁと思いました。
・統計学の様に、客観的に情報を分析する力は、必要だと思った。
これから学ぶ権力は、一般的な現像として捉えるので、今までの権力のイメージと離れて、考える事ができそうだと思った。
・私は今まで、権力は所有できるものだと思っていた。(新人の意見は聞き入れられないが、上役の意見は聞き入れられるように、階級、役職その他諸々が権力を象徴していると解釈していた。)
・今まで権力に縛られていると感じたことはあまり無かったが、定義から考えれば日常には権力関係が溢れているのだと分かった。権力というと軍隊や上下関係のような圧力のイメージがあったが、そればかりが権力ではないと知った。
・統計で数字を算出したとしても、その数字が意味することを理解し、活用出来なければ統計が無駄になってしまうことが分かった。文系だから理数系はもう使わないと思っていたので少し落ち込んだ。
権力が働く事例が日常生活にあふれていることには驚いた。私は電車通学をしているが、座席に座る位置にも権力が働いているとは今まで考えたこともなかった。
・最初は文化と政治ってなんの関わりがあるのだろうと不思議に思ったのと同時にそれについてもっと知りたいと思いました。
講義を受けてみて、権力は私が普段気付かないだけで、本当は日常的に働いているのだと感じました。
・権力といわれると、悪いイメージした浮かびませんでしたが、歩き方にも権力が関係していると言われて、悪いイメージで小さくまとまっていたものが薄く広いものになりました。新しい見方ができました。
・権力についてあまり考えたことがなかったので興味深かったです。教師→学生の間では確かに権力は発生すると思っていましたが、友達→友達の間にも権力が発生するのは意外でした。
・第1部より分かりやすかったです。体重の理想の高さに驚きました。権力の話で学校に1人必ずいるようなクラスが凍りつくほどこわい先生を思い出しました。権力の象徴のような先生でした
・私の周りの友達もそうですが、痩せていなくちゃいけない!という考え方の子が多いと思います。
やはり雑誌やテレビの影響は大きいなと感じました。
自分が考えている以上に、影響を受けていることに気づかされました。
・今まで、権力ということについて、あまり深く考えていなかったが、今日の講義を聞いて、権力について新しい考えが増えた。
・子供の頃から、意識せずに行ってきた行動も、すべて権力のもとに成り立っているのだと気付くことが出来ました。
・権力で世の中が動いているのですか?
・権力関係というと、常日頃から上下関係があるところに存在するものというイメージがあったので、電車の中などかなり日常的にも存在すると知り、意外な発見だった。
確かに、自分も時々『隣に来ないで』というオーラを出すので、それが権力を出す側になってたと思うと悪いことをしているようで複雑な気分になった。
・文化の政治学ということでダイエットについて.18〜20歳で4割強がダイエット経験者ということを知り驚いた。自分も大学に入り.コンビニばかり利用しているので.人事ではないと感じた。
・権力の定義が、自分の考えているものとは違った。今までは権力とは他者の行動や思考を支配下に置くという意味だと思っていたので、今回の講義でのような意味もあるのだなと感じた。
・自分だけでもダイエットの例のように権力が生じうることに、なるほどと感じた。
親の期待が自分の意志に働きかけて、それが自分自身の行動まで変えていく間に2回、権力の影響があるということでよろしいですね
・統計は将来役に立つので、やっておきたいと思う
・"権力"は行為の間に働く力関係とありましたが、個人で考えるとその人の気持ち、自分自身に対する自信によっても変わるんじゃないかと思いました。
・ダイエットでの男女の考え方の違いや教室での権力のことなどのことを学んだがすこし難しかったです。
・統計によってこんなに様々なことがわかるとは知らなかった。
・先生の授業は言われてみればそうだなあと、思わず納得してしまうことが多くて非常に楽しいです
・今日は統計をやったので、センター試験の直前に少しでも数学UBの点数を上げようと統計をやったことを思い出した。
・先生(主体A)が講義をする(行為α)
私(主体B)がノートをとる(行為β)
このとき、権力が働いていますよね?
