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2010年05月27日
オプション課題
5/26のオプション課題です。
「福島大学の学生対象のセクシュアル・ハラスメント・ガイドライン(http://gakusei.adb.fukushima-u.ac.jp/a_01gakusou-se01.html)と他大学のものを比較し、講義の内容をふまえて感想等を述べなさい。いつものメールアドレスへ。提出は6/2いっぱい。」
投稿者 june : 14:20
2010年05月26日
第6回
第6回は、セクシュアル・ハラスメントについてお話ししました。
テキストでは第3章の3節になっていて、「労働」の話として位置づけられていますが、実は大学を含む学校も、セクシュアル・ハラスメントが少なからず生じている場であることは、お話ししたとおりです。
テキストを読んでいればだいたい話はわかるはずですが、最初にやった5つの質問を下に書いておきます。(テキストのExerciseに4つまで出ていますが。)
---
○次のうち、セクシュアル・ハラスメントに該当し得ないものに×をつけてください。
1 就職活動の時、面接で「彼氏はいるの?」と面接官に質問された(女子学生)。
2 仕事中に同僚の女性から何回もデートに誘われたので仕事が進まなくなった(男性社員)。
3 よくいく喫茶店のマスターが、最近仕事が暇だとカウンターにいる自分(客、女性)の隣に座って、肩になれなれしく手をかけたり、背中に触ったりするのが不快。
4 成績が悪くて追試を受けた後で、教員(男性)に「今度飲みながら話そうよ」とさそわれた(女子学生)。
5 大学のゼミの最中に、いつも性的なジョークを飛ばす学生がいて、彼がジョークを口にするとみんな笑って、一人しかいない女子学生の自分を見る。
投稿者 june : 14:07
2010年05月19日
5/19の感想
第5回、5/19の感想です。今回は講義を踏まえて、今まで経験してきたことを見直してほしかったわけですが、みなさんけっこう「本音」で語ってますね。
・中学校までは男女別名簿など性差別を感じる機会が高校や大学より多かったと思う。
しかし全ての性差別を無くすことは無理に近いし、無くすことによって生じる問題もあるはずだ。
・教科書での性について話を聞いて子どもの頃はそういうものだと気にしていなかったが改めて考えるとおかしいなと感じた。男の子はズボンで女の子もズボンではいけないのか、動物を登場人物にしたものは母親と理解させるのになぜエプロンなどをしているのか、父親は駄目なのか性についての固定概念はなかなか崩せないものだと感じた。
・学校は業績原理や平等原理が強かった場所だと今更ながら気付きました
重い物があるときは必ず男子が呼ばれていましたが、女子だからといってそれほど不利益を被ることはありませんでした
・学校で使っていた教科書にも性差別があったことを知って驚いた。教科書から無意識のうちに女の子や男の子はこういうものなんだと思ってしまうかもしれないので気をつけるべきだと思った。
・私は男子校出身なんですが、私が通っていた頃は40人ぐらいいる全教員中、女性教員は5人でした(養護教諭1人、あとは非常勤)。一時期、男子校だから女性が少ないのかなと思っていたこともありましたが、今回の授業を通して、全体的に女性教員は少ないことを知って安心しました。
※つまりほぼ全員男性だということですね。でも、そこで安心しちゃだめなんじゃない?
・自分が小学校の頃は、ランドセルの色は男子が黒、女子が赤というのが常識で特に違和感もありませんでした。
最近は男子、女子ということに捕らわれず水色や茶色など様々な色があって男女を区別しないような工夫が施されていて良いと思います。
これは変わっては困ると思うのですがトイレは未だに男子は黒、女子は赤なのだなと思いました。
・授業以外であまりジェンダーについて考えることはありません。しかし、今回で視野が広がったと思います。
・自分の通っていた高校は、数学の先生は全員男性でした。逆に国語の先生は男性一人を除いて全員女性でした。今思い出すと非常にびっくりです。また、自分の通っていた高校には理数科があったのですが、男子と女子の比率が8:2くらいで、異彩を放っていた記憶があります。教科ごとに違いが出るのは、ステレオタイプだなと思います。
学校での性差別はステレオタイプ的な概念が影響していると思います。性差別を意識すればするほど、余計変な気分に捕われることも教師にはあるのかなと思いました。教育現場でのジェンダーは解消するのは難しいのかなと思いました。
・学校における性差別について、『力仕事の八割以上を男子にたのむ』のは差別なのかと疑問を感じた。これは能力による適正ではないかと考える。仮に、クラスがひ弱な男子とレスリング部の女子で構成されていたら、私は女子に頼む。
学校や社会がすべきことは、女性を優遇することではなく、平等に機会を与えることであると思う。女性男性関係なく、競争に勝たなければ仕事はさせてもらえない。平等や自由は与えられるものではなく、勝ち取るものである。
※だいぶ書いてあることが矛盾しています。勝ち取るべきものなら機会を与えるべきなのに、「女性である」ということで仕事を課さないのは、機会を与えていないということなのでは。
・私は大学の体育でソフトボールを選択していて、昨日試合をしました。その際、女子のファーストベースを特別に作ってもらい、男子の半分の距離になりました。やはり男子と女子では身体能力が違うので、このようなハンデはとても助かるのですが‥ジェンダー学的に考えるとやっぱりこれは教育の中での性差別ですよね?
※ところで、なんでベースの距離が半分なんですか?
