活動紹介

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ふくしま女性フォーラム
〒960-1296
福島県 福島市金谷川1
福島大学 行政政策学類
栗原研究室気付(WFF事務局)

tel 024-548-8278
fax 024-548-8278

wff-web@myriel.jp


■三春の人づくり・まちづくりフォーラムージェンダー・フリーの視点からー

パネリスト
渡辺 渡さん
(三春町議会議員)
渡部竜子さん
(育児サークルなかよし会代表)
山口晢子さん
(宇都宮文政短期大学教授)
中里見博さん
(福島大学行政社会学部助教授)

コーディネーター
栗原るみさん
(ふくしま女性フォーラム代表・福島大学行政社会学部教授)

学習会レポート

■パネリスト自己紹介

栗原 まず、パネリストの皆さんに自己紹介とぜひ言っておきたいことを一言ずつお願いします。

渡辺 今日は渡辺渡個人でこの壇上に上がっております。年齢47歳。嫁さんは学校の教員をしております。夜も遅く帰ってまいりますので、家庭は共同してやっているつもりでいます。
 少し前までは女性は「三食昼寝付き」とか、「家付き・カー付き・ババア抜き」とか、「亭主元気で留守がいい」などという流行語があったほど男性に対する考え方に根強いものがあったのではないのかなと思います。今度は男女共同参画社会ということで、女性の皆さんが社会へ出て男性と同じように活躍したい、そのためには男性も、今まで女性が犠牲になってきた面もいっぱいあるんだから、これからは男性陣も多少は犠牲になってくれよ、というお考えだと思います。しかし、私から見ればなんとなくこの数十年の間、いわゆる「亭主元気で留守がいい」というような言葉に象徴されるように、女性の方にかなり男性陣のほうが、ある意味家庭では支配されていた面があったのではないのかなと、そのように思っております。正直なところ世の男性は「うちの嫁さん、もう少し手綱緩めてくれたらいいのになあ」って思っているヤドロクさんもいらっしゃるのではないかなと思います。そうは言っても基本法が施行されたわけでございます。パネラーをやることになって、嫁さんとも、娘とも真剣に家庭の中で話をして、それなりに自分の家庭のことも見えてきた、自分なりに反省をしなければいけない、という点も分かってきた。そういう現状でございます。
 今日は一男性として嫁さんの掌の上で孫悟空のように弄ばれている立場で発言させていただきます。

渡部 私は「なかよし会」という育児サークルをやっていまして、専業主婦で専業子育てをしています。仕事をしないでうちにいるということなものですから、この場にちょっとそぐわないかなとも思いましたが、私たちのサークルはほとんどの人が専業主婦、専業子育てをしています。
 私自身は子育ても、専業主婦も「一番楽しいときだ」と思っているんですね。子どもを産んで女の幸せっていうんですか、子どもを産むのは女にしかできないことだし、子どもの成長を一番身近に見ていられる。子どもが泣いたときに私が抱かないと泣き止まないという自信みたいなものもありますし、私は今はそれがすごく幸せだと思っています。
 でもほんの少し前まではストレスだったときもあったんです。子どもを産んだときはすごく幸せだったんですけども、育てているうちに6ヶ月くらいは夢中で育てるんですけども、育てていくうちにだんだんストレスが出てくるんですね。母親になった不安とか、今まで仕事していたものを辞めて家庭に入ったものですから、社会から取り残されたような不安とか不満とか、だんだん膨らんでくるんです。それをどうしたらいいかなと思って……。
 そうして可愛いはずの子どもを大きな声で叱ってしまったりとか、手が出てしまったりとか、それがまたジレンマになって苦しんだりしたんですね。そのときに「サークルを作りませんか」と友だちが誘ってくれたんです。そのサークルで私たちはすごく助けられたんです。仲間が集まったことによって、自分の不安や不満がそれを吐き出させることによって私自身がすごく助けられて、仲間たちに支えられるサークルになってきたんです。このサークルには基本的には代表はおりません。子どもの遊ぶ場と2時間でもいいから気兼ねなく預けられるところがあったらいいなと思うときがあるんですね。
 さっきサラリーマン家庭で0歳児〜3歳児の預けるところがほんとうに欲しいのか、ということがあったんですけども、私たちの中で出る言葉が、例えば「ちょっと美容院にいきたい」「おしゃれしたい」、でも「子どもがいるからできない」。そういうことがいっぱいあるんですね。ですから町で施設を作ってくれたりしてくれたらいいなと思うことがいっぱいあります。
 それと自分たちのことを振り返りますと、新しい命を預かってどうしたらいいかって不安になったときに、気軽に赤ちゃんのことを相談できる友だちが仲間にできて良かったと思ったんです。私たちがサークルという形で友だちを得たことはすごく幸せだと思っています。でも私たちのように場所がなくって困っている人も町の中にはたくさんいるんじゃないのかなって思うんです。幸いにも三春町には福祉会館というのがありますし、そういうところで赤ちゃんと赤ちゃんがいるお母さんたちが集まれるような場所を作っていただけたらなというのが、私たちのお願いです。

山口 私はふくしま女性フォーラムの会員です。福島市に住んで16年目です。仕事は宇都宮にある短期大学。仕事の上でやっていることは、職業教育のいわゆるビジネス実務教育といえるんですが、ここ20年ぐらい以前は秘書教育という名称で短期大学の中で行われてきたものが、ここ数年ビジネス教育というような方向、若干違った方向に向かっていってるんですが、そこに関わっています。それと女性学も担当しております。
 私自身の興味関心は、自分自身がそうであったからなのですけども、女性であるということで、結婚したり、あるいは子どもを産んで育てたりすることと同時に、職業をどのように継続できるかということが大きな興味・関心です。そこから始まると、実は働くこととは生きることですから、働くということがすべてへ広がっていきますので、先ほどの方がお話しになった、「じゃ、育児は誰の責任か」とか、職場におけるセクシュアル・ハラスメントもそうですし、メディアのテーマもそうですし、ずいぶんと興味・関心の赴くままにいろんなことが広がってきたような気がします。ということで、参加させていただきましたので、いろいろまた、自分の考え方とか、気になった事柄をこれから説明させていただきたいと思います。

