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2010年07月27日
7/26の感想
最終回でしたので、前期を振り返ってどうだったかの感想をお願いしました。
・半期受けてきて、講義名から想像していた内容とは違ったが、いろいろ学べた授業だったと思う。
内容が難しいこともあったので、ネットにアップしてもらえたのは助かった。何回か感想の送り忘れがあったのが残念だ。
・初めはまだついていけてたのですが、シニフィエなどが出てきたあたりから内容が難しくなってきて、理解できなくなっていきました。もっと本や論文で調べたり、知識を蓄える必要を感じました。
・最初にサウンドスケープをしたときは一体どんな方向に授業が進むのか少しだけ不安に思ったが、全体的に今まで当たり前だと考えていた世界に新しい概念を与えてくれたのが良かった。レポートの書き方もこれから必要になるので今後の大学生活にとってもためになる内容だった。
・文化論ということで、かみ砕きやすい内容かなと思っていたが、堅苦しい内容ですごく理解しがたい内容だった。ただ理解すればおもしろそうな内容だと感じたからブログをみてもう一度ちゃんと理解したい。
・今までレポートの書き方や文化について深く学ぶことが出来ました。ありがとうございました。
・現代文化論の半期の授業を通して一番印象が強かったのは、サウンドスケープでした。音というものを深く考えたことがなかったので、すごく面白かったです。そのあと別の授業でも騒音についての講義があったので役に立ちました。言語や文字、ジェンダーなど普段、これらの言葉を耳にすることはあってもその意味や歴史について考えることはなかったので、勉強になりました。学校、工場では現代と比較して聞いていたので違う部分が多く、楽しかったです。レポートは授業を振り返り、いいものを仕上げたいです。
・この半期の現代文化論では音の聞こえ方から文化とは何かということから始まりました。この授業は難しいという感じを受けていましたが、半期の授業が終わった時とても充実した授業を受けられてよかったなと思っています。制度や階級など分野は違えども一つ一つ関連した授業で分かりやすかったです。後期もこの授業を受けて教養を深めていきたいと思います。
・この半期、いろいろと興味深いことを教えてもらえた気がします。中でもやはり、最初にやったサウンドスケープが印象に残っています。講義が始まるやいなや、いきなり「音を書いて」と言われ、一体どんな講義なんだろう?と思いました。書いた感想の中からいくつかを紹介するという手法も印象的でした。機会があれば、また先生の講義をとってみたいです。今までありがとうございました。
・今日で前期が終わり、見返してみると様々なことを学んできたと思いました。なかなか難しい内容も含まれていて、覚えられなかった部分もあったように思いますが、レポートも教えられたことを参考にすると共に自分の知識にしていけたらなと思いました。
・現代文化論Tの講義を受けてきて、普段の生活で私が見過ごしてきた事柄(言葉による表現や歴史・文化的特徴など)がたくさん講義で紹介されていたので新しい視点を持つことが出来た。今日のスライドにもあったように、「その中」にいる人が自分たちの行動や特徴を認識することは難しいのだと、今季の授業全体を通して感じた。
・半年間授業を受けて、毎回驚きの連続でした。文化と言語の分野は、シニフィアンやシニフィエなど、聞き慣れない言葉が出てきて、少し難しかったですが、理解できるととても楽しかったです。近代の制度の分野では、今まで意識もしていなかった、学校や時間、工場など、身の回りのことを知れて、とても勉強になりました。
・文化について様々な視点から考察できて、自分の視野が広がったと思います。期末レポートには自分の興味のある分野を取り上げ、授業で教わった書き方に沿り考察を深めて作っていきたいと思います。
・現代文化論の講義を通して、これまでよく分からなかった文化というものへの理解が以前より深まったと思う。文化や社会はわたしたちの日常に存在しているものだと感じた。
・この授業を半年間受けて、私たちが使う言葉がどうやって認識されるかを、ソシュールの言語観と関連付けながら考えることができました。また、権力の性質、ジェンダー、階級・階層が文化とどう関わっているかなど、普段はあまり意識しないことについても考える機会を与えてもらいました。レポートの書き方なども含め、論文を書くときのコツなど、ためになる知識もたくさん得ることが出来ました。半年間ありがとうございました。
・最初の授業はサウンドスケープから始まり、食べ比べのレポートという課題が出されたので、「この授業…謎だ!」と思っていた。そして段々授業を受けていくうちにシニフィアンとシニフィエ、恣意性など意味不明な単語が沢山出てきて、更に謎だった。でも2部や3部は、社会科学概論と内容が似ていたり興味がもてたりしたので、とても理解が深まったし、それゆえに気になることや今までの自己流の解釈と違うという発見があった。現代につながる近代社会については、もっと学んでいきたいと思った。後期も楽しみです!
・現代文化論は、初め音をきくところから始まりました。その時点でおもしろそうな授業だなと思っていましたが、その後の言語や権力や階級、制度などの話も興味深いものばかりでした。また、レポートの書き方まで教えていただきためになりました。ありがとうございました。
・今日の講義でゴキブリを大切にしている地域があることを聞いて驚きました。ゴキブリに対する考えも色々あるのだと感じました。 今日の講義で前期の過程が終わり、多くのことを学ぶことができました。最初は、周囲の音を聴くことから始まったので、この講義は何をしていくのか不思議に思っていました。しかし、回を重ねるこどにジェンダーや階級など様々な分野が取り組まれ、とても勉強になりました。後期も頑張りたいです。
・初めは学習したことのひとつひとつが点の状態だったが、7月になってようやくつながった。
抽象的で分かりにくい・分かるまでに時間がかかるのは、今まで考えたことのない切り口からの視点だったからだと思う。
・最初は食べ比べだなんだと楽しみながら授業を受けていたが、あれよあれよという間に授業の中身についていけなくなっていったことが印象的だった。学べば学ぶほど、「知らない」ということを知ってしまい、むしろ分からないことのほうが多くなってしまうのは学問の常なのだろう。とにかく今はたくさん本を読んで、知識のストックを作っていきたいと思った。
・初めてこの講義を受けたときに他の堅苦しい授業とは違うなと感じた。1回目の味比べのレポートも自分自信楽しみながら考えながら作成することが出来たのが印象的だった。私の授業の感想が授業中に公開されて恥ずかしながらもとても嬉しかった。
・現代文化論の講義では、文化圏による捉え方の違い・権力の概念・近代とは何かなど、実に多くのテーマを扱っていたように思う。それらの多くは独特な観点からのアプローチがかけられていたので、非常に興味深く、毎回新鮮な気持ちで授業に臨むことができた。また、レポートの書き方について学ぶ機会もあり、大変有益な情報を得ることができた。実際にレポートを書く際に役立てたい。
・半期終わって、内容を振りかえってみると、中にはまだ理解しきれていない部分もあったことに気づきました。もっとちゃんと復習をしなければならないと思いました。
・レポートのことで悩んでいたので講義に出てアドバイスがもらえて本当に良かったです。数回前の講義から教えていただいていたレポートの書き方や授業の内容で学んだことなど思い出しながら良いレポートにしたいと思います。また、女性の工場労働者の置かれていたその当時の状況がわかり、その当時の女性は我慢強いと思いました。まあ経営者側にも労働者を教育することで経営がよくなるという意識があったことを知り、教育に関する関心は思っていたより古くからあったのだと驚きました。
・この半期を振り替えって、文化についての見方が変わったと思う。文化は近代も現代も私たちを取り巻くさまざまなものに影響していると思った。
・今まで文化のことについて興味・関心が少なかったですが、この講義を通じて興味・関心がつきました。
・講義を通して、レポートの書き方や考え方を学ぶことができました。
内容は難しく理解するのに時間がかかることが多かったです。
・前半は意味がわからなかったけど後半は面白かった。文化をみつめるときには比較が不可欠だとわかった。
・世の中における文化、とりわけ言語の持つ力についての話が印象深かったです。
また、ここ最近やった近代の学校の制度も興味深い内容でした。レポートでは学校の特徴的な制度である給食について書きたいです(仮)。
・7月26日をもって前期の現代文化論の講義が終了しました。授業を聞いていくうちに、今まで自分が考えていた文化とはまた違う形の文化を知ることができました。また、後半の授業で取り上げられた近代のことについては高校の時に習った近代とはまた違う一面を見ることができ、いつも驚きの連続でした。とても楽しく、発見の沢山あった授業でした。レポートの提出がまだなのでしっかり提出したいと思います。ありがとうございました。
・今までとは違う目線から物事を見るということを学んだ。新たな視点を得ることが出来たと思う。