と授業中に理解したら、その例が実際に使われたので驚きました
・今日の授業を聞いて統計学を学んでみたいと思った
文化の政治学では権力の定義が聞けてよかった
・数学が絡んでくると、途端に面倒になるなと思った。
・数学はもう一生やらないと思ってましたが統計学はやっておいたほうがいいということで頑張りたいと思いました
・実際の身長と理想の体重についての統計結果に自分の身長を当てはめたところ、自分の現在の体重に一致したので満足感に満たされました。
また、権力ついて自分にはどんな権力を行使できるか考えさせられました。
※この数式はそう使うものじゃないから。
・ダイエットの集計結果を見たときに、女性はともかく、男性が細すぎる!と感じました。
授業内容で男子にはスポーツができてほしいとあったが、私が子供を産んでもきっとそう思うと感じました。
・私も一瞬振り子のフーコーかと思ってしまいました。汗
広義の権力についてはじめて聞くことが多かったのですが、日頃権力だと思わないことも権力と定義されるのだと感じました。
・私はこちらの学類に移る前の学類で1年次に統計の授業を受けたことがありましたが、あまり向いてなかったので、それ以上の応用的な内容を学ぶ事は控えようと思っています。また、今年度と自分が1年の時のデータで計算したところ、どちらも自分の体重が理想体重を下回っていたので良かったです。
また、講義の後半の内容を聞いて、日本人の多くが何らかの権力に振り回され、主体性を失っているのではと思いました。
・今回は、この前のアンケートの結果や、統計的処理が面白かったです。あまり統計ということについて意識しなかったので「あ、この図はこんなことを言っているんだ。」と驚きました。
権力の話も納得できるものでした。学校の例は分かりやすかったです。身近な所にある権力は考えてみるとたくさん例があります。私は大学へ歩いて行く途中、よく自転車に乗った方とすれ違います。その時、私はぶつかるのが怖いので道のどちらかによけますがその時も私と彼らの間の目に見えない権力関係があるのですね。しかし中学や高校の時狭い道を歩いて登校していた時はそこを通る車が私達をよけていたりしました。このように歩行者と自転車、自動車の力関係を考えてみるとそこに働く不思議なものを感じます。
来週も楽しみにしています。
・目で見ることのできない権力の分析の話で、ダイエットの意味の話をしていましたが、Aが女性だとするとBは社会ですか?スリムな身体は社会の目を通して求められていると解釈したのでそう考えたのですが。
・今回の講義は前回までのシニフィエ・シニフィアンや『神話作用』よりは、わかりやすく感じました。普段の何げない行動が、さまざまな形の権力であらわすことができる、という理解で合っているでしょうか?
となると、分析の材料は日常のいろんなところに存在していますよね。
・権力は関係であるというのが面白かったです。
例えば先輩が廊下を通るとき後輩が端に避けると言う上下関係も、「先輩が歩く」ことによって「後輩は退く」という行為を発生させる関係自体が権力であるということですよね
・女性なんだから「女性の方が男性よりスリムな身体規範をもつ」のあたりまえだろ、という考え方をしてしまったために冷静な判断をなくしてしまっていた。この講義を受けて権力とは周囲からの抑圧力と同義ではないか、と僕はおもいます。なぜなら、例えば女性のダイエットでは周りからの目が気になる結果、自分は太っている→やせよう→ダイエットという構図ができるし男性のスポーツできる体にしろ親からの期待などやはり共通して周囲からのプレッシャーが関わってくるな、と思いました。
・前回のダイエットのアンケートで、クロス集計・回帰分析などを用いて様々なことがわかるのだと知り、とても面白く、興味深く思いました。また、講義を聞いて、私が今まで思っていた「権力」と講義の内容の「権力」はイメージがかなり違っていたと感じました。権力は目に見えないので、詳しく考え分析するのは難しいことのように思えますが、そのような難しいという意識を捨て、しっかり考え理解することが大切だと感じました。
・ダイエットに対して、やっぱり女性の方が意識が高く、ダイエットの方法が人それぞれで、また、いろいろと試みているのがわかりました。
また、文化論の授業で政治学や権力を学ぶのは意外でした。
・見えない権力を言葉で説明するのは難しいと感じました。 第一部でやってかた授業が思いだされました。
・大変参考になった。しかし要素要素でわからないことがあったので、次の講義に活かしたい
・権力は所有し、かつ行使するものではないのかと疑問に感じた
・所有できず、目には見えない権力を如何にして見えるものにするか、の考え方に納得しました。
主体Aが発した言葉に主体Bが応えて行動するというのも、その権力の行使の一つなんですね。
・今まで権力について大したことを考えたことはなかったが深く考えることができた。権力というと大きな力のイメージがあったが日常でふつうに働いていたことを実感できた
・権力についての話は、なるほどと思いました。父が厳しい人だったので夜10時以降はお風呂に入ってはいけなかったのですが、今でも10時以降にお風呂に入ると怒られているような気がしたりします。これも父の権力の影響でしょうか。きっと色んな権力に縛られたり縛ったりしながら生きていくんだろうなと思いました。
・わたしは痩せたいと思っていますが、ホケカンなどで見る体型のタイプは標準と出ます。
でも標準だと思えないし、自分より細い人のことを基準に考えてしまいます。
これが権力なんだなと思い、なるほどと思いました。
投稿者 june : 19:07