中里見 福島大学行政社会学部の中里見と申します。この春から福島大学の方に赴任してまいりました。
 「男女共同参画社会」、今でもこの文字を見ないとうまく言えないんですが、覚えるのに非常に時間がかかりました。この辞書にも載っていない「男女共同参画社会」って誰がつくった言葉なんでしょう。来賓の方いらっしゃっるんで、後で機会があればおうかがいしたいんですが、なぜ「男女平等社会」って言わないんでしょうか。それほど「平等」って言うのがいやな人たちがつくった言葉なんだろうと思います。さらに男女共同参画基本法という法律もできましたけれども、その中身を埋めるための努力をたくさんの方がされれば、非常にある意味で革命的な考え方もたくさんこの法律の中に盛り込まれていると思います。
 で、今日のテーマに「ジェンダーフリーの視点から」って言葉がでています。「ジェンダーフリー」という言葉をお聞きになったことがないという方が何人かいました。むしろその方が多かったかも知れませんが。この言葉をもし日本語に置き換えますと、従来の言葉であれば、性差別をなくす、あるいは両性の平等を目指すということだと思うんですが、なぜこれをジェンダーフリーという言い方に変えたかというと、ここには積極的な意味があったと思います。従来性差別を無くすとか性差別という言い方をされていたときには、男性の領域から女性が排除されている、従って女性差別であって、女性が男性に占められている領域や活動に入っていくということが目指されていたと思います。それはあくまで、男性が基準だったと思うんですね。男性の基準で規格化されていたということだったと思うんです。だけれどもジェンダーフリーという言い方は、その性差別という言い方では言いあらわせなかった、男性も変わらなければならないという視点が入ったんだと思うんですね。つまり、性別にとらわれるというのは、実は個人を基点にして考えると、男性にとっても生き難い生き方を強いられてきたのではないか、ということだと思うんです。実はなかなか男性からこの意見が出てこないから問題なんですけれども。そういう点もありますし、女性がそもそも排除されていたのは、社会の仕組みがおかしかったからではないか。だから、男性が占めている仕組みを変える。そのためには男性が変わらなければいけない。この視点が入ったのがジェンダーフリーという言葉の、性差別といわれていた地点からの一歩大きな前進だったのではないかなと思っています。性差別っていう言葉がそういうふうに考えられていたとすると、それをなくすということはつまり、男性を規格基準にしてそれを疑わないでいたり、あるいは男性のやり方を疑わないでいて、女性がそこに入っていこうとすることなわけです。そうなると自ずから入っていける女性はほんの一部だということが起きてきたわけです。そういうふうに捉えられてきたことは問題だったと思います。実は必ずその性差別という意味が必ずそう捉えられなければいけなかったということではないと思うんですけれども。しかし、歴史的にはそうだった。そこから一歩すすめるのがジェンダーフリーという観点なのかなと私は思っています。このパネルディスカッション、あるいは、午前中との問題とも関わるんですけれども、基本的な視点だったのでそこだけちょっと感想を述べさせてもらいました。

栗原 そうやって基本的なことから説明していただけると、なんとなく理解できたかな、お勉強にもなるなって感じですね。
 では、これから討論に入っていきたいと思います。

■家族のありかたについて

栗原 最初に家族の現状について、今は先程の分科会のまとめをおうかがいしてても、けっこう「今はいいな」っていうような評価があったというお話だったと思います。そこら辺のことについてどうなのかみたいなことを議論したいなと思います。
 もうちょっとそのことについて説明しますと、先だって生涯学習課の係の方にお願いして、この準備をする過程で、ふくしま女性フォーラムでやっているアンケート調査をお願いしたんです。三春でも250人ぐらい集めていただいて、まだ全部は集計できてないんですが、家族について、家族モデルについてどういうのがいいかって聞いているところがあるので、そこを集計してみたんですね。
 そうすると、戦前の日本の家族、舅、父、息子みたいな感じで、男中心の家族がいいって言う考え方が7%、それから、「友愛家族モデル」というんですけども、戦後の日本の家族で、男と女は役割分担があるけれども、お互い平等な家庭がいいと、男は仕事女は家庭と…そういうことですよね。お互いの役割分担を認めて、対等・平等な家庭というのが、私たちが家父長制といっているモデルなんですけども、それを支持する人が20%、結局「ジェンダーフリーモデル」といえるような差別撤廃法も言っているようなものだと思うんですが、男も女も仕事を持って家事も子育ても両方やった方がいいって思っている人が59%いたんですね。
 ということはやっぱり意識としては男だって育児もやってみれば楽しい、だから男も家事に携わるべきだし、というような考え方が過半数を占めていて、男は仕事、女は家庭じゃないよという考え方の方が圧倒的に三春でも多いということがわかったわけです。
 しかし、じゃあこれで男女共同参画社会は到達しちゃっているのか、というような問題があるわけです。あるいは、今はみんなそう思っていて意識の面ではいいんだけれども、実際はそうできないという問題というか。このあたりの家族をめぐる問題について、ご意見を中里見さんにまずお願いします。

中里見 第1分科会に最初の15分ほど出させていただきました。先ほどまとめが座長さんから出ていましたけれども、20代の夫婦の家庭をおばあさんがご覧になって、若い夫がオムツを土、日だけでも替えている、というのを見て、「ああ、非常に男女同権になったな」と、「いい世の中になったと」いうふうに感想を述べられました。私もちょうどそれを聞いていました。それはそうだけれども、男女共同参画社会という目標はそこで止まるのではなくて、「なぜ夫は土日だけしかやらないのか?」ということが問題だと思うんですね。1週間は7日ありますから、土日だけ面倒見ていれば子どもは育つわけではないのです。なぜ男性も平日から子育てが分担あるいは共同してできないのか、それは社会がおかしいからだ、じゃあ社会を変えていこうというのが、男女共同参画社会を目指すという今日の段階ではないだろうかという気がします。
 それでそのことが前提なんですが、ちょっとパネリストの方に質問させていただいていいですか? 渡部さんに。なぜその子育てに伴う不安や不満を、なぜまず最初に夫に相談相手になってもらわないのか、なぜ夫に支えてもらおうと思わなかったのか。なぜサークル仲間に支えあうということを求めたのか。それが悪いというんじゃなくて、第一段階としてはなぜ身近にいる夫に支えあおうとしなかったのか、もしされなかったとしたらなぜなのか、されてるというならばそういった話もちょっと紹介してください。

渡部 結果的に支えきれなかったんですね。主人が、私を、きっと。不満をぶちまけてみても、私は一応仕事を持ったことがあるから、主人が外で疲れてるとか大変だというのもわかるわけです。夜遅くまで仕事をしているとか、そういう人に言ってもしょうがないと思っているのもあるんです。だから、その不満ていうのは同じ悩みを持つものに打ち明けることによって解消される不満とか不安だったんだと思うんですけども。私の中で。

中里見 ご相談はされたんですね。だけれどもご主人は帰りも遅いし仕事も大変だということですね。それが一つと、それから、したがって夫は子育てにはタッチできないものだから、わかりあえる者の間でのでの支えあいということに行ったということですね。

渡部 それで、私自身の考えとしては、子育てとか家事とかはとても楽しいものだと思っているんです。男の人もやれば楽しめるし、子育ても楽しいんじゃないかなと思うんです。どうでしょう?

