2001年01月26日

モダンガール論(斎藤美奈子)

【 書 名 】モダンガール論 ―女の子には出世の道が二つある
【 著 者 】斎藤美奈子
【出 版 社】マガジンハウス
【発 行 年】2000年12月21日
【 価 格 】1600円+税
【 ISBN 】4-8387-1286-3
【KeyWords】労働、教育、結婚、階層とジェンダー、主婦

【 内 容 】

 はじめに モダンガールの野望について

 第1章 将来の夢、みつけた
  :女学校に行かせて!
  :お嬢さんは職業婦人
  :主婦ほど素敵な商売はない

 第2章 貧乏なんて大嫌い
  :労働婦人ってなんだ
  :ネオンの街で生きぬく法
  :みんな「働く主婦」だった

 第3章 夢と現実のはざまで
  :女性誌が教えてくれたこと
  :キレた彼女が立ち上がるとき
  :ああ、すばらしき軍国婦人

 第4章 高度成長の逆襲
  :めざせOL、女子大生
  :あなたも私も専業主婦
  :翔んでる女がぶつかった壁

 終章 バブルが消えて、日が暮れて

 もっと知りたい人のための文献案内
 あとがき

【コメント】

 斎藤美奈子が女性史の本を書くとこうなる――という一冊。明治から現代にかけての、女性の生き方の変遷を、「欲望史観」という視点から描いてくれる。
 「欲望史観」とは彼女によればこういうものだ。女性はずうぅぅっと抑圧されてきました、大変でしたーっていうんでもなく(それだとずももももぉぉんと落ち込んでしまう)、「婦人解放運動の力で女はこんなに進歩した!」というのでもなく(それだとみんなそんなに立派だったん?と疑問に思えてしまう)、「リッチな暮らしがしたい、きれいなお洋服が着たい、人生の成功者と呼ばれたい」というキモチの蓄積として、今があるという考え方。「出世」したいという気持ちは男の子だけの専売特許じゃない、女の子は女の子なりに「出世」を狙って生きてきたし生きているのだ、ということ。

 この本のいちばんの特徴をあげるとすると、階級・階層間の差異に目を向けている、ということ。得てしてこの手の本は、女を一枚岩の存在として扱いがちだ。しかし、斎藤美奈子は、比較的富裕な階層と、都市の労働者と、貧困層と、そして何よりもきちんと農村にも目を向けている。これはなかなか他に類例を見ない。
 そのほか、一次史料にもたくさんあたっているということもあげられる。もちろん、斎藤美奈子流のテンポのよい、楽しい語り口も相変わらず快調だ。読んで損はない一冊――そうおすすめしたい。

投稿者 june : 14:54

1999年10月18日

学校文化とジェンダー(木村涼子)

【 書 名 】学校文化とジェンダー
【 著 者 】木村涼子
【出 版 社】勁草書房
【発 行 年】1999年10月1日
【 価 格 】2700円+税
【 ISBN 】4-326-65227-6
【KeyWords】教育、階層、主体化、かくれたカリキュラム、ポピュラー文化

【 内 容 】(目次)

 はしがき

 序章 〈ジェンダーと教育〉研究の課題
  1 学校における男女平等は幻想か
  2 学校の中で起こっていること――学校内部への視点―― 
  3 女性の中の多様性――ジェンダーと階層――
  4 女性性に向けての主体の形成

 I 学校のなかのジェンダー

 第一章 ジェンダーの再生産と学校
  1 イデオロギー装置としての学校教育
  2 幼児・初等教育の平等主義と〈中立〉的な性別カテゴリーの多用
  3 中等教育におけるセクシズムの強化
  4 〈かくれたカリキュラム〉とジャンクション・システム
  5 学校教育の再生産機能――資本制とセクシズム――

 第二章 学校文化における平等とセクシズムの葛藤
       ――ジェンダーと階層――
  1 学校文化の中の矛盾する二つのメッセージ
  2 学校文化への少女たちの対応
  3 階層による分化
  4 男女の新しいあり方に向けての学校文化の変革

 第三章 学校の中の〈かくれたカリキュラム〉
  1 〈見える〉と〈見えない〉の間――誰にとっての可視性か?――
  2 日本の学校が内包する〈かくれたカリキュラム〉
     ――子どもたちにとっての〈見える〉――
  3 〈見える〉ことの意味――学校文化の変革に向けて――

 第四章 教室におけるジェンダーの形成
  1 ジェンダーと教育研究における相互作用の問題
  2 児童によって認知された相互作用における性差
     ――質問紙調査の結果から――
  3 教室における相互作用の現実
     ――B小学校における教室観察から――
  4 子ども集団と教師のパワー・ポリティクス

