活動紹介

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ふくしま女性フォーラム
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福島大学 行政政策学類
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■女性はどんな経済政策を望むのか


 7月10日、福島市市民会館で行なわれた今年度第1回の学習会は、イギリス留学から戻られた栗原るみ代表による「女性はどのような経済政策を望むのか」。折りから参院選直前ということで、タイムリーな話題になりました。ご専門の日本近代経済史とイギリス留学の経験から内容の濃い話を伺うことができました。ここではポイントをしぼってご紹介させていただきます。  

学習会レポート

過去から何が学べるか
 日本の世界大恐慌の体験と現代の状況はよく似ています。
 第一次世界大戦中の「バブル」は1920年の経済恐慌ではじけ、その後一時経済は持ち直しましたが、1927年の金融恐慌では銀行の集中が進みました。経営難に陥った銀行が整理される過程は、国民にはほとんど知らされていなかったといいます。また、金解禁についての当時の政府ブレーンの考えも昨今の「ビッグバン」をめぐる認識に似ています。「それが世界のすう勢だから」という論理です。およそ70年の時を隔てて、わたしたちはきわめて類似した世界情勢に直面しているのです。不良債権を処理して「ビッグバン」をすれば経済は立ち直る、というような考え方でよいのでしょうか?

誰のための経済政策?――市場と民主主義
 当時も、そして現在もだと思いますが、これらの経済政策をめぐる議論に欠けていたのは、「誰のための経済政策なのか」という視点であり、また同じことであるのですが、「国民の納得・合意」です。
 最近、経済学者ガルブレイスの『よい世の中』(1995年)という著書を読みました。ガルブレイスが考えるのは、現代とは貧者と富裕者の対立する社会だということです。そして、よく言われる「グローバル・スタンダード」(世界標準)とは、市場の論理であり、富裕者や強者の論理であるのです。
 これに対してガルブレイスは、政府が機能することを重視します。日本人の感覚では政府というと「官僚」ですが、ガルブレイスが意味しているのはそういうことではなく、実は「民主主義」のことです。強者の論理で動く市場に対して、「民主主義」の論理、つまり多数の論理で動く政府は、弱者である貧者の利益を守らなくてはなりません。

欧州の模索
 しかし、現在のところ多数派であるはずの貧者の声は、必ずしも「民主主義」の場面に反映されていません。特に日本ではそうであるようです。
 ではそうでない国があるでしょうか。幸い2年間の在外研究でイギリスの国政選挙を経験することができたので、それを例にお話ししたいと思います。
 イギリスで今度政権を取ったのはトニー・ブレア(労働党)です。サッチャー政権と変わらないという批判もありますが、彼は今年初めのインタビューで「理念と共通目標をわかちあうセンター・レフト(中道左派)政党の世界運動を創りだしたい」と語っています。
 彼が考えているのは、経済のグローバル化の中で、政府が何かできる政策範囲は狭まっているけれども(つまり市場の論理が拡大しているけれども)、その情勢の中で政府が存在する意味とは、弱者も人間らしく生きられるようなマクロ経済政策を可能にする条件を創りだすことであるということです。つまり、「民主主義」の再確立なのです。

女性は何を創れるのか――まとめにかえて
 日本やアジアの企業は共同体的で、市場の原理(利潤獲得)を極端に追求したりしないのが特徴でしたが、最近これは変わりつつあります。
 さらに、企業の中に女性の場所も生まれてきました。しかし、そこで認められたのは「強い女」だけであるようです。
 企業の中で「がんばる」のは「強い女」になることで、それは強者の論理に従うことでもあります。でもそれだけが道ではなく、弱者も暮らしやすいような世の中をめざすという道もあるのです。それを国というレベルで考えれば、グローバル化に対抗できる政府=「民主主義」という、市場の原理とは違う原理で動く力を創りだすことなのです。わたしたち女性が望む経済政策とはそういうものであるべきなのではないでしょうか。


質疑応答
 栗原さんのお話の後、質疑応答に入りました。熱のこもった討論が行なわれ、参加者間の意見交換も多くなされました。

Q  イギリスの選挙の雰囲気は?