中里見 じゃあ、それを夫と分かち合えればそれが一番いいんじゃないかなと思ったんです。

渡部 それを主人をわからせるのが、私の課題なんでしょうが。おいおいの。

中里見 ぜひそれをやっていただきたいと思いますが、第一分科会のまとめというところで、結局思いやりの問題だとか、女性自身が変わる問題だとかいうまとめの中で、男性が変わるということがまとめに上がっていなかったことが気になりました。男性はこの社会であらゆる資源に女性よりも近づきやすい立場にいるわけで、今おいしい思いをしているわけですから、自分から変わろうとは思わないですよね。ですから、ぜひ女性自身が変わるというのは、男性に対する積極的な働きかけを含んだ意味での変わるってことであって欲しいなと思いました。

渡部 いいですか。私も第一分科会で感じたことは、私はある意味では嫁なんですよね。何ですけど、周りの方みんなお姑さんのような年齢だったのですけども、皆さんなぜかとても理解があるんです。ご主人もお話を聞く限りにおいては、結構家事をやってらっしゃるんですね。三春ってこんなに開けてたんだ、と正直思ったのが私の感想でした。

■「主人」というコトバ

渡部 私以上に皆さんがご主人に……あ、「主人」って言っちゃいけないんですよね。私、「主人」って言葉もありますけど、「主婦」って言葉もあると思うんですよ。「主人」ていうかわりに主になってる私がいるっていうふうに、ある意味では自信を持っています。で、「主人」て言ってもちょっとはいいかなって思ってるんですけど、いかがでしょう? ダメですか?

栗原 これについてどなたか特に発言されたい方フロアにいらっしゃいますか?

会場から 主人という言葉が気になってたんです。あるテレビ局では朝から晩まで「主人」「主人」と使ってまして、とても耳に障ります。
 なぜいけないのか。「主婦」っていう言葉もあるっておっしゃいましたけども、人間社会で男性社会できておりますから、みんな決定権を持っているのは男性ですから、企業でも何でも、まちづくりでもなんでもそうなんですけれども、そうなってくると「主婦」なんて言葉あまり使わないですよね。やっぱり男性の話をしますので、「主人」「主人」「主人」とこうなってしまいます。そういうことがかなり影響すると思いますから、平等社会に「主人」という言葉は使わない方がいいというふうに思いました。

■「男を変える」のではなく、「男が変わる」方向へ

会場から それと、子育ての問題ですけども、なぜ、ご相談をしなかったっていうのはわかるんです。慣習だと思いますよ。男性を変えてくださいと、パネリストの中里見先生はおっしゃいましたが、男性を変えてくださいはなく、男性もこれから自分から気がついて奥さんに悩みがないのか、奥さんの現在がどういう状態にあるのかを、これからは考えていくべきなんじゃないでしょうか。まず女性から意識を発信するのではなく。それを変えてくださいという甘えは通用しないと思います。子どもについても、男性自身が妻と愛し合って、自分と妻とふたりで生んだお子さんなんです。これから生んだ、これからどうやって会社から何時まで帰ってきたら、自分は家庭でこういうことをすることを相談する時代がきてるんです。それは日本の男性の大きな甘えだというふうに思いました。
 それから、渡部さんも慣習とかお舅さんとかいろんな今までの過去の歴史とかありますけれど、慣習にとらわれていたのでは、ほんとうにいつまでたっても女性は、ストレスいっぱいです。女性はもっともっと子育ての楽しさを分かち合って、これから女性もあまりストレスを受けないで男性と平等の社会づくりをしていくために、女性の慣習、風習、習慣、あまりとらわれないように勇気をもって生きていただきたいというふうに思いました。

■0歳児は母親が?〜少子化の原因はなんだろう

栗原 どうもありがとうございました。私も専業主婦に対する批判というものをとてもやりたくなってしまったんですが、今日は抑えておくことにしまして、次の問題に移らしていただきたいと思います。先ほど学校や社会の問題というふうにたててみたんですが、役割分担みたいな形で問題の立て方を変えて、具体的に0歳児保育の問題が先ほどの分科会で出たという話なんですが、三春には0歳児保育園がない、というようなことでそれについて二つの意見がありました。片方は、本当に必要なのか、子どもが小さい間は母親が育てるべきじゃないのか、もう一つは、「えーっ、0歳児保育がないの」というような二つのリアクションがあったというふうな話だったんですが、その辺についてよろしかったらどうぞ。

山口 私は第3分科会にいたんですよ。ですからその論争をとても気になりながらぜひこの場で話をしなければと思いました。
 気になったことは、0歳児には母親の愛情が必要だから、だから母親が家にいるべきだという、その考え方でした。そして、先ほどアンケート調査の中で、家族モデル三春の意識の中では、戦前の日本の家族については否定、良くないと。友愛家族モデルも20%。でもジェンダーフリーモデルは大賛成ということで 59%ということですね。ですから一見何かジェンダーフリーということについての認識を持っていて、それがいいと思っているのかなあという印象受けますよね。でも大切なのは内実というか、どういうことかということなんですね。
 で、私が気になるのは0歳児は母親の愛情が必要、だから家庭で育てるべきだという考え方は、0歳児、乳幼児保育には公的な施設はいらない、あるいは、地縁、血縁のところでやればいいんだという意識に結びついてしまう、それが怖いんです。というのは、育児休業制度は、確かに制度としてはありますけれども、ほとんどの人たちにとっては中小企業、零細企業の人たちが言っているのは、「制度は社会にあれど我が職場にあらず」というんことなんですよ。つまり、確かに制度はできているけれど活用できない。そういう問題があって、去年こちらの三春町で21世紀財団の職業セミナーの講師を務めさせていただいたときにも参加者の中からその声が出たわけです。0歳の子どもがいるんだけれども、保育園がない、非常に困っている。その方はよそから引っ越してきたんです。つまり、ここに地縁、血縁のない人は非常に困るということです。そのときに、0歳児保育は公的な制度に頼ればいいんだ、でもそれを使えなかったらどうすればいいんでしょう。その人がおっしゃっていたのは、「もう、子どもは産みません。産めないんです」と。ですから少子化の問題をどう考えるかということなんです。
 実は先ほどの分科会でも非常に気になったのは、0歳児は母親の愛情が必要だ、女性の社会進出が問題で、それが少子化の原因なんだといったようなこともありましたが、それは間違っていますよ。
 実は働く女性の労働力率と出生率の関連についての国際比較表があるのですが、それ見ていきますと、例えば、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アメリカ、イギリス、フランスといった国々ですね、ここで女性は継続してずーと仕事をやってますから、日本のように20代でちょっと仕事して、子ども生まれたら家庭に入って、中段で再就職でパートタイマーで就労するというM字型就労ではない国、要するにずーと働き続ける人たちの国なんですが、この国々では子どもたくさん産んでますよ。
 ですからちょっと誤解されがちなのですが、いつも少子化の原因について議論すると「いや、女があんなに働き続けるからだ」「子どもが小さいうちは家へ帰れ」といったような暴論が出てくるんですが、それはなんら根拠がありません。むしろ、少子化に対する対策としては、きちんとした男女平等政策をすることです。そうすれば女性は子どもを産みます。そのことをやはり、きちんと理解して欲しい。
 だから、一見ジェンダーフリー問題大賛成って大拍手してもね、その中身をもうちょっと丁寧に見ていく必要があると思います。子育ては誰の責任か、そして介護は誰の責任かということですね。大切な子育て、大切な介護は女に任せちゃいけないでしょう。一緒にやらなきゃいけない。大切なんだから任せちゃいけないんですよ。一緒にしなくちゃいけない。というふうにぜひ、それを言いたかった。