 第五章 〈教育と女性解放〉の理論
  1 教育における性差別をいかにとらえるか
  2 リベラル・フェミニズムの立場――〈機会の平等〉論――
  3 ラディカル・フェミニズムの立場
     ――文化・知識の男性中心性批判――
  4 マルクス主義フェミニズムの立場
     ――ジェンダーと階級の再生産論――
  5 解放のための戦略をいかに措定するか

 第六章 女性解放をめざす教育――〈女性〉の多様性をみつめて――
  1 フェミニズム批判からフェミニズム第三の波へ
  2 学校教育の中で〈生き残る〉者――女性の中の不平等――
  3 マイノリティの視点の内在化

 II 少女が〈女〉になるメカニズム

 第七章 少女小説と〈女〉への社会化
  1 〈女らしさ〉の形成と大衆文化
  2 アメリカにおける少女向け恋愛小説
     ――その内部と外部のダイナミクス――
  3 日本における少女向け大衆文化の分析に向けて

 第八章 少女小説の方程式
  1 少女向けメディアの発達
  2 少女小説の消費の実態
  3 少女小説の物語の基本的道程
  4 物語構造のヴァリエーション
  5 ヒロインが取り結ぶ他者との関係
     ――個から対へ、対からネットワークへ――
  6 少女たちの〈読む〉行為

 第九章 自己と他者――少女マンガ、少女小説そして文学――
  1 〈癒し〉の流行
  2 少女文化における〈癒し〉
  3 自己肯定の危うさ

 第十章 なぜ女性は女性役割を受容するのか――その意識と現実――
  1 女性役割の自発的選択?
  2 現代女性の生活意識
  3 女性役割受容についての三つの仮説
  4 現実に近づくために

 終章 資本主義社会におけるセクシズム再生産の理論化に向けて
  1 資本主義とジェンダー秩序
  2 学校・マスメディアと労働市場の接合――労働力商品の生産――
  3 学校教育における二つのヘゲモニー――階級とジェンダー――
  4 サブカルチャーによる補完――〈抵抗〉とヘゲモニーの貫徹――
  5 再生産に内在する変革

 あとがき

【コメント】
 著者の既発表の論文を集めたアンソロジー。ただし決して寄せあつめではなく、かなり加筆・訂正が行なわれてもいるし、またきれいに現代の「ジェンダーと教育」をめぐる問題状況の全体を俯瞰できるようにもなっている。
 著書を一貫して流れているのは、教育(特に学校教育)を、「平等化」を進めると共に「差別化」を再生産するととらえるという立場である。世論調査でも、学校は他の生活領域に比べてきわめて男女平等であるという考えが根強い。しかし、かくれたセクシズムは学校教育の場に蔓延しているとすら言える。その両側面を持ったものとして教育をとらえようということだ。
 ただし、その現われ方は場面によって異なる。第一章では、段階別にそうした「平等化と差別化」の二側面がどのように現れてくるかが考察される。
 第二章では、しばしば「ジェンダーと教育」という問題が見落としてしまう点、すなわち階層の問題が扱われる。この問題が欠かせないのは、第五章で論じられ、終章でまとめられているように、筆者が「ジェンダーと教育」の問題をマルクス主義フェミニズムの問題関心からとらえ、全体社会の再生産の分析の中に位置づけようとしているためである。
 また、「生徒・児童は資本主義的・性差別的イデオロギーを注入される、受動的な存在に過ぎない」という視角にも、筆者は異議を唱える。子どもはセクシズムが教室の中で表現され、再生産されるときの担い手にもなるのだ。それはまず、欧米では1970年代から、日本でも1980年代後半から蓄積されてきた、クラスルームのミクロ分析から明らかにされる。さらに踏み込んで、その際に取られるデータ収集のアプローチも批判の対象とされる(観察および分析の焦点は教師の側にあり、子どもの意識や行動は主軸とはされてこなかったということ)。こうした観点はフェミニスト・ポスト構造主義と呼ばれるものの成果を引き継いでいるものである。
 さらに、特に少女たちの主体形成が、どのように学校文化と相呼応したり、「抵抗」したりされながら進んでいくかにも、目が向けられている。その際の手がかりとなっているのは、少女小説の「読まれ方」である。規模の大きい調査をもとにした「読まれ方」の分析(第八章)は、単なるテクスト解釈を超えて少女文化のありように迫るものであろう。
 こうした網羅的な視角と調査に基づく豊富なデータによって、木村のこの本は、「ジェンダーと教育」の問題についてこれから考えていこうという人にとって、「まず最初に読むべき1冊」になりうるのではないだろうか。彼女自身が学生時代に接した本が彼女の中のもやもやとした問題関心にはっきりとした形を与えたように、この本も同じ影響をこれからの読者に与えることになるかもしれない。そうした可能性を持った1冊だと言える。