A  TVを見ていると英語ができないわたし(栗原)でも知りたいことがわかる。それに、アナウンサーが候補者に突っ込む突っ込む。一番訊かれたくないような厳しいところを訊こうとする。時間だけを厳守するような日本とは大きく違う。

Q  日本も失業が増えている。そういう中で、目の前の仕事に飛びつかなきゃいけないこともあるのでは?(環境の破壊で問題になって中断された長良川河口堰の工事が、景気対策で再開されるという噂も‥‥。)

A  公共事業をやって女性の雇用は増えたでしょうか? 増えるような政策だったら長良川とかには回らないんじゃ? そういう方向へ選挙で変えていくしかないかも。

Q  日本では性別役割分業意識が強い。それをなくすような教育が大事では?

A  でもやっぱり経済政策も大事。みんな計算高くて、いくらまでならパートで働いてた方が得かということを誰でも知ってる。これはやっぱり制度の問題だと思う。

(報告・高橋 準 福島市)

参加者の感想

主婦は生きてるぞ!
 何ごとも歴史を知ることから始めなければ発展することはないと常々思っていましたが、経済も古くからの様々な流れがあったことを改めて認識しました。そして、現状を知る限りでは、発展性のない経済に不安を感じました。
 また、栗原さんの「主婦は生きていない」発言には、女性の歴史は始まったばかりなのかと残念な思いをしました。
 以前、ある人から「主婦は税金ドロボーだ」と言われたことがあります。確かに甘んじている人もいるでしょう。
 しかし、夜遅くまで安心して仕事に集中できる夫をバックアップしている姿、家事や夫との間に生まれた子どもの面倒を見る姿は、それほど哀れだったり税金ドロボーに見えるのでしょうか。
 少なくとも私はそうは思いません。そうした生活を送っている女性の中には、仕事に就きたいという意思を持ちながら、自分をとりまく環境の中で必死にもがいている人もいれば、じっと機会(とき)を待っている人もいるでしょう。単純なことなのですが、「それぞれ」なのです。そして「生きている」のです。
 男性の平均労働時間を世界で見ると、日本は4時間も多いのです。そんな社会の中で女性がそれぞれの立場に興味を持ち、肩を並べて前進ある歴史を重ねていくために、ひとりでも多く意識を高め、努力をすることを願ってやみません。
(斎藤美佐 福島市)

学習会での学び
 栗原先生の2年間の留学から戻られての講義をぜひお聴きしたくて参加しました。
 講義内容は理解しやすく、第一次世界大戦から歴史をふまえて説明され、現在の将来不安は自分にとってもまったくその通りだと同感しました。
 経済恐慌と関東大震災の影響によって不良債権が乱発され、銀行が破綻した過去の経済混乱と現在の経済情勢がまったく同じで、年金・社会保険料の負担増、貧者より富裕者への救済が優先されるビッグバンなど、さらに不安が募る問題が多い昨今です。
 また、女性が職業を持ち、独立でき、子どもを生み育てられるような社会を実現する世界と、マクロ政策の協調を話し合えるような新しい福祉国家を構想できる政治家を選ぶことが今の日本の普通の市民にとって、緊急の課題と言えます。
 それには教育が最も重要であるということを学ぶことができ、充実した一日でした。
(高野功子 郡山市)

主婦バッシング?
 講義の終盤で、栗原講師から「主婦は生きていない‥‥」という発言があった。本当にそう思っているとしたら、大変な暴言であるし、見過ごすわけにはいかない。
 単に職業に就くことや、経済的自立だけで女性のアイデンティティを語ることはあまりにも短絡過ぎるのではないだろうか。
 確かに主婦の生活は、職場における業績を上げ・生産するという直線的・段階的な流れとは異なる。毎日同じことの繰り返しで、目に見えるものが積み上げられ、進歩するといった段階的なものにはなりにくく、無償・無限の労働である上に、社会的評価も低い。
 どこかで肩身の狭い思いをしていることは否めないが、それだからこそ自己実現することに必要性を痛感し、自覚し、実行している女性たちを、どうして「透明人間」呼ばわりできるのか。あまりにも驕り高ぶっている物言いではないだろうか。
 女性は、実に多様で複雑な選択肢の中から、自分の生き方を決定していかなければならない。その上、仕事、結婚、育児などは、その一つひとつを独立させては考えられないもので、そこに女性特有の諸問題が生じてくると思っている。
 その選択は、どのようなものでも可能であるし、その当人の問題である。決して強者の机上論で論じて欲しくない。主婦というものを生活者として論じていく必要があると思っている。
(丸山八重子 桑折町)

 

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