渡辺 第3分科会での発言は私のことが対象だと思うんですけども、どうしてもこういう会合では一つの発言が極論になって受け取られかねないので、誤解のないように申し上げておきたいんですが。私も子育てというのは男がやって十分できるし私は充分やってまいりました。嫁さんは(学校の)先生ですから、子育てできるわけないんであって、私もかなりの部分やってまいりました。ただね、赤ちゃんっていうのは基本的に――これ言えばまた批判くうんだと思うんですけども――母乳で育つのが動物の赤ちゃんなんです。人工のミルクじゃなくて母乳で育つのが一番幸せなんです。例えば私の嫁さんの母乳を染ませた脱脂綿、他人の母乳を染ませた脱脂綿、並べて両側に置いたときどっちに首振ると思いますか? 100%自分の母親なんです。それだけ赤ちゃんにとって母乳というのは大事なんです。母乳というのは母親の愛情だと私は思っています。だから、極論を私が言ったようになっちゃってますけども、できうる限り赤ちゃんは母親が見れるんであれば母親が見るべきだ。そのときに制度として不十分だとさっきおっしゃいましたけども、育休だってとれるんですから、その制度を当然有効に活用しながら、やっぱり赤ちゃんはせめてよちよち歩きぐらいまでは愛情豊かに夫婦で育てていただきたい。そのように思っています。

栗原 子どもは親を選べないですから、自分がひとりで育てるということに関して、なんとなく不安感があるとかそういうのって私にもありましたね。私は0歳児から子どもを保育園に預かってもらって、最初は公立の保育園に入れなかったので、無認可の保育園に預けてもらったんですが、結構保育料等いろいろなことで、だいたいひとり分の給料はかかるっていうような状況だったんです。だけれどもそのときにいっしょにバザーやったりだとかいうような友達が、それこそ育児についての悩みだとかお互い両方とも共働きで子ども持ってっていう友だちが、知り合いがたくさんできて、いろいろ乗り越えるのに参考になったというような関係は持てました。
 それで、母乳っていうのは、結構決定的みたいな感じで、私も子どもを母乳を冷凍したやりかたがあるなんて、朝搾って預けてみたいな話っていうのを考えたんですけども、結局そんなにでませんでした。最初もちろん出たけれども、だんだん出なくなっちゃって。人によっていろいろあるんでしょうけども、聞いてみるとそんなに結構女はね、いつもミルクがでなければならないってことじゃないらしい。早い時期にでなくなりましたよ。

渡辺 うちの嫁さんはお袋のところで預かってましたから、タクシー使って母乳飲ませに、うちのお袋が連れてってくれました。それでやっと育ったようなものです。子育って男から見たって楽しいんです。これほど楽しいものはない。キャッキャッって夫婦で笑いながら育てて、どういうふうにしたらよく育つのかな、ってお互いに話をしながら育ててきたから今の素直な子どもらが家にいるのかなと。そのように思っています。だから普段は私も家庭に戻ればいわゆる家長、というか家父長っていうか、そういうふうな自分ではそういう立場でいるようなつもりではいるんですけども。ただ、子どもとか夫婦間のことになれば腹を割って話せば、取り立てて私はこのジェンダーフリーというふうに大上段にかまえなくたって、社会の一番ちっちゃな単位が家庭でしょう、その一番ちっちゃな単位から、男と女の性差っていうのをなくしていけば社会はいつかは変わるとは思っています。

栗原 どうもありがとうございました。0歳児保育の問題は、やはり3歳まで女が、お母さんが中心になって育てるとか、そういうのはあんまり証明されていることもないですし、できるんだったらやっぱり、親か誰かが赤ちゃんに対して愛情を注ぐのはどうしても不可欠なんですよ。社会の中で生きていく、だんだん大人になっていくには。だけれどもそれがその人を生んだ母親である必要性っていうのはほとんどなくて、そこらへんのところをやっぱり、もうちょっときちんと認識していただいて、0歳児保育園を町としても無いというようなことはちょっと……厳しい状況なのではないか。ご検討いただけたらとありがたいあな、なんて思います。よろしくお願いします。

渡辺 時代の趨勢で三春もその方向で進んでおりますので。

■養子縁組をめぐって〜「嫁」は遺産を相続できない?

栗原 次に役割分担との関連で先ほど分科会ででました、養子縁組の話について、もしご意見がありましたらおうかがいしたいと思うんですが。お婿さんをもらった場合、大抵養子縁組をするんですよね。反対に、お嫁さんもらっとときに養子縁組したほうがいい、というような意見の方は2割ぐらいいらっしゃったといいましたね、そのことについての解釈というか、いかがでしょうか?

渡辺 養子縁組については縁組したことないんでわかんないんですけど、ただ、奥さんていうのは縁組しなくても、だんなさん亡くなったときに財産半分もらえますよね。

栗原 そうじゃなくてお父さん(お舅さん)が亡くなったときです。だんなさんが死んだときじゃなくて、お父さんが死んだとき。養子縁組していれば、財産分与受けられるけれども。その養子縁組していなければ、親が死んだときにはお嫁さんはなんの関係もないんです。

渡辺 婿さんも養子縁組しなければなにもないわけですね。どうなんでしょうね。ただ、こればかりは他人のことなので、私も縁組っていうのはよくわかりません。これから娘二人なんでちっと切実に考えていかなきゃなんないのかなって思いますけども。今のところは身にしみて考えたことがないんで、ちょっと勘弁していただきたい。

栗原 そのあたりのことについて少し詳しい方いらっしゃいますか?