・今日の授業を聞いて、今まではあまり気にしていなかったが、先生の態度に男女での差があったような気がした。教科書でも、特定のテーマでは男子の登場人物が多かったり、女子の登場人物が多かったりしたと思う。これからは、そのようなことにもっと意識を向けて生活していきたいと思った。
・自分の通った高校は性差別をする人しない人がいましたが力仕事は男にやらせていました。自分では仕方のないことだと思っていましたがやはりおかしいなとも思いました。
特に男子には厳しく叱るのは教育の場にあってはならないと思いました。
・ふと疑問に思ったのですが中学二年の得点差の国際比較のデータの求め方がどうして女子から男子の数字をひいているのでしょうか。
・学校内での男女の役割(重いものは男子が運ぶなど)があることに違和感や差別を感じたことはなかったし、無意識のうちに当たり前と思っていることもあると思います。
相互作用の質的相違について、教員が生徒に対して「期待しない」という考えを(意図的ではなくても)持って良いものなのかと疑問をもちました。
あと、「そこから利益を引き出す“女性は“いる」という記述はどうかと思います。
※「厳しくすることは男性への期待の裏返し(つまり男性に対する利益につながる)ことだが、それを逆手にとって(いろんな意味で)自己の利益にしてしまう女性もいる」ことだと説明しましたが、「記述」の仕方が問題だということでしょうか。
・実際、私の高校では男子が授業で使うテレビや教材を運ばされたりしていました。
確かに、女の人は教諭の数に対して、教頭や校長など役職が高くなると女の人は少なくなるのは以前から思っていました。
男女において、男子が理数系が得意、等という差はないはずなのに、なぜ実際は理数系は男子、文系は女子というイメージの通りの学生比率なのでしょうか。福島大学の理工学類に女子が少ないことも含め。
・実際、学校は性差別などの概念を正す場所でないといけないはずなのに、そうでない部分があることに気付けました。
・私は関東の大学に行きたかったのですが、親に『女は地元にしろ』と反対され、この大学を受験しました。学びたい大学が関東にあるというだけなのに女という性別でそれを否定されてすごく悔しかったです。自分が男だったらな-…と思ったことも何回かあります。
・学校で必ずある係り決めでは大体男女1人ずつだったりで,まれに女子2人とかになることもあるけどごくまれで,いつも男子とか女子とかどうでもいいんじゃないかと思っていました
・今までの学校生活を思い出すと、よく男子と女子で仕事分けていた覚えがある。自分自身、そのことに何ら疑問を抱いていなかった覚えがある
・高校のとき男子は入れないとか女子は入れないという部活がありました。
また今はどうかわからないけど、女子は野球部に入れても試合には出れないという決まりとかもあって教育の中にも差別があるんだなと思いました。
※公式戦に女子が出場できないのは、高野連の規程なので、学校が、というよりは、これはスポーツの世界の問題です。競技スポーツは男女別であることが多い(混合ダブルスなどはのぞく)ので、必ずしもそれ自身が不公正とは言い難いところがあります。ただ、女性の努力もすべて男性の評価につながっていくようになっているところは、教育の問題として存在します。女子マネージャーと男子マネージャーでの職務分離もありますし。
・私が小学生の頃はそこまで体罰とかうるさく言われてなかったので、担任の先生(男性)は生徒を叱るとき、言葉だけでなく体を使うこともありました。しかし、それは男子生徒にだけで、女子には手をだすことはありませんでした。小、中、高校といろんな先生に会ってきましたが、性別によって態度や対応を変えている先生はたくさんいました。男の先生は女子に甘いとすごく感じます。
・卒業式等の準備で机や椅子を運ぶのは男子ということが多いと思いますが、そういったときに女子にも役割が与えられれば、不平等は無くなる思います。
※これまで受けてきた不利益は消せませんが、ぜひその思いは今後につなげてください。もちろんあなたは、子どもの世話も流しの排水溝の掃除も、女性だけがやることには反対ですよね。
・身体上の特徴から役割を決めるのはやはりしょうがないことであるし、人間だから多少の扱いの違いも出てくると思う しかし、教科書に差別を煽るようなイラストを乗せるのはどうかと思う
・私も学校は平等な場所というイメージが強く、性差別なんてあまりないのではと思っていたが、よく考えてみると至る所に存在していた。当たり前すぎて気づかなかったのかもしれない。私の通っていた小学校の出席番号も男子全員のあとに女子だった。(今では男女混合の出席番号になったみたいですが)
・私の中で大学進学は比較的一般的なことだと思って、高校も進学校を選択しました。ところが、改めて両親にその話をしてみると、反対されて、家族に私の考えに同意する人はいませんでした。特に母は「大学に行くと婚期が遅れる」と言って猛反対しました。
(特に女性が)結婚を人生の中心にして進学や就職を選択するやり方は個人的な希望を無視しているようで、わたしは納得できません。
無事に大学進学は果たしましたが、現在は大学院進学をめぐって、大学進学の時と同様にバトルの途中です。
※「20年前と変わらないですね。そんなに結婚させたいのだったら5回ぐらいしますね、というと効果があります」というコメントを、Twitterでいただきました。
・学校での性に関する問題として、自分が経験してきた事としてはやはり教師によって男女の待遇が変わってしまう、というものが一番多くありました。その当時はそれほど意識しませんでしたが、今考えてみるとそれも立派な性に関する問題であり、それに立場はどうあれ対象になっていたのかと思うと複雑です。
・小学1年の時は名簿が男子が先、女子が後であったけど、2年になってからはなくなった。高校の時は体育だけ男女別だった。それは男女で体力の差があるからだと思う。
確かに力仕事は男子に任せることが多いし、掃除などは女子ということが多いと思う。けれど、それが当たり前になっているのが現状である。それぞれに適正があると思うので、それに合ったことをさせるのが一番良いことだと思う。
※いや適性って、男女で二分されるようなもんなの?ってことなんだけど。あと、教育では「不得手なところをのばす」ことにも意味があるんじゃない?という話もしましたが、そこは。
・「性」を意識する時に、教員と生徒間や生徒と生徒の間でも、相手の事をよく考えて発言や行動し、独りよがりにならないようにしなければならないと思う
・今回の講義を聞いて、中学でよく男子を指名する教師がいたことを思い出した。振り返ると、他にも女子には厳しく、男子には甘い教師がいた。学校はどう生徒に接していくのが一番ベストなのかを考えるのが難しいところだと思った。(もちろん学校だけではないが…。)
