ふくしま女性フォーラム
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福島大学 行政政策学類
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あるがままの心で生きようと願うひとびとへ
――男も女も本当に望む生き方を模索できる時代にするために――

 ふくしま女性フォーラムは「男女差別のない地域社会を実現する」ことを目的に、96年3月3日に発会式を行うこととなった。1月6日に準備会を開いたところ、さまざまなメディアにとりあげていただき、その後の反響もすごいという感じになっている。発起人をお願いした方々からはかなり良い返事がもどってきて、2月の時点で127人がつらなってくれた。まだ会則も固まっていないのに、会員になってみたいという人数は200人におよびそうな勢いである。発会の会合にどれだけ集まってくれるか本当に楽しみだ。

 なぜ、今女性フォーラムなのか。フェミニズムはそろそろ流行遅れ、先端的な女性は権威に認知されて、一時のエネルギーを失ったとも言われているのに、という話もチラホラあった。でも、わたしたちが必要としていることは、固定的な役割分担構造を変え、日本の社会の男型を是正したいということなのだから、遅れていてもなんでも、それが実現されていない以上、本音を出して勉強して、自分たちの思いを行動に移せるようになる励ましは、まだまだ必要なのだ。

 わたしたちが北京女性会議のNG0フォーラムでワークショップを開くために緊急アンケート調査をした結果では、回答を寄せてくれた福島県内の女性たちの大多数が、日本が男女平等だとは思わないと答えていた。具体的に不平等と思っていることを記載してもらったところ、文字がスペースを溢れだし、「ああ、みんな、実は男女不平等への怒りを日々ためているんだ」と、この地域の女性たちが置かれている現状をあらためて、認識させられる感じであった。

 政策決定の場でも、職場でも、地域社会でも。世帯単位で構成されている地域には、戦前の家制度や町内会的な男女不平等のなごりもまだ残っているようだ。

 わたしについても、大きくなるに従って、男女平等という日本の憲法や世界の普遍的理念が、実はとても難しい問題を孕んでいることに気づかされてきた。大正生まれの母や母のお友達は、戦後の男女平等の社会に生まれたわたしたちが、仕事も子育てもどれも切捨てないで、頑張って生きることを期待していた。自分たちができなかった生き方を、娘たちはできるのではないかと期待したのだった。だけど、学校では対等のつもりでも、仕事で女が男と同じに働くには、戦後生まれのわたしたちにとっても、何を切捨てるるかの選択肢の前にたたされる連続であったといえる。わたしには、母たちの世代の思いがプレッシャーに感じられる時機があった。でも、大切に受け止めたいという気持ちは、捨てられなかった。わたしは主婦をやとわなければ、一人前の仕事人間になれないようなこの社会をおかしいと想いはじめた。

 福島という地域で見ても、先の調査でもわかったように、「理想」と「不平等が存在している現実」とのギャップを感じ、何かしたいけれどどうしたらいいのかという問題意識を、ずいぶん多くの人が抱いていたことがわかる。そういう想いを出しあい、聞きあい、勉強して自分のなかにある固定観念から自分がひとつづつ解放されていくということは、とても重要なことだろう。年配の人は自分の体験を若い人に伝え、彼女や彼らを励まし、若いひとは年配のひとのこれまでの悔しさを認識する。男女の不平等が、戦後の豊かな社会でも再生産された理由を、はっきり見極められるようにまでに、なりたいものだ。

 社会はそう簡単には変わらないだろう。でも、社会は人間がつくっているものなのだから、みんなが変えたいと願えば、変わらないはずはない。

 男女の役割分担論もとても難しい。子育てで手を抜くとあとが恐いとよく言われていた。仕事場では、頼まれた仕事はことわらないのがデキル女の最低ラインだったし、保育園は、勤務時間+通勤時間に迎えにくるように定められていた。仕事と子育てに引き裂かれて、結局は子供に負荷をかけているなと思ったことも度々だった。だけど、「二人でつくった子供、君が妊娠と出産を担当したのだから、育てるほうは僕が君よりたくさん担当するよ」という男性たちがたくさん出てこられるような社会にすることは夢じゃないと思う。赤ちゃんは生まれたときは、食べることも、話すこともできない。彼や彼女がうまれた社会の食べ方や、排泄のしかたや、言語を、教えられて、練習して、身につけるのだ。男女の役割分担意識も、もちろん、そうやって教えられて、学んだことのひとつなのだから。

 社会制度の問題点は変えられるように、皆の知識や力を積み上げられたらいいな。やる気や意欲の出たときに関われるといいな。今の社会で生きているということは、たいていもの凄く忙しいのだから、自由な縛りのないネットワーク型の運動を、無理せず楽しく励ましあってつくっていきたいと想っている。

(栗原るみ、1996年2月)

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