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ふくしま女性フォーラム
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■「うふふ」 第7号(1997.4.26)

目次
第7号・オンラインダイジェスト

【目次】

第6回学習会・報告

第6回学習会・参加者の声

オックスフォード通信・第5回

 私は今韓国から来た社会学者の梁さんと同じ研究室です。だから、お昼に韓国から来ている学者の人たちと話す機会が結構あるのです。オックスフォードに来ている韓国の学者たちはどうも韓国のエリートらしく、欧米の大学で博士号を取得してきている国際人ばかりです。日本批判が直接話題になって私がやりこめられたことはありません。でも、世間話、イギリスは変だとか、判らないとか、韓国は何だとか、日本はどうしたとか、いろいろ話しているなかで感じたことを2つ書いてみたいと思います。
 日本の経済力をすごいと感じているのは韓国でも一般的ですが、日本の文化や事情は、検閲があり、あまり伝わらないようです。
 最も彼らが日本を不審に思っている点は、日本が侵略のことをはっきり認めず、ぐちゃぐちゃしていることです。日本に最近新手のナショナリズムが出てきて、「国民をおとしめるような、従軍慰安婦の記述を削除せよ」とかいっていることが話題になった時は、信じられない、とはっきり言いました。教科書は、特に日本が侵略したり、植民地にしていた時期のことに関しては、日本だけで書くのではなく、韓国や中国や東南アジアの地域の歴史家と共同して、作ることが可能なのではないかと言っていました。日本人だけに通用する見方が、また戦時中のように流布することの怖さを指摘されているんだなと感じました。このときの議論で、韓国の常識は日本政府を信用していないということを私は認識できたように思いました。
 もう一つはODA援助額に関することです。日本の英国大使がセミナーに来て、国連の常任理事国への参加について、日本はお金を出している、ODAは最高額だ、という論理で説明したことについて、話題になった時です。環境問題を研究している経済学者の金さんは、日本の援助額はフレンドを作るようになされていないのではないか、と言います。でもそんな多額の援助をしていることを私たちは知っていたでしょうか。日本の供与や借款がどのようにどのような価値観にもとづいて、どんな論理でなされているのか私は彼らに説明できませんでした。誰がどのように使っているのかも私は知りません。本当にアジアの女性に役立ち友達になれるようなODAに変えるために、決定過程と実施過程への国民の参加の在り方を考えるということも、松井やよりさんを迎えて考えてみるべき課題の一つかもしれません。
 さて、今年の英国の春はすばらしい天候です。昨年来た時はあんなに寒かったのに。今は昼も長くなり、たくさんの花がさまざまな色で咲き乱れています。私は暇になってもやっぱり傾向としての筆無精は直らずフォーラムの皆さんにももしかしたら失礼しているかも知れません。以前斎藤光子さんからお手紙をもらって返事を出さないままになっていることについて、次に少し感想を書きます。日本に個人主義があるのかないのかという問題です。或いは、日本は集団主義、画一主義平等主義という評判が高く、その理由は儒教精神で説明されるという通俗的な西欧の常識についてです。私は、日本に個人主義がないとはいえないという仮説の方に最近傾いています。考えてみると戦後生まれの私たちは、儒教精神を教わったことはありません。儒教の影響は「分を知る」という形で、一人ひとりの我慢する論理の基礎になっているかもしれません。より上の層で決められていることには関心を持たないでいいやという知的怠惰の自己合理化にも繋がるかもしれません。でも、これを私はいいと思っていないことも事実だし、そう感じている人は多いと思います。社会制度のあらゆる場面へ、民主主義をどのように定着させ機能させていけるのかというのが、私たちの時代が目指している課題です。情報の公開やそれを可能にできるような技術的到達をどのように生かせるかにかかっています。日本では、それぞれの関係する場面では、一人ひとりがそれぞれ一生懸命参加すれば、存在感と意義を持てるということは事実です。その場面がそれぞれ分断されて、ワクは不条理なものでも条件として、見直しは提起できず、受動的に受容してきたというのが実態です。過去日本にとっての究極のワクは天皇制とか、アメリカ占領軍とか冷戦時のアメリカとかかなり手強いものでした。しかし今やワクが参加を要請しているとき、ワクの伝達には力を発揮しえた官僚が存在根拠の正当化できない意義を不当に持つことになっていたことが見えるようになりつつあるのが現状です。対案としての民主主義による意思決定のメカニズムを発明できれば日本の皆がコミットメントできる社会の基礎単位の在り方は生きるのではないでしょうか。

(栗原るみ・WFF代表)


会員の声(今回は特に充実!)