・「力仕事を男子に任せる」「男子の方が厳しくしかられる」などの扱いは、前々回の感想で述べた、自分にあった嫌な経験の典型的な事例です。女性に生まれたかったと何度思ったことでしょうか(今でもしばしば思います。)
学校の中にも性差別的な要素があると講義の中にありましたが、これからの世代を教育するこのような場所でこそ、ジェンダーの固定観念を子供たちに植え付けないようにする工夫が必要不可欠なのではと思いました。
・確かに、小学校の教科書は男女差別されていると思う。
そういう小さな所から、徐々に大きな性差別に繋がっているのかもしれない。
ただ、最近の教科書を見てみるとそういった差別は少なくなってきているから、これからどうなるか期待したい。
・小・中・高の教員も男子は〜,女子は〜というように言われたことがあるので,教員側からそういうのをなくしていかないといけないと思う。
・高校の体育の授業で室内の競技は女子だけで、男子は外でということが多くあり不満があった。
・高校の頃、「男子、これやって」ということが良くあったのを覚えています。今日の講義を聞いてて、そういうことなのかと驚きました。
・実際今ジェンダーをなくそうと思っても体に染み付いていると思うので完全にはなくならないと思います。小学生の頃からジェンダーをなくす教育をすべきだと思います。
・小中学校において、男子には「女子に手を出してはならない」という暗黙の了解のようなものがあって、女子のほうが権力を持っていた記憶がある。
叱られるときも、男子はたっぷり時間を割いて叱られるが、女子はその限りではない。
自分がいた環境では、女子の優遇さが目立っていました。
・なにげなく使っていた教科書にもジェンダーがひそんでいたことに驚いた。
・学校での性差別(かくれカリキュラムも)は、生徒達がどう感じているのかにもよるが、もしその生徒達が将来教師になった時、「自分たちの頃はこうされた」と、同じ指導を繰り返していたら、いささか心配である。
・今日の授業は自分の小学校から高校までを振り返ってみると確かに当てはまることが多かった。
学校で効率化を考えるとどうしても性区別に繋がり教育としてどうかと思う一方で社会にでれば学校よりも性区別があると思うので難しいとおもった。
沖縄で方言にペナルティがあるという話をきいて自分の地元は結構方言がきつかったけどそういうことはなかったので、そういう地域もあったのか、とおどろいた。
※「方言札」の話は、ずいぶん前のことです。なお、東北でも似たようなことが行われていたという話も、聞いたことがあります。詳細は知らないのですが……。
・私が経験した、学校の中での性をめぐる思い出は、よく覚えていないというのが正直な所です。授業で紹介のあった事例は、私にとってはごく当たり前のことと考えていたのです。
私は小学校から個性を認め合う学校生活を送ることを推奨されてきました。性差を含めて個性なのだと考える基盤ができていたのです。
何冊も重ねられた新しい教科書を取りに行くのは、女の子が協力しあって行くこともありました。厳しい声で叱られている女子学生も見てきました。女だから、男だからという言葉を聞いたことはありません。
性はその人の個性に含まれるものです。力仕事は男の子に任せるというのではなく、できると思う人や、やると思った人がやるという認識が共用されていました。
・私の所属していた高校では男子にだけ頭髪の規制がありました。
(襟足が長くてはいけない)また,中学校の体育の授業では柔道を男子,ダンスを女子がやると決まっていました。
これは,明示的なかくれたカリキュラムではないでしょうか?
※男子=柔道、女子=ダンスというのは、顕在的なカリキュラムの問題ですね。
・学校でも無意識のうちに男女の差を考えちゃうのはしょうがないとおもう
そしてそのような意識はなくなることはないと思う。
・授業の中の話にもありましたが、私がいままで小中高と学校にいるなかで、校長先生、教頭先生、学年主任などはみんな男の先生でした。正直、私は今までそのことに疑問を持ったことがなかったけど、ジェンダーの視点からみればおかしいことなんだと気付いた。何の疑問も持たず自然に受け入れていたことに少し反省しましたが、このジェンダーの授業をとって問題に気付いたことは良かったと思いました。
自分の経験で言うと、学校で委員会などを決めるときに、この委員会にはクラスから男女一人ずつ入らないとだめ、のようなことが結構あったが、それも考えてみれば男女で分けているよな、と思いました。
そういうことじゃなく、男女で区別しないで一人の生徒としてみることが本当の平等なのですね。でもすぐ全部平等になるのはまだ難しそうだなという気がします。
※本来は委員会も、やりたい人がやる、ということがいいという考え方もあると思います。ただ、今それをやろうとすると、実際には性別職務分離につながる可能性も高いでしょう。
・高校時代の先生(特に担任)は、仕事に対し男女で区別をつけることが多かったです。
力仕事は男子の仕事だったから、女子の自分としては疲れないからラッキー!くらいに思っていました。
今も男子がいると頼って(というか甘えて)いる自分がいます、男からすればいい迷惑…。
この講義を受けて、教育現場で男女差をつけるのもいかがなものか、と思いましたが、ずっと共学で過ごしてきた世の中の大半の人は急激に対応していくのは難しいのではないでしょうか。
学校の方針を決めていく先生方が、ジェンダーという概念を持ち始めたのもここ十数年のことだと思いますし。
教育現場で男女平等をしっかりと実感していくためには、まだまだ時間が必要だと思います。
母校はジェンダー、ジェンダーと言いながら結局何も変わらず、さらに男女差が激しくなっていきましたしね(笑)
・学校でよくあったことで男はよく怒られることがありました。体罰でも男の方が多いですね。身体的に作りが違うので仕方ないのでしょうか?
・私が高校時代、冬になるとストーブを教室に運ばないといけなく、よく先生は力のある男子が運ぶようにと言っていました。そのストーブは本当に重く、男子でなければ、倉庫から教室までの長い距離を運ぶ事が出来ませんでした。
ある程度の性差別は仕方がないのではないかと思います。
・小学校から高校まで、確かに力仕事は男子の役割と言うのがありました。それに対して、違和感を感じたことはありませんでした。クラス名簿の女子覧に〇がついてたりして、小さな差別のようなものがあった気がします。
些細なことでも差別に繋がっていて、ちゃんとした平等な教育が受けらればと思います。
・今日の講義を聞いて、私の高校では男女混合の名簿でしたが、他校から転勤してきた先生が「この学校は男女混合名簿なんだ」と驚いていたことを思い出しました。
何故男女別名簿が存在するのでしょうか?
