活動紹介

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ふくしま女性フォーラム
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福島大学 行政政策学類
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■男女共学を考える公開討論会


 1999年7月29日、サンパレス福島(福島市)を会場に行われた公開討論会は、共学化賛成派と共学化再考派の双方の立場からの発言者を迎えてのものでした。
 1998年末から出てきた地方紙上での県立高校の共学化をめぐる記事は、共学化に反対する立場からは、初期には一般からの投稿論説や社説であり、最近になっては同窓会・講演会役員やPTA役員の発言などでした。また、共学化に賛成する立場の意見は、ほとんど県議会での県教委の発言や県教育委員長のインタビュー記事しか紹介されていませんでした。つまり新聞紙上では、「共学化を進める県教育委員会・対・共学化に反対する県民」という報道の図式ができあがっていたのです。
 おそらく以前、共学化を進める運動が報道されていたときには、「別学を維持する県教育委員会・対・共学化を主張する県民」という図式が主だったでしょう(一部のドキュメンタリーものを除きます)。結局は同じ「官対民」という枠組みの中で語られてきたのです。
 しかし、これで現実のさまざまな立場を伝えているとはとても言えません。「県民」がすべて共学化に賛成しているわけでないことは明らかですが、すべてが県のやりかたに反対だというわけでもないのですから。また、共学化には賛成するけれども、県が進めているやり方には不満があるという立場だってあるかも知れません。ですが、このときの報道の枠組みの中には、そうした多様な立場からの声はなかなか入ってきませんでした。
 昔の報道内容をきちんと覚えている人はごくわずかでしょうし、今現在利害関係者となっている中学生も、共学化運動があった当時にはまだ新聞を読むような歳ではなかったということもあるでしょう。ですから、常にそのときどきで、さまざまな立場がありうることが報じられなければならないのではないでしょうか。
 そうしたさまざまな立場があることを知ってもらうきっかけとするためにも、賛否両論の立場に立つ人々が意見を述べ合う場が必要であると分科会では考えました。
 シンポジウムの結果は、必ずしも成功ではなかったかも知れません。しかし、従来のこうした報道の図式(メディア研究では「フレーム[「枠組み」の意味]」と呼びます)ではすくいあげられてこなかった意見を目に見えるようにしたという意義はあったかと思います。
 今後の報道や、地域での議論のあり方に一石を投じたと言えるかも知れません。もちろんそれは、あとに活かしていくことができて初めて言えることなのですが。

会の情報

日時:1999年7月29日 18時30分〜21時15分
場所:サンパレス福島(福島市)

・総合司会 辻みどりさん(福島大学行政社会学部教授)
・発言者  今泉正顕さん(郡山文化協会会長)
      馬目佳彦さん(磐城女子高後援会・櫻麗会会長)
      渡辺和子さん(弁護士)
      庄司他人男さん(福島大学教育学部教授)
・男女共学についての経過説明
      富田孝志さん(県教育委員会高校教育課長)
・コーディネータ
      高橋準さん(福島大学行政社会学部助教授)

会のレポート

男女共学を考える公開討論会(抜粋)
司会:ふくしま女性フォーラムでは男女共学分科会を2年間にわたり開催し、子どもたちにとってどのような教育が望ましいのか議論してきました。しかし、最近新聞で再考を求める趣旨の記事が目につくようになりました。現在、「推進論」と「再考論」の2つの議論が出ておりますが、もっと複数の論点があるような気がします。そこで、議論の場を近い将来高校と関わる若い人、その親の方々等、多くの人に広めたいと考えて公開討論会を開催した次第です。それでは、まず、ふくしま女性フォーラム代表の栗原るみからご挨拶を致します。

栗原:本日は公開討論会にたくさんお集まり頂きありがとうございました。
 ふくしま女性フォーラムは男女平等を推し進めることを会の目的としております。私は、日本の現在の姿が男女平等だとは思っていません。しかし、1985年我国は女性差別撤廃条約を批准しました。条約では教育の分野についても男女の役割についての定式化された概念の撤廃とその目的達成を促す男女共学を求めています。その趣旨を実現するため多くの法律が変わりました。今も達成にむけての努力の過程です。
 「男女共同参画基本法」も固定的な男女の役割分担意識を支える制度や慣行を変える必要性を強調しています。「男だから」「女だから」という画一的な型にはめることを強いるのは人的損失だと思っています。21世紀には男女にとらわれることなく、個人の資質を活かせる時代にしたいと思っています。
 共学化について分科会を作り考えてみましたが、男女差別を無くす、男女の固定的役割分担の社会構造を変える努力の一つとして男女共学に取り組むという姿勢が、この共学化の動きには足りないのではないか、高校の生徒も教員もPTAもOBとかOGたちも女性に対する、あらゆる差別の撤廃条約の目指す、世界の進むべき方向を学びながら改革に積極的に取り組むということが必要なのではと感じました。しかし、形だけ共学になっても男女平等に近づくとは限りません。どうすれば一人ひとりの子どもたちのそれぞれの能力と個性をより伸ばせる学校が男女共学を通じて実現に近づいていくのか、みなさんの議論を聞きながら考えていきたいと、そういうことを考えるインスピレーションを得られることを楽しみにしています。

