1997年10月08日

ジェンダーと法(岩波講座・現代の法11)

【 書 名 】岩波講座・現代の法11 ジェンダーと法
【 著 者 】辻村みよ子ほか
【出 版 社】岩波書店
【発 行 年】1997年8月21日
【 価 格 】本体3400円+税
【 ISBN 】4-00-010771-2
【KeyWords】法律 人権

【 内 容 】

 はじめに              ‥‥‥‥‥‥ 高橋和之

 I フェミニズムと法理論

 性支配の法的構造と歴史展開     ‥‥‥‥‥‥ 辻村みよ子
 ジェンダーとフェミニスト法理論   ‥‥‥‥‥‥ 紙谷雅子
 性差別と平等原則          ‥‥‥‥‥‥ 横田耕一

 II 性に基づく役割分担と性支配

 労働の価値評価とジェンダー支配の法構造 ‥‥‥‥ 朝倉むつ子
 家族法と性別役割分業        ‥‥‥‥‥‥ 二宮周平
 企業と性支配            ‥‥‥‥‥‥ 奥山明良

 III セクシュアリティーの再構成

 ポルノグラフィーと性支配      ‥‥‥‥‥‥ 高橋和之
 女性の身体と自己決定――性業労働をめぐって ‥‥ 若尾典子
 ドメスティック・バイオレンスと性支配  ‥‥‥‥ 戒能民江
 国際法から見た日本軍性奴隷問題   ‥‥‥‥‥‥ 戸塚悦郎

【コメント】

 日本におけるフェミニズムの議論は、これまで、社会学および文学・思想の面にかなり限定されてきたきらいがある。おそらく、(アカデミックな意味での)法律学の分野は、人文・社会諸科学の領域では、もっとも「ジェンダー」や「フェミニズム」ということばと縁遠かったであろう。
 その意味で、本書が編まれたのはきわめて貴重であったといえる。「岩波講座・現代の法」の1冊としての本書は、法思想や人権といった法理論全般に関わることがらから、労働法・家族法・民法・刑法・国際法など個別の多彩な分野にわたって、「ジェンダーと法」の問題を網羅しているものである。
 特に、冒頭の辻村論文は、主に社会学を中心とする日本のフェミニズムの隆盛を一定評価しつつも、「権力論すなわち国家権力や政治的・社会的権力の構造的把握の視点が不足していたのではないか」、また、家父長制や家族などの論点において、「法学や法史学など隣接諸科学の成果をとりあれて共通言語で議論する努力を必ずしも十分にしてこなかったのではないか」という批判を同時に加えている点で注目すべきところがある。それが、たとえば、『ワードマップ フェミニズム』(新曜社刊)の「リベラル・フェミニズム」の項目でも指摘されているような、「人権」や「平等」をかちとってきたリベラル・フェミニズムへの過小評価にもつながっていることは、おそらく事実であろう。
 もちろん、辻村のこうした批判に対して、たとえば戦前・戦後の「近代家族」の連続性の強調は、日本国憲法および現行民法の導入による制度面における家族の変動(および男女関係の変容)のみに力点をおく従来の社会科学の「ジェンダー論」の欠陥に対する反動である、あるいは、「家父長制」という術語を旧来の社会科学の用法と切れたところで使用してきたのは、戦後の法的・制度的改革によって「家父長制は廃絶された」として、女性と男性の間に存在する社会的権力関係(=フェミニスト社会科学のいうところの「家父長制」)に目を向けることを(主に男性の)社会科学者が拒んできた態度に対する批判であった、とか、国家権力についてのフェミニスト分析が欠けているという指摘に対して、それはむしろ法学(特に憲法学)や政治学の研究分野であり、その分野で日本社会についての実証研究が進んでいないのは、社会学の責任であるというよりはむしろ、内部でのフェミニスト・アプローチ導入の試みを許さない法学・政治学界の男性支配の構造の問題であるのではないか、などという反論を加えるのは容易である。(でき得れば辻村論文にはこうした「文脈」への配慮がもっとほしかった。)
 ただし、彼女の批判を単なる批判のための批判としてではなく、社会科学の刷新への努力目標の提示という観点から読むならば、彼女の指摘はきわめて正当なものであると言わざるを得ない。実際、たとえば家父長制の構造分析を行なったイギリスの社会学者の著書の中では、イングランドで女性の側からの申し立てによる離婚がどのような歴史的過程を経て認められるに至ったかという記述が、国家権力を扱った章で出てきたりもする(eg. Sylvia Walby, Theorizing Patriarchy)のに対して、日本の社会学の文献で、きちんと憲法14条や24条、あるいは新民法の意味を論じたものは皆無に近いように思う。(もっとも、たとえば憲法14条の意味を、特に性別に関して議論した憲法論もそれほど多くないのではないかとも思うが。)本書が、狭い意味での法律学専攻者だけでなく、広く一般に読まれてほしいと願う理由はこれである。