・黄金虫は名前の通りの虫だと思っていたので、驚きだった。半年の間に様々なことを学習したが、当たり前に思っていたことが少し前まではそうでなかったという話も講義の中で多々あった。おかげで、今までとは少し違った視点で見ることができるようになった気がします。ありがとうございました。
・現代文化論の講義は、とても内容が充実していたので、受けてよかったと思いました。難しい内容も、先生の説明がとてもわかりやすく、深く理解することが出来ました。私は特に、最初の方のサウンドスケープがとても印象に残っています。「なんで文化についての授業で音を聞くんだろう?」と、最初は疑問に思いましたが、それが文化に深く関わることを知り、面白く感じました。後半も、文化を様々な視点から学習し、自分にとってとてもためになりました。また、レポートの書き方や勉強法、内容がわからなくなった時の対処法など、重要な知識も学べて、本当にこの講義を受けて良かったと感じました。
・文化というものを単純に考えていたのですが、授業ですごく幅広くて深いものだと思いました。難しい内容もあったけどこういう視点もあるのかと新たな考え方を身につけられた気がします。
・一年生のうちにとっておくべき講義だったなぁ、と思いました。
レポートの書き方などは特に大学入ってすぐに知っておくべきだったと思います。ただ、3年生になった今、復習と確認という意味ですごくいい復習になったのでよかったです。
・文化論の講義は難しい内容が多くついていくだけでも大変だった。だけどレポートのやり方などとても参考になることが多かった。自分にはまだまだストックが無いのでこれから作っていこうと思った。
・文化論って正直意味分からなくて興味持ったんで受けてみてこういう類のものなんだと思いました。
感想を送るのが毎回出来なかったのでそこは反省したいところです
・前期分の授業が終わってしまいましたが、私はこの授業で今までと違う側面から世の中を見れてよかったです。最終回のお話を聞いて、今までの講義内容が○○学というような関連分野とつながっていておもしろいなと思いました。後期も文化論をとる予定なので、より深めていきたいです。レポートのほうも書きかた講座を生かして仕上げたいです。ありがとうございました。
・難しくてあまり理解できない内容もありましたが、初めて知ることばかりでとても勉強になりました。
・これまで講義を受けてみて、私は文化の政治学の分野が一番興味深かったです。高校で学んだ政治学とは違う側面を知ることができてとても面白かったです。ですが、それ以外の分野では理解するのが難しい所が度々あり苦労しました。
また、講義の中でレポートの書き方を学び、自分の書いたレポートの悪い点を知ることができたので今後のためになりました。
・シニフィアンとシニフィエの関係の講義の時は、理解することが難しくて苦戦しました。しかし、学校の制度の講義の時は、礼法や教室にも権力が働いていることに、とても関心を持てました。特に小学校でさんざん注意された礼法に権力が働いているということは、少しショックでした。レポートもしっかり書こうと思います。
・この文化論で、私が大学で学んでみたかったことを学べて良かった。また、新たにいろんな視点で物事を見るということを出来るようになったので良かった。
・前期ではサウンドスケープから近代以降の諸制度についてなど様々な側面から文化について学ぶことができました。また、レポートの書き方も教えていただいたりと、とても為になる授業でした。ありがとうございました。
投稿者 amiqing : 00:31
2010年07月26日
最終回
最終回、7/26の講義概要です。「まとめ」部分は含んでいません。
(3)近代の工場制度(承前)
○企業内教育とジェンダー・ギャップ
・明治・大正期労働者の教育水準
工場には学校制度の階梯を上れないものが多く集まる。(上の学校へ行く経済的余裕がない or 学校へ行くより食い扶持を稼げ、という階層規範)。実際、工場労働者の教育水準は低い(1897年の紡績工場の非識字率のデータ)。
「家のことをするために、朝学校へ行ってもすぐ呼び戻された」「学校へ赤ん坊の弟をおぶっていった」という証言もある(農村出身で工場労働に長年従事していた女性、1920年代生まれ)。赤ん坊が泣いたりすると、そのまま教室にいることはできなかっただろう。就学率=通学率ではないし、通学していても十分学べたわけではなかった。
1903年の紡績工場の調査でも、まったく教育を受けていない労働者が男性30%、女性は40%、という結果が出ている。1924年の「労働統計実地調査」でも、義務教育を終えた女性工場労働者は3分の2程度。
・このことは社会的にも問題視されていた。
「教育水準の向上は、一般的なふるまいと労働能率の両方を改善させる」が、「多くの製糸労働者が貧困のために教育を受けていない」。(『信濃毎日新聞』、1913年)
※長野県では佐久地方や諏訪などで製糸業が盛ん。
学校をまだ卒業しないうちから工場で働く子どももいた。兄弟の教育費捻出のために、学齢期の女の子が年季奉公に出されることもあった。
・繊維業には若い女性が多く雇用されてきた。
⇔女性の産業教育システムがない
繊維業では、ほとんどの新入り工は、経験のある労働者について仕事を学ぶ。(場合によっては、姉や母親がその役割を果たす。)会社が訓練制度を整えていることはきわめてまれ。
東洋紡の職業訓練プログラムでも、職業学校は主に男性技術職向けのもので、女性の場合対象となるのは、事務職か看護師に限られていた(同社社史より)。
郡是製糸・波多野鶴吉社長:「良き糸は、よき工女が作るものなり。故に精良なる糸を製出せんとする点より考ふるも工女の教育は大切なりと思ふ。」(グンゼ社史より)
ただし、こうした大企業以外では、企業内訓練制度も整備されていない。
○生活のための教育
・ところが、女性労働者に関しては、職業に必要な技能よりも重視されてきたものがある。
それが、寄宿舎を基盤とする生活の場での「教養教育」である。(8割以上で実施。)
1)「読み書きそろばん」的な基礎的リテラシー ← 義務教育の代替
2)礼儀作法、裁縫、生け花など ← いわゆる「花嫁教育」
若い未婚女性が生活する場である寄宿舎では、舎監による生活の管理とともに、「家政」のための知識/技術の伝授を行おうとした。12時間工場で働いて、さらに2時間こうした教育の時間があることも。
・目的
基本は、良質の労働力が持つべき規律の確立。そのほか、「風紀紊乱」を防ぐため等(社会の側からの要請でもある)。
ただし、出身階層である農家や現在所属する労働者階級の女性の生活と密着した内容のものが、教育内容として与えられていたかどうかは不明。
☆結局、「無学だがそれゆえに従順で、辛抱強い」という労働者観から出発して、経営者たちは、「日本人女性としてふさわしい」と彼らが考える教養や行動様式を、女性労働者に与えようと努めたのである。
だがそれは経営者層が属している階層のジェンダー規範に裏打ちされたものであった。職業上の訓練ではなく、中産階級的な「家庭」の中で必要とされる教養を与えることで、女性の仕事を女性のライフサイクルの中でとらえるという20世紀の労働市場に特徴的な視点が、この段階ですでに制度化されていたことに注目すべきだろう。
○参考文献
・ジャネット・ハンター、『日本の工業化と女性労働』、阿部武司・谷本雅之監訳、有斐閣、2008年。
投稿者 june : 17:32
2010年07月13日
註の付け方
講義中にも一部紹介しましたが、参考文献の註記の入れ方について、代表的な方式を述べておきます。
註は通常、本文中に上付文字または下付文字で番号を挿入し、ページ下ないしは文章末に、該当する註記を記述する(原稿用紙によっては、脚註のスペースがあらかじめ設けられているものもある)。ただし、文献・資料名等を入れるだけの時は、本文中に括弧書きで挿入してもよい。もちろん、引用が多くて煩雑な場合は、文章末にまわす方がよい。
文献等の註記の場合は、次のような書式を用いる。なお、文章や図表を引用する場合は必ずページ数を入れる。
・書籍の場合
佐藤俊樹、『不平等社会日本』、中央公論社、2000年、135頁。
(著者名+書籍名+出版社+発行年+ページ。「頁」は「ページ」と読みます。以前読めない人続出だったので。「項」とか「貢」とか書かないように。)
・雑誌論文の場合
加藤秀一、「フェミニズムを古びさせるのは誰か?」、『大航海』No.39、2001年。
(著者名+論文名+雑誌名+巻号+発行年、必要ならページも。)
・書籍収録の論文の場合
若桑みどり、「都市における視線の支配」、井上俊ほか編、『文学と芸術の社会学』、岩波書店、1996年。
(著者名+論文名+書籍の編著者名+書籍名+出版社+発行年、必要ならページも。)
自分でいくつか論文を実際に読んでみれば、実際にはどのように註がつけられているかわかるはず。『行政社会論集』などを見ておくように。
投稿者 june : 02:05
7/12の感想
7/12の講義の感想です。
・現在の労働時間は季節に限らず一律であるが明治の頃の労働時間は季節によって変わったり遅刻しても良いということで今よりも決まりが甘いなぁと思いました。昔の場合、身分の違いも関わってくると思うので時間の使い方がそうなってくるのかなと考えた。
※今日の説明で、「甘い」という方向へ発想が向かうのはちょっと。
・昔は遅刻をすることも権力が関係していると聞き興味深かったです。時計を意識してなかったということは今のように働いて時給という考えがなかったのでしょうか?