司会:「男女共学についての経過説明」について県教育委員会高校教育課長の富田孝志さんからご説明をお願いします。

富田:県教育委員会としては、21世紀を見越したときに少子化、高齢化、また国際化が進んでくる。少ない人数でたくさんの高齢者の方々を支えたり、或いは社会や家庭を支えるということを考えた場合に、男性も女性もそれぞれのもてる能力を最大限発揮しながら、なおかつ自分の生活を確立していく。そのためには、男性、女性問わず活動出来る社会をつくることが大事であると考えます。人間の一生のなかで16〜18歳という年齢は、その後の自分の生涯で何を考え、何をやっていくのかということの大変大きい意味を持っているというふうに考えています。そのときに男子だけ、或いは女子だけということよりは男子は女子の、女子は男子の様々な生き様、考え方に触れながら、改めて自分自身の存在であるとか人間について考えるということが、将来自分の一生を確立していくときにやがて大きい意味を持つと考えている訳であります。従いまして、別学よりは共学の方が意味があるし、将来にわたって良いことが期待されるという事です。実際、共学された学校では活性化されており、学力についても何ら危惧することはありません。これまで気がつかなかった自分の新たな能力を発見するような生徒も生まれてきています。
 これまでの経過ですが、(以降要点のみ抜粋)昭和60年女子差別撤廃条約が批准される。男女雇用機会均等法が成立。昭和62年高等学校における家庭科の男女共修が教育課程審議会で答申。平成3年教育委員会が県学校教育審議会へ「男女共学の在り方」について諮問。平成4年12月「ふくしま新世紀女性プラン」が施行され「県立高等学校における男女共学の在り方として検討を進めると共に家庭教育・学校教育及び社会教育において男女の相互協力・理解について学習機会を充実します」とある。平成5年6月県学校教育審議会で「男女雇用機会均等法の施行や平成6年度からの家庭科男女共修など男女共同参画社会が一層進行する中で学校教育の基本的な在り方として本県においても早急に具体策を検討し逐次共学校化を進めていく必要がある」との答申がある。平成8年県議会、県教育長より「すべての県立学校を共学化することを基本として進める」。平成9年6月「県高等学校改革計画第1次まとめ」を策定。ここで平成15年度をめどに県立高校の共学化を謳う。平成11年7月「県立高校男女共学化年次計画」を策定。
 実際に共学化がどのように進んできたかということについては資料1です。(※以後の説明は別記資料と同じなのでここでは割愛。)
 やはり高校時代に男女が共に学ぶというのは様々な状況を見ましても大変良い評価を得ていますので、教育委員会と致しましては是非必要なことであると判断して計画通り進めたいと現在考えている次第です。