投稿者 june : 15:45

1998年04月08日

女性学教育/学習ハンドブック(国立婦人教育会館)

【 書 名 】女性学教育/学習ハンドブック
【 編 者 】国立婦人教育会館
【出 版 社】有斐閣
【発 行 年】1997年11月30日
【 価 格 】2000円+税
【 ISBN 】4-641-07600-6
【KeyWords】女性学 社会教育 生涯学習 エンパワーメント

【 内 容 】

 Part 1 社会教育における女性学教育/学習の内容

  1 女性学教育・学習のコアとなる内容
  2 ジェンダーに敏感な現実認識を通してエンパワーメントを
  3 学習者に応じた多様なカリキュラムを

 I 性別役割分業の見直し
  1 社会的・文化的性別としてのジェンダー
  2 性別役割分業の歴史
  3 性別役割分業の現状と課題
  4 メディアの性役割表現
  5 労働市場におけるジェンダー・バイアス
  6 性別役割分業を支える税・社会保障の見直し
  7 家事労働の経済評価
  8 地域活動の脱・性別役割分業化
  9 参画のためのエンパワーメント
  10 性別役割分業と南北問題――開発におけるジェンダーの視点

 II 多様な家族・ライフスタイルへ
  1 近代家族の特質
  2 戦後家族と家規範の残存
  3 多様な家族の可能性
  4 幼児期におけるジェンダー形成
  5 学校文化とジェンダー
  6 恋愛・結婚・離婚の政治学
  7 母性から産・育へ
  8 共働き・片働きの生活
  9 育児と労働の谷間
  10 老後問題とジェンダー

 III セクシュアリティ
  1 セクシュアリティの近代神話
  2 生殖の政治学
  3 美の政治学
  4 日常性の中のジェンダーとセクシュアリティ
  5 性と暴力
  6 売買春問題
  7 ポルノグラフィ
  8 多様なセクシュアリティ

 Part 2 社会教育における女性学教育/学習の方法

 I 社会教育における女性学教育/学習の方法についての考え方
  1 エンパワーメントにつながる女性学教育/学習の方法の視点
  2 学習の流れとそれに対応する方法例
  3 女性学教育/学習の方法についての参考事例
  4 女性学教育/学習を企画するときの留意点

 II 対象者別学習課題とプログラム例
  1 学習ニーズの把握と学習課題
  2 対象者別学習課程
  3 プログラム例

【コメント】
 本書は2部からなる。Part 1では女性学を学ぶ/教える際の核となるべき内容について触れられている。最初に、「性別役割分業の見直し」「男女像と家庭像の見直し→多様な家族・ライフスタイルへ」「セクシュアリティ神話の打破」という3点がキーポイントとして上げられていて、続けてそれらのおのおのについて考える際に必要な知識とリファレンスが羅列されている。
 Part 2では、社会教育や自己学習の場面において、学習/教育のカリキュラムを作成する際のキーポイントが述べられている。
 女性学を学ぼうとするもの、および公民館などで女性学講座を開くことを考えている社会教育担当者、地域女性団体で学習/運動プログラムを考えなければならないキーパーソンなどにとっては、大いにヒントとなる内容が含まれている。初学者向けと言うよりは、ある程度女性学・フェミニズムの内容を学習してきた者が、今度は他人に知識や経験を伝達する側に回る際に役に立つだろう。
 もっとも、Part 1の内容・記述は平均的かつ平凡であり、刺激には欠ける。また、固有名詞の誤りなど基本的なミスが目立つ。後者だけはどうにかしてほしい。

投稿者 june : 17:42

1998年01月16日

短大はどこへ行く(松井真知子)

【 書 名 】短大はどこへ行く――ジェンダーと教育
【 著 者 】松井真知子
【出 版 社】勁草書房
【発 行 年】1997年12月20日
【 価 格 】3300円+税
【 ISBN 】4-326-29860-x
【KeyWords】高等教育

【 内 容 】(目次)

 はじめに

 第一章 変わりゆく短期大学
  1 ジェンダー化された高等教育
  2 高度経済成長と短大恒久化
  3 短大「冬の時代」を迎えて――低成長時代のサバイバル作戦――
  4 本書の問題設定