※なんかちょっと誤解がありそうな気もしますが、「労働時間」というような観点はないでしょうね。
・工場が時代が経つにつれて2つの時間について考え方が変わり、規則が変わっていることが時間概念が定着したんだなと思った。また、官公庁の労働時間はうらやましいと思った。
・レポートの返却があったが、自分はあまり書き方がよくなかったので、期末レポートでは挽回したい。
・不定時制から定時制へと変化するときには必ずと言ってもいいくらいに従業員たちの混乱が発生したと思うので、時計の読みかたから教育しなければならないと思うと、それまで当たり前だった考え方をひっくり返すことで当初は遅刻の罰則などでむしろ効率が下がったのでは、と思った
・身分制度というものは、本当に恐ろしいものだと思った。明治8年?の官営工場の時間規定は、自分は厳しすぎると思った。しかし、その頃の人々からすれば当たり前なので、何とも思っていなかったと思う。もし自分もその頃に生まれていたら、今とはまったく違う価値観を持った人間になっていたかもしれない。そう思うとぞっとした。
・明治初期の工場の時間規則はかなり厳しかったようだ。しかし、後になって緩くなっている。やはり規則を馴染ませるにはあまり厳しすぎてはならないと思った。
・近代の労働時間はとても厳しいことが分かった。特に、作業開始の一時間前にはいなければならないというのは、今では考えられないと思う。
・時間観念の定着について学び、明治時代は遅刻の規定が厳しいと思った。私はほとんど遅刻をしたことはないが、遅刻をすると周りの人からの信用を無くすと思う。労働者が自分自身のメリットのために時間観念を定着させたのと同様に、現代の私たちは信頼を得るメリットのために、今一度時間観念を定着するべきだと思った。
・レポートにコメントをつけてくれたことは初めてなので今後に生かしていきたいです。
・制度が変わるときに前の時代の制度を引き継いでいるということが明治の工場の例を見てよくわかった。制度が変わるには時間がかかるんだなと思った。そう考えると、今、日本を変えようと頑張っている政治家達にも時間を与えないといけないと思う。それにしても昔の官公庁の労働時間は短かったんだなと思ってびっくりした。
・なんかあれこれ訂正や指摘されるより、「結局近代とは何か。」と一言いわれる方がグサッと来ますね。 確かに読み直すとイマイチな文章でした(独自性も足らなかった)。ただ、バブル景気以前と崩壊後はどうしても違う時代にしか見えません。前に「俺が産まれる以前が近代」と言った人の話がありましたが、自分としては共感できる意見でした(自分はバブルが崩壊した91年生まれ)。もしかしたら前半の明治維新が境目云々の文章が、自分の考える近代とは何かを不明確にする、余計なものだったかも知れません。
・わたしは段落分けをしなかったので、今度からは気をつけようと思いました。レポートの書き方が全く分からない状態なのでこのようなレポートに関しての講義はとても嬉しいです。
・時間にそって行動することは今や当たり前となっていますが、それがいつから始まったか、時計が普及していないときはどうだったかなど、今まで考えもしなかったことを知れて面白かったです。
・レポートの注意点が3分の1くらい自分に当てはまっていたので、次のレポートを書くときは気をつけたい。
・工場の時間の規律もディシプリン権力が関わっていたことを知った。当たり前のことに権力が隠れているということは、他の現象?にも言えることなのかな、と考えた。
・時間感覚というと、人間に特にきっかけなくに身に付いてきたもののように思っていたので今日の講義は興味深かったです。
・先生でさえメモに構成を書き出してからレポートを作っているのに、直接パソコンに打ち込みながら構成を練る私のレポートは軟弱な文になっているんだろうなと感じた。
・公務員の労働時間は短くて工場労働とは随分違うと感じた。遅刻に関しては厳しかったと思った。
・レポートの返却がありましたが、自分のものがまだまだだということを痛感しました。ただ、バナナの話はとてもおもしろいと思いました。
・労働者にとっての遅刻が、給料を減らされたりするのに対して、権力者はそうした措置がとられないことは不公平に感じた。
・近代の学校制度にも興味を持ちましたが、工場制度にも興味を持ちました。やはり時間は生活する上で必要不可欠ですね。労働者が仕事をする前に待機させられるという話には特に驚きました。時間感覚が身についているか身についていないかで、人間の生活は大きく変化すると思いました。
・レポートの内容が自分でも納得いかない部分があったので、期末レポートは文献も使って中身のあるものに仕上げたい。今日の内容について思ったのは、人の感覚というのも周囲の環境によって左右され、自らもまた左右する側になるのだと考えた。労働も一種の団体行動であるから、周りに遅れをとると罰せられるのだと思った。
・今日の授業でレポートを書くにあたってもう一度、考えなくてはいけないと思った。最後のレポートでは、その点に留意していこうと思った。普段の授業でこんなに丁寧にレポートについてはやらないので助かります。
※でないと、形にならないものばかり読まされるので、苦痛なのです。そしてこれだけやっても、まだ苦痛は多いという過去の経緯。
・今日の講義で自分のレポートはまだまだであることが分かりました。今までのことを踏まえて、レポート作りに励みたいです。また、今回の授業で明治辺りの時間観念は厳しいと思いました。身分差を示すといっても、1時間も前に集めるのはやり過ぎだと思います。
・今日の授業では近代以降人々がどのようにして時間を感じていったのかということを知ることができました。私は小学生のころにバス通いだったのですがその時は時計を持っていなかったので、自分たちの歩くスピードと感覚で時間を感じていました。ちなみにバスに乗り遅れたことはありませんでした。近代以前の時計の無かった人や近代にはいっても時計を持てなかった人もそのように定められた時間を感じていたのでしょうか
・昔の官営工場が一時間前集合だったということは初めて知りました。時計があらゆるところにある現在は時間を知って時間を守ろうという意識が植え付けられているので、昔はそうではなかったということは想像できないと思いました。
・工場の時間制度について、不定時法への配慮がなされていたり、企業時刻後15分までは入場を許すなどの配慮があったことで労働者はしだいに時間感覚を身につけていったことがわかりました。今日の授業も面白かったです。
・時計がない時代でも、鐘や汽笛によって時間を守っていたことから時間感覚が身についていったとわかりました。いずれにせよ、時間感覚は家庭、学校、職場それぞれ違いますし、新しい環境になればそれだけ自分の身に定着させる必要があります。わたし自身も大学ではもちろん高校とは違う時間感覚になったので、慣れるまで大変でした。実際、先週の見なし月曜日は、金曜日なのにという感覚が強くて、調子がくるってしまいました。
・近代における学校制度や工場制度から、近代頃から時間に終われ、また型に当てはめられた生活になっていると思います。
・今回は、近代の工場制度についての講義でしたが、徐々に時間の感覚が定着していくことに学校における時間の教育が似ているなと思いました。労働者の持つ不定時法と工場側の持つ定時法がうまく溶け込んでだんだんと時間を守ることができていく過程に感心しました。また、今回はレポートが返却されましたが、出題のテーマと書いた内容がずれてしまっているとのご指摘ありがとうございました。自分ではこのような書き方でいいと思っていましたが、確かにもっと問いに慎重になって書くべきだったと思います。8月提出のレポートでは「レポートの書き方講座」や今回のレポート反省を生かしたものを書くことができるように頑張ります。講義も残すところあと1回ですが、最終回も楽しみにしています。
・「時間」観念の話を聞いて日本人は時間に縛られている部分があると感じましたが、時間感覚を身につけることによって労働者にもメリットが生まれるなどプラスになる部分もあってなるほどと思いました。あとレポートはWikipediaを参考にした部分がいっぱいあったのでこれからはちゃんと自分の言葉で書かないとなあと思いました。あと日本史もあやふやで…泣あとコメントの「馬から落馬」的なとはどういう意味ですか!?