会場から 福島県の母子相談委員23年やりました。辞めてから久しくなりましたので、現在どういうふうに法律変わりましたかわかんないんですけども、母子相談員っていうのは、お父さんを亡くしたお母さん、その奥さんを母子福祉法制度で見ている制度なんです。私郡内全部持っておりました。
 だんなさんがなくなっても、長男の嫁さんは、農家の方が多いんですけれども、家におりましておじいちゃん、おばあちゃんの面倒をみているんです。ご主人が亡くなりましても、そのうちにおじいちゃんおばあちゃんは自分より年上ですから、その人たちの看病を7年も8年もやりまして、おじいちゃんが亡くなりましても、お嫁さんには相続権がございませんので、最後を看取った嫁さんは何も遺産をいただきません。でも、自分の子どもには、遺産が3人いれば3分の1ずつ貰うんです。それで、法事の度にみんな帰ってきて法事やるんですが、そのとき長男の嫁さんは「なんて不都合な法律なんだ」と切実に感じていらっしゃいました。そういう例を何十件もみてまいりました。
 それがどういうふうに変わりましたかは現在は分かりませんが、養子縁組をしておりますと、遺産相続権がでてまいります。そういう点、嫁さんは惨めな立場だな、特に農村の場合は土地なんかがありますので、それを相続されますと農業の維持にもさわってくるということもありました。私が仕事をしていたときの疑問符だったものですから、ひとこと申しあげます。

栗原 どうもありがとうございます。この問題についてもだいぶ深まったと思いますので、どういうところが課題にしていただけるのか分かりませんが、生活改善運動とか農協とかそういうあたりで、考えていっていただければいいんではないかなと思います。

■男の子を「オヤジ」にしないために?

栗原 それからですね、次に中里見さんに、分科会で男の子をオヤジに育てないためにはどうしたらいいか。ということを話してねみたいなことがあって、オヤジっていうのはあんまりないんじゃないかという、そういうリアクションが多かったということみたいでしたね。そこらへんのことについて、男の子をオヤジに育てないためにどうしたらいいのか。ご自分の体験からも含めてそういうことだったら話してもいいやっていうことで、このパネルディスカッションに出てもらうことを引き受けてもらったので、女性についての見方の問題も含めてオヤジのことについて語っていただけませんでしょうか。

中里見 ジェンダーと教育というテーマだと最初におうかがいしたときに、今ジェンダーの観点からみて教育上必要なのは何かっていうことを考えたら、やはり男性をどうやっていわゆる男性的なジェンダーを身に付けた大人というか、一個の個人に育てるかということをしないか、いうことがこれからの課題なんだろうと考えました。その男性ジェンダーというのを「オヤジ」と分かりやすく言ったわけなんですけれども。「メシ」「フロ」「ネル」。そういう役割といいますか、生きかたというのか生活しか身についていないというのも、それも男性ジェンダーであるでしょう。私がそのときに考えていたのは、その役割というよりは、むしろ最近セクシャリティという言葉でいわれる、性的な問題についてなんですね。端的に言えば性暴力の問題なんです。
 今日のお話、特に第4分科会、商工・サラリーマン家庭というところの話をうかがっていて、とても重要なことが話し合われていたと思ったんですけれども、その職場における男女の平等ということが、そういった育児や介護のことも含めて実現したら、今度女性が直面するのはセクシュアル。ハラスメントなわけですよね。女性が社会進出を果たせばそこで待っているのはセクシュアル・ハラスメントだったっていうのが、80年代、90年代を通して分かって、明らかなことになったことです。例えばセクハラをするようなオヤジも、もともとは小さな男の子から育ったわけですから、どうやってそういうような男性を再生産しないですむのかということが、実は私自身とても関心のあるテーマですので、それが話し合われるのかな、あるいは話し合われるといいなと思いました。
 ただ、今日は全部の分科会を渡り歩いたんですけれども、女性のほんとの意味での社会進出、社会に出て、家庭の外から出て行くと待っている性暴力の問題に話が及ぶ以前に、いかにして女性は社会進出を果たすべきかというのが話合われていたので、それが主題として出てきたことはなかったですね。ですから、これを今持ち出してもちょっと消化不良になるかも知れないという気はしました。とりあえず、そんなところです。

会場から 私第一分科会の座長をしていまして、先ほど男性が変わらなければいけないという意見が出なかったのが不思議だ、残念だというお話がでたんですけど、私時間の関係があって割愛したんですけれど、第一分科会の中でやはり男性が変わっていかなければならない、という意見確かに出ました。それからオヤジに育てないためにと、あえてそのことを議題に出さなかった理由の一つには、皆さん例えば、今年配の方自分のだんなは何にもやりませんと、じゃあ、あなたのお子さんは今どうですか、その後姿見て育ったお子さんはどうですか? どういう生活をなさっていますか? というお話を聞いたときに「いやうちは娘の婿と一緒に暮らしているけれども、オムツは取り替えるし、アレもするし、コレもするし」と、今の世代の人はそうではないんじゃないかと。決してお父さんのそういう、昔の風習を見ながら育った人でも、やっぱりもう世代になると育ってきた環境がそうですからね。そういう意見が出た中にあえて、オヤジに育てないためになんて、もうそれもこの中では死語かなと思いました。私も自分の家庭で子どもを見て、やはりなんでもしますし、台所に立ちますし、うちの夫も台所に立ちますし、そういうことを考えますと、第一分科会にいただいた子どもをオヤジに育てないためにとかなんて、その質問自体、テーマ自体ちょっと今にはそぐわないんじゃないかと思って、あえて取り上げませんでした。

栗原 どうもありがとうございました。なんていったらいいのか、オヤジっていうのに対するイメージとかがやっぱりちょっと違うのかなって思ったりするんですが。私は渡辺さんにももうちょっと、あんまり立ち入ったことお話ししていないから、聞きたいなって思うんだけど、私の考え方ではオヤジっていうのは結構仕事人間ていう感じで、今までの日本社会を支えてきた立派な男のイメージって感じなんです。今の高校生なんていうのは、結構勉強もしていていろんなことも分かってきているようではあるけど、やっぱりなんか男子校なんかにいっているとね、毎日女の子と自然に一緒にいるっていうことがないから、なんとなくオヤジの卵見たいのが作られているんじゃないのかなーって、いうようなのを、結構高校生の男の子なんかを見てて感じているんですよ。うちの息子なんですけどね。
 部活のパンフレットとか見てるとね、スピロヘータがどうのこうの、梅毒がどうのこうのというようなのをね、管弦楽に入っているのですが、そのときのパンフレットに書いてあって、これ、男女共学だったらこんなこと、いくら冗談でも書かないんじゃないかなみたいに思えるような文化みたいなものが、男子校ゆえに育てられているんじゃないかなみたいなことを思うことがあるんです。
 悪い側面ばかりじゃないんですけれどもね。たとえば、家庭科教育やって男女共同参画なんていうのがあるよみたいなことは知っていて、親とだったらあまりやりたくないけど、彼女とだったらもちろん家事だって育児だって何だってやるよ、ていうふうに結婚式には答えるだろうと思うんです。だけれどもほんとにそういうのが、価値あるものとして育まれているのかなっていう点で、疑念があるっていうのかな、今の日本の社会。

