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ふくしま女性フォーラム
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福島大学 行政政策学類
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■「うふふ」 第27号(2000.12.26)

目次

21世紀に寄せる想い

福島県知事 佐藤栄佐久(投稿/会員)
 県の長期総合計画「ふくしま新世紀プラン」は、今年度総仕上げの時期を迎えています。私はこのプランに基づき、これまで、「人間の尊重」や「自然との共生」といった21世紀の価値観を先取りしながら、多極分散型の県土構造を生かした生活圏づくりやグローバルネットワークの形成を基本目標として、県政に取り組んでまいりました。
 その結果、新世紀ブランを作った頃には予想もしなかったことですが、7つの生活圏を縦3本・横3本に結ぶ高速交通網が全て整備に着手され、県内はもとより、首都圏を結ぶ高速交通体系のネットワークの姿がはっきりと見えてまいりました。また、福島空港の国際化も進展し、世界と福島をダイレクトに結ぶ国際交通網も整ってきました。
 明治18年に猪苗代町の塩谷常吉さんら7人の一行が伊勢参りをしたときには、82日間をかけて広島まで往来したという記録が残っておりますが、現在の福島県の日帰り圏を見ますと、福岡まで日帰り行動圏になっています。現在の日帰り行動圏が当時は82日もかかったわけです。 こうして整備されてきた交通ネットワークを通して、首都圏4000万人の本物を求める成熟した人々が福島に眼を向け、本物の山や川を求めて、さらには新しい価値観を持ちながら整備をしてまいりましたアクアマリンやフォレストパークなどの交流の拠点を訪れる大交流時代が到来するのが、21世紀の福島県の姿だと描いております。 さて、新世紀プランを引き継ぐ新しい長期総合計画の目標を、「地球時代にはぱたくネットワーク社会〜ともにつくる美しいふくしま〜」といたしました。ネットワーク社会とは、一極集中ではなく、複数の中心があるということです。それを県土構造になぞらえたものが7つの生活圏からなる多極分散型の県土構造が織り成すネットワークであり、この考え方の下、巨大都市ではなく、30万から50万のヒューマンスケールの都市づくりを核とした地域づくりを進めてまいりました。その結果が、新しい過疎法の成立に伴い、過疎を脱却する町村数が全国で最も多いという成果となって現れてきましたし、インターネットで世界規模での交流ができるIT社会においては、都市づくりは大から小に向かうであろうという時代の流れに適う地域づくりが進められてきたのです。また、地方分権が推し進められ、従来垂直な関係にあった国も市町村も県も、対等な水平な関係で結ばれることになりましたが、この水平な社会をさらに展開し、一人ひとりの県民もNPOやNGO、ボランティアもイコールパートナーとなる、真に水平で躍動的なネットワーク社会を構築していかなければなりません。21世紀の社会体質は、地域づくりや政治行政システムにおけるネットワーク社会であり、ネットワークこそが21世紀の社会を突き動かしていく時代になっていくのです。
 このような21世紀のネットワーク社会を動かしていく力、ここにこそNPOやNGO、ボランティアに大きな期待が寄せられています。今や、県づくりにもこれらの力は大きなうねりとなっています。アクアマリンのボランティア、森の案内人、夏井川流域住民による川づくりなど、私たちを取り巻く生活のさまざまな分野において、もはやNPOやボランティアの皆さんの力が欠かせないものとなっています。
 平成7年の北京女性会議をきっかけとして「ふくしま女性フォーラム」が誕生されましたが、北京から発した流れが大きな潮流となり、21世紀最大の課題である女性問題の克服に向け、ゆるぎないネットワークを根付かせ、県内はもとより世界に広がっていくことを、私は確信しております。先頃、ある出版社から私に首都機能移転についての投稿依頼がありました。話を聞いてみますと、福島県のホームページに掲載した首都機能移転対策に関する私の講演内容をインターネットで読まれたからということでした。
 情報を通して直接人と人とがコミュニケーションを築くことにより、個人単位のコミュニケーションが地球規模で広がっていき、社会のシステムや民主主義そのものを変えていくのが高度情報社会なのです。ネットワーク社会を動かしていくのは情報。県は団体や県民と情報を共有しながら、情報をどんどん流し、説明しながら政策を進めていく時代が到来しました。「ともにつくる県政」が21世紀のネットワーク社会の中で、皆さんの力で北欧神話のイグドラシル、すなわち「世界樹」のように限りなく伸展していくことを願ってやみません。