※わかんないのか(笑) 「頭痛が痛い」はどうですか。
・レポートの悪かった所を見直して、次回もっといいレポートを書けるようにしたい。時計などが普及する前は分刻みで時間を知ることが出来ず、集合の時間もアバウトだったと思った。今は時計も普及し、時間に制限されながら生活していると感じた。
・労働者が時間感覚を身につけたのは自分のメリットの為で、それが階級の身分関係を契約関係にした要因にもなったところに驚いた。契約関係は、結果として使用者側に操られてるといえるからだ。近代の使用者は契約という権力を行使したんだなと感じた。
・明治初期には、労働者が一時間前に出勤していたというのは驚きであった。当時、身分というものがいかに人々を支配していたのかを考えさせられた。
・高校の時は教室に時計がなかったので自分で時間を管理しなければならなかったが、それも時間観念を定着させる方法の一つかな、と思った。
・今回のレポートで、悪い特徴を自分ももっていた気がしたので次回はきをつけていきたい。
・労働者の時間感覚がきちんとなりたつことで、仕事の合理化が成立し、無駄に早く出勤させることがなくなった。現代の私達には想像しがたいが、時間感覚が低かった時代において、これは非常に革新的なことなんだなぁと、少し感動しました。
・ ヨーロッパの工場のほうが時間にルーズというのは、日本と時間感覚が違うからなのだと思った。ということは日本の方が時間にも、身分関係にも厳しく、権力が強く働いているからなのではないかと思った。
・労働者が時間感覚を身につけたのは自分のメリットの為で、それが階級の身分関係を契約関係にした要因にもなったところに驚いた。契約関係は、結果として使用者側に操られてるといえるからだ。近代の使用者は契約という権力を行使したんだなと感じた。
・明治8年は、労働者は不定時方なのに対し、工場側は定時方であるのは、様々な場面で不都合が起こり、大変だったのだろうなと感じた。また、明治5年の官公庁の労働時間が4時間、のちに増えても6時間ということにとても驚いた。自分は土日にバイトをしているのだが、休日ということもあり、1日に10時間以上働いている。現在は学生でもこれだけの時間を働くことがあるため、昔の人は少なからず優雅な生活を送っていたんだなと思った。
・講義で聞いた、バナナの価格で近代がいかなるものかを論じるのはすごいとおもったし、私も読んでみたいと興味を持ちました。しかしそれも、近代はいろんな意味で発達を遂げた時代ということに関連しているのは間違いないとおもいました。講義をうけて、きっと今回の課題では似たようなレポートが沢山あるのだろうと感じました。また、時間感覚についてですが、その感覚が身についていてよかったとおもいました。というのは、その感覚があったからこそ、私たちには規則ができ、決まった環境のなかで束縛されつつも、 いいかえれば保護されながら安心して生きていられるのだと感じたからです。しかし、もし時間感覚がなければ、野性動物に近い生活をまだしていたかもしれないとおもうと、それも経験してみたいとおもいました。
・明治初期の官営工場では労働者は1時間前から集められており、そこには「官」と「民」の身分差が表れているという話がありました。私はこの関係は現代の野球部の先輩後輩と似ていると思いました。後輩はやるべきことが無くても、絶対的に先輩よりは早く来ていなければならないのです。
・月5の現代文化論Iのレポート課題のことについてお聞きしたいことがあったのでメールしました。思想についてまとめたいと思うのですが、これは今回の「制度」として取り上げるレポートにふさわしいテーマですか。
・期末レポートのテーマに、服飾について取り上げたいと思っています。その中でも特に履物や髪飾りなどについて調べていきたいのですが、「制度」にこのテーマが当てはまるか心配です。装身具や履物をテーマにしても大丈夫でしょうか?
投稿者 amiqing : 00:18
2010年07月12日
第13回
第13回、7/12の講義の概要です。
○小レポート講評
悪い方の特徴をまとめてみました。
(1)「定義」が長い。
序論部分が長くなりすぎて、全体のバランスが崩れている人が多い。
(2)段落分けができていない。
段落分けや小見出しをつけることで、文章の論理的な構成を視覚化することができる。読み手にとってもわかりやすくなるが、自分で書いていても、見通しができるようになる。
(3)論理的な飛躍が大きい。
事実の羅列からいきなりまとめに飛ぶ、など。
(4)基本的な事実や、歴史認識の誤り。
(5)「ウィキ臭」が強すぎる人が多い。
切り貼りするのは論外。
3 社会制度と文化
(3)「工場」という制度
○工場の時間
・日本でも農村マニュファクチュアなどが江戸期より展開
賃金労働はすでにこの頃より始まっている。農業労働(たとえば県北では、養蚕関係の賃金労働者が多数いた)や手工業が中心。
こうした場所では、農業労働における「一労働日」(夜明けから日暮れまで、明け六つから暮れ六つまで、およそ11〜16時間)で労働時間が計られた。
このほか、藩直営の工場などもいくつかある。そこではまた別種の時間感覚がある。
・明治初期の官営工場の時間観念
民衆=労働者は未だに不定時法の世界に生きているが、工場は定時法で動く。
1875(明治8)年の海軍兵器局工房定規(ていき)
「一 毎朝起業定剋五分前の半鐘にて各担負せしところの工房へ纂り起業の合図にて速に作業可相始事
一 各職工作業時間の儀、春分より秋分迄は午前七時三十分より午後五時迄、秋分より春分迄は七時三十分より午後四時迄に相定候事
(中略)
一 各職工午前六時三十分より遅刻致し候ものは当日賃金の内時間の割合を以つて減渡申付べき事。但七時後出頭の者は当日使用致さざるべし」
作業の五分前の鐘が合図になっているが、労働者が工場に集まるのは、始業1時間前の六時半であった。これをすぎると遅刻として減給される。現在の感覚で考えれば、5分前に準備ができていればよさそうだが、1時間前に来るように命じられている。誰が当日勤務に来ているかを確認するのに、少しばかり時間がかかるとはいえ、これは「官」の工場で、管理に迷惑をかけないよう、労働者は早く来て待つのが当然という身分関係を前提としていると考えられる。また、不定時法と定時法では、定時法が優位にあるということでもある。
当時、いくつかの時計台が東京にあり、定時法に基づいて時を知らせる鐘もなっていたが(つまり歩いて工場に通える範囲では、時刻はおおよそわかる)、分刻みの時間体系に労働者をいきなり取り込むことはまだできていない。それを前提に、2つの時間が重なり合う場において円滑に工場を運営するために、このように下位の者に「待たせる」という方策が採られていた。
これに対して、ヨーロッパの工場の運営スタイルを引き継いでいる別の工場では、罰則はあるが3回までの遅刻は許容する規則になっている。(4回目からは1日分の給料が引かれる。)
※なお、この時代の工場は蒸気機関を動力としており、始業時刻前からボイラーをたいて、蒸気圧が十分な圧力に達した直後に仕事を始めるのが、燃料を無駄にしない効率的なやり方であった。したがって、労働者もボイラーに合わせていっせいに作業を開始するのが、理にかなっていたといえる。(だから遅刻は工場にとってきわめてよろしくないわけだ。)
・10年ほど後になると、季節ごとの時刻の変動(ある意味、不定時法への配慮)が残るものの、朝の待ち時間はなくなる。起業時刻が定められ、それ以前に集合し、作業開始の準備を整えるのはそれまでと同じだが、「起業時刻後十五分時間迄は入場を許す。」となっている(罰則あり)。ヨーロッパ式の工場との合併の影響か。
さらあとには、15分したら敷地への入り口を閉鎖するようになった。閉鎖して人を入れなくても、工場が運用可能であった、つまり遅刻者が減ったことを意味する。
○時間観念の定着
・こうした規則の変遷の中に、労働者側での時刻認識の深化が見られる。
労働者の家には時計はなかったと思われるが、時報の鐘と始業時間15分前の汽笛(ボイラーがあったのでお手のもの)で、遅刻しないよう促すことが可能になっていた。「店屋をのぞくと時計があるので時間が分かる」というようなこともあったらしい。おおよそ15分程度で行動を律する感覚は身についていたと思われる。
・労働者はなぜ時間感覚を身につけたか
もちろん罰則や工場の日常作業における規律化(ディシプリン権力の働き)によるものだが、時間感覚を身につけることで、労働者自身も無駄に朝待機しなくてよくなる。これは一方的に長時間の待機を要求されるような、身分差が前提の労使関係から、定められた労働開始時刻を守ればよいという、合理的な契約関係への移行の準備を意味する。(資本主義的労働者の誕生。)もちろん工場だけでなく、学校でこうした時間規律を身につけるようになれば、社会的な訓練コストはさらに下がる。「学校が労働者を作る」というのは、このようなことを意味するのである。
☆参考:官公庁の労働時間
・明治5年の海軍省造船局の届書
「局中館員出勤時限来六月一日より左の通
出勤 朝第八字 退出 昼第一二字」
もちろん繁忙期には「残業」もあるが、労働時間は4時間。(工場は10時間)少し後で午前9時から午後3時までの6時間。これは要するに、武士の勤務時間である。
明治期の銀行員なども、このぐらいの勤務時間であることがあった。ある日記によると、4時には人力車で家に戻って、洋服を着替え、長唄の稽古などに出かけている。
・なお、実際の労働時間は、いわゆる残業に相当するもの(場合によっては深夜や、徹夜なども)もあり、より複雑。またここで紹介した都市型の工場のほか、農村に立地した工場もあり、そこでは農村の労働時間(不定時に近い)が適用されていたこともある。(富岡製糸工場など)
投稿者 june : 21:01
2010年07月09日
7/9の感想
第12回、7/9の講義の感想です。