存在する意味がわかりません
・小学校の時に、男子に厳しくて女子に甘い中年の女性教師がいました。当時はなぜそんな差別をするのかよくわかりませんでしたが、今考えてみると、その教師も子供の時に同じような差別をされたせいではないかと思いました。
・私の高校では校則がとても厳しく、とくに男子の髪型については長さが細かく(前髪は眉毛くらいまで、サイドは耳が見えるように、襟足はワイシャツにつかないように)決められていました。
一方、女子生徒にそのような規定はなかったので…男子生徒はさぞかし恨めしかったことでしょう…。
(実際のところ、女子はスカート丈が厳しかったので…あまり得したことはなかったですが;;)
男子生徒というだけで髪型の自由がなくなってしまうのがとても可哀想でした。
そして例によって男子生徒は教員から厳しく叱責されることが多々ありました…。
性差別というと、女性に不都合が生じていると考え易かったのですが、上記の例も含め男性も「こうあるべきだ」という排除と抑圧の犠牲になっているんだなあと思えるようになりました。
・今日の授業を聞いて思ったことは、自分がその時は気付かなかったがよく考えると男女差別(区別?)的なものが結構あったんだなと思った。他の方のおっしゃる通り女子がズボンでなくスカートなのは男女差物云々よりも寒くて少しかわいそうだなと思う。ランドセルなどについても今ではカラーバリエーションが豊富だが私たちが小学生の時は男が黒、女は赤だったが必ずしもそういう風に決める必要はないと思った。固定観念は恐ろしいものだなと思った。
あと小、中、高の上の役職(校長、教頭など)に関して男女差別については、女性は出産やら結婚やらで退職してしまう人もいたりすると思うので女性割合がやや少ないぐらいならば仕方ないと思いますが、現実はそれ以上に女性の割合が少ないことに驚いた。女性でも男性たちと公正に競争させて能力があればもっと校長や教頭に役職就かせるべきと感じた。知らず知らずのうちに学校で差別的な考えを刷り込まれていたり、差別が存在していたのだなと感じた。
・小学校の時、出席番号を誕生日順で決められました。同じ誕生日の場合、男→女の順になっていました。これは性差別の一種なのかと思いました。
卒業して8、9年たっているので今はどうなってるかわかりませんが。
思い出すと小学校にあがってすぐ男女で区別を色々な場面でされてきていました。
それが普通なんだと思っていたので、今日の講義で出てくる例え話が『そっか、それも性差別だ』と気付くきっかけになりました。
小さいころは何でも純粋に吸収して成長してゆきます。また、学校とは社会性や他人との関わり方、その他様々なことを学ぶ場であると私は考えています。その現場となる学校での性差別は少しでも少ない方がよいのではないかと思います。無意識や感情が入るものをなくすのは難しいかと思います。しかし制度等は対応が出来ると思います。早く対応されることを祈るばかりです。
・学校は、全体的には平等原理が働いているように見えますが、実際は、細かい面で見てみると男女差別は普通に存在していると思います。
私の出身校で実際にあった話なのですが、そのクラスの担任の先生は女性で、その先生はなぜか男子生徒には甘く、女子生徒に対しては厳しい目を向けていたと言う話がありました。
遅刻のカウントにしても、1分でも遅れた女子生徒には入室許可証を取りに行かせ、遅刻のカウントをしたのに対し、同様に遅れた男子生徒に対しては挨拶をしただけで普通に席に座らせ、遅刻のカウントをしなかったという事実を聞き、学校にも性差別が存在することを知りました。
それによってその担任の先生にどういった利益があるのかはわからないですが、遅刻の回数などは、今後の進路にも影響しかねないので、そういった差別がまだ存在するならば、早く撤廃するべきだと思いました。
・私も小学生のときには名簿が男女で分かれていました。ずっとそうだったわけではなくて途中から男女混合になりましたが、思い返せばあれは性による差別だったんですね。話は変わりまして。高校のときは男子の割合が少なかったんですが、それでも生徒会長や文化祭実行委員長は絶対男子がやっていました。一度女の先輩が文化祭実行委員長をやったんですが、周りは男の先輩の方がよかったと言っていたし、私も男の先輩の方が盛り上がりそうだなと思いました。あれは完全に性による差別だったなあと思います。
・男の子が重いものをもつなどその時は普通のことと思っていた
父が管理職になったので母が辞めろと周りに言われていた
男の子なんだからこうしなさい など教師にいろいろ言われていた
・学校の教育現場においても男女のイメージというのは存在しているのだなぁと思いました。小学生のころからなんの違和感もなく教科書の女の子はピンクや赤のスカートをはいていて、男の子は青や緑の服に半ズボンをはいていた。高校でも理系は男子、文系は女子のイメージがあり、人数からも差があった。
・教育のなかにもやはり男女で差が出るのがよくわかった
男女の差をなくすのは難しいのではないかと思った
・少なくとも、評価や機会は(身体的性差を考慮して)男女平等に与えるべきだと思った。
・今回の講義を聞き、小学生の頃の教科書について思い出してみました。
講義の通り、一般的に考えられる男らしさ、女らしさを全面的に押し出していた教科書だったと思います。しかし、最近はランドセルの色が男子は黒、女子は赤という概念が薄くなってきており、これは学校における男女差別が無くなってきているのかな、と思いました。
・私は女子高出身なので、高校でなにか性差別があったかはわかりませんが、中学の時はあったと思います。男の先生で怒るときにげんこつする先生がいて、男子にはしていたけど女子には、げんこつしないっていうのがありました。私は女子なので大丈夫でしたが、同じことをしてげんこつされてた男子がかわいそうでした。
・今回の授業をきいてから、今まで小・中・高と学校に通っていてどんな経験をしたか考えていましたが、私が通っていた学校では男女区別なく接する先生が多く、実際にはあまり差別されていなかった気がしていました。しかし周りの人の話で、宿題を忘れて怒るときなどに女子にはそこまで厳しくしないけど、男子には厳しく少し立たせたりするときいたことがありました。あとなぜか女性の先生は男子には優しく、女子には厳しいという話も沢山聞きました。やはり、自分と違う性別の生徒には知らない部分が多いため許してしまうこともあるけど、同じ性の生徒には自分と同じ性として許せない部分があるのかなぁ、と感じました。
また、今回の授業で驚いたのが理科系の科目で男女差がほとんどないということでした。先生方に女子だから男子よりも数学はとれない分国語や英語を頑張れ、といわれたことがありてっきり女子は男子よりも図形なども苦手なので点数も悪いと思ってました。色々と考えていると、意外と自分で性別で区別して男子よりも劣っているんだと思い込んでいることが沢山あるということに気づきました。
他にも体力的に、男子には及ばないなどと勝手に考えていることも多いと感じたので、この機会にただの思い込みなのか、実際にそうなのか調べてみたいと思いました。
・学校にも当然性差は存在する。私も小学校で先生に「男子はこれを運べ。」と男子だけに力仕事を任されたことがある。その時は女子はいいよなー、と思ったこともあったが、男だし仕方がないかと納得したものだ。個人差はあるが、平均的には男子の方が力があるし、効率的なので特に不満はなかった。その代わり、細かい作業や、美的センスが求められるものは主に女子が活躍していたし、役割は違えど平等ではあったと思う。性別で役割を分けることが不平等であるとは限らないし、両性が納得できるものであるならば、性的職務分離も悪くはないはずだ。
※ところで、「個性」って聞いたことあります?