司会:ありがとうございました。それではコーディネーターにバトンを渡します。

高橋:それでは最初にそれぞれの主張をお願いします。最初に今泉さんから。

今泉:最初にお断わりしておきたいのですが、私のこれからお話しする基本的な態度は男女共同社会、或いは少子化のために男女共学化を図るということについて、反対ということは言っていないんです。ただ、今のこの形で無理に共学化を進めるのは本当に共学化のために役立つのか、そういう意味での再考を促しているということをおわかり頂きたい。わたしも115年の歴史をもつ安積高校の同窓会長なものですから、伝統校だからエゴで反対しているんじゃないかととられるのは大変困るのです。従って私はこの会に出る肩書きも安高同窓会の会長ではなくて、郡山文化協会の会長という一市民、一県民の立場で考えることを述べさせてもらうなら出ますよということです。
 私共が再考を教育委員会に申し上げている事項というのは大きく分けると3つございます。一つは共学に関わる教育委員会の説明が全然学校になされていない。教育委員会に問い合わせると、それは校長を通じて言ってあるはずだと逃げるんです。実際問題として校長は何一つPTAなり同窓会に具体的なことは言えません。なぜ、同窓会やPTAに積極的に教育委員会が説明をしないのか。私は議事録を読んで知っていますが、高校校長会や何かの代表は反対しています。有識者も反対しています。しかし結論としてこれからの時代だから男女共学にするのがいいだろうという答申になっているだけです。このことは出してもおかしくないんです。それを秘密主義に賛否両論があるから出せないという、そういう教育委員会の行政の説明責任を果たしていないというのが大きな問題でこれに4校が非常に怒っているというのがまず一つの理由です。
 2番目は画一的な男女共学というものが今の時点で全てただデスクプランそのまま実行して本当にいいのだろうかということです。よそや隣りの県も全部そうならこれはもう画一的にやった方がいいと思いますけれども、御承知のとおり小淵総理大臣、福田総理大臣、中曽根総理大臣と3人も出している群馬県は主要な都市は全部別学です。そういうふうに総理大臣が3人も出ている群馬県が今もってそういう状態にあるという事は、決して文部省が命令しているわけではないという事がお分かりいただけると思います。埼玉県の「県立高校将来構想懇話会」での答申の最後に「国際化が更に進む21世紀においては男女共学を進めていくべきであるが、男女別学の特色を活かした校風の維持も尊重する必要がある」と出ています。宮城県も共学校もあれば宮城第一女学校のように非常に進学率の高い学校もあります。福島県を取り巻くまわりの県もそういう画一的な男女共学というものを一遍にやっていないんです。これから学校を新しく建てるとか新設するとか、地域の要望或いは生徒が少なくなった、そういうときに順次男女共学をやってもいいんじゃないかといわば常識的な共学化を進めている訳です。
 戦後23年アメリカさんから憲法、教育基本法を作られ、小・中学校は男女共学ですけれども義務教育でない高校・大学もなるべく共学にしたほうが望ましいと謳われております。
 マッカーサー司令部のある東京では、一律に男女共学にしました。そして学校群制度を作ってその50年の結果はどうかというのは、進学したい男の生徒も女の生徒もある程度の家庭は皆私立の学校に逃げてしまった。従って学力はガクッと下がってしまった。もうひとつ、風紀の問題。厚生省の委員会で発表した都立高校制度調査会で高校3年生がSEXの経験を約4割しているという驚くべき数字が新聞で報道されております。別にこれは男女共学だからなっている訳ではありません。マスコミ、新聞、週刊誌或いはテレビ、インターネットいろんな情報の中でSEXに関するものが氾濫していますから。これは男女共学でなくたって今の高校生がSEXに関心を持つのは残念ながら、今のそういう部分がそうさせているのであって、むしろ大人の責任だと私は思います。要するに東京都の一律化というのがそこで問題になって、石原さんが知事になってこれでは駄目だ学校群を解消しよう、進学校ははっきりと確立させろ、勉強したくない高校生はもうそれなりのちゃんとした高校を作ったらいいんじゃないかと、高校同士を自由競争させろと石原さんは言っている訳であります。アサヒビールの樋口さんから直接話しを聞いておりますけど、経済再建をするには教育を直さなきゃ駄目なんだと、今の教育制度では駄目でもっと自由競争を取り入れなきゃ駄目で、あえて経済再生プランの答申に教育問題を挙げたんだと。悪いけど、学校の先生というのは一旦就職した限りは競争がないから一般の企業みたいにクビになる、リストラになるということがないからちっとも競争能力は無い。従って、先生同士、学校群として競争させろと樋口レポートの答申に書いてございます。
 そういう今の時期に画一的なことを本当に全部やっていいのかとそういういろんな例から私共は心配して、再考をお願いしている、これが現状でございます。