読書会(2.20)レポート 「アジアの一員として」
 松井やよりさんが、北京会議に参加した日本の女性団体を評して、自分たちはこんなに差別されてるといった意見ばかりで、世界の中で、とりわけアジアの中で置かれている日本女性の立場について考える意見がなく、視野が狭い、といっておられた言葉が忘れられません。
 差別という、人間の尊厳に対する侵害を許せないと思う気持ちは皆一緒だと思います。では差別から人が解放されるにはどうあるべきか、松井さんの本は多くのことを教えてくれていると思います。私の今ある生活はアジア女性への搾取なしにはありえないのだ、と・・・自分がとても罪深い人間に思えてきます。
 今後もWFFのメンバーの皆さんのお力をお借りしつつ、アジアの一員としての自分を探ってゆきたい、などと考えています。
(片平美紀子 福島市)

※2月22日に開催された、松井やより『女たちがつくるアジア』(岩波新書)の読書会のレポートです。


県議会を傍聴して
 初めて福島県議会を傍聴した。
 2月下旬のある日、関係しているグループの活動が、午後からの代表質問で話題になるとの連絡で急きょ県庁舎東側入口にいく(そこに入口があることも知らなかった)。
 前にいる人たちに倣って受付の女性に渡された紙の2ヶ所に自分の住所と名前を書くだけで(しかも鉛筆でよい)中に入れる。3階までエレベーターで上がるとそこはもう議場入口、守衛さんらしい人に先程の紙を渡すと半券を返してくれるのでそのままドアから議場に入る。一瞬、劇場にでも来たような気分になり空いていた席に座る(傍聴席は、相当空いていた)。すでに議場の所定の位置に着席していたのは、知事を始めとする答弁側の県庁職員と数名の議員、大部分の議員は定刻の1時過ぎ三々五々着席。議長が開会を宣言して代表質問が始まった。地元からバス2台で傍聴にきていた後援会員らしい人たちからの拍手や声援が聞こえる中、数十分の質問が読み上げられる。気がつくと、議場にいる人たちと傍聴席の報道関係者らしい人たちが、質問の読み上げに合わせて同じようにページをめくっている。質問原稿があらかじめ渡されているらしい。それに議長席前の記録者2名も何やら同じ原稿を目と耳でおいかけながらチェックしている様子。質問が終わると、知事がまず議長に礼をして答弁に立つ。続いて関係する部局の長が次々と答弁を読み上げたが、これも原稿のコピーがすでに配布されているようだ。その日は、開会後2時間足らずで閉会となった。
 51年前、先輩たちの努力で手に入れた女性の参政権もせいぜい投票どまりといわれ、相変わらず政治家は男性優位が続いている。身近な地方議員からでも女性の割合を高めることが、女性問題を解決する有効な方法の一つであるように思うが、一足飛びには現状を変えることはできない。せめて女性が議会を傍聴する機会を多くつくることによって、議会の動きが変わり、女性自身も変わっていくことを期待した初体験であった。
(玄永牧子 福島市)


小さなフェミニズム

 私は某女子高校2年で塾に通っています。私の他は男子生徒3人で先生も男性です。
 これは先日、塾で交わした会話です。

先生:お前らみたいな奴らはR子ちゃんのようなしっかりした嫁さんをもらわなきゃだめだ。
私 :妻になることはあっても嫁になることはないよ。
T君:でも奥さんに使われるのってやだよな。
先生:何もお前、嫁さんに新聞持ってこい、お茶って言って世話してもらえばいいだろ。
T君:あ、それいいなあ。
私 :何いってんの。家事は50:50でやるんだよ。
M君:えー、違うばいって。男はそんなことしねーよ。
私 :なんでっ。今は育児だって夫婦二人でやるんだよ。
M君:やんねって。やっぱ家のことは奥さんがやってくれんだばい。
私 :そんなのっておかしいよ。男も女もおんなじなんだからさ。
M君:えー、違うよな。
T君:最終的には女は男に頼るんだよ。所詮女だよな。
M君:そうそう所詮女だよ。
T君:こういう女がいるからだめなんだ。
私 :うわー、何それサイテー。一体君たちは誰から生まれたと思ってんの。
M君:誰が産ませてやったと思ってんの。
T君:これは二人の共同作業か(ボソッ)。
私 :ぎょえー、もう最低だね。
K君:でもさ、女に銃を持って戦えっていっても無理な訳だし。
私 :だから日本の男はもてないんだよっ。

 私は、同世代の男の子(お子様だよ!まったく)がここまで頭カチカチだとは思ってなかったのでとても驚きました。多分まだ、自己による意識改革が行われてなく、家庭の影響が強く出ているんだと思います。思っていたよりも強い性的役割分業の思考を持っていて、強い反発を感じました。家庭だけでなく、マスメディアからも画一的な男性優位の影響を受けているかもしれません。
 最後の方は、多少論点がずれていますが、それでもやはり女は男より劣っている、と言わんばかりの発言です。そしてもう一つ注目したい点は「新しい女」(あくまでも彼らから見てだけれども)を否定したがる点です。こういった考え方をもった男性は台頭してきた女性に自分の地位が脅かされるとでも思っているのでしょう。きっと、自分に自信がないんですね。将来、このような考えを持った人が職場で、のびのびと仕事をする女性を蔑視するんだわ、などという考えが脳裏をかすめました。
 私は先生2人と友人と、興味のある本の貸し借りをしたり、男女差別についてだけではありませんが(例えば日本が朝鮮や中国にしたこと)意見交換を行ってお互いに関心を高めあっています。私たちは、その際、言葉遣いに気を付けています。特に反応する言葉が「嫁、家内、奥さん、主人、旦那」です。その5語が出てくると異常なまでな反応を示します。(笑)
 マンガと言わず本全般のいたるところに男女差別用語を見つけると、芽生えたばかりのフェミニズムが心くすぐられる今日この頃なのです。
(高校生 郡山市)


ペーパー版発行  1997.04.25
オンライン版発行 1997.04.26

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