・教育とジェンダーについて考えてみて、
小学校、中学校、高校と振り返ってみましたが、
これは、と思うのをあげてみます。
・図書室の先生は女性
・音楽の先生は女性
・美術の先生は女性
・技術の先生は男性
・情報の先生は男性
・保健室の先生は女性
・理科の実験の助手は女性
僕の学校でのことなので、断言できませんが…多分他の学校でも同じような感じではないでしょうか。
お恥ずかしながら、
教育にジェンダーなんてあるのかな…
と講義前は思ってました。
以外とジェンダーがあふれてることにびっくりしました。
・高校のときなのですが、体育の授業でジャージに着替えるとき、女子は暖房のある教室で着替えるので、男は寒い冬でも体育館で着替えないといけませんでした。冬は本当に寒いです。
あと、校舎は4階建てだったんですが、女子トイレは全ての階にあるのに、男子トイレは1階と3階にしかありませんでした。
・私の通っていた中学校では、男子は青女子は赤のジャージを来て生活をしていました。差別というよりは、はっきりとした男女の区別だと感じました。
これに関しては、差別の問題ではなく、危険を生み出す問題がありました。不審者などにジャージを見られて、赤いジャージだとわかってしまうとやはり女子は狙われやすいのです。
今は男女でジャージの色を統一しているそうです。
・自分も学校などでは、先生の生徒に対しての対応で
女子に対しては優しく、男子に対しては厳しいという対応を経験したことがあります。
あのような差別は不愉快なので改めた方がいいと感じました
・小学校入学から男女の差別はあった。
それは男性は男性らしく、女性は女性らしく成長するための差別だったのだと思う。
社会的な男女の役割を認識させるためには必要な差別だと思う。
・あまり男女の差について考えたことはなかったが自分の周りのことを考えてみると私のサークルでは、男の人は部長で女の人は副部長をやるようになっている。運動サークル全般だが、他のサークルをみても男の人が部長をやっているサークルがほとんどのように思える。
・学校という場は平等な場所だと思っていたが、よく考えてみると教師の言動や私たち生徒の言動の中にも男女の扱いに差が出ていた気がしました。
性別によってマラソンの走る距離が違ったりするのもジェンダーなのでしょうか?
オリンピックでは女子も男子と同じ42、195qを走るので気になりました。
男女平等とはどういう基準で判断するべきなのか、難しい問題だと思いました。
投稿者 june : 14:11
第5回
第5回は、テキストを離れて、教育とジェンダーについて扱いました。
学校教育は比較的平等感が高い分野ですが、実際には、それほど平等が達成されているわけではありません。その実態と意識の乖離はどこから来るのでしょうか?
以下、講義ノートから抜粋します。
---
○学校は平等、か?
・福島県の調査:全体の半数が「学校は男女平等」
※他の調査でも同じ。
→そのほかの領域と比べると非常に大きな開きがある。
生活しているのは同じ人間である。同じ社会に生きている。それなのにどうして?
・どうして平等感があるのか?
学校が「業績主義」の空間だと思われているから。
つまり、「できればほめられる」「できるやつがえらい」「できればいい学校に行ける」というような意識と事実がある。
↓
ほんとうにそうなのか?
○学校の中の性差別
・学校はまず、教員たちにとっての「労働」の場である。
→当然、その他の労働現場と同じようなジェンダー差が存在する。
「上に行くほど寒くなる」。教科間の教員の男女比の違い。
・親のジェンダー・バイアスも如実に現われる。
子どもに受けさせたい教育、高等教育を受けさせたい理由。
・そして、しっかり子ども(生徒)たちも、影響を受けている。
好きな科目・嫌いな科目、進学先。
なにか力が働いているからだ。教員のありよう、親の希望、そして教育そのものからも?
・福島県の調査から
教員は生徒を性で区別していないと考えている。
⇔実際の取り扱いは区別している。生徒もそれを感じている。
・学校は決して性差別社会からの「解放区」ではない。
ただし、「性別原理」(と仮に名前を付けておく)だけでなく「業績原理」も同時に存在する。この二つの相矛盾する原理が交錯するところが学校。
特に女性で、この二つの原理の矛盾が露呈することがある。男性においては、業績原理と性別原理が矛盾しない。学校で「できる」ことは(特に、主要教科で)、彼にとってはいいことであるし、周囲にとってもあまり問題とならない。しかし、女性にとっては異なった現実がある。
○かくれたカリキュラム
・学校で子どもたちが経験する現実を理解するための概念装置。
顕在的カリキュラム……教科名、教授内容・項目
かくれたカリキュラム……その他のもの
明示的なかくれたカリキュラム……かたちがあるもの。教科書のイラスト、制服、
名簿の順番、空間編成(並び順)、ほか。
黙示的なかくれたカリキュラム……はっきりとしたかたちがないもの。教室内での
相互作用(やりとり)、課外での指導。
○教科書の中の性差別
・教科書の問題は「明示的なかくれたカリキュラム」の典型である。
教科書に「男女を不平等にしろ」と書いてあるわけではない。それを使って「学ぶこと」も男女で一緒である。しかしそれは顕在的カリキュラムのレベルの話である。
・福島県の教科書分析
題材は福島県の公立小学校で使用している国語の教科書(1年生用)。
1)著者はほとんど男性(1996年:男性20人、女性5人)
2)登場する男女のイメージ
女の子は、赤やピンクの色の服が主、短いスカート。ズボンは例外的。
男の子は半ズボンが多い。青、緑、黒などの服。帽子も。
職業は男性の方が多様。女性は、母親、教員、店員などで狭い。
おつかいにいくときは、姉がバッグを持って弟と一緒というパターンが多い。
3)物語では男性が主人公のものが多い。
動物が登場しているときも男女別になっている。女性登場人物は女性役割。
近年は物語より、言葉の練習というふうなものが増えている。
※アメリカでは70年代前半に学校教科書の総チェックが行なわれた。その結果、人種および性別に関するガイドラインが作成され、教科書会社はイラストを含む表現に配慮するようになった。ただし、現在でも教科書の男女比のアンバランスは一部残っている。
○黙示的なかくれたカリキュラム
・黙示的なかくれたカリキュラムの例(80年代に欧米で研究進む)
(1)教師−生徒間の相互作用量の相違
教員と男子との会話は全体の3分の2、男子生徒の発言も全体の3分の2という調査結果。(「3分の2の法則」)
※なお、教師はこういった差異に気がついていない。女子を公平に扱おうとした教師は、実際よりも女子を優先しすぎているという感覚にとらわれた。
(2)相互作用の質的相違