高橋:ありがとうございました。つづきまして馬目さんにお願いします。

馬目:私も今日の立場は別に桜麗会の公式見解を述べる訳ではありませんので、個人の考え方ですので宜しくお願いしたいと思います。
 先程の教育委員会にも反論はいくつかありますけれども、時間がないのでしないことにします。ただ100年の歴史と伝統・地域文化というものは、100年の歴史ということは地域で育ててきたんですよね。それは新しいものに生まれ変わるんだっていう話がありますが、これは全然違います。無くなるんですよ。そんなに新しいものを作るんだったら、新しく高校を作ればいい。例えば磐城女子高校っていうのは男女共学と共に無くなるんですよ。それははっきりいっておきます。100年の歴史というものをいかに大切に保っていくか、つまり変えるべきもの、変えてはいけないものがある、その2つがあると思うんですよ。変えてはいけないものは残さなきゃいけないんですよ。それはハードだけじゃないですよ、ソフトも含めてです。そしてもっと逆なこと言ったら、何か磐城女子高校があると問題が起きますか。100年の伝統まで壊してする必要があるのか。何もそんなことする必要はないんじゃないのかと。
 私は福島県学校教育がいかに管理教育かと、教育委員会の統制によって学校長がどのくらい権限がないかと、肌で感じています。知事部局・教育委員会・教育庁部局と分けた場合、福島県の教育庁部局は醜いところです。知事部局でこれだけの大改革をする時、地域社会に対して説明をしないということはまずありません。教育委員会が机の上で男女平等だ、男女共同参画社会だから全部共学にするんだ、というような論理は机の上の論理としては如何にも正しいような論理なんです。でも地域の中で見たらこの論理はあまりにも空虚なんですよ。男女共同参画社会=男女共学だと、そんな論理もありませんし、それは飛躍しすぎると。私が結果的に何を言いたいかというと、教育における地方分権、地域社会の教育力の強化といいますか、地域に任せてもらいたい。その地域の中において本質的な教育問題は一体何なのかというちゃんと論議してかかるべきじゃないのかと、そういう問題がキチッとすれば、学級崩壊とかいう問題も無くなるんだと。もっと権限をいわゆる教育の地方分権ということをはっきり打ち出すべきだと。
 そして、いちばんこの教育改革の無視する基本理念は子どもにおける誇りだと思うんです。今まで男女共学にしたところは成功したといいましたが、我々調査した結果全部が成功したというわけではありませんが成功した事例もあります。その理由は何か。男女共学にすると同時にいろんなシステムを導入し、結果子どもたちが自分の高校の名前をいうのを嫌がらないで誇りに思えるようになったから成功したんです。これから行なわれる磐城高校・磐城女子高校・安積高校・安積女子高校・福島・会津を本当の意味で誇りに思えるようになるのだろうか。同じ年代の者が一方は誇りに思え、一方は自分の学校の名前を言えないようなことがいちばんの重大問題なんです。男女共学か男女共学じゃないかなんて机の上で線を引くなんてことはもう本末転倒であると。これが私の再考をお願いしたい理由です。

高橋:ありがとうございました。それでは庄司さんからお願いします。

庄司:再考を求める方からの話を聞いてますと共学を進めなくていいという理由にはなってないと思います。どうして男女共学にする必要があるのかということですが、教育基本法に基づくことは言うまでもなく、男女共同参画社会、これは国会で満場一致で決定された訳です。この基本法とか男女共同参画社会というのは人間の人権に関わる基本的な在り方の問題なんです。学力の問題とか地域振興とかそういうレベルの問題ではないし、そうしたからといって地域振興や学力に支障をきたすとかそんなことは全くないと確信しています。「個性化」と言いますけど、基本的な人権を認めることに個性も何もない。私は男女共学の問題はそういうレベルの問題で、それに伴って出でくるいろんな問題をいろんな天秤にかけて論ずるべき性質の問題ではないかと思っています。それから男女共学に関して年齢層による意識の相違が非常に顕著なんです。高齢者ほど反対が多い。やっぱり別学志向を続けることによって別学志向は助長される。福島県では自他共に認める基幹校が別学なもので、全般に共学はレベルが低いと見る傾向が顕著です。このことも本県の男女共同参画社会を推進するという上でも非常に大きなマイナスになっているのではと思います。
 男女共同参画社会というのは、知識のレベルだけの教育では促進できないと思います。毎日の学校生活の中において、共に学び、助け合うということの中から無意識のうちに形成されるものだろうと思います。高校3年間だけを別学にするというのは男女共同参画社会の意識を一時ストップさせるだけでなく、福島県の場合は基幹校が別学なので、逆にそういう意識を押し戻す役割を大きく果たしているのではないかと思います。
 男女共学になりますと校名の変更とか伝統の一部が途切れるというのはありますし、そういう苦しみは当事者のみが知り得るのですが、現在の社会状況は変ってきているのです。
 いまの別学校は何の問題も起こしてないじゃないかと、起こしていないものを何で変える必要があるんだという感覚ではいまの社会は対応できないと思います。当事者はいろいろな苦痛を伴うとは思いますが、克服していかなければならないし、今日の社会、これからの教育を考えるならば、県の進め方はあまりに当然と思っています。