■性別役割分業をなぜ選択するのか〜働き続けること、専業主婦になること

栗原 その関係でいうと渡部さんは、なぜ働いていたのに働かなくて専業主婦選んだのかっていうようなあたりのことをですね、役割分担をそういう形で肯定して選んだのかみたいなことを、難しい言葉じゃなくて説明していただけるといいんじゃないかなと思うんですけれども。
 仕事人間に対する評価、一生懸命仕事するためには家事とか子育てとか、そういうものはできないだろうと、自分が一生懸命仕事をするんだったら、仕事も一生懸命したいし、家事もやりたいし、子育てもやりたいっていうふうに思っていて、それのためにももしかしてなんか、洗面器の水流して子どもも流しちゃってっていうんですか、大事なものもこぼしちゃってっていうかっていうこともあるんだけれども、なにしろそういうことをやろうとしていて、今も仕事もやりたいし、仕事の上でも一人前にやりたいし、家事もやりたいし、子育てもやりたいし、そういうことができるような社会制度システムに作り変えていこうっていう意味でこの男女共同参画基本法を私たちは使えるんじゃないかなって思って考えているわけですよね。だけどそういうことを選びたくなかった、選ぶのはあまりいいとは言えなかった、だから専業主婦を選んだっていうことがあるわけじゃないですか。そこらへんの問題、どうしてそう選んだのか。本当に選びたくてそう選んだのか、何といってもそれがいいと思ってそれを選んだのかみたいなことを、私としては興味あるんですよ。

渡部 選んだ理由っていうのは、仕事を辞める前の仕事に私自身さほど魅力を感じてなかったんです。経済的にもたくさんお金をはっきり言ってもらっているわけではなかった。それを自分のやりたい子どもを産むっていうことと、天秤にかけたときにやっぱり子どもを産みたい育てたいって思った。ということだけなんですけど。その結果として専業主婦、専業子育てになったんですね、で、仕事を持ってると自分のことをあんまり考えられなかった、自分の中のことをあんまり考えられなかったけれど、専業主婦、専業子育てになるとわりと余裕ができる、自分の好きなことが考えられたり、できたりするっていうのは、私は仕事を辞めてよかったなということではあるんです。さっきも申しましたようにそのことによって、社会から離れてしまった不満とかがあったわけで、それはデメリットだったと思うんですけれども。

栗原 山口さん、なにかご意見ありませんでしょうか。

山口 あまりこだわりがなかったのかなと思いながら、私の場合職業を変えてきているのですよ。職場もかえています。私にとって職業を持つということは、当たり前なことであって、主婦になるか仕事をするかという選択ではなかったんですよ。
 仕事を継続することは困難なことではありました。私の15年間いた職場では、女性で結婚している人がいなかったんです、日本人が。外国の政府機関で働いていたのですが、ですから男の人は結婚していて家庭を持っていて働いているんだけれども、女性は独身で仕事をしていたのですよ。私が子どもを産んで継続するということは、「えっ!!」って言う感じですよ。働くという背後に子どもがいて、子どもは熱も出すし、だから結構大変よ、っていうのを示したのが、私が始めの例だった思うんですよ。ですから私は継続したかったです。拘りがすごくあった。それこそ公立の保育園は当時東京都は8ヶ月からだったから、それ以前は無認可の人見つけて、探していろいろお風呂場に広告出したりして、あの手この手やりました。結果的にちゃんと見てくれる方見つけて、その方にお願いして二重保育もやりましたし。それから保育園では、一番最初子どもを連れて行くのも私。一番最後に拾いに行くのも私。その中でたぶん、女性も男性も職場の人は、「あ、そういう生き方があるのか」と思ったかも知れません。その後私のように職業を継続する女性が出てきました。

栗原 たぶんどのぐらい女性が、一生懸命やれるような好ましい仕事、職種を見つけられるのか、そしてそれに見合ったような賃金を得ることができるのか、それと男がどういう職種を得られて、どのような賃金を得られるのか。それと、男がそういうことをやるような選択ができるのかどうかということなんかを考え合わせてみると、なかなかやっぱり確かに一定の時期子育てして、仕事もなくなっていいっていうこともあるのかも知れないけれど、もうちょっとやっぱり自分が、子どもが大きくなってどうやってこう社会との係わり方を取っていくのかということを含めて、もうちょっといろんな選択肢を考えていかなければならないっていうふうに思います。

■男をどうすれば引っ張り込めるのか

栗原 次に話題にしたいことは、男女共同参画基本法ができたことを知っているか、知っていないかっていうふうなことを先ほどきいたんですよね。一番最初のとき自己紹介のとき中里見さんが、男女共同サンカクとかシカクとかなんて話をしてて、この名称が問題だっておっしゃってましたが、男女参画基本法っていうのを英語に訳して、またそれを日本語に訳すっていうと男女平等法になるらしいんです。そういうことなので、なかなか言葉の問題ってあると思いますけれども、何しろ法律ができたことを知っている方が三春の中で4割でした。こういうことにあまり関心がないな人も集めてくださいってお願いしましたが、女性団体とか教育委員会の生涯学習課を通じて配布していただいたわけですから、もうちょっとこう言葉だけ知ってる方が多いんじゃないかなと思ったんです。法律を知ってる人が40%で知らなかった人が60%というのは、先ほどの「男だって子育てやった方がいいよ」っていうような考え方が普及していることとの対比の中でも、意外と知られていないという感じが強いんじゃないかなっていうふうに思いました。
 皆さんに考えていただきたいことは、何で男女共同参画というふうなことが、多くの方々の関心にのぼらないのか、ということです。やっぱり、今回のイベントの名称も男女共同参画というのを前面に出すと、男が来ないだろうっていうようなことだったんです。だから、三春の人づくり街づくりというふうにしてもらったんですが、それでも目標は半分ぐらいは男の人を集めようみたいなことで考えて、それで消防団の人にもぜひ声をかけてみたいなアイディアもだされて、そういうことを目標としてやったんだけれども、結果としてはやっぱり男性の参加はなかなか得られないということになったわけで、先ほどからジェンダーの問題イコール男の問題だっていうふうなことを、一所懸命いったとしても、参加が少ない、それはどうしてなのかみたいなことについて、ちょと視点をかえて、じゃ、どうすればいいのかみたいなことも含めてみてもいいですが、お話しいただけないでしょうか。

渡辺 男性はここには確かに来にくいと、私もこの壇上に上がっててそう思いますから、確かにそれはあろうと思います。どうして来にくいか?っていうのは、筋書きが読めてるからですね、大体の線で。来にくい人はそうとういるんじゃないのかな。来れば多勢に無勢っていうこともあります。男性がこういう場所に出てこれるようなふうにするにはどうしたらいいか、あくまで私個人的な考えですが、例えば職場ではOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング、職場内訓練)っていうのがあります。これをジェンダーフリーが実現するまでの間くらい、いわゆる過渡期の間くらい皆さんが苦労はするでしょうけれど、家庭内訓練、アット・ホーム・トレーニングで、ある程度の年配の人は自分のだんなさんをこういう場所に出てくるように仕向けるとか、家事の手伝いをするように持っていくとか、それから子どもにはちっちゃいうちからこういう場所に慣れさせるとか、それができるのはやっぱり女性なんです。男性に自ら進んでやれっていわれても、「そったのしちめんどくせ」っていうのがせきの山です。これは世の男性の正直なことじゃないでしょうか。その障壁を取っ払うためにはやっぱり女性の力が必要なんです。