女の子にはやさしくする・男の子は厳しくしかる。「甘い」ことは「期待しない」ことの裏返しでもある。もちろんそこから利益を引き出す女性はいる。
(3)性別カテゴリーの多用とステレオタイプの動員
「男子、これやって」とか、「女子、だれかできないの」というような、性別カテゴリーを使った教室の管理・運営。
☆今後の課題
教員が男女を公平に扱おうとしていても、生徒の中にあるジェンダーの秩序によってその意図が覆されることがあるという。このような場合、結果的に教員は教室内のジェンダー秩序の再生産に貢献してしまう。こうした生徒がすでに持っているジェンダー秩序に、どう介入していくか。
投稿者 june : 12:47
2010年05月12日
5/12の感想
第4回、5/12の講義の感想です。
・労働において女性への固定観念の存在により女性は不利な社会だと思う。今は昔に比べて女性が働きやすい環境を目指している企業が増えているため、女性は排除されにくくなっている。
私は現在の女性は結婚したらパートなどで働くことが多いと思っていた。フルタイムだと育児もしなくてはならないため大変だと思うからだ。やはりこれからも「パートは女性」という考えがより浸透すると思う。
・法整備されたにもかかわらず、賃金格差がまだ存在することには疑問が残る。
会社側にも言い分があるだろうが、賃金格差是正のためには会社側の理解と協力が必要だと感じた。
・近年になり、家事や育児を手伝う男性が増えてきましたが、私の父はまったく家事はやらないし子供に関しても無関心です。「家事なんて女がやるものだ。」と考えているようですが、母はパートもやっていて忙しいので、できれば手伝ってあげてほしいです。将来家庭を持ったら夫には家事や育児を手伝ってほしいと思いました。
・今日の講義をお聞きして、日本で初めて女性で医者になった人の話を思い出しました。荻野吟子(おぎのぎんこ)という人です。
まだ女性が医師になるというような先例がない時代だったので、吟子さんは始め、他の医者を志す男性から笑われたり、女性というだけで患者から診るのを断られたらしいです。
・労働は一番男女格差が激しい分野だと思いました。女性の雇用状況改善や賃金格差の是正には男性の働き方を改めないといけないと思いました。日本人はなんとなく、よく働くことが美のような固定観念としてあるような気がします。しかし男性の長時間労働を変えない限り、女性の働く環境は変わらないと思います。労働をうまく配分できたらなと思います。
・アルバイトならだいたい男女同じ賃金なので、社会全体でもそのうち平等になると思います。
・今日の男女の労働賃金についての話を聞けておもしろかった。まだまだ男女の差があるのでいつか平等になるといいなと思う。
・女性の賃金が男性の7割弱だということはある程度知っていましたが、外国と比べたら物凄く男女の賃金に差があるということを知り、日本はまだまだ男女差にこだわっている部分があるのだというジェンダリズムを感じました。
・兄がファーストフード店でバイトしていて、女性がレジで男性がハンバーガー作りというのを聞いて、ごく身近に性別職務分離があることを改めて感じました。
日常生活で多くあると思うので、関心を持ちました。
・就活で郡山の木工会社に訪問に行ったとき、女性は雇えないと言われてショックを受けたことがあります。
従業員も20人に満たないほどの小さな会社で、女性は事務の人が2〜3人、他は男性の職人でした。
職人を希望していたのですが、会社の設備(トイレや更衣室など)が男性用しかなく、女性を職人として受け入れるのは難しいとのことでした。
また結婚や子供、怪我の心配など(機械を扱うので)についても話され、なにか申し訳なく思ってきてしまい結局面接をする前に私の方から辞退しました。
ジェンダーや男女雇用機会均等やらうるさくなってる今の社会にこういう会社もあるもんだと思い、いくら法律があっても実際変わるのはなかなか難しいと感じました。
・私の姉は今、大学の四年生で就職活動をしているのですがなかなか内定がとれずに悩んでいました。最近、決まったらしいのですがやはり、賃金が男性と比べ安いそうです。
姉の男子同級生は結構早く内定が決まっていて悔しいと愚痴をこぼしていました。就職もやはり男性の方が賃金と同様に優遇され、採用される確率は高いのかなと思いました。
・今日の「労働とジェンダー」というテーマは、これから自分が身を投じていく労働との兼ね合いということで興味深く聞けました。
私の家では小さい時から両親共働きで、近所や親戚の家庭でもほとんど共働きで専業主婦をしている家庭はまったくと言っていいほど見てきませんでした。だから、女性の社会進出は当たり前のことと思っているところがあり、「女性の社会進出が著しくなったのは最近である。」という言葉を聞き始めた時はピンときませんでした。だんだんと、女性の社会の中での価値の進出が著しくなってきているのだなと分かるようになってきましたが、性別に関係なく社会人になれば社会に出て働くのだという概念が私の中にはあります。
・性別職務分離の話を聞いて私はプロ野球のウグイス嬢のことが頭に浮かびました。以前は名前の通り女性が勤めていましたが最近は男性のアナウンスも増えそれが長く続いています。女性の職務分野に男性が入っていくのは良いことだと思うしまた逆もしかりです。最近は女子プロ野球もでき、女性が活躍する機会も増え始めているのでそのような機会がより増えればいいと思います。
・「女性の賃金はやっている仕事の価値をかなり下回っている」ということがとても印象に残りました。仕事をしたらした分だけ賃金を払って欲しいです。また女性の社会進出の意味を初めて知りました。たしかによくよく考えてみると、女性は社会進出と騒がれる前から仕事をしていました。それは逆から言うと会社勤めでないと社会進出してないということでしょうか?なんか違和感があります。
・銀行でもそうだけど、例えば窓口など役割によって仕事を割り振りするのは利益から考えればしょうがないことではあるけどそれでもやはりある種の差別のような気がする
・今日の講義を聞いて、「近代女性の社会進出が著しい」と今まで思っていたが、よく考えたら、女性が働き始めたのは最近ではなく、ずっと昔から働いていたということが分かった。
・今日の講義を聞いて昔と今とでは女性と男性の役割は変わってきているんだなと感じました。
・女性が不当に給料を少なくされる事、男性が不当に長時間労働を強いられる事はともにあってはならないと強く感じました。また、男女や既婚・未婚を問わず、個人が主体的に職務を選べる環境を形成していく事が重要ではないかと思いました。
・まだ私はアルバイトをやったことがないので男女の賃金格差とかはあまり実感したことがありません。でも、実際働いてみるとやはり実感するものなのでしょうか?