高橋:ありがとうございました。それでは渡辺さんよろしくお願いします。

渡辺:安積女子高校同窓生の渡辺です。「4校同窓会で動いている」というふうに言っていますが、安積女子校だけは同窓生有志です。そこのところ確認しておきます。
 再考論、地域の分権とかいろいろ出たんですが、いちばん感じたことは福島県における別学の問題の本質が基本的に理解されていないと言うことです。歴史的背景をもった現在の福島県の別学の問題点を論じたいと思います。しかし、このことは現実の共学が差別なく行なわれていることを意味しません。ジェンダーは後天的、社会的に作られるもので、教育の果たす役割は大きいと思います。女性運動の視点から別学の問題に取り組むのは当然ですが、教育の主人公は子どもたちです。子どもたちの教育を受ける権利が基本的な問題です。
 福島県の別学は儒教的男尊女卑や家父長制、更にこれに基づく男女特性論や男女役割分業意識による教育観によって設置され、且つこれを再生産する役割を果たしてきました。戦後本来高校3原則で男女共学実現されるべきであったものが、福島県の近代における女子教育の後進性から別学が残った訳です。そして戦前からの固定的役割分業意識や男女の特性が脈々と続けてきた。しかし問題がなければいいんじゃないか。問題は本当に無かったんでしょうか。高校での教育差別です。私達が気を付けなければならないのは。男女別学校間の差別だけじゃなくて共学校と別学校間の差別もあるんだということです。今共学にするときに女子校の運動場が標準を満たしておらず、問題になっていますが、そもそも女子が差別されていたからです。県教委での学力ステップアッププランにおいても男子校と女子校、共学校での差別がありました。そうした差別があることを前提に考えなければ、なぜ別学校を全部共学校にしなければならないのかということは理解できないと思います。
 最後に、これは子どもたちへの教育の権利を侵害しているということです。子どもの権利条約の中で教育の目的として、児童の人格・才能及び精神的・身体的な能力をその可能な最大限まで発達させるとあります。実際のアンケートでも女子校出身者に異性に対する理解の不安とか、男子校出身者に固定的な役割分担意識が温存されているという問題もあります。

高橋:それではこれまで出たご意見の他に、それぞれのお考えをうかがっていきたいと思います。
 まず、別学校を一律に共学校にするのは反対だというふうに再考派の主張を伺いましたが、では今ある別学校をこれ以上残して、果たして、これから高校に入ってくる生徒たちにとってどのくらい選択の幅が確保されるのか。私の疑問ですが、成績の良い子は別学に行く、あんまり良くない子は共学に行くということになってしまうのではないか。それは結局選択の幅が広がることにはならないんじゃないかと思いますが。今泉さんいかがでしょうか。

今泉:私は基本的に男女共学が悪いということを言っている訳ではありませんし、安積高校を何とか残せと言っているわけではありません。安積高校は10クラスのうち1〜2クラスを女性の進学希望者を入れると聞いておりますが、そのくらいどうということもないし、結構です。ただそれでは本当の意味の男女共学にはならないじゃないの、やるなら半々できちっとやらなければかつて教育委員会が男女共学3年間やって失敗したのとおなじ結果になるのではと言っているんです。そして、優秀な人は安積に行く、安積を落ちた男が仕様がなく安女に行くという感じになって自然に序列化というのが起きるんじゃないか。安女はそれでいいですか?というむしろ我々安高の立場としては安女を心配してあげている。むしろそういうときにこそ、伝統校が羨ましがるような共学校を1つか2つ、教育委員会は思い切って作りなさい。1クラスか2クラスを共学にしたって見せかけの「男女共学もどき」にしか過ぎない。本当の共学じゃないじゃありませんかと言っている訳です。ただ反対してるわけじゃありません。

高橋:馬目さんは今の点についてどうですか。

馬目:私は昭和30年卒ですが我々の学年450名のうち3名女子がいました。トイレは先生のを使った。何も変わらないんだ。それを何だか止めただなんてなにをねぼけたこと言ってるんですか。450名で3人いたのを共学だというんですか。全然そんなこと問題にもならない。それは男女共学ではなくて、女生徒の中であんまり口紅なんか引かないようなのが入ってきたんですよ。醜いというか・・醜いか醜くないか分かんないけど。そして皆大学を目指して優秀な仕事をしております。

高橋:すみません。話はどこへ向かってるんでしょうか。

馬目:だから結局、我々の頃はそういうことだったと。磐城の事例をあげたのであって。だから私が言いたいのは…… 結果として何が言いたかったのかというと、教育における地方分権、つまり県教育委員会で勝手にというと変ですが、押し付けるんじゃなくて、もっと地域社会に議論の場を与えるべきだろうということを言ってるんです。別学を残したらどういうことが起きますか、というそれだけの質問であれば何も起きません。それより地域社会の方がどんどん変わってくるから学校もモタクタしていられないだろうと言うことです。

高橋:共学にしたらどうなりますか?

馬目:例えば50人位磐城高校に女子が入ってもあんり変わらない。

高橋:じゃあ半分入ったらどうなりますか?