栗原 どうもありがとうございました。

■「男女共同参画プラン」づくりに向けて

栗原 そろそろ時間が近づいてきたので、いろいろな問題があって知識も不足しているし、三春でも「女性プラン」をつくるための議論をしたらいいんじゃないかなとというようなことを提起して、皆さんのご意見を聞いてまとめにできたらいいんじゃないかなって思います。
 資料の中でお渡ししたと思うんですが、福島県内では福島市、郡山市、会津若松市とか市ではできているんですが、町村ではだいぶ前に作った会津板下町以外では、新しい時代に見合ったようなプランは町村ではまだできていないっていうことなんです。そこで、女性政策室の吉川さんにお願いして、山梨県の事例というのがなかなかいいからこういうものを参考にして、三春でもぜひ取り組んだらいいんじゃないかというお話だったんです。
 それで、三春でせっかくこういうイベントを持ったわけですから、いろんな問題が出て決してもう、以前と比べて良くなったとか変わってきているとかいうところはあるだろうけれども、まだこれから変えていかなければならないことはとても多くて、この三春町は勉強が足りないなということもあるんじゃないかと、皆さん随分お考えになったんじゃないかって思うんですよね。男の人たちにもそういう問題を議論して、入ってきてもらうっていうふうにしなきゃいけないということも思うんですが、そのためには、やっぱりせっかく法律ができたんだから、それを利用して何かやっていくっていうことが有効じゃないかって思うんですよね。
 例えばさっきどこかの分科会でお話したんですけども、農業の場合ですね、「補助金を出すときに女性の参加が少ないところには出さない」っていうふうに農水省が決めたっていうんですよ。家族経営協定が締結されているかとか、審議会とか委員会なんかに女性が一定の割合で起用されているかどうかっていうことをよくチェックした上で助成金を出すときの条件にする。「農産漁村の女性の地位を高めるため、農水省はその地域の女性が農家の経営や農村の町づくりに参加しているかどうか、といった点を補助事業を認可する際の条件にする方針を決め」と書いてあるわけで、こういうことだとたぶんかなり役場なんかの人も町長にいわれてもなかなか来ないとしても、補助金もらうためだったらやっぱり自分たちのところへ補助金持ってくるっていうのはすごく仕事の重要な部分だと思うので、動くんじゃないかなっていうふうに期待してるんですが。そういうことなんかも含めて、何か実効性のあるようなことを「プラン」というような形で作っていくみたいなことを、三春でやるなんていうのはいかがでしょうか。はい、どうぞ。

会場から 今の栗原さんのいわゆる計画作りについての提言だと思うんですが、おそらく三春町でも2000年から10年計画で、おそらく基本計画をつくる時期にきているんではないかと思うんですね。福島市でも今、福島市の総合計画基本構想を今検討しているんですよ。ですから全市町村が同じスパンで2000年から10年計画をつくると思うんです。その中に、福島市の場合ですと男女共同参画社会の形成というのを、施策の中に明確に位置付けたんですね。今まではなかったんですよ、第三次計画まではなかったんです。でも今度新たに明確に基本法ができたことによって、これを政策に掲げたわけですから、三春町も、三春町の総合計画をつくる際には、男女共同参画社会の形成というところを入れてもらって、その中の部門別の計画として「女性プラン」を作ったらどうか。部門別計画の中には、いろいろ高齢者福祉計画とかありますよね。ぜひ渡辺さんほか町議会議員の方にはですね、その基本構想の中にこれを入れていただくというようなことを、提案したいと思います。

栗原 町長さんも熱心に今日の議論を聞いていただきましたので、そこらへんのことはいかがでしょうか。このような問題に取り組むには、トップがかなりがんばると変わるっていう説もあるんで。

町長 端的に申し上げますと、行政主導型で物事を進めてろくなことはない。いつも私は苦い思いをしているんですが、行政が旗振りをするとカッコつけるだけに終わってしまう、といつも思っております。したがって今私は、そうするつもりですとカッコいいこと言いたくありません。女性の皆さん、それから男性の皆さんに「それいいんじゃねえかと」言われれば、私はパチパチパチとやる立場にいたいと思っております。
 それから、立ったついでに申し上げますと、さっきからどうも渡部竜子さんがいじめられてるんで、私は義憤を感じておりますんで応援したいと思うんでありますが、国際理解と男女理解っていうのは、僕は似ていると思うんです。つまり違いがないということではなくて、違いがあることをきっちりと認め合ってその違いを認め合うことが、ほんとの理解だ、私は男女の場合でもあまり差がないんだと主張されると逆にヘソ曲がりでありますので、それを申し上げたいなとそのように思います。私の家庭も結婚して家内は仕事を離れて専業主婦になりました。その言葉がいい悪いが別として、それは渡部さんがおっしゃったとおり、会社に勤めていることの虚しさ、ということを家内はかなり感じておりました。私も正直同じように感じておりました。皆さん方のように本当にやりがいのある仕事を持てた人は幸せであります。しかしそうでないのが世の中ほとんどであります。やむをえず働いている人たちが多いと思うんですね。私の家庭では家内は専業主婦になって、自由時間の中でいろいろ豊かな時間を送っております。私はとっても羨ましいと思っております。そして家内から自由時間の中でいろいろ学んだことを私も教えられて、私自身がそれで育てられています。そういう選択があっていいではないか、私は仕事を持つことも、そういう価値観、それも大事だと思いますが、そういう社会的な仕事でなくて、自由時間を持つという、生き方についての価値観、それもあっていいんであって、私は同じ価値観で押し付けるようなことは、どうもこの世の中楽しくはしていないのではないか、従って渡部さんの選択を私はとてもよく理解できるような気がいたしますし、お互いに男女の関係というのは、相互理解で成り立つのではないかとそのように思います。それからもう一つは、おそらく渡部さんもお話では仕事やっておられて、結婚前はね、従ってだんなさんの社会の中で、会社の中で働いているしんどさ、よく分かるからお互いに役割分担をしてということだと思うんですね。私はそういう関係があっていいのではないかと、何にも同じように男女が家庭の中でもやらなくちゃならん、とも思っておりません。ということで、ただ、基本的に私今日のお話伺いながら感じましたのは、今の社会条件の中で男と女と一緒にやっていくかということで、どうも無理があるのは今の経済社会、それは矛盾が多いと思います。やっぱり競争社会の中で、しんどい仕事をやらされておりますので、残業は多いしそういう厳しい中にあるということ、それをよく考えてみますと、例えば育児休業なんかは1年ね、しっかり権利としてとれるような社会にすることの方が大事なんであって、と私は、0歳児保育をやるときに多少消極的であったのは、0歳児保育をやると皆もやらなくていいのではないかと、いうふうになる。しかし、男性はおっぱいやることができないわけでありますから、女性はできることならいろんな人もあるでしょうけれども、1年間はちゃんと0歳の時には育児休業をつくるような、とれるような社会にすることの方が大事ではないかと。ただいろいろ考えてみたら、そういうことでばっかり片付けられない状況もあるなと思って、渡辺議員が話しされましたように、0歳児保育、今設計をしているところでありますけれども、私はそれは決して望ましい選択ばかりではないと思いながら、今やっているところであります。