日本は北欧に比べて格差が大きいということを知ってすごくおどろきました。
・男女間に賃金の格差が生まれてしまう理由には、職階や労働力率など様々な要因があることがわかった。
女性も平等に職に就けるのが当たり前になってきた近年では、非正規雇用として雇う企業が増大している。この傾向はやはりまだ男女間における格差が見直されていないと思った。
・身近な事でもある労働に関する内容なので考え易かった。賃金の面で格差がある事の要因があまり根拠がないことは意外だった。
・ドイツの銀行の話で、どこかの国の飛行機の乗務員はがたいのいい人ばかりだったという話を思い出しました。非常時に対応するためらしいです。男女ではない、職能分離の具体的な理由ですかね。
・自分はスーパーでアルバイトをしていたけど、アルバイトやパートの人ではあまり性別職務分離は感じなかった。地元のスーパーだからかもしれないけど、どこの部門にも均等に男女が割り当てられていた。
でも、レジのチーフが女性(途中変わったけど両方とも女性)だったり、店長が男性(途中変わったけど両方男性)だったことから、その会社の中では性別職務分離があるのかもしれない。
・性別職務分離については思い付きません。
話は変わりますが私の母は給料が男性よりも低いそうです。きっと母の会社の社長さんもテキストに載っているような考えを持っているのでしょうね。
・私は将来なりたい職業があってしっかり働きたいと思っているので、日本ではまだ男女の賃金差が大きいと知って残念だなと思いました。
同じ仕事なのに男女で違いがあるのはおかしいと思うのでもっと平等な社会になればいいなと思いました。
・男女の賃金格差が思っていたより大きかった。実際の職務内容からいうと男性も女性も大差ないのに「男性」というだけで給料の水増しは納得がいかなかった。それと、戦前と戦後で考え方がだいぶ違うので、ジェンダーなんて人間が作り出したものなんだと思った。
・女性が結婚をきっかけに仕事をやめ,子供が大きくなったらまた仕事を始めるグラフがM字型になっていてビックリした。
・学校で先生が力仕事を男子に任せるように、性別で役割を決めるということは多いと思います。でもそれが社会の話になると性別で労働の価値が異なり差ができてしまいます。同じように働いているのにこのような差が生まれるのはおかしいと思います。
・M字型がなくなるような体制が必要だと思いました
女性だけでなく会社、社会全体で子どもを育てる仕組みはないかと思いました
・私の友達は就職して働いているのですが、まさに長時間労働だと思いました。詳しくは分かりませんが…
・今まで看護師や保育士、介護福祉士は女性が多かったけど、男性も増えている。
兄が介護施設で働いていた時期があり、その時に言っていたのは男性の利用者さんでも男性には抵抗を感じると言われたそうです。それはやはり介護福祉士は女性という概念が強いのかなと思います。
・労働賃金である程度男女格差があるのは仕方ないのかなと思います。
やはり男性が家族を支える中心になると考えているからです。
・女性には社会進出という問題があるが、それは解決の傾向にあるようである。しかし、男性の長時間労働の問題はしばらくは解決されないように感じる。
未だに女性に長時間労働をさせるのに抵抗があると思われるため、どうしても男性の労働時間が増えてしまう……と思う。
ジェンダーの問題とはまた別だと思うが、解決はしなくてはならないはずです。
・今回の講義で「近年」とか「社会進出」という言葉の意味を深く考えた事が無かったなと反省した。海外にいく行った時の飛行機で、キャビンアテンダントに男性を見たのが初めてだったからか、珍しく思った。これもキャビンアテンダント=女性というイメージがあるからなのかと思いました。
・男性より女性の平均賃金が不当に低いという事は不快に思う。
性別職務分離で根拠の後付けとは如何なものかと考える。根拠があっての結論にすべきだ。
・自分はコンビニでアルバイトをしています。給料などには男女で差はないですが深夜のバイトは女性は入らないようになっています。防犯対策などの理由からなのでしょうがこれも女性差別にあたるのか疑問に思いました。
・男女差別はなくなりつつあると言われているが、この教科書や講義を聞いて、まだまだなんだなと思った。
確かに銀行の窓口にいる人は、だいたい若い女性が多く、そういった、ほとんど性別が決まっているような仕事は、探せば沢山でてくる。
男女平等な世界など来るのだろうかと思った。
・今日もわかりやすい講義ありがとうございました。職業のジェンダーと言っても、所得から職種まで様々な男女の違いがあるのだなと思いました。でも考えてみれば、女性は働くと同時に家事をこなす場合が多いです。既婚の女性が働くとそうなりますよね。ということは、男性より女性の方が頑張ってることになるので、やっぱり所得が低いのはもったいないことだと思いました。
・労働とジェンダー
ということでいろいろ考えましたが、
産休・育休問題
が今回の講義にぴったりかなと思いました。
・産休や育休で、一度職場を離れた女性が、また職場復帰したいのに、なかなかできないケース。
・育休を取りたいのに、男性だからというだけでなかなか取れないケース。
僕は、この2つのケースに疑問を感じてます。
少子高齢化が進むこんにちの日本。
子供の数を増やして、少しでも進行を止めたいのに、
それを妨げるように存在する上にあげた2つのケース。
会社や国は、早急に改善すべきだと思います。
・女性は出産をし家事もしなければならないので男性と同じように働くことは難しいと思う。だから、どうしてもパートなどが増えてしまう。
女性も正社員として社会で活躍するために、出産後働きやすい職場づくりや同僚、家族のサポートなど会社によっては整っているところがあるとは思うがより一層良い環境づくりが大切だと考える。
・女性の賃金は男性の7割弱ということに驚きました。この格差はあまり根拠のないものが多いということに更に驚きました。
・昨日の授業を通して仕事におけるジェンダーについて考え直すようになりました。
・銀行の受け付けが女性が多くなったのが意外と最近な事に驚きました
・考えてみれば、身の回りにもいろいろ労働での差別ありますよね。例えば僕が思いついたのは、テレビのドラマで「○○君お茶ついてくれる」とか男の上司がいうのをおもいました。これもある意味近いですよね?