 第二章 白藤女学院短期大学
  1 白藤女学院の位置と歴史
  2 教育理念、スペース、ジェンダー構造
  3 寮――規制のなかの「自由」という幻想――

 第三章 白藤女学院のジェンダー文化
  1 女らしさの文化
  2 教職員――会議と校務――
  3 ジェンダー・ギャップ
  4 ジェンダーの政治

 第四章 学生たち
  1 やりたいことのなかに結婚は入ってない
  2 専業主婦なんてつまらない
  3 恋愛幻想・恋愛体験
  4 とりあえずOL

 第五章 クラスルーム 1
  1 捨てられる教科書、捨てられる二年間
  2 理想のクラスとは
  3 「ものいえぬ人」をつくる教育
  4 変化ははじまっているが

 第六章 クラスルーム 2
  1 教養教育か職業教育か
  2 すなおでは生き残れない
  3 実習――ボランティア精神の養成――
  4 学校と企業のくされ縁

 第七章 国際化とはどうすることか
  1 「国際化」という名の欧米志向
  2 エスニック趣味としてのアジア
  3 ふたつの文化の狭間で――「在日」学生の眼で見る――
  4 「内なる国際化」に向けて

 第八章 女性学は学生を変えるか
  1 女性学の位置づけ
  2 女性学はおもしろい
  3 女性学は疲れる――深く考えたらプチンと切れそうで――
  4 いろんなことを考えながら、生きていけそうな気がする

 第九章 短大はどこへ行く
  1 隠れたカリキュラム――ジェンダー構造とその文化――
  2 多様化する短大生
  3 性差別の解消を求めて――アメリカの大学改革(1)――
  4 多様化する学生と多文化主義――アメリカの大学改革(2)――
  5 短大は生きのびるか

 付論 研究方法をめぐって
  1 フィールドさがし
  2 研究する者・される者
  3 フィールドで
  4 分析のプロセス

 おわりに

【コメント】

 学校システムは、「国家のイデオロギー装置」として国民統合という機能を遂行するものであり、内包する言語システムやカリキュラムを通じて文化的なフィルターとして機能し、文化的階級の再生産に寄与するものでもある。ジェンダーに関していえば、用いられるテクスト(教科書)、学校や教員によるインフォーマルな文化の伝達などを通じて、「男らしさ」「女らしさ」が再生産される場である。(特に日本では、「男は外で働き、女は内で家事・育児をする」という伝統的性別役割分業規範にもっとも肯定的なのは、高校3年生だという調査結果もある。)
 しかし同時に、学校とは、構成員による「生きられた文化」が生成する場所でもある。既存の価値規範やイデオロギーに対する同調だけでなく、さまざまな「抵抗」も行なわれる場である。生徒・学生たちは、厳しい校則=拘束に対し、同調もし、管理もされるが、同時に、それに対して「うまくやる」ことを通じ、ささやかな「抵抗」も行なうし、笑い飛ばすことによってユーモアにも変えてしまう。
 日本独自の「ジェンダー化された高等教育システム」そのものである女子短期大学は、構造的には労働市場におけるジェンダー化を支えるシステムでもあり、そして同時に、生身の若い女性が、学習し、生活する場でもある。すなわち、「生きられた文化」の場であるのだ。
 本書は、エスノグラフィという手法を用いて、合州国の大学に勤務する著者が白藤女学院(仮名)という日本の短大をフィールドに行なった調査を元に書かれた、女子短大の「生きられた文化」の記録と分析である。しばしば、扇情的なマス・メディアの流す「短大生」についてのステレオタイプが社会に流通することがあるが、それがいかに偏りのあるものであり、一般化することによって生身の女子短大生への視線をゆがめ、理解を妨げてしまうか、そして、彼女たちの生(なま)の語りはどんなものであるのか、真の問題点はどこにあるのか、などについて、具体例に則して著者は述べようとしている。
 大学に勤務するものにとって一番耳がいたいのは、彼女たち短大生がどのような授業を期待しているのか、実際に短大はそれを提供できているのか、ということについての部分だろう(第五章)。学生は実によく、「いい講義」と「悪い講義」を見分けることができる(もちろん、講義に出ていれば、の話)。その判断能力を過小評価した現在の日本の大学の自己評価システムや「大学改革」は、十分批判に値するだろう。
 短大の女性学教育についても、「やりました。学生もよかったと言ってくれました。」ではなく、学生たちの「本音」――「カッコいいし、できることならそうしたい。でもできそうもない。」「自分はふつうに生きるしかない。」――といったところにまで踏み込んでいる点が評価できる。また、短大生についてのステレオタイプを自ら実践してしまっているような「ケバい」学生でも、その陰には「シャープな批判精神」を表現できるような、別な側面をも併せ持っているという発見もあった。ラウンジや寮生の自室で、ざっくばらんな雰囲気ができあがるまでの人間関係を作り上げ、彼女たちの建前がはがれ落ちるまで話し込むという努力の成果であると言えるだろう。

投稿者 june : 17:48