・私自身、義務教育を受けていた頃、遅刻をした事はありませんでした。当時は遅刻は良くない事だと考えていましたが、現在ではそれは違うと思っています。「遅刻」「時間厳守」という概念は権力・体制側が一方的に押し付けたものであるため、〈時間を守れない=悪〉という考え方には疑問を感じます。また、権力・体制側の人間は、いわゆる「遅刻」をしても不問にされてるのではないでしょうか。そこに道徳的価値観のいかがわしさを感じます。
・昔の職員室の時計が30分から1時間30も遅れていることをしり、驚いた。また、時計がないのに時間厳守とかいわれたらいやだなと思いました。
・今日もレポートの書き方について学んだ。情報のストックを作ることが重要だということなので、自分もパソコンを使って作ってみたい学校の話しでは、今の時代はとても恵まれてるなと感じた昔は裕福な家庭しか高校、大学に進学できなかったそうだせっかく大学に通えているのだからしっかりと勉強したい。
・学校化に抵抗する親が多くいたというのは、今の感覚からすると意外だった。(今でも学校に噛み付くアレな親はいるが)レポートに関してですが、「参考文献が必要だからといって〜」という話で、その人は何をしたから没になったのか、そこが聞き取れませんでした。あと、レポートの提出は具体的にいつなのでしょうか。
※参考文献の抜き書きだけでレポートを作成した、です。
・学校という制度が始まってすぐの頃は、学校への就学率は意外と低いと思った。正直、もう少し高いと思っていた。
・教育の場は、学校だけではなかったのだと知った。確かに昔の人にとっては、学力よりも、生きるための知恵のほうがもっと大切だったのだと改めて感じた。今、学校に行くことが当たり前になりすぎて以前に学校化への人々の抵抗があったことに驚いた。
・卒論を書く際に、Googleでのニュース配信やEvernoteといった媒体を使うことによって、より中身の濃い論文になると思うので、これから卒論のテーマを考えるにあたって参考にしたいと思った。
※それは卒論のテーマによりますので。
・学校というものがちゃんと制度化されたのは、思っていたよりも最近なんだと知り、驚いた。校長先生の言い訳は、本当にひどいものだと思った。
・近代の日本の学校において、すでに時間の概念が重要だったということを知った。
・学校は自由(階級制の廃止)により機能するようだが、他にはそれによって機能するものがあるのか調べてみようと思う。
・実質的就学率と通学率の違いがイマイチわからなかった。最初に身につけるものが時間だったという話で、言われてみれば小学校に入るまで時間を意識しなかったと思う。今では親は子どもが学校に行ってくれると安心だけど、それは家業を継いだりすることがないからだろうなと思った。親と同じ仕事をして生きていくならば外部の教育は確かにいらないようにも思える。自分はあまり遅刻しないけど、遅刻の誕生という本は気になったので借りて読んでみようと思った。
・ノートの取り方を変えてみました(なんとか大学式ノート)授業に集中できました
※コーネル大式は、講義が終わってからの復習時に、特色が活かされるものですよ。
・時間厳守を指導しようと思ったら、時間を知らせる職業はけっこう重要な存在であると思いました。時計がない生活は想像できませんが、時計を見ない方が時間が早く進むように感じます。
・レポートの書き方で、今後にいかしていきたい情報がたくさんありました。パソコンのやつは便利で使ってみたいと思いましたが、難しそうでもありました。
・学校階層により新たな社会構造が固定されるならば、学校に通うことの出来ない貧農層や都市雑業層と、通うことの出来る富農層などとの間で格差が生じてしまうことは明らかだと思った。
・ストックをするために便利なツールがあることを知り、使ってみたくなりました。また、学校のおかげで時間厳守という考えを身につけられたということが分かり、ある意味強制的な学校化の側面もありますが、このことが今私に身についていて良かったなあと感謝しています。
・近代の学校では先生より子どもの方がちゃんと時間を守るということに驚きました。
・情報を様々な方法でストックしておくとレポートを書きやすくなるだろうと思った。
・レポートの情報のストックはやり方を参考にしてやってみたいと思いました。また、昔の学校では先生の方が遅刻するような時間の使い方をしていたということが驚きでした。
・情報のストックを作るために早速Googleアラートを設定してみました。これからどんどん増やしていって情報をストックしていこうとおもいます。
・学校が時間で縛られているのは「時計」だけではなく「時間割」もあると思う。しかし、昔から時間で縛られていた事により今の日本人に時間厳守の考えが根付いたと思う。外国では交通機関でさえ時間を守らない。また、学校制度に抵抗した人もいたと思うが、今これだけ学校制度が定着していると考えると学校制度の存在は大きいものだったんだと思う。
※時間割の話、してたけど……。
・近代は自由の始まりの象徴だと思うので、そのために階級制が生まれてしまったのは皮肉だなと感じた。
・小学生徒心得の「毎日参校は受業時限十分前タルベシ」で気になったのだが、『授業』ではなく『受業』となっているのは、当時のその生徒心得でそう表記されていたのだろうか。それとも誤植だろうか。
・今日の講義でGoogleの機能は改めてすごいと感じました。また、学校は開始当初、人が全然集まらなく、裁縫などを取り入れて人を呼ぶ工夫をしていたことに驚きました。
※そこで「人が」と言っちゃだめです。女子の通学率向上の話をしていたところですから。
・時間厳守の考え方が日本に定着したのは時期は戦後なのかそれ以前なのか。また定着するきっかけがなにかあったのかと感じた
・学校の時間観念のお話を聞いて、自分の中学時代を思い出しました。私の中学校はチャイムが無く自ら授業開始3分前に座るという「3分前着席」というものでした。これを中学3年間続けたことで、今でも3分前行動が身についています。学校での時間厳守は、それからの日常生活での行動にも繋がるので、大事なことだと思いました。
※主体に内面化するしくみがあったわけですね。
・学校での時間管理について聞いて、すごく興味がわいたので、時間があったら「遅刻の誕生」を全部読みたいと思いました。
・近代日本での学校化は、全ての国民に好意的に受け入れられていたものと考えていたが、そうではなかったことを知った。手に職をつけるというのは、現代でも仕事をするにあたって重要なスキルの一つであり、都市雑業層の人々が言うことも一理あるように感じた。
・EVERNOTEはとても便利だと思った。わたしも一度レポートに使ったサイトなどはブックマークしているが、トップページをブックマークしておくとどのページを使って書いたのか忘れてしまって見直せなくなることがある。また、総合的にニュースを扱うサイトでも記事別ならどこに何があるのか簡単にみわけられるようになるのは、本当に便利だと思うので、ぜひ情報のストックを始めてみようと思った。
・今回の授業で情報のストックの仕方がわかりました。今まで情報のストックがほぼなく、フローばかりだったので味のないレポートしか書けないことを悩んでいたので、今回の授業の内容はとても参考になりました。
・ 私には情報の「ストック」がまだまだ少ないと思うので、授業のことを参考にし、ストックを増やしていきたい。そしてそれを上手くレポートに使いたいと思う。今回の授業では学校制度の中に時間という観念を取り入れたという内容だったが、その他にも学校に取り入れられた制度はさまざまあると思う。
投稿者 june : 19:09
第11回・第12回の参考文献
- 中内敏夫、「教育する家族の誕生」、『中内敏夫著作集3』、藤原書店、1999年、に収録(初出は1985年)。
- 柳治男、『「学級」の歴史学』、講談社選書メチエ、2005年。
- 橋本毅彦・栗山茂久編著、『遅刻の誕生』、三元社、2001年。
投稿者 june : 18:12
第12回
第12回、7/9の講義の概要です。
○情報の「ストック」をどう作るか
・ふだんやっている情報へのアクセスを、「ストック」に変えていく。しかも、なるべく楽に。
・昔だったら、新聞の切り抜きをスクラップファイルに貼り、B6の「京大式カード」を使って情報を整理するところ。
・今なら、やはりデジタル情報で。
ツールとしては、OneNote+Dropboxか、Evernoteか。
○Evernoteへの情報の集約
1)Web(ニュース、ブログ記事、その他)
→ブックマークレットを使って保存。(このページの「これをあなたのリンクツールバーにドラッグしてください」がそれ。)
※Googleニュースの検索、アラート機能なども便利
2)自分の手書きメモ
→ケータイのカメラで撮影して、メールで送信。(アカウントを登録すると、専用のアドレスが自動的にもらえます。)
3)新聞(紙媒体)、雑誌
→スキャナでPDF形式のファイルにする。
※講義ノートはそのまま保存しておくのがいい。抜き書きやまとめの作成は有効かも。
※電子化された論文・白書等(PDF形式のもの)も、そのまま保存できる。
○始める・続けるための工夫
1)あまり細かく分類しない。
2)できるだけ「クリック一発」で。
3)向こうから情報がやってくる環境を作る。
(例)Googleニュースでアラートを作成しておく
→メールがGmailに届く
→クリックで元記事へ
→必要部分をドラッグして、ブックマークレットをクリックして保存
→インプット用のノートをEvernoteに作っておいて、そこにとりあえず入れる。
→整理を1週間に一度する。
○「使ってみよう」という人は
1)教養演習のテーマに関連したニュースクリッピングのツールとして、半年続けてみる。
2)読んでいる本の読書ノートを作る。
3)一度レポートを書くときに、情報集約の場として使ってみる。(講義ノートの整理、参考文献からの抜き書き、レポートのアウトラインのメモ書き、etc.)