馬目:それは磐城高校でなくなりますね。磐城女子高校の方は、髪を茶色にして耳飾りしたみたいな男が入ってくるでしょうね。だから磐城女子高校は惨々たるものになるでしょうね。

庄司:「今のままで、どうして悪いのか」という意見がありましたが、教育基本法に添っているなら今のままでもいいんです。そういう方向に全然添っていないから現状を変える必要があるんです。皆立派な学校が残っているんです。生徒もプライドを持っています。ですから自分たちの学校を変えてもらっては困るというのはありますけど、そういう意識ではこれからの社会では通用しない。分かれていたって平等にできるじゃないかということから一歩進んで人間が生きていく力を養う時に男と女の見方を出し合うことによって理解が深まっていくんです。別学にしたら何もできないんです。そういうことから共学を推し進める必要があるということで、今の別学校に問題があるとか困ったことがあるという意味ではないんです。

高橋:次の論点は共学化の中身の問題ですね。では現在の共学校での学習で果たして十分なのでしょうか。もし不十分であるなら別学を共学するにあたってもっと特別なことが必要なのではないでしょうか。

庄司:現在の共学が十分だとは思いません。今別学になっているところは、受験、受験で男女の特性なんか発揮できない状況です。今大学で何が起っているかというと(福島大学はないです)大学教育ができなくて、補正教育が行なわれているんです。本当に学力を付ける、生きていく学力っていうのは何かを暗記するっていうんじゃなくて、その中で本質的な問題は議論しあう、そういう場に男性も女性も参加する。今共学化しているところはそういう事が十分発揮されているかどうか分かりませんが、別学しているよりは効果は非常に大きいと思います。それから一つ言わせて頂きますが、戦前のああいう状況だから2人か3人しか入ってこなかったんで、今の状況ならそんなことは絶対ありません。最初はあんまり混乱のないように1クラスという措置をとったとしても、県教委だっていつまでもそんな事考えてないでしょうし、考えるべきでもないと思います。

高橋:渡辺さんは教育の現場における女性の差別についてどうお考えですか。

渡辺:わたしの場合は希望した大学に添った進学指導は全くされなかった。

高橋:共学になれば変わると思いますが、教室の中の差別ということではどうでしょう。共学校にするだけで、男女差別は無くなるんでしょうか。

渡辺:今の共学校が良いなんて一言もいってません。でも今の共学校に問題があるから共学校にしなくてもいいっていう問題ではないんです。

高橋:ですから、そのためには何が必要なのか。

渡辺:何が必要かは今論ずることではないんです。

高橋:そうでしょうか。

渡辺:そこに論点を合わせるのなら、問題のとらえ方も出てくるメンバーも違ってきます。共学におけるいろんな差別問題がありますよ。共学校にだって家父長制の問題が入り込んでます。これを少しずづ直していかなくちゃならない。しかしその外枠として別学校の差別の大きな枠がある限り共学校だってなかなか良くなりませんよ。共学校をどうするかっていう議論のためにきてるのかなあ。

高橋:いいえ、別学を共学化するにあたって望ましい共学の在り方はどうなのかと。

渡辺:いちばんある意味大事なのは、学校間差別の問題ですね。共学校と別学校の学校間差別だと言ってるように、学生の問題抜きにしてはならない。ただ一編には解決できないから、私は「再考」ではなく具体的に「こういう条件を揃えてくれ」という運動をすべきだと思うんです。情報開示についても具体的に「このことを聞きたいから、この資料をきちんと出しなさい」というべきだと。審議会はそもそも公開でした。そして審議会で反対してるのは町村会長出身の方、政界、財界、教育界、その男の方たちが反対してるんです。差別の再生産と言いたいのはそういうことなんです。そのことが分からないで抽象論やっても仕方ない。

高橋:つまり段階を踏むべきだと。

渡辺:そうじゃない。そんなふうに一遍にできるんだったら幸せです。できないときに何をまずやるかというときに教育委員会に求めるべきです。ですがそれができないときにじゃあ共学をやめていいとはならないんだよ、ということを言いたいわけです。

高橋:そういう問題について教育委員会の方はどうお考えでしょうか。

富田:大事なことで誤解されては困りますが、生徒の募集を決めるにあたって男子、女子の差はございません。共学化した学校について1クラスだけ女子を採るということは絶対にありません。明確に否定させて頂きます。高等学校教育にあっては様々な問題を抱えながら、しかし現実が動いていくためには一歩ずつ進まないといけないのであって、当然、現段階では別学を共学にすることが第1のステップであると考えています。