・先進国の中でも日本の男女賃金格差は大きく、女性が常に男性よりも下位に見られる傾向も強いと感じました。
特に日本は昔から女性の役割を決め付けるような面が強く、年配になるにつれ、その傾向は強まるように思います。また、これは男女の差別是正を妨げている原因のひとつになりえます。
加えて、銀行窓口や会社の受付といったいわゆる「顔」となるところでは、女性にその役割がまわってくることが大半であり、女性がおかざりの役目をする流れは今後大きな変化はないだろうなと思いました。
・今も正社員男性の長時間労働が問題となっていますが、一人当たりの労働時間を減らして雇用を拡大することはできないのでしょうかね。確かに人が少ないほうが、景気の変動に対応しやすく、リストラなども少なくて済むかもしれませんが、働きたくても働けない人が多い今こそ、長時間労働を減らすべきだと思います。現実的ではないかもしれませんが、努力していただきたいところです。
※ワークシェアの考え方ですね。
・女性の労働に関して法律で定めても昔ながらの慣習みたいなものはなかなか抜け切っていないのだなと思う。男が公務員だから女は仕事を辞めろみたいなことを昔、私の母が経験したようです。
・戦後しばらくでは銀行の窓口で勤務していたのがほとんど男性だったということに驚いた。
大衆化路線にするために女性の採用を増やすのは都合よい考えだと思うし、即応性や的確性やキャリアが求められた時代に男性中心に採用していたのはやはり職場での女性の可能性に対し否定的だったのだろうと思った。
・今日の授業では、アイテム評価点は男女で100:88なのに平均賃金が100:70であるという話がとても印象に残りました。男女共同参画社会基本法などがだされているけれど、やっぱり女性の方が待遇されにくく賃金が安いんだ、と 改めて悲しくなりました。いつになったら男女賃金が同じになるのだろうと疑問に思いました。また母の友達が、子供を産むために会社を辞めてから会社に正社員として戻ることができず、非正規雇用として働いているという話をきいたことがあり、その時は、今はなかなか女性が社会復帰するのが難しいんだ、と切実に感じました。長時間労働も問題であり、働きすぎも体に悪いので、その分雇用者を増やしてより多くの人が社会復帰できるようになったらいいなと強く感じます。今日の授業は労働についてで、自分にとても身近に感じられる話で興味深かったです。
・今日の講義で『根拠なしで言説を介し構築される』ものもある、と知り驚きました。根拠ないものがまかり通り皆当たり前だと思うのは少し怖いですが、人なら有り得る事だと思いました。
・銀行の窓口には若い女性がいる。ということが実はわりと最近からの動きだと知り驚きました。朝の天気予報で流れる銀行の様子から、若い女性というイメージが強かったのですが、よくよく考えてみれば、銀行強盗対策や業務内容の専門性、レベルの高さがあるので男性が担当で妥当だと思います。それが顧客獲得のために大衆化路線に切り替えたことで転換したことを考えると、職務につく人というのも、その時代、時代で臨機応変に変わるものなんだなと改めて感じさせられました。
ところで職務分離についてなのですが、例を挙げて考えると…教員に男性が多いのは(必ずしもとは言えないですが…私の高校では圧倒的に男性教員が多かったです)、水平的性別職務分離。またその中で女性校長が少ないのは垂直的性別職務分離。ということですよね?
あ…でもこの例では、水平的〜の方は特に不都合がないような気がします…。ジェンダーや性差別の概念は何か不都合が生じたからうまれたのに…矛盾しない良例が考えつきません。
毎回発表されている他の人の感想メールは的を得ているのに、私の感想メールは大丈夫なのかとても心配になりました。
というかこの授業をちゃんと理解できているのか不安になってきました…。予習復習そして考える力を身につけたいと思います。
・ディズニーランドのアトラクションの話ですが、
ホーンテッドマンションの乗り物にはなぜ女性のスタッフだけなのでしょうか
他のアトラクションには男性のスタッフも女性のスタッフもいるのですが…
・私は奨学金をかりるための書類を作成していたときに、両親の賃金をみて、あまりの金額差に驚きました。私の目から見ていると、母のほうが父よりも2時間以上早く出勤しているのに、父の方が母の何倍もの給料をもらっています。いくら職種が違うとはいえ、家事をこなしながら毎日働いている母が不憫に思えてしまいました。
・男性が育児休暇を取るという傾向が少しずつ広がっているようですが、男女の賃金格差が大きい事を考慮すると、女性が育児休暇を取った方が良いのではないかと思うことがあります。
自分は育児休暇を取ってみたいと思ってるのですが、養育費の事を考えて仕事一筋になるのはあまり良くない考えでしょうか?
男性が育児休暇を取りやすいように格差が早く縮まって欲しいと思いました。
・職業分離について関係あるのかわからないですけど、無職の人間がいるとしたら、男性はそのまま無職と表示されますが、女性は家事手伝いと表示されますよね。
職業だけでなくこのような言葉の分離もあると思います。
・今回は男女の賃金格差等についての講義でしたが、その中でも男性に支給される扶養手当が女性よりも多いということに関心を持ちました。実態では、女性(母親)の負担が大きいにも関わらず、このような格差があることは不公平であり、是正すべきだと思いました。また、現状に見合った制度の必要性を感じました。
・晩婚化が進んでいると言われますが、それはサラリーウーマンが増加傾向にあることの裏返しであると思いますので、ジェンダー学的には良いことだったのだと思いました。
・今日の『労働とジェンダー』は考えさせられることがたくさんありました。女性は働きたくても働けない状況(出産、育児など)があるので、そうゆうことをちゃんと理解してくれる人が増えてほしいと思います。
・そもそも旧石器時代から男が力仕事で外へ行き、女が内で家を守るという構図が継続していくなかで貨幣経済の時代が到来し、女性もひとりで暮らしていけるにもかかわらずその社会に根付いた構図が女性を縛りつけた。その構図が最近見直されれ始めた結果、女性がようやくじぶんのやりたいことを自由にできるようになった。しかし、働く女性がふえるにつれ少子化という新たな問題が肥大化してきたこともたしかである。女性は出産という人生の山を越えるために結婚か仕事かを天秤にかけることでそれはすでに男性にくらべて大きなハンディを背負って生きているのだ。そのハンディを少しずつ少しずつ改善していくことがやはり男女の差をうめる土台になることは間違いないだろうと私はおもう。
・同じ会社に女性は男性より正社員に成りにくい。男女の差がいつか平等になるかなぁと思う。
・同じ仕事をしているのに女性が給与の面で男性より少ないという事実があるのなら是正されるべきである。しかし表面的には同じ仕事をしていても、やはり女性と男性とでは体力的な差により、成果にも差が生じ、給与の差が生じるのだろう。
この考え自体ジェンダーの考えであるが、ジェンダーという言葉の意味通り、性別が社会的・文化的に形成されたからこそ、男性と女性が共存できる(働くという面においても)のだと思う。
・スーパーのレジ打ちは確かに女性が圧倒的に多いけど、これは利用客も女性が多いからではないかと思った。
投稿者 june : 13:19
第4回
第4回は、労働とジェンダーをテーマに、テキスト第3章の内容の半分ぐらい(1、2、4節)を1回でお話ししました。皆さんの反応を見ていると、ご自分の将来にかかわることとして、興味深く聴いていただいたようにも思います。
来週は、「教育とジェンダー」について、お話しします。
投稿者 june : 11:55