○余談:レシピをストックしておくと、何気に便利
・買い物の時に、iPhone/iPod touchからアクセスして、食材の確認ができる。
・料理の際も、ポケットのiPhone/iPod touchを見ながら手順通りに。
・外出先でもアクセスできる。自分のための料理本がいつもポケットにあるようなもの。
3 社会制度と文化
(2)「学校」という制度
○権力が作用する場としての学校
・M.フーコーのいう「ディシプリン権力」が作用する場としての学校
時間と空間、教育内容の細分化と再体系化
身体の動きのレベルにまで権力が作用する。
・学校で行われようとしたこと
1)共同体的な時間と空間から子どもたちを引きはがし、別種の時間と空間を経験させる。
2)それによって、「労働者」「兵士」という「臣民=主体(subject)」へと、身体と精神を作りかえる。
○日本の学校における「時間」観念の浸透
・時間に関する規則
小学生徒心得(1873年)「第二条 毎日参校は受業時限十分前タルベシ」
→ただし、どうやって子どもたちが「10分前」を知ったかは謎。
・学校での時間管理
必要道具として、黒板、白墨などがあがっているが、実は筆頭が「時計」。なお、校舎の外壁に時計がとりつけられるようになったのは、主に戦後のこと。
各校では、用務員が拍子木を鳴らしたり、鐘をついたりして時を知らせた。つまり、彼がいちばん時間の規律に厳しくなければならなかった。(これも規則がある。)もちろん教員も。明治初期にはおよそ1時間(60分)が授業の単位であり、休み時間の観念はなかった。
このように、学校生活そのものが「時間」の観念を学ぶ場である。と同時に、教材の中にも「時間」観念は取り入れられている。主に修身科において。最初は外国人(スマイルズの『西国立志編』に「時は金なり」の一句が加えられたという)が、後に日本人がお手本として採用されている。
・ただし、1920年代に到るまで、学校での「時間厳守」はたびたび問題になった。それほど時間の定着には、時間がかかったということである。
石川啄木の短編「雲は天才である」(1906年)には、職員室の時計が30分から1時間半近く遅れていたというエピソードが書かれている。早起きの農家の子どものほうがよっぽどきちんと登校してくるという(啄木も寝過ごしがちであったらしい)。
○「学校化」への抵抗
・学校への子どもの包摂は、一気に進行したわけではない。
日本では3つの段階を踏む。1)もっとも初期からの通学プラトー、2)世紀転換点あたり以降、3)1910年以降。
第一のプラトーは富農層や中産的農村工業者(マニュファクチュア経営層)、中下級士族といったあたり。第二のプラトーでは中産商農層が目立つ。
男女でいうと、女子の就学率・通学率は男子よりともに低い。土方苑子によれば、卒業率が90%を超えるのは1923年の入学者以降。
最後まで抵抗するのは、貧農層・都市雑業層。「学校へやっていたのでは、子どもたちが生活のための「てど」を身につける暇がない」(後者)。託児所がわりに使われる面はある。注意したいのは、この層の親たちは、子どもに教育を与えようとしなかったということではないという点。
○まとめ:近代日本における学校制度
・「抵抗」はあったものの、学校という制度は近代日本において確実に定着し、20世紀の初めにはいちおうの制度的完成を見る。
・小学校(義務教育)−中等学校−高等教育という階層化と、男女別や普通/職業校などの複線化
→これにより社会階層が学校階層によって再生産されるシステムが確立する。
「近代=自由(身分制の廃止)」であるからこそ機能する、社会構造の新たな固定化。
投稿者 june : 17:36
2010年07月06日
7/5の感想
第11回、7/15の感想です。
・アダム・スミスの針金の話は確かいつかの福島大学後期入試の課題文で読んだことがある気がする。
レポートはちょっと失敗感があるので、修正して金曜日に出します。
・権力が作用する場としての学校というところで、学校が与える権力はとても大きいと感じた。
小さい子供(小学生)は、教師のいうことは絶対という心理があるため大きく影響されると思う。
・書くために活用できるツールがいくつもあることがわかった。ストックを作るということについては、どのような感じなのかいまいちわかっていないが、ツールの活用などを通して、自分にとって使えるストック増やしていけたらいいと思う。
・今日の講義を聞いて、「工場の原理と学校の原理は同一である」という言葉に強い嫌悪感を感じました。これは、子どもを工場で作る製品、すなわち物・商品と見なしているように思われてなりません。現代の学校教育にも、そのような非人間的な側面が含まれているのではないのでしょうか。
・レポートの書き方は引き続き勉強になった。まだ拙いレポートだが、これから学んでいきたい。また、学校という制度も、今と昔とで大きく仕組みが異なるということがわかった。
・自分のレポートの書き方を見直すいい機会になりました。
・確かに行事の度に座り方歩き方返事の仕方などを指導されていた。権力が働いているなんて知らずに先生にしたがって生活していたんてなんか損した気分だった。
※権力に従うのは、別に損をするわけではありませんよ。「いいこと」があるから権力に従うという例を、これまでいくつも紹介しています。
・バーナード卿が「工場と教育の理念は同じ」と言っていたように、学校教育も子どもたちをある基準にのっとって作り替えるというある意味で「工場」なのではないかと思った。
・昔は学校と呼べるものがなかったために家庭や共同体が教育の役目を果たした。最近子供のしつけができない親がいるというのは、学校という存在が生まれたことで教育をすることを放棄したのだと考えると納得できた。
・福大の入試は小論文だったので、今日の講義を参考に、レポートも同じように書けば大丈夫かなと思っているのですが、もし違っていたらすいません。アダム・スミスの話はすっと理解できてよかったです。
・今回の現代文化論の講義を受けて、学校で権力を受けていた機会が以外と多かったのだなと思いました。自分でもそのような権力を見つけてみたいと思いました。
・寺子屋と明治時代の学校の図があったが、明治時代の学校は現代の学校に近いと思った。
・課題は「近代はいかなる時代か」というものだが、これ自体で問いが立っていると思う。確かに、少々大きい問いであるのは間違いないが、そのまま答えられないものでもないと感じた。
・今日の授業では学校教育にみる近代の位置付けがわかった。そしてレポートの書き方もある程度わかった。これからに生かしていきたいです
・私は、近代以前の学校と教育の違いに興味が持った。そこで、教育と学校の概念が近づいていく過程についての私の考察を紹介する。近代、フランス人権宣言を機に、平等意識が権利から、権利として認められた内容にまで向けられていった。従って、教育への価値観が一部の支配者、教育者による教育から、一般市民全員が必要とするだろう教育に変化したと言えよう。
※むしろキミの「考察」が、今回の講義とどう関わるのかを聞かせてください。
・今回のレポートをかいて前回よりもよくなったが,今日の第二回レポートの講義をきいてまだまだだなと感じた。
・五つのチェックポイントは参考になった。論文を書く時だけでなく、読む時にも意識してみたいと思った。
・確かに、あとから自分のレポートを見ると、訂正したくなるところが何カ所かありました。
これから、いろんな科目のレポートに取り組むと思うので、時間をおいて何回か見直しながら取り組みたいです。
※時間をおく、というのは大事です。時間があればね。
・今日の講義は学校という身近な制度に関しての内容でしたが、その時代時代で教育に対する考え方が異なることが興味深かったです。
・自分のレポートは三部構成になってなかった。もう一度書き直します。
・イギリスの近代の学校の様子の絵にはびっくりしました。クラス分けという発想はこんなに早くからあったんだと知りました。
・今日の講義を参考に、論文を丁寧に書き直してみます
・今日は前回出されたレポートの提出日でした。先生がおっしゃったように一度書き直しをしてみると、自分の書いた内容が大部分で不完全だったということに気づかされました。今回の授業では、レポートを書く場合のチェックポイントについても教えていただいたので今後のレポートにも生かしていきたいと思いました。
・レポートを書くためのツールとして、Dropboxのようなものがあることを今日初めて知りました。また、1800年頃のイギリスの学校では、すでに習熟度で分られていたということに驚きました。
・前回学んだポイントを意識してレポートを書き直してみたが、自分が書いたものは、やっぱりまだ正確な情報量が少ないように感じた。これからストックを蓄えられるように、様々な知識を身につけていきたい。
また、私たちが学校に通い学年が上がっていく仕組みも、段階を経て経験や知識を習得していっているのだと考えると納得できた。
・今日の授業を聞いて、自分が今までもっていた“学校が教育をする場”、という考えは少し違うのかなと思いました。“平等な教育”というよりも“階級を意識に植えつける教育”ということもあるのかなと思いました。また、本日レポートを提出できなかったので、次回に提出させていただきたいです。申し訳ありませんでした。
・レポートはこれからは、授業で教わった書き方を守って書きたい。
・子供には男女関係なく均等な教育を与えると聞いたが、昔は女だから家庭科の授業を受けるとか男女によって内容に違いがあったと聞いた事があります。また学校の制度によって男女の区別がはっきり表れたと感じる。(座り方の違い、制服など)
・ベル=ランカスター方式の優位性を賞賛したというバーナード卿は、いったいどういった立場の人物なのでしょうか。教育の方法について批評するということは、教育者や教育学者だったりするのでしょうか。調べ方が悪いのか、バーナード卿の詳細を見つけ出すことが出来ません…。
・学校=教育ではないということだが、最近では学校に教育を丸投げしてしまっているモンスターペアレントの話を聞いた。自分の子供の箸の持ち方がなっていないことを学校に苦情をいれたというものだ。この話は稀なケースだと思うが、一般常識やマナーは家庭で教えて然るべきだと感じた。
・まだレポートを書くこと自体に慣れていませんがこれから改善していきたいです。昔は学校での教育が体系化されていたことについて驚きました。それに基づいてクラス分けなどにつながっていったのでしょうか