高橋:今泉さんと馬目さんは今の意見についてどうお考えでしょうか。

今泉:共学が悪いというようなことは一言も言ってないんです。ただやり方の問題を言ってるだけで。早急に別学を解消しろということを熱心に言ってますが、現実問題としてもう少しビジョンを持ってやるべきではないかと。ただやればいいとしか思えない所に問題があると指摘しているのであって、究極のところそれ程の違いはないと私は思っているんですけど。
 磐城女子高は学校が出来て100年というのは一つの貴重な記念であって、4年後に100周年のあれを終わってから順序良くやったって困らないんじゃないんですか? そういうふうに、何も機械的じゃないかと思いますね。

馬目:福島県全体を知事の言っている7つの生活圏に分けて、地方分権もし、いろんなこともしながらやっていこうというのが「うつくしまふくしま計画」なんです。そこに私が言っている地方分権をしてもいいのではないかと、そこに話をおとしてもいいんではないかと。教育委員会の机の上だけで画一的に男女共学にすべきだとか何とかじゃなくて、その地域にいろんな事情があるということを前提にして、教育の問題だって考えるべきじゃないかと、そういうことを先程から申し上げているんです。

庄司:地域の特性っていうのは、男女共学にしたから出来なくなるっていう性質のものでは全然ないんです。

馬目:失礼ですが、地域の特性をすれば男女共学にして駄目だなんて一言もいってないでしょ。何か錯覚に陥ってるんですか、この方。

庄司:じゃ、共学にしても良いということですよね。

馬目:男女共学にするかしないかを教育委員会の紙に書いたもので、あるいは審議会の答申があったから、男女共同参画社会だからというようなことで決めるべきことではないということを言ってるんです。

渡辺:地方の特色とかそれぞれの住民の中で公立学校を考えていくべきだというのは言葉としては、抽象論としてはそうだと思いますが、私がいちばん言いたいのは、皆で論議するのは良いことなんです。ただそのときに今まで別学でやってきた偉い人たちの声がその地方の声だという形でまとめて欲しくないんです。子どもたちの声、女の声、それから今まで差別されて共学にきり行ってない人たちの声、そういったものを全部集めないと本当の意味での分権ではないと思います。

 −休憩−

高橋:これから以後は、会場からのご質問とご意見を紹介していきたいと思います。まずはじめに、「男女の特性という言葉を耳にしますが、一体どういうものか、各発言者はどのようにお考えか」ということについて。

馬目:いわゆる「差別」という言葉はありませんが「区別」はあると思います。女性は子どもを産むから。

高橋:では共学によってそういったものはどうなると?

馬目:女性がやっぱり男性化してくるだろうということはあると思いますよ、だけど本質的にはあんまり変わらないと思います。

庄司:特性の中身をいうのは難しいけれど、往々にして教育によってつくられた特性が生来のものであるかのように思われる傾向が非常に多いということだけ指摘しておきます。

高橋:では、共学されることで特に変わりはないと。

庄司:そういう誤解は少なくとも別学にしたよりは解消される可能性は大きいと思います。でも共学にしたからといって一挙に解決すること決してないと思います。

高橋:次は、「100年の伝統というのは何でしょうか」「伝統と歴史がないものは価値が無いというふうに聞こえますが」という質問です。

今泉:少なくとも伝統文化という言葉が日本の社会に定着してますから、歴史的伝統っていうのは言わずものがなの事と思います。ただその伝統が古ければ良いというのではありません。古いものでも価値のあるものとないものがありますし、伝統というのはやっぱり絶えず革新されながらそれなりの伝統がつくられていく。女の人が入ってきたから伝統が無くなるとかはないし、その中に新しい伝統というものがいくらもつくっていけるとも思っています。

高橋:「女子校だけ名前を変えるのはおかしいのではないか」という質問について。

馬目:会津地区の著名な高校の校長が「時代の流れだから私は男女共学には賛成です。しかし私の使命として絶対に校名と校歌は変えないつもりです」と言ってました。これでいいですか。

高橋:「共学化というのは当事者である子どもが望んでいるかが問題なのでは」「再考派の方は生徒の意見をどれくらい聞いているのか」ということについての質問ですが。

今泉:安積高校の新聞部のデータでは半々くらいの感じです。若い人に聞いてみると、「別学校だったから女子にどう話しかければいいのか分からなかった」というのもあれば人生80年の内3年間男子校でやってきて男友達と非常に親密な関係ができ、得難い経験をした」という生徒もおりこれは両方いると思います。

馬目:磐女のアンケートでは生徒賛成44%、反対53%、保護者賛成42%、反対58%で2回目のときは賛成がものすごく減って反対がグッと増えました。福高では、1年生反対150、賛成60、2年反対70、賛成30ぐらいです。