投稿者 june : 17:54

1997年08月15日

1945年のクリスマス(ベアテ・シロタ・ゴードン)

【 書 名 】1945年のクリスマス −日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝
【 著 者 】ベアテ・シロタ・ゴードン  構成・文:平岡磨紀子
【出 版 社】柏書房
【発 行 年】1995年10月20日
【 価 格 】本体1748円+税
【 ISBN 】4-7601-1077-1
【KeyWords】日本国憲法 伝記 文化交流 占領政策

【 内 容 】
【コメント】
 内容はサブタイトルそのまま、日本国憲法GHQ草案の人権小委員会に参画し、女性・福祉・教育などに関する条項の作成に当たったベアテ・シロタの自伝である。
 ベアテ・シロタ・ゴードンは1923年ウィーンの生まれ。父レオ・シロタは著名なピアニスト、母オーギュスティーヌ・ホレンシュタインはキエフ出身の貿易商の娘であった。一家は山田耕筰の招きで来日し、ベアテは日本で5歳から15歳までの日々を過ごした。ベアテはその後アメリカのミルズ・カレッジへ留学するが、在学中の日米開戦によって両親と切り離された生活を送る。
 とにかく日本に残った両親に会いたい――ベアテはその一念でGHQに職を得て、敗戦直後の日本に「帰国」する。1945年12月24日。タイトル「1945年のクリスマス」は、彼女が日本の土を再び踏んだこの日付からとられている。
 翌年の2月、民政局のホイットニー准将の命令で、彼女は憲法草案を作成する作業に加わることになる。このとき、ベアテは22歳。彼女が配属されたのは計3人からなる人権小委員会だった。
 アメリカで、タイム誌編集部のリサーチャー(記者が記事を書くための資料集めをする)をしながら、「記者はすべて男性で女性記者は一人もいなかった」「リサーチャーはすべて女性だった」という状況の中で、「女性であること」の非力さを感じていたベアテは、女性に関する条項を書くことにエネルギーを注ぐことになる。彼女の脳裏には、幼い頃の日本での生活の中で肌で感じた、日本女性の地位の低さ、庶子に対する差別、母子福祉の貧困‥‥などのさまざまな情景が、具体的な形を伴って浮かんでいたという。
 結果的に、彼女の書いた草案は、かなりの部分がGHQ自身によって全面削除され、さらに日本政府がそれを政府案として公表するにあたってのGHQとの交渉の席でもクレームを付けられる。次のくだりは、「両性の平等」に関する条文に日本側がクレームを付けたのに対しGHQ側が見事な切り返しを見せる、印象的な場面である。

 「女性の権利の問題だが、日本には、女性が男性と同じ権利を持つ土壌はない。日本女性には適さない条文が目立つ」
 通訳として会議に出ていた私は、日本側の言い分を正確に伝えなければいけない。気持ちは複雑だった。
 「しかし、マッカーサー元帥は、占領政策の最初に婦人の選挙権の授与を進めたように、女性の解放を望んでおられる。しかも、この条項は、この日本で育って、日本をよく知っているミス・シロタが、日本女性の立場や気持ちを考えながら、一心不乱に書いたものです。悪いことが書かれているはずはありません。これをパスさせませんか?」
 ケーディス大佐の言葉に、日本側の佐藤達夫さんや白州さんらが一斉に私を見た。彼らは、私を日本人に好意を持っている通訳として見ていたので、びっくりしたのだった。
 一瞬、空白の時があった。
 「このシロタさんが? それじゃあ、ケーディス大佐のおっしゃる通りにしましょう」
(本書、p.216)

 彼女は、決して「男女平等」条項が憲法に記載されたことで満足はしていない。交渉の席で見事な演出で草案を通したケーディスは、その前のミーティングで彼女が書いたたくさんの福祉・家族関係の条項を全面削除するように提案した本人でもあった。その時には、彼女は「気がついたらケーディス大佐の胸に顔をうずめて泣いていた」だけだったという。その時の無力感‥‥多くは語られていないが、「男女の平等が達成されていない国の人間が、どうやって自国の制度を超えて、他国の憲法に男女の平等を盛り込むのか」という作業の当事者としてのベアテにしてみれば、条項が削除されていくことに関しては言いたいことが多々あったに違いない。しかし、このミーティングのメモ(エラマン・メモ)には、ベアテの発言はほとんど残っていないという。おそらくそれは、女性がまだ言語として自らの存在を主張できなかったということ、そしておそらくは、日本での体験をベアテが英語で的確に表現することが困難であったかも知れないということ、この2つの理由があっただろう。
 昨年来日したベアテ・シロタ・ゴードンは、福島県での講演で、「日本の女性は強くなりました。もう男性の後ろを歩くことはなくなりました。」と印象を述べた。前半はおそらく正しい。しかし後半は、実際の姿としても、また象徴的な意味としても、どこまで正しいと言えるだろうか。

投稿者 june : 17:57