・ 今回のレポートの書き方講座では複数ページは「pp.43-52」のように書くことに驚きました。「pp」と書くのですね。この時期はレポートも多いのでチェックポイントを参考にしていきたいです。今回の近代レポートは前回分から2、3回書き直ししてから提出したのですが、書き直しすると自分の書いた文章の変なところが発見できるということがありました。改めてみることが大切だなと思いました。学校制度の説明ではイギリスの近代的学校の様子の絵が興味深かったです。大きな会場で大勢の生徒がいてモニターのもとに聞きに行く様子は新鮮でした。日本の学校の様子は中学の時や高校の日本史などで少し見たことがありました。習熟度別のクラス分けの話がありましたが、私の高校では私の学年から各クラスのレベルを平等にしていたようなのですが(前の学年は点数でクラス分けだったそうです)どちらが効率的というか効果があるのでしょう。そのような疑問を抱きました。今週はみなし月曜日なので金曜日にまたありますが、続きを楽しみにしています。
※ベル=ランカスターにおける習熟度による段階分けは、今の学年と単元の概念にほぼ等しい……と説明したつもりでしたが、うまく伝わらなかったでしょうか。
・今日講義を聞いた上でもう一度レポートを見なおしたところ、直すべき箇所がいくつか見つかり、見直すことの大切さを実感した。
・レポートで、序論、本論、結論というのは基本的なことでもありますが、やはりこれらに注意して書くことでよりよいレポートが完成することを改めて感じました。今日の授業で今の学校のクラスや学年分けとかいったものは当たり前だと思っていましたが、寺子屋などの教育方法と比べるとそれが画期的なものであったことが分かりました。
・フーコーの身体の動きにも権力が発生するという説に共感しました。言われてみれば確かにという事ですけど、それに気づくのが難しいなと思います。
・レポートを書く際に、役に立つツールがそんなにあるとは思わなかった。知っているものもあったが、あまり活かせていなかったので、これから少しずつでも使いこなせるようになりたい。
・今日のレポートの書き方を参考に書き直したい。特にアウトラインプロセッサを使ってパラグラフ単位で書くのは実際にやってみたいと思う。学校の様子が現在のものと違っていておもしろいと思った。
・教育が学校に丸投げされているのは都市に行けばいくほどその傾向が高いと思う。地方はまだ過去の名残が残っているから、地域全体で子供の教育をしていると思う。
・近代と現代の学校の存在、教育の意味が違うんだなと思った。
・新たなレポートのまとめ方を聞け、今後の糧となった。
・学校教育が今のかたちになるまでにどのような経路を辿ったのか知り興味を持ちました。
・まず始めに近代以前は「教育=学校」ではないということに驚いた。今は学校からすべて学ぶというようになっていると思うので、近代以前と現在の「教育と学校」についての違いを感じた。例えば家族が教育を行うというのも現在では減ってきていると思う。教育についての考え方が徐々に変化しているのではないかと思った。
・レポートの書き方が参考になりました。元々限定的なものだった学校が現代になるにつれて様々に変わってきたのだと感じた。
・この前の講義のレポートの書き方からさらに詳しく書き方を教えてもらえて勉強になりました。レポートは言われたことに気をつけてちょっと書き直して金曜に出します。
・これから学校や教育について学んでいくということで、私は教職を取ろうと考えていたのでとても興味深いです。これからの講義はいつも以上に真剣になって聞こうと思います。
・レポートは、これから回数を重ねて腕を磨いていきたいです。近代の教育についてランカスターが導入したモニターという制度は今の教育ではどのように変化しているのだろう?モニターは生徒から選ぶ仕組みだが、簡単なものから難しいものを教えるという仕組みなら現代の学校でも普通に取り入れていると思った。
・まずはじめに、今の人と昔の人とでは、「教育」や「学校」の概念に対する価値観の持ち方に違いがあるのを感じた。というより、学校という制度は最近になって確立されていったのであり、昔は知育よりも職業的な教育や宗教的な教育が重視されたのである。また、教育に対する価値観が学校に頼らないというか、学校で教育するという価値観が元々なかったであろうしし、一般ではなかった。どのような風潮から教育が進んだのか。とても教育深い。
・座り方がいつの間にか固定されてしまうのは確かにそうかもしれない。私でも同じような座り方をすると思う。でも、そうやって権力が行使されていることに嫌悪感はない。ただ、自分の無意識に権力が行使されているのだと分かると少し怖い気もする。
・レポートを提出して、今日で4日目ですが、今日また見返してみると、内容を1つにしぼれていないところや、日本語がおかしいところなどがいろいろな悪い面が出てきました。ずっと何度も読み返していると、わからなくなってしまうので、1度ねかせるといいと思いました。女の子と男の子の座り方の話を聞いて、今まで当然のように、「これが女の子にとってきれいで、上品な座り方」と考えていたのが恥ずかしくなりました。教育の現場において、このような細かいところまで、権力がはたらき、社会に出た際、常にこの座り方を強いられます。これは、ジェンダーの気づかれざる部分だと思いました。おそらく自分を含めほとんどの人が気づいていないと思います。
・近代を学校という視点からみるというのが興味深かった。学校はかなりの権力が働いているといえるし、一種の洗脳だと思った。レポートはこれから三段構成を意識して書きたいと思います。
・レポートの書き方2ということでまた書き方について学べて良かった。これからのレポートに活かしていきたいと思った。あと、近代は学校というものが存在していても、教育される範囲は少なかったということで今の形までに繋がって行くのにかなりの時間がかかったのだろうなと思った。
・月曜日の現代文化論Tの授業を受けて、レポートの書き方がよくわかりました。治して提出したレポートも以前よりも格段に良くなったと思います。また、教育において、学校で教える教育と地域で教える教育の違いについても理解しました。
・レポートの書き方やチェックする点についつは勉強になった。また、式典での座りかたなど、私達が常識としていることや当たり前としていることもたいていは権力が働いているのだということがわかった。
・学校が子供に行使する権力について、教師(学校)の権力は大きいと思いました。わたしの個人的な意見ですが、これは自分の家族や自分に関係する人々にも言えることなのではないでしょうか。周囲からの影響に意志があれば権力になりうるのかな、とも思いました。
・前回(6/28)の授業でレポートの書き方講座をうけて、自分のレポートを見直し書き直してきましたが、今回(7/5)の授業でもう一度先生が振り返りをしていたのと一緒に自分のを照らし合わせると、まだまだ不足部分があるとおもいました。しかし今回のレポートで何度も振り返ったことで、その度に足りないところが見つかったので、見直すことの大切さに気づきました。
・もう1度レポートの書き方を考えてみたいと思った。大量の生徒を一同に集めてある図には驚きました。
・教育と学校は同義ではなく、学校は社会に埋め込まれた教育と講義ではなしていましたがそのふたつはどうちがうのかがよくわかりません。
・工場の原理と学校の原理は同じというのはなんだか違うと思いました。全く同じ人間ができるはずないし、言い方がいやでした。
・近代=自由ということが正解だといいことが分かった。勉強・就学したくても出来なかった当時の女性はかわいそうだと思った。自分もしっかり大学生活を頑張りたい。
・レポート作成のためにはたくさんのストックが必要だと思った。学校という制度が出来た頃は身分や家柄によって学校に行けたり、行けなかったりした。貧しい家は家の手伝いなどが忙しかったり、学校で教育を受けるよりも畑仕事の方が大事であった。また学校に行きたくてもお金がなかったりして学校へ行けないという人達もいた。今は学校という制度が確立され誰もが学校に通うことが出来ている。
・明治の就学率が低いのは子供が仕事などをしていて学校に行きたくても行けないのかと思っていました。親が学校に行かせない考えを持っていたことを始めて知りました。
・時間の概念が学校によって浸透したというのは驚いた。確かに自分も学校の時間割などで時間を把握することも多いなと思った。近代は多くの制度ができた時代だから、それに伴って概念も多く生まれたのではないかと思った。
・所得格差による学校教育(というより私塾?)の違いによって社会階層の決定がなされることを問題視する風潮が近年ありますよね。なので学校制度、特に公立学校はそれを見直す時期にあるのかもしれません。
・今回の授業では今まで何気なく受けてきた教育、学校の歴史を学ぶことがで今まで知らなかった学校や教育のことを知り、とても新鮮でした。これからは、教育や学校のことについてももっと意識して生活していきたいと思います。また、新たにレポート課題が出されたのでしっかりと取り組みたいと思います。
・今回の講義では習熟度分けに対する私の誤解を解いてくださってありがとうございました。確かに先生はそのような説明をされていたと思い出しました。学校における時間の概念の話ですが、(ほかの学生も感想に書いていて驚いたのですが)私の中学校でもノーチャイム(チャイムを鳴らさずに自分で時計を見て行動する)ということが行われていました。生徒も先生も大体は時間通りに行動できていたのですが、テストの際にはいつも時間にルーズな先生は5分くらい遅れてきていました。その時生徒たちが先生の時間を守らないことに怒りを感じたのは生徒への時間の概念の浸透ということがうまく行われていたのだと思います。また、高校に入ってからチャイムが鳴るようになって違和感を感じたこともありました。
・GoogleのニュースやEvernoteなど、自分が使える環境にあっても使っていない(もしくは知らない)のをもったいなく感じた。もっと有効に利用し、さまざまな事柄をレポートや卒論だけではない、自分のストックにしていきたい。
・近代の社会制度の例として学校が取り上げられているので、受け入れやすいと共に、今の体制が初めからのものではないことに驚きました。
・情報のストックをこまめに行おうと思った。そうすれば、知識の幅も広がっていくのではないかと思う。
・ドロップボックスやGoogleなどのオンラインサービスもうまく使えるようになりたいと思いました。昔は先生自身時間にルーズであったというのが想像できません。でもそうやって時間や校則が厳しくなっていったから日本の教育現場からは自由や個性が押さえつけられ、なくなってしまったのでしょうか。そう考えると複雑です。
・私の中学校ではチャイムがなりませんでした。それは時間を見て、自主的に行動することを促進するための制度でした。遅刻をして、あとから教室に入ると注目をあびるので、私は時間を守っていましたが、遅刻することで注目を浴びるのは全員でその人を見るということ。つまり、生徒全体で責めていることに近いと思います。このように他と少しだけなのに違うことをすると、異常なものだと考えられてしまうのは権力からおこりうるものの一種でしょうか?