渡辺:私は、子どもたちの意見を大事にすべきだといってます。その時に、子どもたちに的確な正しい、豊富な十分な情報が提供される必要があると思います。そういう前提じゃなく作られたアンケートは、とりあえずの目安にはなるとしても、教育の問題としてあるべき姿を見据えた大人たちの教育も必要になってくる可能性があると思います。そうした意味で、情報をキチッと、なぜ別学校になったか、どういう問題があるかを子どもたちに提供すべきです。
 ある男子校のアンケートで女子高校生を非常に馬鹿にするような項目があり女子校の校長から抗議があったということも聞いています。だから共学にしなくちゃという意見もある訳です。
 子どもたちは、自分たちの教育の問題についていろいろ考えて、そしてそこで失敗もすると思いますが、失敗しながら学び、成長していくんだと思います。だから私は再考論者の方たちに感謝したいのはなんと問題提起をいっぱいしてくれて、考える機会を作ってくれたのかと。そして共学化を考えている者は、子どもたちに正しい情報を提供してやらなければと痛感しています。

庄司:トータルでアンケートしてみると、中・高生は8割が共学賛成なんです。別学にするということが、別学意識を促進しているんです。別学の人が別学がいいと言ってるのは、自分たちの学校に対する誇りというか充実感、そういうことが相当大きいんじゃないかと。別学の人だけが意識が相当違う。

高橋:「実施されようとしてる共学化は、女子校だけに犠牲を強いようとしている。校名、校歌、男子のための施設・設備を整えないでの見切り発車について」という質問ですが。

渡辺:校名問題についてはいろいろありますが、私はもっと大事なものがあると思っているので、個人ではほとんどこだわっていません。女子校だけが負担を強いられているというのは別な意味で言えばそれをどんなふうに条件を整えていくかが、我々に課された課題であって、後戻りすることが課題でないと思います。

高橋:「磐城女子高出身の誇りとはエリート意識と大きく重なるのではないか、別学出身者の特権意識が県民に不幸な分断をもたらせているのではないか」という質問ですが。

馬目:私は「誇り」というもので今回のいろんな問題を解決すべきじゃないかといったはずです。地域社会のなかで自分の高校に誇りを持てる高校ってのはいくつありまか。ほんの一部です。教育の重大問題はそこなわけです。だから私はその質問に逆に答えたい。さきほど教育委員会が男女共学に成功したという話がありました。80%はそうだと思います。それは名前を変えて、校歌を変えて、中身も変わりそれによって子どもたちが自分の高校に誇りを持つようになったんです。でも今度やる8校は逆に誇りを壊してしまうような形になるかもという不安がある訳です。男子は別にそんな事はないでしょうけど。安積・磐城高校は優秀な女子を入れればいいんだから、何も問題じゃない。だからその誇りをいかにつくり上げていくかというときに、男女共学という手法によって校名も変え、或いは校歌も変えていくんだったら、こんな素晴らしいことはない。それがわたしの誇りという問題に対する答えです。

高橋:「自由競争というのは別学とは関係ないのではないか。全部共学にしてから自由競争にしてもいいのでは」という質問ですが。今泉さんいかがですか。

今泉:男女共学そのものには結構なんだけれども、そこにもっと特色、味付けというのが教育委員会は行なっていないんじゃないかと。おなじ共学するにしても、そういう意味の個性化、多様化がなくてただ人数だけをやればいい、だんだん考えればいいといわれればそれで終わりですが、やっぱり教育委員会としては避けては通れない問題だと思っております。

高橋:そろそろ時間となりました。今回このシンポジウムを閉じるにあたりまして、特に意見をまとめるということは致しません。いろいろな意見が出たと思いますので、どうかお持ち帰りになって身の回りで、職場で或いは学校の現場、教室の現場ででも議論する手懸かりとして頂きたいと思います。共学・別学という枠を越えて、県民一人一人の問題として男性と女性の教育という問題は、非常に重要な問題であると思いますので、そうした下からの議論というものを積み上げていく、一つのステップとしていだききたいと思います。

司会:これまで「推進派」「再考派」というふうに単純にラベリングされていた論客の方々がこうして一堂に会することによってメディアに報道される言葉から一歩踏み込んだご意見を聞くことができたかと思います。フロアにご参集の皆様も大変意識が強いということが主催者にもひしひしと伝わって参りました。渡辺さんから発言がありましたように、問題が大きくなることはむしろ良いこと。問題をもっと大きくして私たちが地域住民として次世代の地域を担うこどもたちをどう教育して育成するかということに、真剣に取り組む良い機会になったのではと思います。
 本日は、お忙しいところありがとうございました。

(※編集責任:共学化を考える分科会、テープ起こし協力:O・Mさん)

 

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