栗原 どうもありがとうございました。町長さんはちょっと昔の方ですので、三春町はとてもすばらしいですけれども、なかなか今矛盾の中で男も女もいろいろな選択があるんだみたいなことについて、もうちょっと、私たちがなぜそれを差別というふうに感じたのかみたいなことについてご理解をいただけるように、もし機会がありましたら話し合いの機会を持ちたいなと思いました。最後、簡単にまとめを一言ずつ言っていただいて終わりにしたいと思います。

中里見 2点だけ。どうやって男性を男女共同参画社会に巻き込むことができるだろうか、先ほど論点になりましたが、なぜ男性は来ないのかという問いが、そのためにはまず前提にないといけないと思います。それはさきほど筋書きが見えているからであるとか、多勢に無勢だとおっしゃいましたけども、その通りだと思います。つまり、男性にとって都合の悪い議論がされるから、怖くてこれない、そういうことだと思うんですね。社会の仕組みを変えようというのが男女共同参画社会の段階での論点だと思います。そのためには男性が変わらなければいけないわけで、しかし今、男性の方が優位にある以上、なかなか自ら進んではそれに足を踏み入れてこないというのも事実だと思います。私が思うのは私はここへ出てくることは別に多勢に無勢だとも思わずに来たんですが、私はその意味で言えばそれほど都合の悪い議論がされるとは思っていなかった。つまり男らしい男ではないんですね。それで要するに従来の男社会の価値観を身につけた男ではないからです。従って、いかにしてそういった従来型の男らしさみたいなものを身につけていない子どもを育てるか、男の子を育てるか、次の世代に期待するしかないんだろうというふうに思います。期待するしかないというより、それがとても重要だということです。ですから「ジェンダーと教育」という分科会にはとても期待をして参加をしました。必ずしもそういう観点から議論がなされてなかったような気がしたんですけれども。それが1点。
 それから町長さんが、この三春でも男女共同参画社会のプランをつくったらどうかということに対して、行政主導でやるとろくなことがないので自分からやるつもりはないということをおっしゃったんですけども、本当にそれでいいんだろうかというふうに思います。やっぱり町長さんのおっしゃっていたことは基本的には男女の役割分担というのが、大前提にあってその分担に女性の生き方というのがずっと縛られるという社会的なしくみが望ましいっていうことをおっしゃったように聞こえました。ジェンダーフリーっていうのはそういうことを改めると、人間は性差や性別による差よりも個人差の方が大きいということが分かってきたのが現在だと思うんですね。従って個人の能力を性別にとらわれずに生かすためのいはどういう制度づくりが必要か、今までの社会のしくみをシャッフルしようとか、そういうことが一番男女共同参画社会づくりを考えるうえで重要なのではないかなというふうに思った、ということです。

山口 あの今のこの時間がね、どういう時間の流れの中にあるかということですよね。国連が女性の人権というテーマに取り組みはじめたのが1975年、そしてそれと連動する形でこの男女共同参画社会づくり。それはちょっと紛らわしい表現なので性差別撤廃の取り組みと言った方がいいと思いますが、それが国内的になされていて、もちろん同時に私は短期大学の教員ですけれども、短期大学でも4年制大学でも大学院でも、国立大学でも公立大学でも私立大学でもあ、らゆる領域をジェンダーで見る取り組みはずっとなされてきています。その大きな流れの中に今ここに私たちがいるわけです。そしてその男性と女性のかかわりを見ていくうちに、非常に見えにくく、わかりにくく、気づきにくいために見過ごしてしまうのですが、でもその中で私自身はいろいろなところで痛みを感じながら生きてきていて、何でこうなんだろう、どうしてなんだろうというふうに思って、理由を探すこととそれをどう変えていくかってことを、ずっとやってきたような気がします。ぜひ三春町の方たちも皆さんの声を集めてですね、基本法ができましたのでこちらの方でも女性プラン、それも皆さんの意識を調査してそれに対応する、それを受ける形で長期的な基本計画として具体的なプランづくりに取り込んでいって欲しいなと思っています。

渡部 このジェンダーフリーっていうシンポジウムのパネリストをやることが決まって少し勉強したんですけれども、私そのとき驚いたんですけども、これまでジェンダーフリーっていうのは女性の問題だと思っていたんです。女性だけの問題だと思ってたんですね。でも勉強していくうちにそれは女性だけじゃなくって男性もそうなんだってこと知ったんです。それが私の中で驚きだったんです。女性だけが差別されてるんじゃなくて、男は男でなければならない、男らしくなければいけない、仕事をしなければいけない、家庭のことをやってはいけない、そういう縛られた男性が苦しんでるっていうことも気が付いたんです。今回私これで少しお勉強しました。

渡辺 最後に感想ですけども、ひとつこういう運動やっていくときには基本的なベーシックな部分から皆に掘り下げて説明していかなければ、やっぱりわかってもらえない。例えばさっきから私皮肉っぽく言っていたのは、女房とか言えないっていう、こういう字面を捉えたり、表面的なものだけをやっちゃったんでは逆に運動そのものが低下しちゃう、本当にこれが必要であれば基本的な部分をまず訴えてください。と、それを街角でもどこでも訴えてください、と。男性だって分かってくれるはずです。それをやらなければこの運動は先には進まない。それから今の若い人たちテレビなんか見てますれば、女の子は料理もできない、大工仕事もできない、男の子も料理もできない大工仕事もできない、黙っていたってユニセックス化しているんですから、近い将来放っておいてもある意味ではジェンダーフリーになるのかなと。それが私の希望するところのジェンダーフリーではない、皆さんが勝ち取れるような理想とするジェンダーフリーをつくっていきたい、いってほしい。私もそういう点では協力できる面は協力していきたい。そのように思います。

栗原 どうもありがとうございました。まだまだ皆さんの意見も聞きたいし、話せばもっとあると思うんですが、ちょっと時間が遅くなりましたので今日はこれで終わりにしたいと思います。長い間どうもありがとうございました。

テープ起こし・斎藤美佐
編集・高橋 準

 

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