・本日の授業ではグーグル便利な機能を使った知識の仕入れ方について学ばせて頂きました。その中で、少しずれていますし、うまく説明出来ませんが、「そのような機能を賢く使いこなしたり、うまく情報を得ること=文化的な生活を送ることにつながるのか?」という、思考にいきつき、またその意義について考えさせられました。
・今までの日本になかった観念を指導する場として学校があり、それがなかなか浸透しなかったということをはじめて知りました。
・昔の職員室の時計はとても時間が遅れていたと聞いて、そもそもなんで生徒は時間に縛られているんだろうと思いました。
投稿者 amiqing : 01:43
2010年07月05日
講義中に紹介したフリーソフト
講義中に紹介したフリーソフト(有償版があるものもあります)です。
1. Evernote
(英語サイトですが、ソフトウェアの紹介ページは言語が選べます。右下の「change language」から日本語等を選択できます。)
フリー版あり。情報の「ストック」を作るためのツール。Webページ、PDF、写真、メモなどを蓄積できる。Windowsからだけでなく、Macや、iPhoneからも使えます。ただし重大なバグがあるので、MS-Wordに直接切り貼りするときは注意が必要。Wordがフリーズすることがあります。(いったんメモ帳などに貼ってから、再度切り貼りすれば大丈夫。)
2. Dropbox
オンラインストレージサービス。2GBまでフリー。複数のPCでファイルを同期できるので、USBメモリを持ち運ぶ必要がなくなります。(ただしバックアップはしておいた方がよい。)他人に公開することもできます。Webからも使えます(IPCでも使えるということです)。
なお、下のリンクからユーザ登録してくれると、ありがたいです。(わたしの領域に0.25GB追加されます。)
解説はここなどを。
単純にオンラインストレージがほしいなら、MicrosoftのSkydriveあたりがいいでしょう(25GB)。ここでは、自動で同期してくれるということを重要視しています。
3. Gmail
これはソフトではなく、Googleの無料メールサービス。7.5GBの容量(有料で追加もできる)があるので、メールの削除は基本的に必要ありません。また、優秀なスパムフィルタを装備しているので、迷惑メールもあまり気になりません。
書きかけの原稿ファイルを添付して自分宛にメールしたり、いろいろな使い方ができます。大学のメールアドレスは、すぐ容量がいっぱいになるので、わたしは自動でGmailに転送するように設定しています。
Webインターフェースも優秀ですが、Mozilla ThunderbirdからIMAPで接続するのも便利です。
投稿者 june : 21:50
7/5に紹介した文献
佐渡島沙織・吉野亜矢子、『これから研究を書くひとのためのガイドブック』、ひつじ書房、2008年。
投稿者 june : 17:49
第11回
第11回、7/5の講義の概要です。
●レポートの書き方第二弾。
・レポートに必要なこと。
(1)問いを立てる。
(2)情報を整理する。(いい情報を、たくさん、的確に)
(3)スタイルに沿って書く。 ← 今回はここ
・スタイル(1)形式上の問題
形式にもいろいろあるが、原稿用紙の使い方などは省略。
今回いいたいのは、「参考にした考え方・情報は、必ず出所をルールに従って明記せよ」ということ。人の頭を借りるのは悪いことではない。ただし、「借りた」ことは申告せよ。それもルール(形式)に沿って。ただし、このルールはかなり長いので、石原、2006、pp.43-52、を参照のこと。
・構成について
おおよそ、論文・レポートは「序論−本論−結論」の順に書く。序論の部分では、すでに述べたように、答えるべき「問いを立てる」ことが中心。つまり、問題提起や概念規定、これまで立てられた問いの一覧やその整理など。レポートの場合は、この部分は省略できる出題がされている場合もある。卒論などでは大事。
本論では、必要に応じて問いをさらに細かく分節化しながら、データ・事例を提示・分析する。結論では、本論をふまえ、序論で立てた問いに答え、未解決の部分や答えの意義などを吟味する。
※アウトラインプロセッサを使うと便利。MS-Wordにもこの機能はついています。専用ソフトの「IdeaTree」(シェアウェア)も便利です。
☆チェックポイント
(1)立てた問いは適切か。
(2)問いに答えるのに用いたデータ・事例は適切かつ十分か。
(3)論理展開は妥当か。
(4)記述・引用の形式は整っているか。
(5)結論は序論で立てた問いと適切に対応しているか。
3 社会制度と文化
(2)「学校」という制度
○教育と学校
・教育という機能は、必ずしも学校が独占してきたものではない。むしろ、学校がはたす教育の機能は、近代以前は限定的なものであったといったほうがよい。
近代以前……社会に埋め込まれたものとしての教育
(家族や共同体、ギルドなどによる職業教育、宗教組織が与える教育、etc.)
養育(身体の世話)、礼儀作法などとの区別も明確でない。「教育書」というと、これらの内容も含まれていた。
・学校は存在しても、限定的な機能しかもたず、カバーする範囲も狭い。「教育書」に学校のことが登場するのは、西ヨーロッパでは18世紀以降のこと。
また、行われる教育の形態にも相違がある。
ex. 江戸期の日本
寺子屋、藩校などの「学校」はある。
※アンベール「幕末日本風俗図絵」より「寺子屋の図」 (1870)。
これと明治初期の小学校での授業風景を比較してみよう。後者は洋間で椅子掛け(おそらく当時としてはかなり異質)。教師は洋服を着ている。また、秩序だった空間に子どもたちが位置を与えられていることにも注目。
○近代的学校の開始
・「近代的学校」とは何か
1800年頃のイギリス
ランカスターによる「モニター」の導入(ベル=ランカスター方式)
教える内容の選別と体系化(やさしいものからむずかしいものへ)
空間と時間の秩序化(図を参照)。幾何学的な空間的秩序の中で、一定の動きをすることを子どもたちは求められる。(紹介した図版では、なぜか描かれているのは男の子ばかり。また、あまり子どもっぽい描かれ方はしていない。)
・バーナード卿による評価(1809)
「旧方式」(「少数を対象にした不安定なもの」)に対するランカスター方式の優位性を賞賛。
少数のエリートの教育ではなく、大量の一般民衆を対象とした教育の方法としての学校。「工場の原理と学校の原理は同一である」。
○権力が作用する場としての学校
・M.フーコーのいう「ディシプリン権力」が作用する場としての学校
時間と空間、教育内容の細分化と再体系化
身体の動きのレベルにまで権力が作用する。
・学校で行われようとしたこと
1)共同体的な時間と空間から子どもたちを引きはがし、別種の時間と空間を経験させる。
2)それによって、「労働者」「兵士」という「臣民=主体(subject)」へと、身体と精神を作りかえる。
投稿者 june : 17:44