報道の現場から男女共同参画社会を考える

≪この10年の職場の変化≫
藍原寛子(福島民友記者:会員)
 典型的な「男の職場」だったマスコミに入社して10年以上が過ぎた。女性記者の数も増え、我が杜では毎年記者職に女性を採用するのは当然のこととなった。新聞記者は、たった一人単独でカメラとペンを持って取材する作業が主になるが、そうした現場にもどんどん女性が出て行っている。女性の活躍の場が広がっており客観的にみてもメディアとしての様々な可能性が広がっていると思う。私が入社した直後、記者は9割以上が男性・先輩女性記者は40人以上の記者の中てだった一人。職場は、たばこの煙とサービス残業の嵐で、仕事人間が当たり前という雰囲気だった。しかしこの1O年の間で、職場の雰囲気はずいぶんと変わった。以前は、「女性は雑魚寝できないから」などというあいまいな理由から、事件取材を外されることがあったが、現在はそのようなこともない。その一方で、仕事人間だった男性上司が仕事一辺倒ではなく、サービス残業をなくして家族との時間を大切にしたり個人の趣味を持とうという考えに変わりつつある。職場の雰囲気が変化した要因は幾つかあると思う。簡単に断定はできないが、働く女性が増えたこと、とりわけ結婚後も働き続ける女性が増えたことも要因の一つと思う。また、若手仕貝への世代交代がなされ仕事と家庭に対する考え方が変わってきたこともあるだろう。マスコミの世界こそ、現代を正しく伝えるために、男女共同さらには世代も超えた「老若男女共同社会」を反映した職員構成である必要があるのかもしれない。これまで仕事をしてきて、会社との関係を考えると、やはり女性記者の先駆けとして様々な期待を持たれて入社したように思う。先輩の記者を含めていつでも「女性で最初」という冠(かんむり)がついた。その言葉は称賛とともに無言の期待にもなっていたようだ。しかし、女性記者が増えた現在、後輩の女性記者たちは実に伸び伸びと仕事をしている。時代がかわりつつある状況、職場環境が大きく変わった1O年の経緯を見つめることができたという感慨とともに、素直にうらやましく感じる。無理して、時には背伸びして頑張ってきたのは過去になりつつある。「女性」ということで必要以上の期待と責任を負った時代はもう終わりかけている。働く女性がもっと増え、それぞれの現場でその人なりに活躍する時代が到来している。女性記者に対して「優しい、礼儀正しい、きちょうめん、女性の感性」などを押しつける時代は終わった。男性も女性も様々な人間がいる。男女ともに「自分らしさ」の中で仕事をしていくこと、その人らしさを認めていくことがますます重要になっているのではないだろうか。


≪取材で考える男女共同参画:テレビ記者編≫
斎藤美幸(福島テレビ記者:会員)
東京で仕事して9年、福島で働いて4年になる。福島に戻ったばかりの頃は福島のいいところだけが目立った。「福島はいいところ」との思いは今も変わらない。だが、「男女共同参画の成熟度」については違いが目立つ。この4年の変化について書く。
いろんな所で話しているので、もう旧聞に属すると思うが、とにかく「98'福島県職員採用総合案内」を見た、当時県政記者の私は心底驚いた。ぺ一ジを繰れども出てくるのは男性職員ばかりで、女性職員は最後の見開き2ぺ一ジに小さめの写真と活字でひとまとめにされていた。これでは「ふくしま新世紀女性ブラン」を進めるはずの県が、男性を基幹業務、女性を補助業務に位置づけていると受け取られても反論できない。「このままではふるさとが駄目になる」そう思った瞬間だった。というのも、これは将来のふくしま県政を担う人材を集めるパンフレットであるから、これに疑問をもった学生は「こんな男女差別的な職場はごめんだ」と、そもそも県職員への就職を希望しないだろう、一口に公務員といっても多様な職場があるのだから、そこで皆の幸せのために頑張ればいい。問題なのは「パンフレットに何も疑問を抱かなかった学生たちの」方だ。男が先、女が後で何の疑問も持たない人たち、事務職が前、技術職が後で何の疑問も持たない人たち。その人たちにバリアフリーだの、共に生きる社会だのを任せて、ふるさとはどうなっていくのか。民間企業も状況は似たようなものだった。中心市街地が空洞化し、郊外店が栄えた理由の一つは、「郊外店の方が消費者ニーズに応えていた」ということだろう。男性エリートのみならず、それ以外の人たちの発想も生かせたかどうかが、企業の勝敗を分けた。既得権を温存したがる男性と、「人並みの」権利を求める女性のニーズはかみ合わず、婚姻率は下がり、少子化が進む。独身の父・母に社会は厳しい。だが、この4年で確実に福島はよくなった。'99の県職員募集パンフレットは、ものの見事に男女混合配列になった。指摘されずとも事務職と技術職も混合になったのは快挙だ。高校も共学が増えた。私がディレクターの「Lばんテレポート」では「主人」を「夫」と読み替えている。幸いなことに、みなさんの反応は良い。企業も考えている。「女と男の未来館」も動き出す。東京の情報は誰かが発信してくれるが、福島の情報は、誰かが言わないと誰も言わない。地道に声を上げ続けた多くの先輩のおかげで、私のふるさとは「最後のバス」に間に合おうとしている。

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